第10話 一天四海、水天一色
「――――『弓神』」
――ボッ。
灰は塵に。
夢は幻。
「ウ、ウチの庭付き一戸建てがああああっ!」
そして威光は矢の如し。
――バシュゥ――――ッ!
光芒一閃。終始劣勢だった魔術師による反撃の嚆矢が光となり、圧倒的優位な剣聖へと襲いかかる。
しかし、軌道が真正直すぎたか。
「ぬるい」
軽々と横へ回避。
「かつて若輩ながら、風織りの魔女と遊歴せしこの身。これしきの魔法で驚くとでも?」
「思わない」
黒ローブの周囲でクルクル飛び回る呪符を警戒してか、グランは双剣を構えるだけで距離を詰めない。ただ、機をうかがっているようには見えた。自らの間合いへと引きずり込むべく。
そんなリアでも察せられる駆け引きの中で、フェオはどこかのんべんだらり。
「だが、これならどうだ?」
ただし灰銀の右手だけは、二指をそろえて忙しなく。
「……面白い、だが小手先の術ならば通じぬぞ!」
高まる気迫。捲土の足踏みに、膨張する剛腕。見開く竜眼は正面へ。
しかし、脅威は背後から。
「ドナ、あれって……」
「ちょいとまさか……」
直進する光の矢がグイーン。
鎮火した焼け野原を大きく曲がり、暮れなずむ草原の上を滑るように戻ってきた。
「操作……いや、追尾型?」
「お父様後ろっ!」
と叫ぶまでもなく、グランが振り返りすらせずに回避。
そして、逆立つ猫耳。
「ニャニャ!?」
外れた矢がまさかのこちらへ。
「小手先の術ですらない。ただの手品だな」
「だったら楽しむといい」
リアは慌てた。しかし雨雲に座ったままドナは動じず、ゲンドゥルも地面へ突き刺す剣を片手に突っ立っているだけ。客席の障壁は破れぬと確信する二人。
「まだ、手品の最中だ」
そんな二人の様子に気付けぬまま悲鳴を上げたのだが。
――ギュンッ!
「ヒャッ、ワァ……」
目前で急上昇し、茜空で宙返り。思わず感嘆。
急速滑降で狙うは再三。
「っ! チッ……!」
グランが苦もなくよけるも舌打ちを鳴らす。それだけでは終わらなかったからだ。
八の字の軌跡に時々クルリと、ただひたすら滑らかに。飛んではいるが鳥でなく、まるで雪上の狩人のよう。いくらよけてもしつこく追いかける。
「なんですかアレ、ずっとお父様を……どうして消えないんですか!?」
「んー、たぶん『光の矢』じゃなくて『必中』って概念が具象化されてんのかねぇ」
「つまりどうすりゃええんじゃ?」
「一回当たれば? 風穴開くかもだけど」
「開いたら死んじゃうじゃないですかっ!」
そんな風通しはともかく、グランも受け止めることを選択。
――ザスッ!
「! お父様!?」
「お、考えたね。あれならイケるか」
とてもじゃないが同意は無理。なぜなら、地中深く刺した雄炎の両手剣の陰に隠れようと、父の巨体は丸見えだからだ。ゲンドゥルの幅と厚さが倍以上の刀身ならまだしも、父のはただ真っ黒なだけ。盾にはなり得ない。
それに、矢は自由自在。
――ギュギュンッ、ギュパッ!
あの不規則な高速蛇行なら、刃を避けて父へと届いてしまう。
「七霊が主、ガルディン・クルスの血によって命じる」
そしてリアが声を上げる間もなく、激突の瞬間から目を逸らした時。
「滅せよ――――」
呪いの言葉が重く響いた。
――バァンッ!
直撃。弾ける音。おそらく貫通はせず。
おそるおそる目を向ければそこにはフェオと。
「……『劫火夫』か」
塔のようにそびえ立つ巨人の黒剣が、大地をひび割り突き立っていた。
「ってナニアレー!?」
「相変わらず無茶苦茶だね、あんたらの七双宝剣」
「わしの金蛇刃と大陸霊亀はマシなほうじゃろ?」
「触媒武装励器ってだけでレアなのに、刻んでるのが固有文字ときてマシもクソもあるかい。ったく、双炎騎士見るたびつくづく思うよ」
目玉を飛び出させて固まるリアの隣で、ドナがずれた三角帽子を直す。
「ガルディン・クルスってのはいったい、何者だったんだろうねぇ……」
「むしろわし、開祖様と知り合いなフェオのほうが謎なんじゃが」
「それよりナニアレ!? お、おっきい剣がおっきく……もしかして私ちっちゃくなっちゃった!?」
「ふざけたこと言うとる場合ちゃうぞ!」
わりと本気なのだが、ずっと障壁にへばりつく最前列の観客の言には傾聴せざるを得ず。
だがしかし。
「――――『雹』」
――ボッ。
「ああっ! ウチの南国リゾート別荘がああああっ!」
ふざけたこと言うとるはどの口で、と言っている場合でもなさそう。
――ズガガガガガガ――――ッ!
乱射乱撃雨あられ。いや、大きさとしては雹か。無数の光の粒がもはや建造物に近い巨剣へ。
刀身の壁がすべて跳ね返すも、物陰からグランは出られず。その間にフェオが距離を取るも、夕陽へかざす右手にゾクッ。何かする気だ。
「勝利せよ――――」
そんな悪い予感ごと弾幕を切り裂く、白い閃き。
白き雌火の細剣。
――シュンッ!
父の愛剣『陽炎稲妻』、またの名を。
「ドラちゃん!」
「姫様? あれ家宝じゃよ?」
「今あの剣ガクッとしたね」
おかげで余裕が生じ、飛翔する自動剣戟に対処するフェオ。ただし右手は下ろしていた。
「――――『氷』」
「ウチの湖畔のコテージがああああっ!」
悪寒の走る魔法は中断したようだが、使用したらしき魔法も目には見えず。と思いきや、白の聖剣がまるで凍りついたように空中で急停止。
そして続けざま。
「――――『四風』」
「ウチの老後経営のペンションがああああっ!」
ボロボロの裾を翻し、空飛ぶ黒ローブ。あんな便利な魔法まで。
またさらに。
「――――『欠乏』」
「ウチの都会の喧騒から離れた隠れ家的セカンドハウスゥゥゥゥッ!」
「呪符の大盤振る舞いか、にしてもうっさいねあいつさっきから」
「どんだけ家建てる気なんじゃ」
都合五軒。ちなみに最後の夢は、空飛ぶフェオの真下で灰に。一枚の呪符がクルクル回る輪から離れ落ち、焼け野原の地面で塵となった。哀れ幻と化し。
代わりにその場所から、家でなく黒い穴が。
(落とし穴? でも、表面に渦……)
渦巻く黒い水たまりにも見えたところで、パキィンッ、と氷を割るような音とともに聖剣が再飛翔。そのまま上空へ一直線。
「あっ、ドラちゃん!?」
とはいかず、先ほどの黒い穴に吸い込まれかける。
地面すれすれで抗い震える陽炎稲妻を見下ろし、フェオは再び右手をかざした。
「そこにいろ、母なる精霊よ」
赤い太陽に伸びる灰銀の籠手。再来する悪寒。
「お前の片割れならこの程度、耐えられ――――っ!」
だがそこに、斜陽を遮る人影が。
剣の巨塔を駆け上がり、浮遊する魔術師よりも高く飛んだ剣聖が唱える。
「――――『落天狼火』」
――バシュ、バシュンッ!
黄昏の双星。双宿双飛の夫婦剣。
元のサイズに戻った黒き魔剣と囚われたはずの白き聖剣が輝きを放ち、引かれ合いながら飛び立ってグランの両手を逢瀬が場所に。
――パシ、パシッ!
そして潰えぬ星の意志。
「双炎隻流『星』の火剣――」
それは、天狼の涙、空よりの狼煙。
「――流星火十字!」
――ズバァ――――ッ!
交差した腕から放つ斬撃が魔力を伴い、斜め十字の閃光となって流星のようにフェオへと落ちる。
その寸前。
「――――『大鹿』」
見たこともある光の枝角が現れ、淡い緑の膜を半球状に展開した。
流星と衝突する結界。拮抗、瞬時に劣勢。グググ、と押し負ける。
しかし威力は相殺か。
――バシュンッ……!
対消滅する形になるも、勢いに押されてフェオが墜落。だが軽々と着地し、焼け野原に泰然と立つ。それに遅れること数瞬、グランも地を揺らして着地。毅然と相対。
息を整える二人に代わってドナが神妙に言う。
「あの子、あんな強かったっけ……」
「? お父様のこと?」
「ん、まぁ、なんつーか……。今の魔法剣、グランはあんたのお祖母ちゃんほど使いこなせなかったのになーってね」
「昔の若様のままなんじゃな、おぬしの中では。かわいがってたからのう」
クルス家に仕えて五十年余り。娘が孫ならばその父を息子のように見守り続けた老兵は、立派に蓄える白髭を撫でながら目を細めた。
「お主がおらなんだこの十数年で、若様は先代を、先々代をも越えるお館様となられ……」
――落天狼火。
「っ!?」
「そして、剣聖と呼ぶに相応しき方となられた」
リアは目と耳を疑った。それは、父が双剣を高々と掲げる姿や、老兵の称賛に驚いたわけではない。
先ほどと同じ、輝く夫婦剣。同じ詠唱。
「同じ技? さっき防がれたのに?」
「んなことより誰かウチの都心にある五階建賃貸マンションを助けてええええっ!」
「あの子はいよいよ何言って……あ」
言いたいことはわかった。
フェオの手に、ズラリ呪符が五枚。
「――――『大鹿』」
五階建賃貸ならぬ、すなわち五重層結界。
「つ、使い捨てる呪符で重ね掛けって、なんつー贅沢なことを……」
ドナがぼやいて頭を抱えると、フェオが右手をクイッ。
「来い。受けて立とう」
「……ならば悔やめ」
グランが揺らめきながら構える。
長大な黒き雄炎の両手剣を片手でビタリ上段へ。左の白き雌火の細剣は正眼から、上げた右の脇下へとそのまま水平に。
引く右足に落とす腰。沈む半身、まとう静けさ。
「――――『一天四海、水天一色』」
そして輝きはさらに、綺羅に碧く。
「まぶしっ……!? お、お父様も魔法を重ね掛け?」
「ありゃそんな生易しいもんじゃないよ」
薄暮を飲み込む一碧の中でドナがなんか黒い眼鏡を掛けると、畏み猛りグランが吼える。
「いざ、参るっ!」
踏み込む一歩。
燃え上がりしは奥義。
「双炎隻流『星』の炎剣――」
それは、全なる一、色なる空。
「――水天煌十字!」




