第27話 むっつりだのケダモノだの
「……それにしても、あのハンマーはいったいどこから――」
――カラカラカラァ――――ッ!
「アホなこと言うとらんでさっさ逃げろやこの真面目ドレッドっちゅーかそこはツッコんだらあかんとこやボケェ――――ッ!」
ならば、どこにしまったのかという疑問もやめておこう。ボーは自らをそう納得させ、雑木林のでこぼこな地面に苦労しながら車椅子を押すセシルと並走した。
「おいガッタガタやぞ、ほんまここ突っ切るんか!? 普通に道なり逃げたほうが騎士団の誰かとも会えるんちゃう!?」
「耳長族の司祭相手ではいたずらに被害を広げるだけです! 今は魔女殿を頼るほかありません!」
だがしかし、ドナが眠る自らの小屋を目指しながらボーは忸怩たる思いに駆られた。守るべき者を守るため、護りたい女にすがる。これほど情けない男がいるだろうか。
(クソッ、紅玉麟と燦爛炎駒さえあれば……!)
七双宝剣が二振り。自ら捨てた剣にまで後悔の念が及んだ時、跳ねた車椅子からリアが落ちそうに。まずい、両手はレニでふさがっている。
しかしセシルが車輪も止めず、器用に支えて互いにひと息。
「フゥ……と、とにかく今はついてきてください! 最短距離でご案内します!」
「せ、せやな、腐っても姐さん四大魔術師やし! あっちの教皇と同格なんやから、司祭ぐらい赤子の手を捻るようなもんやろ! よっしゃほな急いで姐さんが寝とるドレッド兄ちゃんの小屋へ……ってどーゆーこっちゃ!?」
「セシル殿!? 前、前っ!」
「なんで姐さんがこんな時間にお前のベッドでスヤスヤなん!?」
こちらを向きながらも器用に木々を避け、車椅子を押すことをやめないセシル。
ついでに追及も。
「寝たんかお前、姐さんと寝たんか!? 人畜無害そうな面して姐さんのエロい肢体にむしゃぶりついたんかこのケダモノ真面目ドレッドがぁぁぁっ!」
むっつり真面目ドレッドのほうがマシだな、とボーは現実逃避しかけた。
「……反論する気も起きないのですが、そもそもなぜ今になって?」
林の奥の噴水広場へと向かうため、平地で乗り捨てたらしきレニの車椅子。それを拾ってきたセシルによるリア救出計画の段取りを一部変更。自分が先にレニを安全な場所へ運んで救援を呼ぶより、居場所を把握している最大戦力の元へ救出後に直行しようと提案。そして墓守小屋への案内を買って出た。
その際に、就寝中なことは伝えたはずだが。
「あん時はウチかて役作りに必死やったんや! それに目元きゅるるん維持すんのどんだけ労力使うおもとんねん!」
「前半はともかく、後半はちょっと意味が……」
「なんでやおいお前の目もきゅるるんにしたろかあぁん!?」
「施術が必要でしたら遠慮します。それより今は、この場を切り抜けることに集中しましょう。おふざけなしで」
「ウチ、堅物キライ! 新しいオトンなんか要らへん!」
おそらくドナの連れ子風に幼児退行したセシルを放っておき、ボーは走りながら後ろを振り返った。敵は、追ってきている。しかし具足の音だけ。かなり引き離したらしく、姿は見えない。
向こうは装備が重いのだろうが、こちらも車椅子の分だけ遅れると思っていたのに。
「案外、このまま逃げ切れそうだ。セシル殿が遅れを取らぬおかげです」
「お、そうか? ちゅーかあいつらも慣れてへんのやろ、こういう道。あとやっぱアレちゃう?」
「どれですか?」
それは肩の荷が下りて気を緩めたところでの、一刺しだった。
「ジブン動けすぎやろ、さすがに」
元より、俯瞰的な鋭い視点を持っている印象はあった。会議での発言を聞く限り。
「……セシル殿にもらったドングリのおかげですよ」
「アホぬかせ、あんなもんでどうにかなる傷やなかったわ。根性論で納得したってもええけど……」
しかしまさか、こちらへクンクンと近付けるその鼻まで、鋭いとは思わなかった。
「もしかして、フェオと関係あるん?」
「! 嗅覚でわかるのですか?」
「半分ノリやけどな。ただ、なんとなーく……おっと」
大木を二手に分かれて回り込み、合流して再び並走。
「まあウチはフェオのステゴロ見とるし。なんやっけ、ぼくさー? ジブンも使ってたやんな?」
「あれは、我が一族に伝わる……見様見真似です」
「ふーん。神の槍の血肉喰らいし一族、とか言うてたな昨日」
思わず、足が止まりかけた。覚えていたのか。
「ほんでさっきも『神の槍がいらっしゃるまで』とか言うて……ん? んん? あれ、フェオが神の槍なん? え、あいつ食うたん?」
そして口を滑らせすぎた。二度も。
「セシル殿、それ以上は……」
「はー、悪魔やのにご利益あんのか。そんな頑丈なれるならご相伴に預かりたいとこやけど、さすがにな。爪の垢煎じて飲むだけとかダメ――」
「セシル殿!」
「ハニャ!? な、なんやねん、ついキャラ引きずってもうたやんけ。ジョークやんジョーク、食人鬼扱いしてごめんニャさい旦那さん……ってあかんナチュラルに出てもうた! これが、女神の呪いなんか……!?」
さすがに考えすぎのきらいはあったものの、狂気に感染したドナの二の舞は避けたく声を張り上げれば、セシルが勝手にしゃべって勝手に慄く。呪い、か。
ボーは見えない背中の傷へと肩越しに視線を遣った。
(この身体はどちらなのだろう……呪いか、祝福か。傷も見た目は深いのだろうな、もうだいぶ回復しているが)
元々は精霊と交信する一族だったのに、神の槍の血肉を喰らって声は聞こえなくなった。代わりに魔物を素手で倒せてしまうほどの力を得た。つまり、魔力のほぼない肉体に作り変えられたのだ。
一族はそのことを恨まず、疑問にすら思っていない。偉大なる精霊の恩寵として受け取っていたから。
(しかし、動けすぎなのは確かだ)
別の形でこの家へ潜り込むはずが騎士にスカウトされ、トントン拍子に隊長となったのもそのおかげ。周りと違って肉体改造的な修練はしていない。改めて言われると、疑問に思うべきだったかも。
(まぁ、周りもバケモノだったしな。お館様はともかく、特にルーなど、は……)
今では顔を合わせるたび「腰抜けが」と手厳しい元同僚の天才女剣士を思い出し、肩越しに苦笑を浮かべていると。
――フッ……。
木々の狭間に一瞬、桃色混じりの白い影が過ぎった。
あれは。今のは。
「しっかしなんやねんほんま猫耳メイドて。猫耳族がメイドなったかて猫耳族のメイドやろ普通に。そらアリスちゃんとかに猫耳生えたらわかるけどなんの意味も……いや、アリやな」
「――――まずい……!」
「確かに『ご主人様にご奉仕するニャ』的なアリスちゃんはエロまずいってあれ、なんで逃げるん!? 今ウチら理解し合えたんとちゃいますのん!?」
「セシル殿急いで! 後ろを見るなっ!」
「? 後ろ?」
余計な一言だった。セシルの猫耳メイド論よりも。
先行するボーの耳に「ハニャア!?」と後ろを見てしまったらしいセシルの悲鳴が届き、後悔しながら振り返る。木々がズラリと囲う直線上。
その先に、長い耳の女はいた。
――見つけた……。
白い祭服は不気味に揺れ、流れる桃髪が顔を隠す。
しかし風がやみ、暴かれる三日月の笑み。見開く金銀妖瞳は化け物じみた大きさに。
――見ぃつけた……。
そしてまばたきひとつせず、やや猫背。ダランと落ちる両腕。
そんな静止画が一歩。
――見ぃつ け たぁ……!
コマ送りのように二歩、三歩。
カクカクと映像が乱れ、四歩五歩六 七 九――
――ミィ ツ ケ タ ア ァァァッ!
「キッ……!」
早送りの超速歩行でカサカ サ カ サ カサ カ サ――――。
「気色悪さ作中最強!? なんやあれ!?」
「『月』のルーン魔術『韋駄天』です! 時間を加速させているんだ!」
「なんにせよ歩き方キッショ! フェオに今度謝らなあかん、お前全然マシやったわって……」
「セシル殿! それよりもっとスピードを――」
――セシル……。
フ、と耳に息を吹きかけられた気がすると。
「ハニャ――」
セシルが露と消え、車椅子だけがリアを乗せてカラカラ直進。木に激突コース。瞬時の判断で割り込み、抱えるレニをかばいながら後背部だけで受け止める。衝撃。
傷口に激痛。
「ぐぅっ……!」
そして悲鳴と、猫撫で声。
「ニャ、ニャンでぇぇぇ!?」
「そう……お前はセシルというのね」
すぐにリアとレニの無事を確認してから、ボーは見た。
フリストが片手で首根っこを掴み、セシルを猫のように軽く持ち上げていた。
「暴れてはいけませんよ、セシル? 少しでも暴れたら首輪をお前の生首につけなくちゃいけなくなるわ、フフフ……」
ピタッ、と止まって首元の涼しさに青ざめる猫耳幼女。
起きる気配のないリアの膝の上へ、慎重にレニを下ろす。
「セシル……よくも、よくも私を裏切ったわね? この、飼い主である、私を……」
「まだ飼われてニャ、あ、そういう問題じゃニャかった? ニャハハ……許してニャン☆」
傷は、まずい。さらに開いた。動けるか。
動け。
「ええ、ええ、もちろん許すわ……二度と飼い主を引っ掻けないよう生爪を剥いで逃げられないよう足の腱を切って喉も鼻も目玉もその耳すらああ舌だけは残して私の足を舐めさせながら一生檻の中で飼ってあげるわ、私のかわいいセシル……?」
「サイコパスDV地雷系飼い主ぃ!?」
セシルも言っていただろう。
「だけど、今は時間がないから……」
「ニャ――――ニャッフー!?」
「やっぱり首だけでいいわ」
ここからは、根性論だ。
「セシル殿に――」
地を駆ける。低く。
真上に放り投げたセシルへと右手を掲げる、敵のお留守な足元へ。
「――手を出すなっ!」
繰り出す足払いはしかし、空振り。加速して歩いただけで。
「チッ、狗め。そういえば貴様もいたな」
まさか、ここまで『月』のルーンを使いこなせるとは。
「――――ニャッ、と。はああああほんまありがとうオトン! オカンと三人で幸せになろなってうお!?」
無事に着地した、ドナの連れ子風懐いたバージョンなセシルを突き飛ばす。
誰がオトンだ、ということではない。
「お逃げくださいセシル殿! 二人を連れて!」
「は? いや何言うて――」
「行けえっ!」
犬に吠えられ逃げ出す猫が、すぐさま車椅子へ。母娘ともども軽いとはいえ、さすがに二人乗りは厳しい。安定感重視で速度は出せないだろう。
ならばこの命賭して、時間を――
「バカが」
――ズブッ。
「――ァッ……!」
視界に捉える相手が消え、いつの間にか土を舐めていた。背中に熱。おそらく刺され、深くなる傷。
稼げぬのか。片時も。
「兄さんっ!」
一瞬誰のことかわからなかったが、頭を踏まれつつ視線をやるとセシルが立ち止まっていた。
突然の「兄さん」呼びはともかく。
「諦めなさいセシル。大丈夫、あなたは生首のまま永遠に生かして――」
――ガシッ!
頭の重みから解放されたボーは、目の前の細い足首を這いつくばったまま掴んだ。
「早、く……行けぇ――――っ!」
ピンッ、と逆立つ猫耳。そのままピューッと、車輪はカラカラ。前輪をうまく浮かせて運んでいるらしい。
(それでも、あれでは……すぐに『韋駄天』で……)
しかし、この魔術には欠点があった。時間を加速させるのはあくまで自分だけで、何かに攻撃する時や触れられていると発動しないのだ。
つまりこの足首さえ掴んでいれば、こいつは後を追えない。
(もはやこれまで……だが、死んでも離さんっ!)
草の匂いが自らの死臭と混ざって鼻を突くも、長いスカートの裾からのぞく細い足首を折らんばかりに握り潰す。
だが、一切の反応なし。なんだ。まさか、痛みすら感じぬとでも――
「……よくも」
――グリィッ!
油断したところへ背中の傷口を踏みにじられ、ボーは手を離してしまった。
しかし、声は出さなかった。
「よくもよくもよくもっ!」
つま先で。踵で。幾度となく肉を抉られようと、ボーは決して声だけは上げなかった。口いっぱいに土を含んだ。
「よくも、トール様のために創られたエルフの肌に触れたなあああっ!」
悲鳴を上げたら、セシルの足が止まってしまうかもしれないから。
「ああ、汚された! 汚されてしまった! トール様の寵愛を、やっと、やっと受けられるかもしれぬこの時に、こんな、こんな……!」
しかし、簡単だったな。ボーは細い糸でつなぐ意識の中でほくそ笑んだ。ただ触るだけで時間を稼げるとは。
それでも、あぁ、女性の肌にみだりに触れてしまったのか。
「狗如きがぁぁぁっ!」
――グジュッ!
むっつりだのケダモノだの、もう否定できないかな。
ボーは耐え切れなかった悲鳴を吐き出す土に紛れさせながら、そんなことを考えていた。




