第11話 やつの名は
「双炎隻流『星』の炎剣――――水天煌十字!」
その業は、清廉なれど凄烈に。
――カッ――――!
振り切る双剣。左の横一文字、右の片手上段縦一文字。閃き描く正十字。
爆進する水平線の轍は草原を荒野に変え、唸る天の大極柱が地を裂き雲を霧散させる。水天合一の碧き光、剣聖による大斬連撃だ。
それを受ける魔術師の前には、淡い緑の五重層結界。
――バキャバキャバキャバキャッ!
五枚重ねた半球状の膜が四枚、あっさりと崩壊。
残り一枚。
――ピシッ……!
しかし、それもすぐに。
「っ! フェオ!」
――バリィンッ!
リアが叫んだ瞬間、粉々となってしまった。
無防備な彼に迫る無慈悲、刹那に予期する粉微塵。ギュッと目をつむるも音はやまず。
やがて静けさに目を開くと、大地の裂け目で中央線を引く幅広い土道ができていた。草原を割り、城壁の寸前で途切れ、よみがえるは夕暮れ。
そのどこにも、彼はいない。
「そん、な……」
泣きそうになりながら周囲を見渡すと、ゲンドゥルが言う。
「大丈夫じゃよ姫様、わしの時といっしょじゃ」
「え?」
「あの蹴り技。確かラドじゃったか?」
それは、彼と初めて出会った夜の出来事。撃鉄王ゲンドゥルとの戦い。
閃火十字の飛ぶ斬撃を消し去った、彼の白銀の足。
「じゃあ、まさか……」
「死んではおらん。が、さすがに重症じゃろうから迎えに……ってわしの馬逃げとるー!?」
「待っとれよフェオの兄貴! カードショップの共同経営者としてウチが責任もって在庫を回収ニャブベラッ!?」
「死に体に追い剥ぎすんじゃないよ。しっかし、グランのやつも派手にやるねぇ」
地面に凹む推定圧殺猫耳死体のそばで、ドナが煙管をくわえる。そしてゲンドゥルは逃げた愛馬を追走。彼が地に突き立てる剣から離れたとたん、消える観客席の障壁。
同時にリアも、父の愛馬アルデバランを探した。早くフェオを助けに行かなきゃ。
「バラン、どこ!?」
しかし見当たらず。逃亡する姿もない。そういえば、だいぶ前からいなかった気も。
リアは再び叫んだ。
「バラーン! お願い、フェオを運ぶの手伝って!」
「……その必要はないらしいよ。見な」
言われるがまま、ドナがしゃくったあごの先へと目を向ける。
視界の端には気を抜かぬ父。そして土煙が雲なき夕空へと広がり、傷ついた大地を覆う。
その中で、うっすら浮かぶ白。
「あれは……!」
「足だけじゃない。右手左手の触媒武装……触媒同時並列行使で致命傷は防いだらしいね」
黒い影から伸びる四つの白が、ゆっくりと行進。
「さーて、どうするグラン?」
次第に晴れる砂煙の向こう。
現れたのは、灰髪の美青年。
「こっからがたぶん、元素文字の真髄さね」
白銀を、四肢にまといし騎士。
「……認めよう、二代目。お前は強い」
全身ボロボロ。顔は汚れ、ボサボサな髪はやや焦げ、黒ローブは切れ切れ。
それでも無事な長杖を、フェオが腰から抜き放つ。
「お前ならば、いずれ『天』にも至る」
「そのことについて聞かねばならぬのだろうが、ひとまず光栄に預かろう」
珍しく、グランが冗談めかして続けた。
「それで、その姿が第三形態とやらか?」
「ああ、見事だ。ここまでたどり着いたのは――」
――ボウッ!
「! 何っ……!?」
「あっ!」
「あーあ」
長杖に灯りし炎の刃を見て、反応はそれぞれ。グランが驚き、リアが慌てて、ドナは知らんぷり。
「人間では、お前が三人目……いや」
そして正体を現した松明持ちの騎士は、どこか遠くを見つめるように夕陽を眺めてから、フードを目深に被った。
「……四人目だ」
剣聖二人、ガルドとグラン。そして教えどおりならば神の子トールか。計三人。
ならば、あと一人は。
(……また、悲しそう)
あなたが思い出すだけで泣きたくなるその人は、誰なんだろう。少女は胸の痛みとともにそう思った。
そして、終わりは突然に。
「その杖、いや、松明……火の剣だと? まさか――」
「キャアアアアアアッ!」
絹を裂く悲鳴。動揺に次ぐ動揺。
その場の誰もが振り返り、またそれぞれ。
「なっ……!?」
「ゲゲッ!」
「……試合終了か」
遠い丘、夕陽に艶めく赤褐色の毛並み。巨馬のバラン。
その上で横座りしているのは、亜麻色の長い髪をした剣聖の妻。
「お母様!?」
リリアーナ・クルスの母であり、松明持ちの騎士と聞いただけで卒倒したこともあるトール教の敬虔な信徒、ヘレーネ・クルスだった。
「あ、あああ、悪魔が、グラン様に剣をっ……! た、助け、お助けください、スルーズさ、ま……」
「! 奥方様!」
「はっ……レニ様!」
フラッと落馬するレニをそばにいたドレッド頭の男が受け止め、身を固くしていた侍女が我を取り戻してすぐに駆け寄る。あれは、ボーとテスだ。
愛する妻へとグランが急ぐ。
「レニッ!」
「こりゃまた最悪のタイミングで。どうしたもんかねぇ」
ドナが雨雲でそれを追う。
リアは二人のように即行動とはいかず、フードを目深に引っ張るフェオとレニがいる方向をキョロキョロ見比べた。母は心配だが、今この人から目を離して良いものか。
そんな悪い予感はすぐ、やはり母を想う娘の気持ちが勝った時に現実となった。
「また引き分けだな、ガルド……」
すれ違いざまのつぶやき。自分ではない、ほかの誰かに宛てたもの。それでも振り返ったのはただの反射か、身の内にあるその誰かのせいか。それとも彼への恋しさか。
確かめる術は、もうなかった。
「――――フェオ?」
黒い一枚羽根がヒラリ。
ただそれだけ残して忽然と消えた彼を、少女がこの地で見かけることは二度となかった。
そしていわゆる天丼パターン。
推定圧殺猫耳死体のそばのダイイングメッセージは今回、こんなだった。
――第一章、もうちょい続くっ!
※
大きな三つ編みを胸元に垂らすギルドの受付嬢はその瞬間、自らの失敗を悟った。
「あ、やっと帰ってきた! もー、遅いですよライアンさんって、ば……」
眠らぬ夜の職場、いつもの受付カウンター。冒険者ギルドがただの酒場に様変わりする時間帯。そろそろ定時上がりだが、今日は残業覚悟だ。なぜなら最近ここの宿泊設備を利用している赤毛の剣士に、自らの口である情報を伝えたかったから。
なのに今夜に限って、彼の帰りは遅かった。
「……フッ、フフフ。受付さん、こんな夜更けにそれほど会いたがるなんて、いったい僕にどんなご用かな?」
だから待ちわびた余り、彼氏を出迎える同棲始めたての彼女みたいな感じになってしまったのはこちらに非があるものの、それはそれ。
「あ、そういうのじゃないんで」
「あっ、そう……いや何か用か聞いただけなんだが僕は!?」
カウンターについた肘がずれ、伸びていた鼻の下が縮むライアン。全然残念とかじゃないんだからねアピールの怒り。
サラッと無視して受付嬢は軽く手を叩いた。
「そうなんですよ。ぜひお伝えしたい情報がありまして」
「わざわざ僕に? 朗報そうだし聞こうじゃないか」
「実は耳長族の司祭様が急遽、この王都へいらっしゃるそうなんです」
「……へー?」
薄い反応。極薄なうえ「実家の味付けと違うなぁ」みたいな顔。彼女の手料理に対する彼氏の反応ならば同棲カップル最初のピンチに。
だがそういうのじゃない受付嬢はかまわず続けた。
「冒険者ギルドに通達がきて、上はすっかり大慌てですよ。以前の視察は十年も前だったらしいですからね。今頃きっと知られちゃいけない裏帳簿とか隠して――」
「待て待て、待ってくれ。そういう裏事情はいいから。その話をなぜ僕に?」
「なぜって、お連れ様がすごく気にしてらしたじゃないですか」
「僕の連れ?」
「ほら、あのちょっと影のある感じのイケメ……ンンッ! 自称魔術師の方ですよ」
途中の「ンンッ」はせき払いだが、まったくごまかせず。
とたんに顔を渋くする自称赤毛の貴公子。
「そんなやつ知らないな。それにイケメンなら、この僕で間に合っているだろう?」
キメ顔の角度を調整する優男風の顔立ちは確かに整っているのだが、受付嬢は思った。それはそれでも、これはアレだしなぁ。
「……おい、黙ってないでなんとか言ったらどうだ」
「じゃあお言葉に甘えて。女性の胸に話しかけるのやめたほうがいいですよ?」
「みっ、見てないんだがぁ!?」
今やっと初めて目を合わせておきながらよくもまぁ。
「ライアンさんって、ドナさんからよくクビにされませんよね。私だったらクビどころかセクハラで訴えますけど」
「君この一週間でずいぶん気安くなったな!? それに、ドナを相手になど……考えただけで気持ち悪い」
おや、と思った。
青ざめる顔に、口元を覆う手。本当に気持ち悪そう。
「あんなにスタイル良くて美人なのに? ほかの冒険者たちも俄かに騒いでますよ」
「そんな話を聞くだけで気持ち悪いし、ドナがそういうのに色目を返すのも気持ち悪い」
お母さんなのかな、と思った。
あえて「お姉さん」にしない辺り裏表の透けて見える受付嬢が、コロッと表情を切り替える。
「とにかく、お伝えしてくださいね。特に『私から』という点と、本当は外部の人にもらしちゃダメな『特別な情報』という点を」
癒し系と評判なニッコリ笑顔で、ここぞとばかりに念押し。
しかし知らず知らず邪念がもれていたか、ライアンがやや身を引きながら尋ねる。
「何が目的だ」
「やだそんな、目的だなんて。あくまで善意ですよ、ゼ・ン・イ」
「僕も認めたくないがあの男、クルス家の令嬢に気に入られていることは間違いないんだぞ?」
「でも身分違いでつけ入る隙……犬ちゃんと猫ちゃんどっち派です?」
「犬ちゃんに決まってるがごまかせるとでも!?」
おそらく猫派でない理由が仲間の猫耳幼女なせいだった男は、カウンターに両拳を打ちつけて突っ伏した。
「どうして、どうしてあいつばっかり……見た目が良くて実力もある僕の何がダメなんだ!?」
「鼻息荒いとこですかね」
端的にバッサリ。傷ついた顔を向けるも、何やら口呼吸を開始。そうじゃねんだわ。
「フンッ、僕は伝えないぞ。そもそもやつは今クルス家にいる。あんなゴリラの総本山に行くぐらいなら死んだほうがマシだ」
「チッ」
「今舌打ちした!?」
「ではドナさん伝いでもいいので。詳しいスケジュールなんか知りたければぜひ私に、と。できればー……お食事なんかしながらでも?」
「もう隠す気ゼロ!? クソッ、やってられるか! 機密情報漏洩の罪でクビになってしまえ!」
「あ、ちょっとライアンさん!」
実際、そんな大した情報でもなかった。あまり口外するなよ、と釘を刺された程度で。お叱りは受けるだろうがクビなんてとんでもない。
だから呼び止めたのは、口止めのためではなかった。
「お名前、なんでしたっけ?」
「ん?」
振り返る赤毛が言外に「今呼んだだろ」と眉をひそめる。
オメェじゃねんだわ、と受付嬢は思った。
「お連れ様ですよ。結局、冒険者登録もしなかったからお名前を控えてなくて。リリアーナ様が何度も呼んではいたと思うんですが」
そん時はあんなイケメンとか思わんかったし、とは言わないでおいた。
面食い受付嬢にモテない貴公子が告げる。
「ゴブゲスだ」
「は?」
「やつの名は下半身ゴブリンゲス野郎、略してゴブゲスだあああっ!」
そして泣きながら酒場の喧騒を縫ったライアンが階段を駆け上がり、宿泊中の自室のドアをバタンッ。
ここにひとつ、また新たな勘違いが。
「……そりゃオメェだろ」
生まれることはなかったのだが、忍び寄る不吉な影もこうして、見過ごされることとなった。
これはそんな、与太話。
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