第22話 白状
窓のそばの魔女は差し込む光に背を向け、三角帽子のひさしを上げた。
「……リアが、番の巫女じゃない?」
「かといって現状は何も変わりません」
椅子に座るボーからはっきりと告げられるも、そんなはずはない。
「いやそれだとあんた、なんで誘拐されたって話に……」
「耳長族も神の槍と同じ勘違いに至ったからです。そしてこれからも、その危険は付きまといます」
つまり、巫女という存在は事実。女神が神の子を召喚したというくだりも本当。
(だけどリアは巫女じゃなくて……じゃあ、あの子の何が特別? 呪いじゃなく補正? そもそも勘違いって?)
黙り込んで混乱するドナをよそに、ボーが膝へと手を置いて姿勢を正す。
そして口にするのは、直接的な解答ではなかった。
「神の槍は精霊とはいえ、中身が本体というわけではありません。肉体を伴ってこその神の槍なのです。むしろ中身だけでは本来ならば個を保てません」
「……どういう意味だい?」
取り調べさながらに声を低く。
相手は目をつむり、自供の構え。
「自我がなかったのです。個を確立した精霊の、もしくはそうなる前のひと欠片。人の形をしたものを動かすためには、あてどなくさまよう鬼火ほどに小さくしなければならなかったようで」
しかしどうも回りくどい。煙に巻く意図は感じないが、結論を避けている印象。
(それに本来ならばだのなかっただの、見え透いた過去形を……)
ドナは舌打ちしたくなりつつも、その明らかな誘いに乗ることにした。情報はいくらあっても良い。
「言わんとしてることはわかるよ、たまにガキっぽいとこも納得だしね。赤子の魂がいきなり大人の体に入っちまったようなもんか。んで、何か自我が芽生えるきっかけでも?」
「話が早くて助かります」
だけどさすがに容量超越。
「今から千年前、神の槍が初めて世に知られた頃は――」
「待った! 待って待って、千年?」
にわかに騒ぐもどこ吹く風で、ボーが淡々と返す。
「魔女殿は女神の軛を解かれたはず。八百年以前の歴史があることに、もう疑いなどないのでは?」
「だからってサラッとしすぎだっての」
「……それはそうなのですが、まぁ、語り古されたものとしてお聞き流しください」
んな無茶な、と肩をすくめるも、手で続きを促す。興味がないわけではない。
ただ、ありがちな昔話とするには衝撃的すぎた。
「千年前、砂漠の隠者によると神の槍はまさに『槍』だったそうです。ひとたび放たれればとどまることを知らず、昼夜問わずに次々と魔物を討ち滅ぼしていく。戦いに勝てたのはそのおかげもあった、と」
「? 戦い?」
「終末戦争。聖なる狂気『希望』と、それに抗う聖なる狂気『知恵』より生まれし四大魔術師の、この世界の命運を賭けた争いです」
そして、理解が追いつかなかった。なんじゃそりゃ。
「けれど、槍は槍でしかなかった。御使い様の命でしか動かぬうえに意思の疎通も取れず、助力を得ながらも隠者たちは血の通わぬ兵器と見なして……」
あまりにも呆然とする魔女を見かねて、語り部が本筋を離れる。
「魔術師の呪文にもあるはずです。『知恵』についての言及が」
「……賢者の石に、石の賢者?」
「そう。賢者は『希望』を倒さんと『知恵』に目覚めるも、それは生身で耐えられるものではなかった。ゆえに彼は自らを永遠に石へと変えてしまった。そして石となった賢者を見て狂気に感染した魔法使いの中から四人、神秘を会得する者が生まれた」
「それが、四大魔術師……魔術師の起源」
生唾をゴクリ。まだどこか他人事だった聖なる狂気とやらがこんな身近に。
何より、そんなことすら知らず、知ろうともしなかった以前までの自分に、改めて背筋がゾクリ。
「というわけで、またきっかけの話に戻るのですが……もうお察しかもしれませんね」
寒気を覚えたドナが腕を組み、ぐったりと壁にもたれかかるも、椅子の上で身じろぎもせずにボーが続ける。
「その戦いから二百年後。異世界から召喚された『勇者』と出会って、自我が芽生えたそうです。『フェオ』と名付けたのも彼のようで、そういった諸々の人間扱いが原因かと」
特に察してはいなかったが、それよりも。
「あんたも神の子を勇者って呼ぶんだね」
「この『勇者』は『勇敢なる者』というより『選ばれし者』という意味合いのほうが近いかもしれません」
「……へー」
「そして同時に、この世界の毒でもあります。しかしそれは制する毒。つまり薬です」
「へっ?」
無関心と不可解をへで両立させ、無理解な魔女は素っ頓狂に尋ねた。
「え、なんの話?」
「そうですね、この世界における神の定義でしょうか」
混迷不可避。
しかも眠くなりそうな話で、徹夜明けにはちときつい。
「隠者によると、この世界は体内のようなものだそうです」
「……話の流れ的に、神のってこと?」
「はい。だから神は我ら人と同じく、己の内側を見ることは叶わない。体調不良を感じてもどこが悪いかは観察できないでしょう? ただ、外側から干渉はできる。例えば薬を飲んだり」
「! 薬……」
しかし頭の中で合わさる符号が、重たい眠気を吹き飛ばした。
「薬が『勇者』であり、神の子……真実の住人」
続けて冴える。連鎖。
「トランプの裏表じゃない、肉体の内と外なんだ。真実とはつまり神の視点、神が見ている外側の世界……」
「さらに言えば魔術師が目指す上位世界、精霊などがいるのは同じ内側。思考や記憶といった神の頭の中のようなものだそうです」
「病は気からとも言うし、同じ括りなわけね」
壁に背をつけ、頭をゴンッ。
今、痛みを感じているのはこの世界で、痛いと考えているのは上位世界ということだろうか。両者ともに内なる世界。
「滑稽な話だこと。魔術師は井の中の蛙で、目指した大海は水脈つながる別の井戸だったわけか」
「そうとは限りません。そこは泉か、湖ほどはありますよ」
「でもいるだろ? 大海に出たやつ。フェオの話で当たりは付いてたけど、今ので確信したよ」
ドナは腕組みをしたまま語った。
「文字は扉、言葉は鍵。真実への扉は共有文字じゃない、固有文字。つまりそれは神の視点から見る文字で、鍵となる言葉は神の言語だったんだ。そして女神は聖なる狂気の『愛』に目覚めてそこをくぐった。ここまでは合ってる?」
「……はい」
「だったらあとは簡単。聖なる狂気ってのは異世界召喚の逆で、真実の住人を召喚するのではなく、真実の住人となること。番の巫女という魔法使いの到達点に等しき、まさに魔術師の到達点」
もはや聞かせるためにあらず。
指で無意識にリズムを刻みながらの言語化は、己の思考を組み立てるため。
「魔術師が目指すべきは固有文字の極致、聖なる狂気だったってことか。だけど、疑問もある。固有文字を宿した者は紡ぐべき呪が勝手に口から出てくるそうなんだけど、それは聖なる狂気の目覚めとは違うのかい?」
「……いいえ」
「あんたそれどっちって、あ、ごめん」
ポカンとする語り部からその座を奪っていたことに気がつき、ドナは頭の中で組み立てた積み木をいったん崩した。
「なんか話の腰折っちまったね。それで――――何?」
「いえ、ただ、そこまで理解できるものなのかと……」
ガン見してくる赤い瞳。オマケに柔和な笑み。
視線を逸らす瞬間、不意に。
「さすがはその若さで風織りの魔女となられたお方。改めて感服いたしました」
「……そりゃどーも」
気のないふりも内心ウキウキ。若いだって。さすがは砂漠の隠者の一族、魔術師事情に詳しい。ドナは横目で椅子の上のドレッドヘアー男をうかがった。
そこで、ふと思った。
「そうですね。聖なる狂気についてひとまずお答えしますと、それは火を水と、天を地と、光を影と呼ぶ所業。その呪は境地に達してでなく、狂気の果てにたどり着くものなのです」
豊富な知識に、確かな思考能力。魔術師の素養十分。
「……まぁ、まともじゃないのはわかったわ」
「そう、正気ではいられない。水は低きに易く流れ、竜とて滝を昇るに及ばず。召喚される『勇者』や憑依する『魔王』のように虚構となることは簡単でも、現実となることはそれこそ摂理に反する。その代償は自我の崩壊であり、個の消失」
それに砂漠の隠者もそうなのだから、元々は魔法使いの一族だったのだろう。やたらと自然界の例えが多いし。
「そうは言うけどあんた、女神の目は……いや、だから現象か。あれはもう女神でなく、聖なる狂気そのもの」
「つまり『愛』だけが残った。神の子の復活を望み、神の子のための世界を作ろうとする意志だけが。番の巫女という存在が世に知られていないことも、そこのさじ加減が効かぬゆえ」
「というと?」
なのに墓守である彼は、元騎士。
「『勇者』は薬ですが、毒としても知られていました。存在すればいずれ人の領域が魔に侵されてしまうという伝説の形で。女神はその伝説を消したかった。そして『勇者』を召喚する『巫女』という存在は、その伝説といっしょに消えてしまった」
たぶんリアと同じ理由で、本来なら騎士になどなれないはず。魔法使いの系譜とはそういうもの。
しかし彼は、騎士隊長を務められるほどの肉体的強さを誇るらしい。
「ああ、それで神の子って名前だけが残ったわけか。うまいこと伝説を改変できず……いや、さじ加減が効かない?」
かつて彼の祖が喰らったという、神の槍の血肉が原因だろうか。
「まさか、惚れた男の悪評を消すためだけに、歴史丸ごと消したってんじゃないだろうね?」
「そこはなんとも。昨夜も少し説明しましたが、女神はこの世界という書物を自由自在に扱えるようなもの。ただ、思考能力はない。だから本能的に、それまで綴られていたページをすべて破り捨てたようです」
「……んなアホな」
隠者の一族の狂気を癒し、おそらく肉体的な加護となった血肉。自分を狂気から救った血清の元。
「その評はどうでしょう。『希望』はそれこそ、世界という書物を火にくべて終わらせようとしましたが、女神は白紙の未来を残しましたから。破壊と再生。まさに、神の如く」
「で、神様気取りで自分に都合良く、その後を書きなぐったわけだ」
理由は不明。神の槍自身にもわからないらしい。
「そうです。魔女殿はそれを精神的支配と呼びましたが、実際はもっと単純かもしれません。つまりは物語にどんな背景があろうと、語られぬのならば登場人物たちは気にも留めない。設定のどんな矛盾も、そういうものと受け入れて物語を進めることしかできず――」
「ちょっと待った。体内だの書物だのコロコロと、さすがに頭が限界だって……」
ならば、神の槍とは。
「とりあえずさっきは聞き流したんだけど。その憑依? する『魔王』ってのがもしかして、薬を打つ原因の病なの?」
「はい、それを治すための『勇者』です」
「なら、フェオは……」
「……魔女殿?」
フェオはその中で、どんな役割を持っているのか。たぶんそこに、神の槍の正体がある気がした。
だけどいよいよ眠気まで限界に。
「……あたしが寝る前に聞かせてほしいんだけど」
「寝る?」
「仮眠さね。整理する前にスッキリさせとくれよ。んで結局、何をどう勘違いしたの?」
それ以上の疑問を脇に置いたドナはベッドへ移動し、ギシリと腰掛けた。
欲するは結論。
「要はフェオの幼さとご乱心な女神のせいで、リアを巫女だと勘違いしちゃったって言いたいんでしょ? だけど何をどう勘違いしたのかについてはちっとも触れやしない、長々としゃべっといて」
「それは……」
言葉に詰まるボー。赤い瞳をギュッと隠して苦悶の表情。半落ちの犯人が観念して完落ち寸前、みたいな。どんだけ言いたくないんだ。
ドナがあくびをしながらも押し黙ると、その沈黙が最後に背中を押したか。
「……神の槍も女神も、どうやら勇者の言葉というか、こう、巫女への希望的な発言を鵜呑みにしているようで。トールを呼べるのは姫様しかいないと思い込んでいるらしく」
犯人は、ついに白状した。
「ふーん。よくわかんないけど、神の子はなんて?」
「ポンコツアホ毛ドジッ娘ヒロインがいいなと」
「……なんて?」
「……ポンコツアホ毛、ドジッ娘ヒロインが、その――」
――ギシッ。カツカツカツ、グイッ。
「おい、貴重な睡眠時間と文字数を今すぐカエセ」
「お、落ち着いてください魔女殿……文字数?」
高次な話をメタいオチ――五千字目度の一話分丸ごと使いやがって――で締めくくった魔女は墓守の胸倉を掴み、寝不足と憤怒で目を真っ赤にした。




