第15話 踊る会議に見る懐疑 後編
トール教の讃美歌――題名『ただひとつの愛』――を熱唱するリアとテス。その歌劇に長机を挟んだ客席が呆然、議長席改め保護者席では陶酔。
親バカの隣に立つドナは気を取り直して尋ねた。
「ま、まあ予想以上に過激だけど、これであたしの言いたいこともわかったろ?」
『……ん?』
と一斉に傾げる首。八割方テスの歌声が響く中、猿ぐつわの奥からこだまするライアンのいびき。だめだこりゃ。
ドナはため息をつきながら煙管を投じた。
「グムッ!?」
そしてライアンの顔面にヒットさせると、リアとテスの背後に控えていたはずのボーの足元へ。長机の下手側を回り、舞台から逃げてきたようだ。
「ねぇ、あんたはわかる?」
ボーが落ちた煙管を拾う。
「先ほども申しましたが、私は口を挟める立場では……」
「固いこと言うんじゃないよ。美人の相手だ、役得だろ?」
色目をほんのり。
すると、柔和な笑みにうっすら苦味。煩悩は退散済みか。
「では、僭越ながら……魔女殿はこう仰りたいのですよね? 番の巫女という存在を、信者すら知らないのは違和感がある、と」
「そのとおり」
踵を鳴らして歩み寄り、拾われた煙管を受け取る。
「実際、リアは女神の生まれ変わりと言えなくもない。テスほど過激じゃなくても、世のトール教信者は喜んで受け入れるはず」
「あるいは聖女として祭り上げられるべき。そんな番の巫女という存在が、世に一切知られていないのはおかしい」
「誘拐したんだから耳長族の連中は知ってたとして、そこも矛盾だ。教えの中にでも含めてれば、リアを堂々と連れて行けたのに。あるいは公表するとかね」
ボーとのスムーズなやり取りにドナは思った。頭も切れるし、色眼鏡を外せばイイ男。いっそ煩悩を取り戻させて情報を引き出すのもアリか。
そんな企みを抱きながら肉眼透視検査を始めかけたドナへと、グランが尋ねる。
「私が娘を差し出さぬと悟ったから誘拐したのでは?」
「レニは喜んだはずだよ。今のテスみたいに」
「それは、妻も信徒だから――」
「いいや、あんたもだ」
「――は?」
「あんたも差し出したさ。渋々だろうけどね」
疑念と驚愕に見開く竜眼。
閃く猫目。
「せやな。よう考えたらどうでもええか」
「おい猫耳族の、口を慎めよ。姫様をなんじゃと思うとる」
「ちゃうがなじいさん、神の子のことやがな」
セシルが頬杖をついて吐き捨てる。
「異世界召喚かなんか知らんけど、好きにさせたらええんちゃうの?」
そうなのだ。
神の子を召喚しようと、害はない。
「むしろ平和になるってんなら、今からでもリアを差し出したほうが得策さね」
「し、しかし先生、平和と言ってもそれは……」
「そりゃ侵略してくるかもだけど、双炎王国はとっくに標的らしいし、それこそ番の巫女が交渉材料になり得る。故郷には手を出さないんじゃない?」
「ほかにトール教の手が及んどらんのも、いくつかの小国や部族の集まりぐらいじゃから、時勢はあまり変わらぬか」
「ゲンドゥル、お前まで……!」
「ちゅーか姐さん、こいつが何か言いたそうやから猿ぐつわ外してもええ?」
話の腰を折られたのにニッコリ。
しかし、うっすら怒筋。
「却下」
「グム!?」
「ほんま何しに来たんやろな、ジブン」
椅子に縛りつけられたまま項垂れるライアンを横目に、ドナは続けた。
「ま、本当に差し出したりはしないから安心しな。やっぱり巫女の存在を秘密にしてる点できな臭いし、何よりフェオが敵に回っちまう」
「それも厄介じゃが、そもそもなんで松明持ちの騎士は神の子の復活を邪魔するんじゃ?」
「そりゃ本人に聞いとくれ。そこらへん含め、全部って言ったわりに半分も口にしちゃいないだろうし」
「そうですね……結局、リアの呪いのこともわからずじまいだ」
娘を不憫に思う、悩ましげな父親の弁。それもあったか。
「巫女であることが理由って言い方だったけど、根本的な原因は語っちゃいないものねぇ」
「あ、神の子が魔物滅ぼすからちゃう? 平和にするってそーゆーことやん。やから生存本能みたいなんが働いて、魔物が召喚主を襲うとか」
セシルにしてはまともな意見だった。一考の余地あり。
「意外とフェオもその口かね」
「? 先生は、松明持ちの騎士が神の子復活を邪魔するのも魔物の生存本能だと? あまりしっくり来ませんが……」
「それに、姫様の呪いは魔物だけとは限らん。屋根から落ちそうになったり、キッチンを全焼しかけたり」
「もうっ! 余計なこと言わないでゲンさん!」
リアが手をつき、机から身を乗り出す。歌い終わったらしい。
それに、話も耳に入っていたようだ。
「ドナ。さっき聞いてて思い出したんですけど、フェオ言ってました。『使命』だって」
「使命?」
「はい。今思うとたぶんそれが、神の子様の復活を防ぐって意味だったんじゃないかと」
ラララー、と余韻に浸るテスは見ないようにして、リアへと肩をすくめる。
「だとしても、答えにはなっちゃいないね」
「ですよね。でも、同時に『約束』とも言ってました」
「? 同じようなもんじゃ……?」
「なんか『約束』のほうが大事っぽかったです」
「なんやそのふわっとした情報。アホなん?」
「だ、だって思い出したから――」
セシルとリアのやり取りをよそに、ドナは考え込んだ。
使命と同じ文脈での約束。
(使命ってのも、いまいちわかんないけど……)
使命であり、誰かとの約束。
(神の子の復活阻止なんて大それた約束、誰と?)
フェオの古い関係者。ガルドは四百年前で、時期が合わない気もする。女神はあり得ない。
となると。
(神の子が、自分を殺した相手に、自分を復活させないよう頼んだ?)
その思いつきを、ドナはすぐさま一笑に付した。我ながらバカげている。きっと、知らない誰かと約束したのだろう。そもそもフェオの人間関係など把握できるわけがないのだから。
何せ彼は、八百年も生きて――
(――八百年?)
唐突な違和感。
八百年という時を過ごす。不老の域に達した者ならば可能。耳長族の教皇や砂漠の隠者など、実際に存在する。驚きではあるがおかしくはない。
だけど、おかしい。
(いや、おかしいのは……あたし?)
ドナは片手で頭を抱えた。
「? 先生?」
痛みではない。
「おい、急にどうしたんじゃ? 顔が真っ青じゃぞ」
けれど、視界に歪み。ふらつく足。その状態は奇しくも、記憶の『空白』に気付いたかつての少女と同じ。
だが、比較にもならない。
「あ、そういえばもうひとつ」
こちらの様子に気付かぬ声が耳に入る。
「フェオ、神の子様を変なふうに呼んでましたよね。『勇者』って」
「そうやったっけ?」
「いやセシルもその場に――――って、テス? え、二番も!? 振り付きで!? わ、わかったから引っ張らないで!」
「……間奏やったんかい、さっきの美声は。しかも歌劇から軽快歌劇になっとるし」
おかしい。
「ちゅーか神の子を勇者て、それは剣聖はんみたいなんを呼ぶ時のもんやろ。なあ姐さ……ん?」
いいや、おかしくない。
「どないしてんこの人、酒でも飲ませたん?」
「もしそうでもザルのこやつが酔うはずないじゃろ」
「先生、気分が優れないのでしたらもう――」
「勇敢なる者……」
揺れる視界、揺らぐ世界。
「グランは十二歳で、竜殺しの称号を得た……」
奇怪。
「それからも武功を立て、勇者と呼ぶに相応しくなった……。なら、神の子は? どうして勇者と?」
「せやから誰も呼んでへんて」
「神の子はどうして神の子になった……?」
「ドナ、お前さん本当にどうした?」
誰もがおかしいのに、誰もおかしくない。
「四百年前、英雄ガルドが生まれたことをあたしらは知っている。この世界には誰でも過去が、ほかにも記録がある……じゃあ、八百年前は?」
「? 先生もご存じのとおり、八百年前はトール教が誕生――」
「それ以前だよっ!」
――おかしくないあたしだけが、おかしい。
「トール教が誕生する以前は!?」
ドナは肩で息をし、呼吸を落ち着けようとしたが、頭痛と吐き気に襲われた。立ってられぬほどのめまいまで。
覚えがある。これは幻術、精神操作などから抜け出す際の反作用。フェオの記憶消去もこの類だろう。
「……いや姐さん、八百年より以前て――」
しかし、比較にもならない。規模が違いすぎる。
「――そんなんあるわけないやん」
消されたのは、歴史だ。
(あり得ない……この世界丸ごと? 個人の認識まで?)
向けられる奇異の目に戦慄。
知る限り、最古の歴史が記された書物はトール教の経典。そこに書かれているのも神の子の素晴らしさや偉大な力だけで、それまで何を為したのかに一切言及はない。
トール教の誕生が、この世界の誕生とでも言わんばかりに。
(そんなことあるわけないのに、誰も疑問を持つやつ、が……)
いた。
――どうしてこんなところに宝箱があるんですか?
一人だけ。
手を取られ、強制的に歌い踊る少女と目が合う。奇異ではなく不思議。子どものような純粋さを保つ、青い瞳。自らが歴史に無知なだけと思っているらしい。
ドナは安堵した。
「! グムッ!」
「お前はいつまで猿ぐつわって姐さん!?」
世界で一人きりのような心細さから救われ、思わず膝から崩れ落ちた。
――ポスッ。
「おお、ナイスじゃボー」
「先生、ご無事で!?」
そして誰かに支えられながら、ふと思う。
地下坑道で宝箱を前にした一幕。リアはあの後、フェオになんて――
「お控えください、魔女殿」
――しゃべるな、リア。
あぁ、そうだ。
「驚きのあまり言葉を失っておりましたが、それ以上は――」
「『女神に聞かれる』かい?」
「――っ!」
「ハッ……ついにシッポ出したね。似てるってあたしの勘も、あながち間違いじゃなかったわけだ」
ふらつきながらも突き飛ばし、ボーに煙管を突きつける。
「あんた、フェオ側だろ?」
消える、柔和な笑み。
浮かぶ焦り。冷や汗。
「否定はしません。それに、感服致しました。あなたは魔女であり賢者だ。ですのでどうか、口にするのはもう……」
「やなこった」
「なっ……魔女殿!」
「うんざりなんだよ、あんたらの秘密主義には」
会議は踊り、さらにはバトル。
長机の向こうでは軽快歌劇が佳境を迎え、背後では決闘でも始まりそうな予感。挟まれた観客一同は訳もわからずにただ息を呑んだ。
「なぜ、歴史を消す必要があった? そりゃ不都合だからさ」
――愛はひとつ。あなただけ。
「大なり小なり、真実なんてのは捻じ曲げられるのが世の常。本当はフェオが正しくて、神の子は殺されるべきだったんじゃないのかい?」
――ほかにはもう、何も要らない。
「それにしても、だ。迷宮なんて面倒なもんこしらえて、わざわざご丁寧に宝箱まで用意する? 何をしたいのかさっぱりさね」
――愛はひとつ。あなただけ。
「そんなもんが文明の維持に……ナロウケイという名の世界を維持するためだとして、そもそもそれはなんのため?」
――ほかの愛だって捨てられる。
「ここはつまり、トール教にとって都合の良い世界。そしてやつらの都合とは、女神の望み……神の子? この世界は――――神の子のために作られた?」
――テーブルの上に並べるのは、あなたが望むものすべて。
「狂ってる、全能に近い力をこんな……。それに殺されるべき存在だとしたら、神の子っていったい――」
「いい加減にしてください魔女殿!」
――そして私は待ち望む。金のボタンを握りしめ。
「あなたならわかるはずです、秘密にすべき理由があるのだと! この力は……かの狂気は、神の御業だと!」
「? 狂気?」
――愛はひとつ。愛はひとつ。愛はひとつ。
「そうか、聖なる狂気。フェオが言ってたね、それこそが女神の力だと」
「……御使い様のご意志は、私などでは考えにも及びません」
――あなただけ。あなただけ。あなただけ。
「なぜ記憶を消さず、こんな危険を……。しかし、これだけは信じていただきたい。かの『愛』は、常に世界を見て――」
――愛はひとつ。あ<⚫️> <⚫️>
ヒッ、と。
「――っ!? しまった……!」
喉が。寒気が。
「わわっ……テス、どうしたの?」
鳴りやむステップ。音楽。
見開かれた赤い瞳の行く末と、馴染みある少女の声の言及先が、今もこの身に絡みつく視線の心当たりと一致。
だから、振り向かざるを得なかった。
「! いけません魔女殿っ!」
そしてドナは、テスを見た。
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⬛️殺⬛️
ド ⬛️赦罪ト⬛️ ワ
ナ ⬛️唇オ■憶遠⬛️ タ
は ⬛️聲聴■■■悲ル⬛️ シ
テ ⬛️嫌吾■■■■■参過⬛️ が
ス ⬛️ド捜■■■霧獄⬛️ オ
る ⬛️罰愚■遥コ⬛️ マ
ミ ⬛️槍?勇⬛️ エ
⬛️我⬛️
※
――なんで、あたしじゃダメだったんだい?




