第89話「石塔の守り手」
昼下がり、陸が仕事の手を止めて、簡単な昼食をとっていると。スマートフォンが、ぶるりと震えた。柚希からのメッセージだ。
『ごめん! 今週、夜勤が続いちゃって。あの遺跡、しばらく潜れそうにないの……。先に、進んでていいからね。あたしのぶんまで、探検してきて!』
その少し悔しそうな文面に、陸は苦笑した。看護師の柚希は、どうしても夜の予定が読めない。あの、わくわくした顔で遺跡を見て回っていた彼女のことだ。さぞ、心残りだろう。
『了解。無理すんな。……面白いもの見つけたら、写真で送るよ』
そう返すと、すぐに、泣き笑いのスタンプが返ってきた。陸は、小さく笑って、午後の作業に、向き直った。
その夜。陸は、あの青い炎のそばへとログインした。
守り火。古い民が遺してくれた、地の底の安全な場所。昨日、ここで探索を切り上げたのだ。炎は、変わらず、静かに燃えている。そのそばには、すでに、宗介たちが集まっていた。ガロードと、シィラの姿もある。今日も、頼もしい顔ぶれだ。
「よう、陸。……柚希は?」宗介が、訊く。
「今週は、夜勤続きで無理そうだ」陸は、肩をすくめた。「先に、進んでてくれって」
「そっか。……まあ、あいつのぶんも、しっかり見てこないとな」ハルが、笑った。
守り火のおかげで。ここから、また探索を再開できる。昨日の続きから、地の底へと。一行は、ふたたび足を踏み入れた。
しばらく進むと。遺跡の、様子が、変わってきた。
昨日の水の回廊とは、うって変わって。そこは、乾いた石造りの区画だった。ひび割れた石の柱が、いくつも立ち並び。壁際には、古い石の像が、じっと、こちらを見つめている。
「なんか……さっきまでと、雰囲気が、違うね」ハルが、あたりを、見回した。
「祭祀の間、といったところか」シィラが、柱を見上げた。「古い民が、ここで水の力に祈りを捧げていたのだろうね。……神聖な場所だ」
その、静けさを、破るように。
ガシャッ、と。石の崩れる音が響いた。壁際の石くれが寄り集まり、小さな石の魔物へと姿を変えていく。ひとつ、ふたつ、みっつ。じり、じりと、こちらへにじり寄ってくる。
「お出ましだ」宗介が、剣を、抜いた。「軽く、片づけるぞ」
宗介が、地を蹴った。ダンッ、と石畳が鳴る。振り抜いた刃が、石の魔物を、ガキンッと打ち砕いた。砕けた石が、ばらばらと床に散らばる。
「はあっ!」
大和が、盾を構えて突進する。ドゴォッ、と鈍い音。体当たりを、まともに食らった石の魔物が、後ろへ吹き飛んだ。すかさず、静が腕輪をかざす。ゴゴッと、床から石の杭がせり上がり、魔物を下から突き上げた。
「上、いくよ」ハルが、外套を翻す。天井近くから、こうもり型の魔物が、キィッと襲いかかってくる。だが、ハルの《影天蓋》が、その位置を影で映し出していた。「そこ」
ハルの短刀が、ヒュンッと閃く。こうもりが、ぱっと影になって散った。
危なげは、まるでない。だが、一体、一体を、確かに仕留めていく。そこには、たしかな手応えがあった。
最後の一体を、宗介が、ザシュッと斬り伏せて。石の魔物の群れは、あっけなく片づいた。
「……ふう。肩慣らしには、ちょうどいいな」宗介が、剣を鞘に収める。
そのときだった。
奥の壁に。何か、絵のようなものが刻まれているのに、陸は気づいた。近づいて見ると、それは、色褪せた古い壁画だった。
「これ……この土地の、昔の、様子か?」
壁画には、豊かな水をたたえた土地が描かれていた。たくさんの人々が、水辺で笑っている。だが、その隣の絵は。少し、様子が違った。人々が、大きな光る何かを囲み、そこからあふれる力を、めいめいに汲み取っている。
「……欲張った、みたいだね」シィラが、その壁画を指でなぞった。「この光るもの、おそらく“大地の力の本源”だ。人々は、その力を、あまりに使いすぎた」
次の壁画は。乾いて、ひび割れた大地の絵だった。人々は、うなだれ、土地を去っていく。
「本源から力を奪いすぎて、土地が涸れた……」陸は、呟いた。「それが、この土地が干からびた、本当の理由か」
古い民は、恵みに甘えすぎた。そして、そのしっぺ返しで、すべてを失った。忘れられた泉の主も、この涸れ果てた土地も。もとをたどれば、人の過ちが生んだ悲しみ、だったのだ。
ならば、この遺跡の奥に眠るという“本源”は、いま、どうなっているのだろう。陸の胸に、かすかな不安がよぎった。
「……先へ、行こう」陸は、静かに言った。「この奥に、答えがあるはずだ」
祭祀の間の、いちばん奥。そこには、巨大な扉がそびえていた。左右には、天を突くような二本の石の塔。その扉を守るように立っている。
一行が、扉に近づいた、そのときだった。
ゴゴゴ……ッと。地の底から、重い震動が突き上げてきた。二本の石の塔が、ぐらり、と揺れる。そして――その塔の表面に、びっしりと亀裂が走った。
バキバキバキッ!
石塔が砕け、内側から現れたのは。見上げるほど巨大な、石の巨人だった。全身に古代の文字を刻み、その眼窩には、青白い光が宿っている。長いあいだ、この扉を守り続けてきた、古の守り手だった。
「うわ、でかっ……!」大和が、盾を構えて身構える。
守り手が、ずうん、と一歩、踏み出した。その巨体だけで、床が震える。青白い眼光が、じろりと一行を捉えた。侵入者を、退けよ。ただ、その役目のためだけに。守り手は、その巨大な腕を振り上げた。
「ふん。……大きいだけの木偶では、なさそうだな」
一歩、前に出たのは、ガロードだった。剣は、抜かない。だが、その老騎士が静かに佇むだけで、将としての覇気が、あたりに満ちる。石の守り手が、びくりと、その動きを一瞬、止めた。
「主よ。前は任せろ」ガロードが、低く言った。「わしが、あれの気を引きつける。……その隙に、仕留めるがいい」
「ああ。頼む、ガロード!」
「来るぞ! 総員、構えろ!」宗介が、叫ぶ。
だが、守り手は、覇気に抗うように、再び、腕を、振り上げた。役目を遂行せんとする、その執念。ならば、こちらも、やるしかない。
ゴォッ――と。守り手の拳が、うなりをあげて振り下ろされる。
「させるかっ!」
大和が、前へ出た。《竜帝の盾》。その大盾が、青白い光をまとう。守り手の拳と、大和の盾が、真正面からぶつかった。
ガキィィンッ!
耳をつんざく金属音。凄まじい衝撃が、あたりに走る。石畳に亀裂が走り、大和の足が、ずずっとめり込んだ。だが――守り手の一撃を。大和は、真正面から受け止めていた。
「……効いて、ないなあ、これ!」大和が、歯を食いしばる。「宗介、今だ!」
「おうっ!」
大和が拳を押し返した、その隙に。宗介が、地を蹴った。ダダンッと、床を駆け上がり、守り手の腕へと跳ぶ。《断空》。振り抜いた刃が、空間ごと、その腕を薙いだ。
ゴォンッ!
守り手の右腕が、肩から断ち切られ。ずしゃあっと、床に崩れ落ちる。
だが、守り手は怯まなかった。断たれた腕の断面が、ぐぐっとうごめき。周囲の石くれを吸い寄せて、みるみる新しい腕を再生していく。
ゴゴゴッと、石の擦れる音を立てて。ものの数秒で、腕は、もとどおりになった。
「うそだろ、再生すんのか!」宗介が、舌打ちする。
守り手が、反撃に出た。再生した腕から、青白い光の奔流が放たれる。ビリビリビリッと空気を震わせて、それは、宗介めがけて殺到した。
「ちっ……!」
「宗介、下がって!」
叫んだのは、静だった。《具現》。宗介の前に、分厚い石の壁がせり上がる。ドガァッと、光の奔流が、その壁に突き刺さった。壁が、みしみしと悲鳴をあげる。
「この光……実体がないのに硬いっ」静が、顔をしかめる。「削られていく……!」
「なら、斬るまでだ」
宗介が、壁の陰から飛び出した。《斬理》。実体のない光の奔流を、その刃が、すぱっと断ち斬った。ふっ、と光が掻き消える。
だが、守り手は、なおも立ちはだかる。倒しても、倒しても、再生し、役目を遂行しようとする。まるで、終わりの見えない戦いだった。
「……このままじゃ、きりがない」陸は、鋭く、その巨体を見据えた。「ハル、あいつの動力源を探してくれ。どこかにあるはずだ」
「わかった!」
ハルが、両手を広げる。《影天蓋》。守り手の巨体に影が走り、その内側を透かし映し出す。やがて、ハルの目が、一点で止まった。
「見えた! 背中……首のつけ根の奥だ! そこに、青く光る核がある!」
「よし。……柚希がいれば、一発なんだけどな」陸が、呟く。だが、狙撃手は、今夜はいない。「なら、みんなで、こじ開けるぞ!」
陸は、《幻視》で、その核を見据えた。守り手の動きのすべてが、そこから生まれている。あれを砕けば、止まる。
「サンダーウルフ、フェニクス! 頼む!」
陸の呼び声に応えて、二体の神獣が躍り出た。
まず、サンダーウルフが、地を蹴る。バチバチバチッと、全身に雷をまとい、守り手の足元を、稲妻の速さで駆けめぐった。ビリリッと、青白い雷が、守り手の巨体を這う。その関節が痺れ、動きが、がくんと鈍った。ズズンッと、巨体が、大きくたたらを踏む。
「動きが、止まった、今のうちだ!」
続いて、フェニクスが、大きく羽ばたいた。ゴォォォッ――と。灼熱の炎が渦を巻き、守り手の背へと殺到する。首のつけ根の装甲が、真っ赤に灼け、ずるりと溶け崩れた。剥き出しになった、青い核。むき出しの弱点が、そこにあった。
「シィラ!」
「任せな!」
シィラの全属性魔法が、渦を巻いて核へと殺到する。ドドドッと、炎と氷と雷が、核を打ち据えた。核に、ぴしり、と亀裂が走る。
「大和、宗介! 最後だ、あそこを叩け!」
「「おうっ!」」
大和が、盾で、守り手の残った腕を受け止め、ガキンッと押さえ込む。がら空きになった背へ、宗介が跳んだ。剣を、大きく振りかぶる。
《断空》――!
「よく、守ったな。……あとは、俺たちに、任せろ!」
ゴォンッ! と。宗介の刃が、青い核を、真っ二つに断ち割った。
パキィィンッ――!
甲高い音を立てて、核が砕け散る。その瞬間、守り手の眼窩の光が、すうっと消えていった。ずしん、ずしん、と。巨大な体が、力を失い、ゆっくりと膝をつく。
そして――どぉぉんっ、と、地響きを立てて。石の巨人は、その場に崩れ落ちた。
戦いは、終わった。
崩れた守り手の傍らに、陸は、そっと歩み寄った。砕けた石の破片。もう、その眼窩に光はない。ただ、長い長い役目を終えた、そんな静けさだけが、そこにあった。
「……よく、守ってきたな」陸は、その冷たい石に、そっと手を当てた。「もう、いいんだ。ゆっくり休んでくれ」
役目のままに動き続けた番人。誰かを憎んでいたわけでもない。ただ、遺された使命を、まっとうしていただけ。その健気さが、陸には、少しだけ切なかった。
「陸って、ほんと……倒した相手にも優しいよな」宗介が、剣を収めながら苦笑した。
「だって。……こいつも、頑張ってたんだ」陸は、微笑んだ。
崩れた扉の、そのそばに。ひとつ、古びた宝箱が残されていた。守り手が守り抜いてきた宝だ。開けてみると、中には、淡く光る古い腕輪が、ひとつ。
「これは……水の加護の腕輪だね」シィラが、覗き込む。「水辺で力を増す。……いい品だ」
「大和、持っときな」宗介が、笑う。「お前、水没した層とか苦労してたろ」
「え、いいのか。……ありがとな!」大和が、うれしそうに、その腕輪を受け取った。
そして。崩れた、巨大な、扉の、奥に。
また、あの、青い炎が。ぽつん、と、灯っているのが、見えた。
「守り火だ」陸は、微笑んだ。「……今日は、ここまでだな」
二層の守り火。次に潜るときは、ここから、また始められる。一行は、その、あたたかな青い炎のそばで、ほっと一息をついた。
「はー、疲れた! でも、楽しかったな」大和が、寝転がる。
「あの守り手、強かったね」ハルも、笑う。「柚希が見たら、悔しがるだろうな」
「写真、撮っといたよ」陸は、笑った。約束どおり、あとで柚希に送ってやろう。きっと悔しがって、次は絶対行く、と言うに違いない。
青い炎が、静かに揺れる。地の底の、まだ、ずっと奥に。世界樹を育てる力の本源は、眠っている。その扉は、今日また、ひとつひらいたのだった。
その頃、開発室では。
「三浦さん。二層の守護オブジェクト……“石塔の守り手”、突破されました」こはるが、モニターを見て言った。
「もう、か」三浦が、コーヒーを、片手に、振り返る。「あれ、けっこう、硬く、設定したんだけどな」
「はい。……でも、面白いんです」こはるが、ログを指した。「あの子たち、力任せに倒したんじゃなくて。ちゃんと弱点の動力核を見つけて、そこを集中攻撃してます。……まるで、この遺跡の仕組みを理解してるみたいに」
三浦は、モニターを見つめた。崩れた守り手の傍らで、あの青年が、その石に手を当てている。倒した相手を労うように。
「……あいつは、変わらないな」三浦は、ふっと笑った。「どんな相手でも、最後は、ああやって寄り添う。……さて、次の層は、何を見せてくれるかな」
地の底の、いちばん深く。眠れる力の本源へ。あの子たちの旅は、まだ、始まったばかりだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ダンジョン編、二話目です! 今回は、いよいよ、本格的な、戦闘回でした。
守り火から、再開して。たどり着いた、二層は、古い祭祀の間。そこで見つけた壁画から、この土地が涸れた、本当の理由が、見えてきました。……古い民が、本源の力を、使いすぎた。恵みへの、甘えが、すべてを、涸らしてしまった。少し、切ない、真相です。
そして、立ちはだかった、「石塔の守り手」! 巨大な石像との、バトルは、いかがでしたか。大和の盾、宗介の剣、そして、サンダーウルフとフェニクスの、大暴れ。効果音たっぷりで、迫力が、伝わっていたら、嬉しいです。倒したあと、陸が、その石を、労う姿も。……こういうところが、彼らしいな、と、書いていて、思いました。
柚希は、夜勤続きで、今回はお休み。次に潜るときには、また、合流できるといいですね。
地の底の、いちばん奥に眠る、力の本源へ。旅は、まだまだ、続きます。次回も、どうぞ、お楽しみに!
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