第19話 墓守はつらいよ②
歯に衣着せず言えば、リリアーナ・クルスという少女は失敗作だ。
「……それって、どういう――」
「どっちかってーと魔法使いの才能あんのよ、レニに似て」
言葉を遮られ、ベッドに腰掛けたリアが目を瞬く。「騎士には絶対なれない」という非情な宣告よりも新たな事実に混乱したようだ。
「お母様が魔法使い?」
「違う違う、素質があるだけ。さすがに基礎を教える人間すらいないってんじゃね」
肩をすくめてリアの隣に腰掛けるドナ。
ボーは魔女の伝えたいことを察し、邪魔にならぬようひっそりと薄暗い部屋の隅に控えた。
「昔はだけど、たまに精霊の声とか聞こえたらしいよ。あんたも心当たりあんじゃない?」
「……陽炎稲妻?」
「やっぱり。それ、あたしもグランにも聞こえないやつだから。ガルドもそうだったはず」
「? 二人はともかく、ご先祖様はわかんないんじゃ……」
「わかるよ、魔力が強くないとダメだからね。そのせいでレニは病弱なんだけど」
「そのせい? どういうことですか?」
二十年前の当時、グランとレニの結婚には様々な障害があった。
そのひとつが跡継ぎ問題。子を産めるような健康状態ではなかった、という話だ。
「さっきもチラッと言ったけど、生物は魔力が強いと肉体が弱くなるの。彼岸と此岸。肉体との縁より、精神が魂の在処へと引っ張られる」
「……えっと、つまり?」
「つまり魔力が強いと、風邪を引いただけで一大事ってこと。魔法使いが消えた理由もそれだし、レニも本当は危なかったんだよ? あたしと出会うのがあと少し遅かったら命にかかわってた」
グランの母にしてリアの祖母、クルス家の先代女当主が二人の結婚に反対したのもそれが理由だと言われている。
だが、少し違う。
「そうなんだ。私が言うのも変だけど、ありがとうございます。でも、それってあの、まさか魔法使いはみんな死んで……?」
「いや、魔術師になったってだけ。ルーンは安全装置でもあるから。レニの場合はまあいろいろ、あたしが代わりにやった」
「? お母様は魔術師になれなかったんですか? 聞いてる感じだとなれそうなのに」
「魔術師は地頭が必要だから無理。そこも受け継いじまったんだね、あんた」
「な、なんで急にバカに……てそっか、私の話か」
彼女が結婚に反対したのは、嫁が跡継ぎを産めぬからではない。
生まれる跡継ぎが問題だったのだ。
「じゃあ私は、お母様に似て魔力が強くて……あれ? 病弱?」
「……そうだね。だから、あんたが元気なのは奇跡なんだよ」
「奇跡?」
クルス家には禁忌がある。ひとつは、双炎王国の他貴族との縁組み。
建国神話の英雄たる血筋は民によって神格化され、あるいは国王よりも影響力があった。ゆえにその威を借られぬよう他家とは疎遠に。
そしてもうひとつ、血統。強き血の選別。
「奇跡なんて、そんな大げさな」
「大げさじゃない。あんたは魔力なら誰よりも強い。番の巫女ってのもその点は納得だったし、正直、長く生きられるか怪しかったぐらいだよ」
「長、く……え!?」
選別は何も、クルス家の興りより定められていたものではない。いくつかの悲劇を経てのことだった。英雄の家系に生まれた、不幸な失敗作たちによる悲劇を。
その最たるものに見舞われたのが、先代女当主だった。
「私、死んじゃうんですか!?」
「いや、成長したあんたは全然そんな心配なくなった。うれしかったよ、あたしも。呪いが何か関係してるのかと思ったけど違うみたいだし」
「なら、なんで……」
「あんたが頑張ったからだよ」
夫となるリアの祖父、先代騎士団長の冒険譚。そこにクルス家の姫君として登場し、描かれる二人の恋模様。だが、実のところは違う。それは彼女が兄殺しに至る道程。
己の非才に苦しみ、呪い、力を欲するあまり王にならんと企てた魔術師の兄を、妹が誅する物語。
「毎日走って、寝込んでは起き上がって。周りが止めてもまた走って、木の棒振って。そういうあんたの努力が、あんた自身を救ったんだ」
父は兄に殺され、魔術で操られたほか二人の兄も殺すしかなく、クルス家は存亡の危機に陥った。それは同時に、この国の象徴が失われることも意味した。叛心を抱いた守護神に民の安寧は揺らぎ、外敵に知られればひとたまりもない。
「いい? あんたがやってきたことは無駄じゃないの。ままごとだなんて言葉で片付けていいもんじゃない。あんたが元気にすくすく育ってくれて、グランたちがどれだけうれしかったことか」
そんな内憂外患を未然に防ぐため、リアの祖父の冒険譚は広められたらしい。
表向きは正式な決闘。妹を娶るため、三人の兄に挑んだ勇敢な主人公。命を落としたのは不運な事故。すべては秘密裏に処理され、真実は闇の中へ。
「……でも、知ってた?」
「ん?」
「みんな知ってたの? 私が頑張っても、普通になるだけだって。強くはなれないって」
そして残された妹はただ一人、失墜した国王からの信頼を取り戻すべく、兄殺しの罪とともにクルス家の歴史まで背負うこととなった。
だからこそ、彼女は反対したのだろう。
「みんな、私のこと……お姫様だってバカにしてたの?」
失敗作による悲劇の歴史を、繰り返したくなくて。
「な、何言ってんだい! そんなわけ――」
「でも、お父様やゲンさんたちは止めなかった! 騎士の修行はさせてくれないくせに、私のバカみたいな真似事を! お母様だって、お祖母様だってそう!」
しかしそれらは当時の国王、そして夫婦の旅の仲間であるドナとゲンドゥルしか知らない。息子のグランにすら知らされず、本来ならばボーになど知る由もない秘密。
彼らの旅路をずっと見守っていた一羽の思考に、教えてもらわなければ。
「二人とも、つらそうに……かわいそうなもの見るみたいな目でこっち見てたっ!」
その前提がある以上、うかつに口を挟めない。説明して良いのかも微妙。そういう意味ではドナも同じだったらしい。
立ち上がったリアの肩に手を置き、彼女は祖母の件には触れずに母の思いだけを代弁した。
「レニはさ、申し訳ないだけなんだよ。自分に似たせいでって。でも……わかるだろ? あの子はあんたを産むのに、それこそ命懸けで――」
「じゃあ産まなきゃ良かったのに」
「――あ?」
一変。一音にはらむ剣呑、威圧。険悪な空気。
怯まぬ少女の強き眼光には、涙。
「跡継ぎのための道具になんて、生まれたくなかった!」
カッとなったのは愛深きゆえだろう。愛した男と、愛する友。二人の息子と、その愛する女性。彼らに最も深くかかわってきたのはたぶん、彼女なのだから。
ドナは右手を振り上げた。
「リアッ!」
しかし痛みの予感に身を強張らせ、まぶたをきつく閉じる彼らの愛の結晶に、彼女はその右手を振り下ろせなかった。力なく下ろして首を振り、大きなため息。
「そんなこと、グランとレニには言うんじゃないよ」
彼女は背を向けた。
「二人を、傷つけたくないだろ」
おそらくそれが、精一杯だった。
そしてボーは、激しい自己嫌悪に陥ったのが見て取れる少女の逃げ道を、片手で軽々とふさいだ。
「どこへ行こうというのですか、姫様」
「姫様って呼ばないで!」
内開きのドアを隣から押さえつけただけで、それすら開けられぬ非力な少女がドアノブをガタガタ。この場から逃げ出すのに必死で、こちらを見ようともしない。
ボーは再び心を鬼にした。
「あなたは姫様以外の何者でもありません。そして、あの方にとってはそれ以下だ」
ガタッ。
ドアのきしみが、止まる。
「あなたはただのお姫様役。守るべき対象ではあれど、重要なのは舞台の結末。配役が埋まれば演じることにこだわりはない。だからあっさり、姿を消した」
押さえつけた腕を離すもドアは開かれず。
少女がゆっくりと、こちらを見上げる。
「フェオは、あなたの王子様役を務める気などありませんよ」
泣きぬれた顔で。
晒す羞恥すら置き去りの、呆けた表情で。
「……そのことをゆめゆめ、お忘れなきよう」
痛む胸に手を当て、敬意を示しながらドアを開ける。レディーファーストの体。促されるままに外へ出るその足取りは覚束ず。
しかし朝の小鳥のさえずりに迎えられると、ピタリ。
「そんなの、わかってる……」
震える背中。目に見える怒り。
少女の、聞き慣れた悪態。
「そんなのわかってるもんボーのバカァ――――ッ!」
耳にどこか馴染むも、自分に向けられるのは初めてだった。胸がチクリ。走り去ったのを見届けてドアを閉じる。
するとすぐ、手荒というよりホラーな歓迎。
――ドンッ! クイッ……!
「ねぇ、今の何? とどめ刺す必要あった? このボロ小屋ごとあんたを押し潰す前にちょいと説明してくれるかいええっ……!?」
壁ドンあごクイする魔女の目は、もう瞳孔散大結膜炎だった。
「落ち着いてください魔女殿。それよりも、姫様を追わなくてよろしいので?」
「あんた殺してからでも遅くないさね……!」
「姫様の健脚ぶりを考えると断言できませんよ」
両手を上げながら言うと、これ見よがしな舌打ちとともにドナが離れる。
「で、どういうつもりだい?」
「どう、とは?」
「やけに厳しいじゃないか、リアに。そんなキャラだったの?」
そして家主がいるにもかかわらず、我が物顔で三度ベッドへと腰掛ける魔女。追いかけはしないらしい。確かに、時間を置いたほうが良さそうだ。
ボーは倒れたままの椅子を持ち上げた。
「考えを改めまして。セシル殿に倣おうかと」
「は? セシル?」
「私含め、甘やかさずにはいられぬ方々ばかりですから」
ベッドから離れ、机のそばに戻してから腰を落ち着ける。
「今の姫様に必要なのは、ああいった方ではないでしょうか」
言い換えるならばそれは、率直さだろう。
「……まぁ、一理あるけど」
ドナは三角帽子を脱いだ。
そしてなぜか、こちらへ放り投げた。思わずキャッチ。
「セシルの言うことも、正しいけどさー」
そのまま彼女は、さらになぜか、自分がいつも使うブランケットを抱きしめてうつ伏せに寝転がった。
「あたしがあんたに期待したのは、そんなんじゃないんだよー……」
知らぬ一面を見せるベッドの上の美女。率直に言ってクるものがあったが、そんな率直さは要らない。
ボーは机に帽子を置いてとにもかくにも明後日のほうを向いた。
「……期待とは?」
「? なんか間あった?」
「気のせいです。期待とは?」
早口になるのを抑えながら驚愕。無意識らしい。昨夜のようにからかっているわけではないのか。
ゴロリ、と寝返りを打つ気配。
「あんた言ってくれただろ? あたしの愛は正しい、とかなんとか。そんな感じのフォローを期待して、リアの悩みをいっしょに聞いてもらったってのにさ」
「フォローしたつもりはないのですが……」
ボーは天井の修繕箇所をぼんやりと見つめた。
建前として聞いたのは、悩みを聞くには夜更けすぎたから今朝にした。真意として推察したのは、神の槍のことについて尋ねに来た。どちらも違ったらしい。
「……そうですね、ご期待に添えず申し訳ありません。最後のご奉公ならば、と思いまして」
「? 最後?」
「私は神の槍の使徒。それがバレたからには、もうここには居られぬでしょう」
「んなこたないさね。あいつらどーせよくわかってないし、あたしも言わないし。それともフェオの指示?」
「そうではありません。誤解のないよう言っておきますが、かつて騎士団に籍を置いたのは私の意思であり――――いや、この言い訳は昨夜もしましたね」
「あー、ごめん。聞いてなかったかも。改めて詳しく……ん?」
ゴロリとまたもや寝返りの気配。それに伴い、感じる視線。妙な声。
愉悦、のような。
「……ちなみに、こんな朝早く来た理由わかる?」
「寝ていないからでは? 遅れましたが神の槍についての考察、お見事です」
「そりゃどーも。寝ずに考えた甲斐あったわ、あんたのこと思い出しながら」
口にはしないが、恐怖もあったのだろう。闇の向こうに浮かぶ女神の目。一度でも狂気に感染した者はそんな幻覚を見て不眠に苦しむらしい。だから今のはからかわれただけだ。
と必死に己へ言い聞かせるボーだったが、まんまと目は釣られクマー。
「で、寝不足なんだけどさ」
化粧で隠す隈。余裕な笑み。
肘をついて寝そべる美女が、空けたベッドの一人分を手でポンポン。
「いっしょに寝る?」
「寝ません」
「あら即答」
再び天井に視線を戻し、雨漏り箇所はないか無心で探し始めると、忍び笑いがわずかに聞こえてきた。非常に不愉快だった。
しかしそれはそれとして、彼女が笑えていることに安堵する自分もいた。




