表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/34

第15話 踊る会議に見る懐疑 後編

 トール教の讃美歌――題名『ただひとつの愛』――を熱唱するリアとテス。その歌劇オペラに長机を挟んだ客席が呆然ナニコレ、議長席改め保護者席では陶酔ウンウン

 親バカの隣に立つドナは気を取り直して尋ねた。


「ま、まあ予想以上に過激だけど、これであたしの言いたいこともわかったろ?」

『……ん?』


 と一斉に傾げる首。八割方テスの歌声が響く中、猿ぐつわの奥からこだまするライアンのいびき。だめだこりゃ。

 ドナはため息をつきながら煙管キセルを投じた。


「グムッ!?」


 そしてライアンの顔面にヒットさせると、リアとテスの背後に控えていたはずのボーの足元へ。長机の下手側を回り、舞台ステージから逃げてきたようだ。


「ねぇ、あんたはわかる?」


 ボーが落ちた煙管キセルを拾う。


「先ほども申しましたが、私は口を挟める立場では……」

「固いこと言うんじゃないよ。美人の相手だ、役得だろ?」


 色目をほんのり。

 すると、柔和な笑みにうっすら苦味。煩悩は退散済みか。


「では、僭越ながら……魔女殿はこう仰りたいのですよね? つがいの巫女という存在を、信者すら知らないのは違和感がある、と」

「そのとおり」


 ヒールを鳴らして歩み寄り、拾われた煙管キセルを受け取る。


「実際、リアは女神の生まれ変わりと言えなくもない。テスほど過激じゃなくても、世のトール教信者は喜んで受け入れるはず」

「あるいは聖女として祭り上げられるべき。そんなつがいの巫女という存在が、世に一切知られていないのはおかしい」

「誘拐したんだから耳長族の連中は知ってたとして、そこも矛盾だ。教えの中にでも含めてれば、リアを堂々と連れて行けたのに。あるいは公表するとかね」


 ボーとのスムーズなやり取りにドナは思った。頭も切れるし、色眼鏡を外せばイイ男。いっそ煩悩を取り戻させて情報を引き出すのもアリか。

 そんな企みを抱きながら肉眼透視検査イイカラダチェックを始めかけたドナへと、グランが尋ねる。


「私が娘を差し出さぬと悟ったから誘拐したのでは?」

「レニは喜んだはずだよ。今のテスみたいに」

「それは、妻も信徒だから――」

「いいや、あんたもだ」

「――は?」

「あんたも差し出したさ。渋々だろうけどね」


 疑念と驚愕に見開く竜眼。

 閃く猫目。


「せやな。よう考えたらどうでもええか」

「おい猫耳族の、口を慎めよ。姫様をなんじゃと思うとる」

「ちゃうがなじいさん、神の子のことやがな」


 セシルが頬杖をついて吐き捨てる。


「異世界召喚かなんか知らんけど、好きにさせたらええんちゃうの?」


 そうなのだ。

 神の子を召喚しようと、害はない。


「むしろ平和になるってんなら、今からでもリアを差し出したほうが得策さね」

「し、しかし先生、平和と言ってもそれは……」

「そりゃ侵略してくるかもだけど、双炎王国ブレイザムはとっくに標的らしいし、それこそつがいの巫女が交渉材料になり得る。故郷には手を出さないんじゃない?」

「ほかにトール教の手が及んどらんのも、いくつかの小国や部族の集まりぐらいじゃから、時勢はあまり変わらぬか」

「ゲンドゥル、お前まで……!」

「ちゅーか姐さん、こいつが何か言いたそうやから猿ぐつわ外してもええ?」


 話の腰を折られたのにニッコリ。

 しかし、うっすら怒筋どすじ


「却下」

「グム!?」

「ほんま何しに来たんやろな、ジブン」


 椅子に縛りつけられたまま項垂れるライアンを横目に、ドナは続けた。


「ま、本当に差し出したりはしないから安心しな。やっぱり巫女の存在を秘密にしてる点できな臭いし、何よりフェオが敵に回っちまう」

「それも厄介じゃが、そもそもなんで松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)は神の子の復活を邪魔するんじゃ?」

「そりゃ本人に聞いとくれ。そこらへん含め、全部って言ったわりに半分も口にしちゃいないだろうし」

「そうですね……結局、リアの呪いのこともわからずじまいだ」


 娘を不憫に思う、悩ましげな父親の弁。それもあったか。


「巫女であることが理由って言い方だったけど、根本的な原因は語っちゃいないものねぇ」

「あ、神の子が魔物滅ぼすからちゃう? 平和にするってそーゆーことやん。やから生存本能みたいなんが働いて、魔物が召喚主を襲うとか」


 セシルにしてはまともな意見だった。一考の余地あり。


「意外とフェオもその口かね」

「? 先生は、松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)が神の子復活を邪魔するのも魔物の生存本能だと? あまりしっくり来ませんが……」

「それに、姫様の呪いは魔物だけとは限らん。屋根から落ちそうになったり、キッチンを全焼しかけたり」

「もうっ! 余計なこと言わないでゲンさん!」


 リアが手をつき、机から身を乗り出す。歌い終わったらしい。

 それに、話も耳に入っていたようだ。


「ドナ。さっき聞いてて思い出したんですけど、フェオ言ってました。『使命』だって」

「使命?」

「はい。今思うとたぶんそれが、神の子様の復活を防ぐって意味だったんじゃないかと」


 ラララー、と余韻に浸るテスは見ないようにして、リアへと肩をすくめる。


「だとしても、答えにはなっちゃいないね」

「ですよね。でも、同時に『約束』とも言ってました」

「? 同じようなもんじゃ……?」

「なんか『約束』のほうが大事っぽかったです」

「なんやそのふわっとした情報。アホなん?」

「だ、だって思い出したから――」


 セシルとリアのやり取りをよそに、ドナは考え込んだ。

 使命と同じ文脈での約束。


(使命ってのも、いまいちわかんないけど……)


 使命であり、誰かとの約束。


(神の子の復活阻止なんて大それた約束、誰と?)


 フェオの古い関係者。ガルドは四百年前で、時期が合わない気もする。女神はあり得ない。

 となると。


(神の子が、自分を殺した相手に、自分を復活させないよう頼んだ?)


 その思いつきを、ドナはすぐさま一笑に付した。我ながらバカげている。きっと、知らない誰かと約束したのだろう。そもそもフェオの人間関係など把握できるわけがないのだから。

 何せ彼は、八百年も生きて――


(――()()()?)


 唐突な違和感。

 八百年という時を過ごす。不老の域に達した者ならば可能。耳長族の教皇や砂漠の隠者など、実際に存在する。驚きではあるがおかしくはない。

 ()()()()()()()


(いや、おかしいのは……あたし?)


 ドナは片手で頭を抱えた。


「? 先生?」


 痛みではない。


「おい、急にどうしたんじゃ? 顔が真っ青じゃぞ」


 けれど、視界に歪み。ふらつく足。その状態はしくも、記憶の『空白』に気付いたかつての少女と同じ。

 だが、比較にもならない。


「あ、そういえばもうひとつ」


 こちらの様子に気付かぬ声が耳に入る。


「フェオ、神の子様を変なふうに呼んでましたよね。『勇者』って」

「そうやったっけ?」

「いやセシルもその場に――――って、テス? え、二番も!? 振り付きで!? わ、わかったから引っ張らないで!」

「……間奏やったんかい、さっきの美声ラララーは。しかも歌劇オペラから軽快歌劇ミュージカルになっとるし」


 おかしい。


「ちゅーか神の子を勇者て、それは剣聖はんみたいなんを呼ぶ時のもんやろ。なあ姐さ……ん?」


 いいや、おかしくない。


「どないしてんこの人、酒でも飲ませたん?」

「もしそうでもザルのこやつが酔うはずないじゃろ」

「先生、気分が優れないのでしたらもう――」

「勇敢なる者……」


 揺れる視界、揺らぐ世界。


「グランは十二歳で、竜殺しの称号を得た……」


 奇怪。


「それからも武功を立て、勇者と呼ぶに相応しくなった……。なら、神の子は? どうして勇者と?」

「せやから誰も呼んでへんて」

()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「ドナ、お前さん本当にどうした?」


 誰もがおかしいのに、誰もおかしくない。


「四百年前、英雄ガルドが生まれたことをあたしらは知っている。この世界には誰でも過去が、ほかにも記録がある……じゃあ、八百年前は?」

「? 先生もご存じのとおり、八百年前はトール教が誕生――」

()()()()だよっ!」



――おかしくないあたしだけが、おかしい。



()()()()()()()()()()()()!?」


 ドナは肩で息をし、呼吸を落ち着けようとしたが、頭痛と吐き気に襲われた。立ってられぬほどのめまいまで。

 覚えがある。これは幻術、精神操作などから抜け出す際の反作用。フェオの記憶消去もこのたぐいだろう。


「……いや姐さん、八百年より以前まえて――」

 

 しかし、比較にもならない。規模が違いすぎる。


「――()()()()()()()()()()()()


 消されたのは、()()()


(あり得ない……この世界丸ごと? 個人の認識まで?)


 向けられる奇異の目に戦慄。

 知る限り、最古の歴史が記された書物はトール教の経典。そこに書かれているのも神の子の素晴らしさや偉大な力だけで、()()()()()()()()()()()に一切言及はない。

 トール教の誕生が、この世界の誕生とでも言わんばかりに。


(そんなことあるわけないのに、誰も疑問を持つやつ、が……)


 いた。



――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 一人だけ。

 手を取られ、強制的に歌い踊る少女と目が合う。奇異ではなく不思議。子どものような純粋さを保つ、青い瞳。自らが歴史に無知なだけと思っているらしい。

 ドナは安堵した。


「! グムッ!」

「お前はいつまで猿ぐつわって姐さん!?」


 世界で一人きりのような心細さから救われ、思わず膝から崩れ落ちた。



――ポスッ。



「おお、ナイスじゃボー」

「先生、ご無事で!?」


 そして誰かに支えられながら、ふと思う。

 地下坑道で宝箱を前にした一幕。リアはあの後、フェオになんて――


「お控えください、魔女殿」



――しゃべるな、リア。



 あぁ、そうだ。


「驚きのあまり言葉を失っておりましたが、それ以上は――」

「『女神に聞かれる』かい?」

「――っ!」

「ハッ……ついにシッポ出したね。似てるってあたしの勘も、あながち間違いじゃなかったわけだ」


 ふらつきながらも突き飛ばし、ボーに煙管キセルを突きつける。


「あんた、フェオ(そっち)側だろ?」


 消える、柔和な笑み。

 浮かぶ焦り。冷や汗。


「否定はしません。それに、感服致しました。あなたは魔女であり賢者だ。ですのでどうか、口にするのはもう……」

「やなこった」

「なっ……魔女殿!」

「うんざりなんだよ、あんたらの秘密主義には」


 会議は踊り、さらにはバトル。

 長机の向こうでは軽快歌劇ミュージカルが佳境を迎え、背後では決闘でも始まりそうな予感。挟まれた観客一同は訳もわからずにただ息を呑んだ。


「なぜ、歴史を消す必要があった? そりゃ不都合だからさ」



――愛はひとつ。あなただけ。



「大なり小なり、真実なんてのは捻じ曲げられるのが世の常。本当はフェオが正しくて、神の子は殺されるべきだったんじゃないのかい?」



――ほかにはもう、何も要らない。



「それにしても、だ。迷宮ダンジョンなんて面倒なもんこしらえて、わざわざご丁寧に宝箱まで用意する? 何をしたいのかさっぱりさね」



――愛はひとつ。あなただけ。



「そんなもんが文明の維持に……ナロウケイという名の世界を維持するためだとして、そもそもそれはなんのため?」



――ほかの愛だって捨てられる。



「ここはつまり、トール教にとって都合の良い世界。そしてやつらの都合とは、女神の望み……神の子? この世界(ナロウケイ)は――――神の子のために作られた?」



――テーブルの上に並べるのは、あなたが望むものすべて。



「狂ってる、全能に近い力をこんな……。それに殺されるべき存在だとしたら、神の子っていったい――」

「いい加減にしてください魔女殿!」



――そして私は待ち望む。金のボタンを握りしめ。



「あなたならわかるはずです、秘密にすべき理由があるのだと! この力は……かの()()は、神の御業みわざだと!」

「? 狂気?」



――愛はひとつ。愛はひとつ。愛はひとつ。



「そうか、聖なる狂気。フェオが言ってたね、それこそが女神の力だと」

「……御使い様のご意志は、私などでは考えにも及びません」



――あなただけ。あなただけ。あなただけ。



「なぜ記憶を消さず、こんな危険を……。しかし、これだけは信じていただきたい。かの『愛』は、常に世界こちらを見て――」











――愛はひとつ。あ<⚫️> <⚫️>











 ヒッ、と。


「――っ!? しまった……!」


 喉が。寒気が。


「わわっ……テス、どうしたの?」


 鳴りやむステップ。音楽。

 見開かれた赤い瞳の行く末と、馴染みある少女の声の言及先が、今もこの身に絡みつく視線の心当たりと一致。

 だから、振り向かざるを得なかった。


「! いけません魔女殿っ!」


 そしてドナは、テスを見た。













<⚫️> <⚫️>
















         ⬛️殺⬛️

     ド  ⬛️赦罪ト⬛️  ワ

   ナ   ⬛️唇オ■憶遠⬛️   タ

 は    ⬛️聲聴■■■悲ル⬛️    シ

テ    ⬛️嫌吾■■■■■参過⬛️    が

 ス    ⬛️ド捜■■■霧獄⬛️    オ

   る   ⬛️罰愚■遥コ⬛️   マ

     ミ  ⬛️槍?勇⬛️  エ

         ⬛️我⬛️








――なんで、あたしじゃダメだったんだい?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ