第14話 踊る会議に見る懐疑 中編
フェオの言っていることはおかしい。
そう言い切ったドナは、事の始まりから筋道を立てて語った。
「『ナロウケイには要らない』だったか……理由は判然としないけど、この双炎王国を狙ったトール教が部隊を送り込んで、不死の怪物を生み出した」
それが以前に出くわした提灯騎士であること、次にその部隊が「番の巫女」である幼いリアを誘拐したと説明。タイミング的にその当日、リアとレニが説法を聞きに行ったという耳長族の司祭一行だろう、という点も補足。巫女の目印がアホ毛だとかいうアホな理由は省略。長いまとめの、まだほんの触りだからだ。
だというのに。
「……ん? ちょ、ちょっと待ってくれ! リリアーナ嬢を誘拐したのがトール教だって!?」
「いやそれさっきの前編で気付けたやろ。文字数多くて削除されたん?」
この赤毛と猫耳コンビは。
「あんたらねぇ……邪魔すんじゃないよ、まったく。テスですら黙って聞いてるってのに」
プルプルと震えて実は爆発寸前な侍女長様だったのは見なかったことにした。
「いやそれよりだな、僕はちょっとまずい気がするぞ。実はこの前ギルドの受付嬢が――」
「セシル」
パチンッ、と指を鳴らせば「あいよー」と気の抜けた返事ながら手早くサササッ。
あっという間。
「……グムッ?」
猿ぐつわに口をふさがれ、ついでに椅子の後ろで手を縛られたライアンの出来上がり。
「グッ、グムゥ――――ッ!?」
「いいから黙ってなこのおバカ。会議室が禁煙じゃなかったら魔法してたとこだよ」
なかなかに理不尽だったが、後日さらに「なんでさっさと言わないんだいこのおバカッ!」と理不尽な暴力を喰らうのはまた別のお話。閑話休題。
とにもかくにも、ドナは続けて語った。
「そしてさらわれたリアを助けたのが、神の子の復活を阻もうとする松明持ちの騎士、フェオだ。筋は通ってる。リアを使っての精霊降ろし……いや、違うか。神の子の……んー、なんだっけ?」
首を傾げると、ゲンドゥルが髭を撫でながら答えた。
「異世界召喚、とやらじゃなかったかのう?」
「それそれ。それを防ごうとしたわけだね」
その際に、フェオが自らに関する記憶をリアから消し、誘拐犯たちからはリアに関する記憶まで消したことも付け加える。
「誘拐したことすら忘れてんだろうね、フェオの言い方だと。リアを見つけたのは偶然だったらしいから。おかげでこの十年、トール教からリアに対するちょっかいはなかったわけだ。ただひとつ、ここで疑問もあるけど……」
「先生、それが彼の言い分のおかしい点ですか?」
すぐ隣からこちらを見上げたグランに首を振る。
「結論を急ぐんじゃないよ。これは、記憶を消す魔法がどんなもんかって話で……どうしてリアは、松明持ちの騎士に助けられたことだけ覚えてたんだろうね? フェオのことは忘れてたのに」
「……それ、わかるかもです」
リアが口元に手を当て、何かを思い出しながら慎重に言葉を紡いだ。
「フェオ、言ってました。自分の落ち度だって。たぶん……私が寝てるって、早とちりしたのかも」
「? 早とちり?」
「はい。私、フェオの顔を見たことは忘れても、捕まってる時のことは覚えてたんです。夢うつつだったけど。女の人が『見つけた』とか、悲願がどうのこうの……それで最後に、松明持ちの騎士が現れて動揺する声も聞こえました。つまり私の意識がないと判断して、記憶を消す範囲を間違え――」
「ちょい待ち。女の人?」
「え? あ、はい。声だけですけど」
トール教の司祭以上の役職。最上位の教皇含め、それらすべてを占める者たち。耳長族。
女神が創りし、不老不死たる女系の一族。
(それに『見つけた』だの、悲願だの、か……)
おそらく『番の巫女を見つけた』で、悲願は神の子の復活。
これはもう、あれか。
「真犯人やな、トール教」
――バンッ!
「先ほどから黙って聞いていればなんと無礼な!」
予想どおりの爆発だが、被害は爆風のみ。最大火力を請け負ってくれたセシルは猫耳を伏せ、サッと椅子に縛られたライアンの後ろへ。盾というより人身御供。
しかしそんな無抵抗な生贄では満足できなかったか、烈火の如く立ち上がった信者がこちらへと火を吹く。
「いったいどういうおつもりですか!? いくらドナ様といえど、これ以上の不敬は許せません!」
「あーもーわかったわかった、悪かったから落ち着きなって。もうちょいで終わるからさ」
「先生……」
ドナもグランの背中にやや隠れながら続けた。
「それからフェオは、リアをずっと監視してたはず。神の子の復活を阻止するために。今さら姿を現したのは……まあたぶん、つい手が出ちまったんじゃないかね? 誰かさんのリアへの逆ギレがひどくて」
「記念すべき『下半身ゴブリン野郎』誕生の一幕やな」
「グムッ!?」
「監視……もしかして、フーちゃんが? そうだ、きっとムーくんも……」
一人で何やら納得するリア以外の視線が、下品な蔑称にことさら反応してしまったライアンへと突き刺さる。うちの姫様に何したコラ、と。特にグランの竜眼が本気で射殺すレベルに。
「ちゅーか姐さん、ちょっとええか? 邪魔すんな言われたけど」
無言の圧だけで猿ぐつわの奥からライアンが泡を吹き始めると、その背後から出てきたセシルが椅子にピョンッと飛び乗った。
「いいけど、ふざけたこと口にしたら承知しないよ」
「ほな真面目に。なんでフェオはリア殺さへんの?」
「え?」
指を差された少女がキョトン。周囲はギョッ。
しかし猫目は、純粋にクリッ。
「だって松明持ちの騎士なら、それが一番手っ取り早ない?」
物騒だがそのとおりだった。
召喚手段である番の巫女の抹殺。監視や護衛より、むしろ簡単。まったくふざけたことではない。
しかし、余計なことを。
「そりゃあたしも考えたけど……きっと、のっぴきならない事情が――」
――バンッ!
「そんな悠長なことを言っている場合ですか!?」
怒れる侍女が叩いた机へズイッと身を乗り出し、隣のリアにやや被さりながらグランへと進言。
「お館様、今すぐあの悪魔の討伐を!」
「ちょ、ちょっとテス邪魔……じゃなくて落ち着いて!」
「これは信徒として言っているのではありません! 捜索などと生温いことを言って、手遅れになっては……!」
「そうじゃのう。それにドナの言うとおりならば、今も姫様を監視してるってことじゃろ? いつでも亡き者にできるよう」
「あ、そっか。だからドナ、フェオはまだ近くにいるって……じゃなくてゲンさんまで何言ってるの!?」
火に油を注いだゲンドゥル。どちらかといえばテスに賛成らしい。見下ろすと、グランまでやや乗り気。
あんたのせいだよ、とセシルにジト目で伝えれば、なんのことかニャ、とかわいく猫被り。隣でライアンは気絶中。まったく、どいつもこいつも。
(かといって反論できないんだよね、この件に関しちゃ)
フェオはリアを守っていたという状況証拠だけ。見ていない三人を説得するには弱い。どうしたもんか、とドナは頭を悩ませた。
しかしそこで飛び出したのは、新たなる証言。
「いい加減にしてください! 人を傷つけられないフェオにそんなことできるわけないでしょ!?」
そして次に浮かんだ言葉は、恋は盲目。
「……いや、そんな甘ちゃんやないやろ。仮にも悪魔やぞ?」
「そ、そういうのじゃなくて! 人に攻撃できないルールなんです!」
「右しばかれたなら左の頬もしばかれたるわ的な? 悪魔どころか聖人やんけ」
「だから違っ……ウー……!」
涙目の理由は、悔しさより不甲斐なさか。言いたいことがうまくまとまらないらしい。そんなリアに、テスもゲンドゥルも、グランも困惑した。
(――――あん?)
しかしドナは、その甘ちゃん発言よりも、リアの次の行動に衝撃を受けた。
「……うーん、そうですね」
救いを求めて少女が振り返った先はドレッドヘアーの男。まるで「代わりに説明して」と訴えるように。なぜ。
柔和な表情は崩れぬも、浅黒い肌にやや冷や汗。
「もしや姫様は、不殺ではなく不可殺と言いたいのでは? 己に課す誓いなどではなく、他者による制限。例えばそういう呪いの類」
「そう、そうなの! さすがボー!」
発言の真意を汲み取って、という体だが、リアの態度を見ても明らか。こいつは何かを知っている。
いよいよ見過ごせなくなったドナが険しい目でにらみつけると、ボーは困ったような笑みを浮かべて頭を下げた。
「私は多くを語れる立場にありませんので、以後は口を慎みます。邪魔をして申し訳ありません」
真摯な謝罪。周囲も理解と擁護の姿勢。
「そんな、気にしなくていいのに。ねぇお父様?」
「そうだぞボー。お前が謝ることなど何もない」
だが、そうじゃない。
おそらく謝罪は手打ちの意。疑念はもっともだが、敵ではないし邪魔はしないという意思表示。
(後でリアとまとめて尋問するにしても、トール教の関係者な線は薄いってだけで今は納得すべきか。おかげで本題に移れるとこもあるし)
そしてドナは、未だ納得しかねる様子のテスに向けて言った。
「実際、フェオは殺そうと思えばいつでも殺せた。だけどリアは生きてる。今はそれで十分だろ?」
「し、しかし相手は……むしろどうしてドナ様は、それほどまでにあの悪魔を信用しているのですか?」
「信頼はしてるけど、信用はしてない。やっぱりあいつの話はおかしい」
「正直言って半分もわかっとらんが、そこまで矛盾もないように聞こえるがのう。具体的にどこがおかしいんじゃ?」
ゲンドゥルの質問に肩をすくめ、端的に告げる。
「『番の巫女』ってやつ」
「なっ……!?」
大きく反応したのはグランだった。
「どういうことですか、先生。それだと彼の話すべてがウソになるのでは?」
「さっきも言っただろ? ウソには聞こえなかったって」
「いやどっちじゃよお前さん……」
煙管をパッ。手品のように右手へ出現させてから、ドナは会議室が禁煙なことを思い出した。別の場所にすりゃ良かった。
消すのも面倒なので、そのまま肩叩きに。
「テス、聞き覚えはあるかい? この『番の巫女』ってのに」
テスが冷静さを取り戻して着席する。会話の流れがトール教に旗色良しと見たのだろう、従順な信徒だ。
しかしそんな彼女でも、首は横に。
「いいえ。正直、さっきからなんのことだか。姫様がその巫女で、なんとか召喚?」
「女神は精霊降ろしという魔法で、神の子を呼び寄せた。その別名が異世界召喚とやらで、その魔法を使えるのが番の巫女らしい。それも初耳?」
「はい……っ!? お、お待ちください! ではつまり、姫様は……!」
「トール教の悲願。神の子を地上に再臨させる、新たな女神ってとこかね」
「へ? ドナ、いきなり何――」
――ガシッ!
仰々しい大役の指名に動揺するリアの両手を、隣に座っていたテスが無理やり取る。
しかも、涙を浮かべながら。
「姫様、この乳母めはずっと信じておりました。たとえ悪魔に惑わされようと、きっと何か意味があるのだと。つまりすべては試練だったのですね?」
「ま、待ってテス、ちょっと落ち着い――――ヒャッ!?」
ドン引きする手を決して離さず、テスは立ち上がった。そして無理やり引っ張って立たせたリアへと恍惚に告げる。
「さあ歌いましょう、姫様」
「なんで!?」
「女神の愛が叶い、約束の日が訪れるのです! 賛美せずしてなんとしますか!?」
「いやいやでも――――えぇ、本当に……?」
讃美歌を熱唱し出すテスに、リアがこちらの様子をうかがいながらも仕方なさそうに小声で合わせる。そうしなければ手を離してくれないとわかっているのだろう。
窓から差し込む光の下での、荘厳な歌劇。長机を挟んだ客席からは遠い目。
「……姐さん、ウチらはいったい何を見せられとんの?」
「由緒正しき騎士団の会議室なんじゃが、ここ」
「まさかあたしも、ここまでテスのキャラが壊れるとは……」
そして客席に座る赤毛は縛られたまま居眠り中で、保護者席からは細い目。娘のお遊戯発表会みたいになってた。




