第9話「全滅と、気づいたこと」
翌朝、陸は仕事をしながら今夜のことを考えていた。
レベルがあと一つで十になる。十になったら廃坑に全員で偵察に行くと約束した。
今夜、上げ切る。
夕方、仕事を終えてチャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。手には袋が一つ。
「作ってきた。肉じゃが」
「ありがとう」
二人で食べた。出汁が染みている。
「今夜廃坑行くんでしょ」と柚希が言った。
「そうだ」
「死に戻りするかもって言ってたよね」
「するかもしれない」
「気をつけてね」
「ゲームだ」
「知ってる」
それだけだった。柚希は食べ終えた鍋を片付けて、帰っていった。
ログインした。ギルドメンバーに伝えた。「Lv.10になったら廃坑に行く。まずレベルを上げる」
「了解」「了解」「……了解」「了解!」「りょーかい!」
全員で近場のクエストをこなした。魔物の群れを片付けて、遺跡の奥を探索した。特に苦戦する場面もなく、淡々とこなした。
その途中で、通知が来た。
レベルアップ
Lv.9 → Lv.10
陸はスキル欄を開いた。レベルが上がるとスキルに変化が出ることがある。いつもの確認だ。
《テイム》の説明文が変わっていた。
スキル:《テイム》Lv.2
効果:対象に服従を促す
対象の制限が解除されました
上限:設定なし
「なにっ?」
陸は画面を見た。対象の制限が解除された。意味はわかる。でも、今すぐ何かが変わるわけでもない。
「まあ、いいか」
メニューを閉じた。
「なんかあったか」と宗介が聞いた。
「スキルの説明文が変わった。後で確認する」
「後でいいのか」
「今は廃坑だ」
宗介は何か言いかけて、止めた。陸がそう言うときは、そういうものだ。
五人で廃坑の入り口に集まった。
夜の廃坑は、昼間とは違う空気がある。坑道の奥から流れてくる冷たい風が、昼より強い。松明の光も届かない暗さだ。
「本当に入るのか」と宗介が確認した。
「入る」
「推奨三十に対してLv.10だぞ」
「知ってる」
「死ぬぞ」
「かもしれない」
「……まあいい。行くか」
ハルが先行した。「罠がある。以前確認したのと同じ場所だ。あと、追加で二箇所増えてる」
「増えた?」
「誰かが最近仕掛けたみたいだ。埃が少ない」
陸は幻視を使った。新しく仕掛けられた罠を確認した。攻撃的な罠ではない。感知型だ。誰かが入ってきたことを知るための罠。
「やはりここに誰かいる」と陸は言った。
「シィラか」と雪乃が静かに言った。
「そうかもしれない」
「今日、会えるのか」
「わからない。でも、こちらに気づいたのは確かだ」
全員が少し緊張した。それでも、歩き続けた。
通路の先に魔物の影が見えた。三体。幻視でレベルを確認した瞬間、陸は止まった。
「三十五だ」
「推奨より高い」と大和が言った。
「深部の魔物だ。入り口付近でこのレベルなら、奥はもっと高い」
「どうする」と宗介。
「行く。どこまでやれるか試す」
大和が前に出た。竜鱗防壁を展開した。
一撃でHPが半分以上削れた。
「っ……でかい」
「雪乃、回復」
「やってる。でも追いつかない」
静の魔法が直撃した。でも魔物はびくともしなかった。陸は幻視で弱点を探した。隙間が見えない。分厚い鱗に守られている。
「小夜、頼む」
小夜は動かなかった。
陸の肩の上で、静かに坑道の奥を見ていた。
その目は、魔物を見ていなかった。
その瞬間、大和のHPがゼロになった。
「あ、俺死んだ」
雪乃が叫んだ。「撤退して!」
遅かった。
全滅
経験値ロスト
全員、獲得した経験値の一部を失った
坑道の入り口近くに戻ってきたとき、全員しばらく黙っていた。
「……久しぶりに死んだ」と宗介がゆっくり言った。
「痛かった」とハルが小さく言った。
「……経験値が」と静。
「わかってた」と大和。「でも、まさかここまでとは」
雪乃は何も言わなかった。でも、珍しく少し悔しそうな顔をしていた。
「ごめん」と陸は言った。「読みが甘かった」
「お前のせいじゃない」と宗介。「行くと決めたのは全員だ」
「でも判断は俺がした」
しばらく沈黙があった。夜の森の音が坑道の外から聞こえてくる。
「次はどうする」と雪乃が静かに聞いた。
「もう一度レベルを上げる。それと」
「それと?」
「一つ気づいたことがある」
「何だ」と宗介。
「小夜が動かなかった」
「今じゃないってことだろ」
「そうじゃなくて」陸は少し間を置いた。「あの魔物は俺への敵意じゃなかった。縄張りを守るための行動だった。だから小夜には関係なかった」
「……どういう意味だ」とハル。
「小夜が動くのは、俺に害をなそうとする相手だけだ。縄張りを守る魔物は違う」
「じゃあどうすれば」
「侵さない形で進む方法を探す。それと」
「まだあるのか」と宗介。
「罠が増えていた。最近仕掛けられた感知型の罠だ」
「誰かが俺たちに気づいた、ということか」と雪乃。
「そうだ」
「それって」とハルが言った。「廃坑の中にいる人が、私たちが来たことを知った、ってこと?」
「そう思う」
全員が少し黙った。
「じゃあ」とハルが続けた。「次に行ったとき、会えるかもしれない」
「かもしれない」
宗介はため息をついた。「全滅したのに、お前何かを得て帰ってくるんだな毎回」
「全滅したおかげでわかったことがある」
「損して得取れ、か」
「そういうことだ」
宗介は苦笑した。「まあいい。次行くときはもう少しレベル上げてから行こう」
「そうだな」
「いつ頃になりそうだ」
「Lv.15から二十の間で、もう一度来てみる」
「まだ先だな」
「急がない」
全員が立ち上がった。廃坑の入り口を振り返った。暗い。でも、何かがある。それだけはわかった。
ヘッドセットを外したのは、深夜三時前だった。
全滅した。経験値が減った。
でも、わかったことがあった。小夜の動く条件。廃坑の魔物の性質。罠が増えたこと。進み方のヒント。
損をしたかどうかは、今夜ではまだわからない。
陸はそのまま眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。こはるが隣にいる。
全滅記録
Stray Wolves、廃坑にて全滅
経験値ロスト
廃坑内、新たな感知罠を確認
設置者:シィラ(推定)
シィラAI記録:
「誰かが来た
また来るかもしれない」
「シィラが罠を増やした」とこはるが言った。
「来たことを知りたかった。拒んだわけじゃない」と三浦。
「また来ると思ってるんですね」
「思い始めている」
アルテのログが短く動いた。
全滅を記録した
桐島陸は謝った
そして次を考えた
負けた後に何をするか
それで人間がわかる
「三浦さん、アルテのログが短くなりましたね」とこはるが言った。
「余計なことを書かなくなった」
「成長してるんですかね」
三浦はコーヒーを飲んだ。「そうかもしれない」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
最弱職のテイマーが、命令せずにただ向き合い続ける話を書いています。続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、明日も書き続けられます。一言の感想も、とても励みになります。




