第26話 ひっさつはんまぁ☆
女の仁義。滅多なこと。ボーにはなんのことかまるでわからなかった。
それでも、彼女を行かせるわけには。
「いけませんセシル殿。クルス家の関係者はおそらく松明持ちの騎士とかかわった罪で異端認定されますが、あなたはまだ部外者で通せる。しかし、姿を見せれば確実に……」
「ええて、乗りかかった船や。耳長族とは古い因縁もあるしな。ちゅーことで、あとはウチに任しとき……やなかった、ん、ンンッ!」
急なせき払い。いや、喉の調子を整えているのか。「あー、アー」と調律し終えた彼女はさらに、握った手でクリッとした猫目をグリグリー、キュポンッ。
きゅるるん。
「ボクに任せるニャ!」
――ピューッ!
キャラデザ、設定、CVまで急遽変更したかのようなセシルは、飛ぶ鳥を落とすほどではないにせよ、前回のラストシーンで上がった株だけはしっかりと落とす勢いで駆けていった。
「……は、え?」
ボーにはもう、何もわからなかった。
しかし、猫耳族と耳長族の古い因縁については理解していた。それはゲンドゥルたち髭長族も含まれるもの。
耳長族だけではない。女神はこの世界の始まりに、この三部族を創ったのだ。
「――――やっと林を抜けましたね、フリスト様」
「して、この先はいかが致しましょう。小娘がこれでは、門で止められてしまいますが……」
「強行突破しかなかろう」
「! なんと……!」
「双炎騎士相手に、でございますか?」
「事ここに至って何を臆す。それにバケモノなのは隊長クラスだけで、今この地にいるのは二人……フン、撃鉄王はそういえば髭長族だったな、汚らわしい」
女神は、耳長族を世界の管理者に。髭長族には鉄を打て、とだけ伝えたらしい。そしてなぜか互いにいがみ合うよう――髭長族は興味すらないらしいが――言いつけた。
「とにかく問題は剣聖グランだ。今はスルーズ様のお力のおかげで死なぬ身なのだから、双炎十字騎士団など敵ではない。しかし……もし剣聖に見つかれば、死ねぬは生き地獄と知れ」
『……ハッ!』
「良し、では急ぐぞ。まったく、転生者の末裔め。忌々しい限り――」
「ハニャ? ハニャニャ!? そこを行くのは、まさか!」
「――ん? あれは……」
そして、猫耳族は女神に何を告げられたのかというと。
「やっぱり! 耳長族の女将さんだニャー!」
「なぜこんなところにメイドが?」
猫耳メイドになりなさい、だった。
(……いや、いやいや、これは御使い様が私をからかっただけのはず)
木々に潜んで事の成り行きを見守るボーはそんな認識だったのだが、近くの開けた場所から聞こえてきたのはメイドとはっきり言い切る声。
(聞き間違いか? 目まいはもう治まったんだが)
魔女印のドングリ――生ではなく煎じたもの――で顔色が良くなり眠るレニを抱え、同じくドングリ――生しかもらえなかった――で回復したボーが改めて木の影からのぞくと、セシルが道なりに車椅子を押して敵の元へと合流するところだった。
「はー、ボク感激だニャ! こんニャところで耳長族の女将さんと会えるだニャンて!」
「……オス? いや、やはりメスだな。なぜオスのような旅装をしている、メイドのくせに」
また言った。しかも、若草色の外套をはっきりと目にしたうえで。むしろなぜメイドが前提なんだ。
(しかし、オスにメスか。そっちの歴史は事実のようだな)
今でこそだが、猫耳族は悲しい歴史を持つ一族だった。六百年前までは雌雄で数えられ、人間扱いされていなかったのだ。
「ボク、冒険者の旦那さんを助ける猫耳従者にニャりたいのニャ。だからメスだけどこんニャ格好してますのニャ!」
「ほう、そうか……いえ、立派な志です。オスかメスかは些細な問題。人へ仕えようとするその精神こそ、あなたたち猫耳族には何より重要なのです」
女神から人に仕えるよう宿命づけられ、それを当たり前のものとして扱う世界。時に奴隷よりひどい虐待を受け、殺処分という形で命を奪われることすら普通だったという。
そんな同族の悲劇を終わらせたのが、猫耳族の女傑フィジー・ムーラン。最初の転生者だ。
「それを、あの忌々しい転生者が猫耳族を洗脳して……ああまったく! いつ思い出してもはらわたの煮えくり返る……!」
虎や、虎になるんや。
彼女は仲間たちをそう叱咤し、異世界の知識を駆使して猫耳族の権利――現代まで続く商人としての社会的地位――を勝ち取り、それを奪わんとする耳長族からの迫害にたった一人で立ち向かった。猫耳族にとっては理不尽な創造者よりよっぽど神に近く、訛りや気性もすべて彼女の影響だったりする。
(それであれが、猫耳族本来の……いや、忘れたい過去の姿というわけか。セシル殿、誇りを捨ててまで姫様のために)
ボーは沈痛な思いで、あざとい身振り手振りを交えながら話すセシルを見つめた。
「ハ、ハニャニャ〜! 怒らニャいでほしいニャ耳長族の女将さん! ボクが仲間たちの分まで、皆様にしっかりとご奉仕するニャ☆」
しかしさすがにノリノリすぎでは、と思った。なんだ最後の星、絶対バレる。周りの聖騎士たちも身を引いていることだし。
というのは、杞憂だった。
「おぉ、なんという……これもスルーズ様のお導きか」
フリストが膝をつき、その大きく柔らかな胸へとセシルをかき抱く。
トール教圏各国に派遣される司祭は例外として、基本的に耳長族はトール教本部の聖都から出ない。それに加え、彼女たちは不老不死。
「お帰りなさい、我が家族よ。あなたのような古き良き猫耳族が未だ存在すること、母なるスルーズ様もきっとお喜びになるでしょう」
だからいまいち世情に疎く、六百年前の遠い過去すら昨日のことのように感じるのだろう。彼女の言う「古き良き猫耳族」などもはや欠片も存在しないのに。
「……いやチョロすぎひん? 価値観古くてカビ生えとるやん、臭」
現代の猫耳族は皆、こんな感じだ。
「? 何か言いましたか?」
「ニャんでもニャいですニャ、女将さん! それよりボク、女将さんにお願いがありますニャー」
「お願い? 良いですよ、言ってごらんなさい」
「実はボク、旅の猫耳従者にニャりたい理由は、この家の猫耳メイドをやめたいだけニャんだニャー……。髭長族のおじいちゃんがイジワルばっかりしてくるのニャ」
話の内容より「ニャ」の多さにボーが引っ掛かっていると、フリストが「なんですって!?」とヒステリックな声を上げた。
「あの鉄を打つことしか能のない、むさ苦しい髭もじゃ一族め! 母たるスルーズ様を崇拝することすら忘れ、この子たちまでいじめるとは! やはり教育が必要か……!」
ゲンドゥルの「濡れ衣なんじゃが!?」という幻聴が聞こえて申し訳なく思いつつ、ボーはいったん顔を引っ込めて木に身を隠した。
(髭長族は仲の悪い兄、いや弟のような感覚なのだろうか。すると猫耳族も?)
首を傾げると、痺れを切らした聖騎士の声。
「あの、フリスト様? さすがに急いだほうがよろしいかと……」
「そうだな。余計な時間を食った」
「ハニャ!? ご、ごめんニャさい女将さん、すぐ済むニャ! お願いっていうのはボクもいっしょに――」
「この子も連れていく」
「――ハ?」
ニャを付け忘れたセシルに気付かず、フリストが猫耳をくすぐる。
「来なさい。私が保護して……いえ、飼ってあげましょう」
なるほど、とボーは納得した。家族は家族でもペットなのか。
セシルにとっては屈辱だろうが、予想外に思惑どおり。
「フリスト様、本気ですか!?」
「怪しすぎますぞその者! 猫耳族といえばがめつく、荒っぽいことで有名――」
「黙れ、貴様らにこの子の何がわかる。無駄口を叩いていないでさっさと行くぞ」
歩き出すフリストの背後、セシルが一瞬だけこちらへと視線を向ける。目元のきゅるるんを解除して小さく立つ親指。それにコクリ。
そして猫耳千両役者は、車椅子を押しながら舞台へと戻った。
「聖騎士の旦那さん、旦那さん! ボクお役に立つニャ! 荷物持ちならボクにお任せだニャ!」
「? 荷物だと?」
「その肩に担いでる娘さん、重そうだニャー。ボクが車椅子で運ぶニャ!」
「……都合が良すぎないか? それにお前、ここで下働きをしていたと言ったな。この娘のことを知らないのか?」
演技を忘れて固まるセシル。まずい、綻びが。
しかし愚かな助け舟。
「なんと素晴らしい奉仕の精神、あなたには後で特別な洗礼名を授けましょう。おい、今は少しでも戦力が要る。さっさとその子に預けて先ほどの失態を取り返せ」
「……ハッ」
聖騎士が不承不承ながらにリアを車椅子へと座らせ、ボーは安堵の息をついた。遠くでセシルも冷や汗を拭い、やや乱暴に置かれたリアの首を据わらせる。
その際、赤く染まった金色の後頭部を目にして思うところがあったのか、彼女は動きを止めた。
「? おい、さっさと来い」
「……はいはーい、今行きますニャー旦那さん」
返事がやや遅れる。しかし歩みはさらに遅く、敵の一団から徐々に離れていく。
それに、一人気付いた。先ほどと同じ聖騎士だ。
「うんしょ、うんしょ」
「おい、いい加減にしろよ貴様……!」
「ハニャニャ!? ごめんニャさい旦那さん、ぶたニャいで〜!」
「や、やめろ、フリスト様に聞こえ……いえ、なんでもありません! そばで護衛を、と思いまして!」
「ふむ、それも必要か。では小娘だけでなくその子も守れ」
「ハッ!」
胸に手を当てて了承する聖騎士だったが、フリストが背中を向けたとたんに小さく舌打ち。貧乏くじだとでも思っているのだろう。
こちらもだ。余計なのがそばに。
(どうするのです、セシル殿……!)
雑木林が途切れる。これ以上はついていけない。そう思ったところで、車椅子をさらに遅く押していたセシルがピタッ。
「……ところでひとつ聞きたいニャ、旦那さん」
怪訝に振り返る聖騎士。先行する一団は気付いていない。
「なんだ? さっさと言え、置いていかれるぞ」
距離は、十分か。
「この娘さんの頭かち割ったんどいつニャ?」
「私だ、つい殺しかけた。おかげでフリスト様に失態だときつく……どたま?」
「己かい……!」
――ボフンッ!
「!? ゴホッ、こ、これは……!」
煙幕。同時に、離れた一団も振り返る。
煙から脱出したセシルがこちらへ、車椅子を押して――――来ない。
「セシル殿!?」
「ひっさぁ――――つ!」
青空へ高々と舞い上がった猫耳族はその手に、自らの体より遥かに大きなハンマー――【100t】表記――を掲げて、煙の中でせき込む男の脳天へと豪快に振り下ろした。
「女の仁義ぃ、はんまぁぁぁっ!」
――☆➰ゴチィィィィィィンッ➰☆
晴れる煙、飛び散る星。ピューッと頭上で真っ赤な水芸。そのままフラフラ、バタンキュー。
そこに唾を吐き捨てるは、かつての英雄を想起させる女性。
「猫耳族の義理人情、舐めてんちゃうぞボケカスコラァ!」
詳しくは知らない。だがきっと、彼女のような英雄だったのだろう。ボーは素直にそう思った。




