第23話 墓守はつらいよ③
ポンコツアホ毛ドジッ娘ヒロイン。その言葉を口にしたことによる、ある程度は予想どおりな反応。だから言いたくなかったのだ。
椅子に座るボーは胸倉を掴んでくるドナをなだめようとした。
「お気持ちはわかりますが魔女殿、これは真面目な話で――――っ!?」
すると突然、視界が真っ暗に。押しつけられたのは三角帽子で、離れたのは喉元の圧力。
向けた目には、肌色の多い魅せる背中。
「オヤスミ」
「はい?」
「起きたら起こして」
難解な要求――起こさぬべきか起こすべきか起きているのか――すぎる気もしたが、波打つ豊かな黒髪をフワフワ揺らし、フラフラとベッドへ向かう魔女に文句は言えず。寝不足に加えて貧血気味らしい。急に頭へ血が上ったせいだろう、申し訳ない。
だがしかし。
「お待ちください魔女殿」
帽子を脇に置いて待ったをかけるも、靴を脱いでそのままダイブ。ボスンッ。
「もぅマヂ無理……ぃみゎかんなぃ」
気の抜けた、舌足らずな声。
もはや別の言語に聞こえるのはともかくとして。
「まさか墓守小屋で寝る気ですか? ご自分のお部屋があるでしょう」
「ぁたしの部屋ってゅうのゎ……ぁたしが暮らすとこで、つまりこの大地……だからここもぁたしの部屋……」
世界規模な居住権の主張に愕然としながらも、続けて聞こえた寝息にボーは慌ててベッドのそばへと近寄った。揺り起こそうと手を伸ばす。
その手を逆に、パシッ。
「っ!? ま、魔女殿……?」
思わぬ反撃でつながる手と手。弱い力。
振り払えずにいると。
「そばにいて……」
甘さと艶の増す声が、頭の芯に響く。
けれど勘違い。
「ちょっと、まだ目、怖い……」
「あ、あぁ、女神の……」
いやどういう勘違いをした、と内心で己を責め立てるむっつり真面目ドレッドだったが、手に頬擦りをされ意識ごと硬直。
「昨日、カッコつけといて、ゴメンね……」
カッコつけた昨日。
それはたぶん、あなたの愛は正しいと告げた直後のこと。
――ありがとう。でも、大丈夫。
重なる手を突き返して不敵に咲いた、気高き紫のバラ。
――正しくなくても、あたしゃ負けないさ。
あの瞬間だな、とボーは気付いた。
「……あなたが謝ることなど何もありますまい」
パタリと寝落ちした美女の、安心しきって眠る顔が昨日とは重ならず、その落差に足元ではまる沼の深みが腰まで達した今となってようやく気付いた。
そして、瓢箪から駒。
「謝るべきはどうやら、こちらのようです」
冗談交じりだった「なんで朝スケベに?」という彼女のセリフを思い返しながら、寝るには適さぬピッタリドレスからただでさえこぼれそうな胸元を毛布で覆い隠す。寝顔も見ずにその場で尻もち。
「そんな資格など、墓守にはないのに……」
それでも、つないだ手だけは離せなかった。
とはいえさすがにこの状況は。そう思い直して離れようとするも、意外と手がガッチリ。無理やりほどけば起きてしまいそう。今後も不眠に苦しむ可能性があるし、睡眠は取れるうちに取っておいたほうが良い。
というわけで、律儀にもそばに居座って悶々とするむっつり真面目ドレッドの、ごまかすのに必死な頭の中を密着ドキュメンタリー。
勘違いではあるものの、聖痕であることは間違いない。
あの姫様のアホ毛は。
(まぁ、ふざけて聞こえるのも仕方ないところだが)
しかし、あれは象徴なのだ。この世界が虚構であることの。だからこその座標であり、真実との接点。観測地点。
かわいい寝言。
(何か言っているな、ムニャムニャと。寝ぼけている時も思ったがこういう意外な一面も――)
――意外な一面も、なんだ。言ってみろボー・ナハベル。
(落ち着け、違う。なんだったか……そう、象徴だ)
そしてその象徴の持ち主には、召喚された勇者と同様に補正があるらしい。
では、補正とは何か。御使い様ですら抽象的にしか言えぬが、ひとつだけ具体的な例がある。それは魔物への影響、進化の契機となること。『魔王種』の誕生だ。
(今回の廃坑で出くわした死霊系もそうだったらしいが……)
魔王種。それは巫女と同じく異世界から、ただし己の肉体へとその魂だけを降臨させることが可能な魔物。宿すに足る器となった憑依素体。
そうなる進化前に、または降臨前に処理するのが神の槍の仕事なのだが、滅多に起きぬ出来事ではある。
(その例外が、真実からの刺激)
勇者の存在が毒となる一番の理由。
それはまさに、寝返りでめくれた毛布からのぞける刺激的なこの肌色が甘い毒となるように――
(――って何度直させれば気が済むんだこの方は……!)
しかもなんだ甘い毒って。
いや、落ち着け。自分を見失うな、ボー・ナハベル。そして自分は何も見ていない。
(……そう、提灯騎士と呼ばれる魔物もこの目で私は見ていないが、本来ならば魔王種になるようなものではなかったという話)
トール教の狙いはどうやら、地下坑道から大量の死霊系をあふれさせることだったらしい。
双炎十字騎士団といえども後手に回る計算で、混乱に陥ったところへ司祭と聖騎士隊を派遣。自らが英雄となる腹積もりだった。国の中枢から人心レベルに至るまで、自分たちの影響力を浸透させるためのいわゆる自作自演。
(それが意図せず魂の集合体となり、一体の魔王種となった原因は姫様にあるとのこと。しかし、そこで意見の食い違いが生まれた)
神の槍は、番の巫女の補正として。御使い様は、何か別の補正が働いたとして。
後者が正しいことは明らかだった。巫女の影響力は、魔物を進化させるほどのものではない。かといって姫様は真実に属する勇者でもない。
ならばと思い浮かぶのは『転生者』という可能性だったが。
(その線も薄い。完全には捨てきれぬが、それは転生者という存在自体の不明瞭さゆえ)
勇者でもなければ魔王でもない、毒にも薬にもならぬ者たち。御使い様ですらその因果を知らず、八百年前を境に世へ現れ始めた彼らにも多少の補正がある。
ただ、巫女同様にそれほどの影響力はない。歴史上に数人いたが、監視中に魔王種と遭遇したのは一度きり。神の槍が直々に監視した初代剣聖ガルドの時だけ。
(猫耳族の英雄も転生だが、結局は強力な転生者であっても勇者には劣るというのが結論。それにどうも、存在の定義としては魔王寄りらしい)
いずれにせよ、姫様には該当せず。転生前の記憶がある節も見受けられないのだから。
しかし、転生者が鍵な気も。
(特別な存在……何か別の補正、か)
かつての巫女と同じ聖痕――金髪縦ロールとアホ毛の違いは脇に置くとして――を持ちながら、巫女ではない少女。そう確信する御使い。同じ答えへたどり着くためのもうひとつの鍵が、おそらく系譜。
それもクルス家の祖母方でなく、ドナが愛した祖父方の血筋。
(御使い様はなぜか神の槍に内密で、彼らの一族を代々監視下に置いていた。我らもそれに協力したが、特に危険な存在ではなかったと記録されている。ただ不思議と、転生者にかかわる機会が多かった……)
そしてその最たる末裔が、リリアーナ・クルス。思考を司りし精霊が最も気にかける存在。
つまりその正体は――――なんだ。
(ここで行き詰まるな、どうにも。私ごときが考えても答えは出ぬか)
それに、考えるべきではない。使徒とはただの手足。
賜りし血肉に立てた誓いを忘れるな。
(月なき夜、松明とともに在らんことを……)
光なき闇の中、かの者を光に寄り添う。
しかし、別の光を見つけたのもまた事実。その光の下で大切にされている少女のことならば、どうして傍観者のままでいられよう。
(……まこと、悩ましいものだ)
たとえばそれは隣でうなされている悩ましげな声があまりにも卑猥なものに聞こえてしまうほどというのはただの煩悩だぞボー・ナハベルよ。
そんなとめどない思考のループを三周。あられもない寝姿と声に、実は自分をからかっているのではないかチラチラ確認すること数十回。寝顔にたびたび心拍数百超え。
それでも魔女の眠りが深くなることにより手の縛りがほどけ、ボーは落ち着きを取り戻した。
(とりあえず考えるべきは、目の前の危機か)
固まった手首を振ってほぐし、立ち上がって首を鳴らす。見下ろすは毛布にくるまって寝静まるドナ。この女性を、異端審問所へ連れて行かせるわけにはいかない。
もちろん相手が『風織りの魔女』と知ればトール教とて及び腰になるだろう。『小人の女王』である教皇と同格たる四大魔術師なのだから。だが彼女は今、かなり弱った状態。不安は尽きない。
(姫様は今日明日中にどこかへ移せば問題ないとして……せめて、神の槍に協力していただけたら)
彼は現在、単独行動中。離れた場所に雲隠れしているらしい。もちろん御使い――思考ではなく記憶のほう――の視界でもある監視映像は共有しているはずだから、異変を察知すればすぐに飛んできてくれる。
ただその異変におそらく、魔女の危機は含まれない。
(いや、案外そうでもないのか? こればかりは、神の槍のうかがい知れぬ胸中によるか)
ボーはドナから離れ、机の上に手を伸ばした。無意識に求むるは離れがたき感触、その代替品。彼女の三角帽子。
またの名を、デキる魔女スイッチ。
(そもそもなぜ雲隠れを? 御使い様の命でもないようだが……なのに御使い様は御使い様で、それを至極当然のように――)
だから頭の中で、カチッ。
(――そうだ、最初からだ……。姫様と接触する予定などなかったのに、些細なことで接触した神の槍を、御使い様はまるで予見していたかのようだった)
授かりしは魔女の恩恵。
デキる墓守の、組み立てる論理。
(そうなるよう仕向けた? いや、それはない。ただ命じれば済むはず。ならば、何か根拠が? 今まさに雲隠れしている理由と同じ、御使い様だけが察せられる神の槍の胸中……)
そして色付き、真実は形に。
(……姫様と同じか、むしろ特別に想っているのは神の槍のほう?)
ボーはつばの広い三角帽子を手に取り、穏やかな寝顔をこちらに向けるドナを見つめた。
触れてはならぬ。けれど、触れずにはいられぬ。己が罪も忘れ、手を伸ばしたくなる。
だからこそ、離れなければならない。
(神の槍が、姫様に恋を? 番の巫女として監視しているうちに?)
そこまで考えて首を振る。さすがにない。恥ずかしげもなく自分と重ねすぎだ。
仮にそうだとして、それを予見するなどできようものか。
(いくら御使い様とてだ。まぁ、神の槍が好む女性のタイプでも知っているなら話は別だ、が……)
ボーは苦笑して、そのまま凍りついた。
開けた口を手で押さえる。
「……まさか」
それは、論理でなく閃き。こぼさずとどめた言葉の羅列。
神の槍の特別。特別な少女。一族、末裔。重なる誰か。同じ聖痕。
体内。毒、薬。転生者。
(だとすると、姫様は……!)
あまりの衝撃に全身が痺れる。果たして、あり得るのか。あり得ないこともない。だが、信じられない。
机に寄りかかったボーは一度、閉めきった窓のほうを見た。
(いったん落ち着こう。まだ単なる妄想に過ぎない)
そして空気を入れ替えようと両開きの窓を押し開くが、言語化も、頭の中を整理することさえもままならなかった。
飛び込んできたのは遠い叫び。
――逃げ……さ……!
風に乗る、ただならぬ気配。
今のは。
「……姫様?」
飛び立つ鳥たち、木々のざわめき。駆けめぐる嫌な予感。続けて、静かな雑木林を駆け抜ける足音。まだ距離はあるが、こちらへ迫ってきている。いくら緑深きといえど城壁に囲われた敷地内。大型の野生動物などいないから、間違いなく人間だ。
(しかも、逃走している?)
だが足音はひとつで、追手はいない様子。あるいは勘違い。戦場の勘もここまで錆びついたか。
そう自嘲した己にゾクリ。
(ここが戦場……!?)
頭では戸惑うも体はすんなり動いた。
窓を閉め、カーテンを閉じる。ドナが起きていないことを確認し、判断に迷うもそのまま放置。ここに残したほうが安全か。
そして一抹の不安を抱えながらも小屋の外へ出たボーは、すぐさま打って出た。相手が何者であろうと座して迎え撃つよりは、生い茂る木々の有利な戦場を選ぶべき。
(遊撃戦こそ我が本領。あとは、どうとでもなる)
静かにたぎる『赤眼猟剣』の目は一瞬で、かつての輝きを取り戻していた。
しかし、こちらへ必死に駆けてくる人物を見て、ボーは驚いた。
「――――テス殿?」




