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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: akaike


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第87話「世界樹の渇き」

夜、陸が資源ゴミをまとめていると、玄関のインターホンが、控えめに鳴った。出てみると、柚希が、小さな紙袋を手に提げて立っている。


「あ、陸くん。夜遅くに、ごめんね」柚希が、少し声をひそめた。「これ、実家から、みかんが届いてさ。……お裾分け」


「お、悪いな。いつも」


「ううん。ひとりじゃ、食べきれないし」柚希が、紙袋を差し出す。ずしりと、重い。「……あたし、あの豊穣祭の宴から、ずっと夜勤続きでさ。全然、ログインできてないんだよね」


「ああ、それで最近、見かけなかったのか」


「うん。……あの宴のとき、世界樹の葉っぱ、増えてたでしょ。あれから、もう何日か経つけど。……あのあとも、育ってるの?」


「ちょっとずつ、な」陸は、頷いた。豊穣祭のあと、拠点の世界樹は、たしかに葉を増やしていた。「まあ、どのくらい育ったかは……久しぶりに、自分の目で見てみるといいさ」


「あ、それもそっか」柚希が、ぱっと顔を輝かせた。「あたし、今日はやっと休みなんだ。久しぶりに、ログインできる。……世界樹、この目で見てくるね」


みかんの爽やかな匂いを抱えて。陸は、なんだか、あたたかい気持ちで、その夜のログインを心待ちにした。


その夜、拠点に降り立った陸は、すぐに異変に気づいた。


拠点の中央の、世界樹。ここ数日、青々と葉を茂らせていた、あの若木の。その葉の先が、力なく萎れかけていたのだ。


「……どうした、お前」


陸は、慌てて駆け寄った。幹に、そっと手を当てる。いつもは、あたたかな光を宿していた幹が。いまは、その輝きを鈍らせていた。まるで、喉が、渇いているみたいに。


「陸、こっちも見てくれ」


宗介たちも、心配そうに、集まってきた。世界樹の足元では、あの豊穣の精霊が、しきりに黄金の光をそそいでいる。けれど、その恵みも、今日は、あまり効いていないようだった。精霊が、困ったように、光を揺らす。


「精霊が、こんなに頑張ってるのに」ハルが、眉を寄せた。「元気に、ならないの?」


そのときだった。


「……ふむ。これは、恵みだけの、問題ではないね」


焚き火のそばから、シィラが、ゆらりと立ち上がった。世界樹に近づき、その幹を、じっと見つめる。古の術師の目が、静かに、細められた。


「シィラ、なにか、わかるのか」


「ああ。……この樹はね。ただの木ではない」シィラは、幹に手を当てた。「“世界樹”。その名のとおり、これは、世界そのものと繋がって育つ樹だ。大地の力、水の力、風の力。世界を巡る、あらゆる力を糧にして、大きくなる」


「世界を巡る、力……」


「そう。だがね」シィラの表情が、曇った。「いま、その力の流れの、ひとつが。どこかで途絶えている。……この樹は、“渇いて”いるんだよ。大地を巡る力に」


そこへ、大地の神ガイアが、のっそりと姿を現した。眷属のジオを、伴っている。実直なその顔が、めずらしく、険しい。


『術師の言うとおりだ』ガイアが、太い声で、言った。『わしにも、感じる。……この地の、ずっと先。大地の脈が詰まって、力が流れてこん。世界樹は、その滞りのせいで飢えておるのだ』


「大地の脈が、詰まってる……」陸は、呟いた。「その、詰まりを、なんとかすれば。世界樹は、また、育つのか?」


『おそらくは、な』ガイアが、頷いた。『だが、その源は遠い。ここから、山をいくつも越えた先。……かつては豊かだったが、いまは涸れ果てた土地だと聞く』


みんなが、顔を、見合わせた。


「……行くしか、ないよな」陸は、言った。世界樹の萎れた葉を、そっと撫でる。「こいつを、渇いたまま放っておけない。その涸れた土地に、行ってみよう」


「よし。久々の遠征だな」宗介が、剣の柄を叩いた。


翌日の夜。一行は、ガイアとジオの導きで、その涸れた土地を目指した。


山を、いくつも越える。すると、景色が、少しずつ変わっていった。青々とした盆地の緑が、次第に褪せていく。木々は葉を落とし、地面はひび割れ、乾ききっている。かつて川だったであろう涸れた河床が、白く、骨のように横たわっていた。


「うわ……ひどいな、これ」大和が、あたりを見回した。「なんにも、育ってない」


「昔は、豊かな土地だったんだろうにね」雪乃が、痛ましそうに言う。


空気まで乾いて、ひりつくようだった。歩くたび、乾いた土が、ぱきぱきと足元で砕ける。生き物の、気配は、ない。ただ、風だけが、乾いた音を立てて、荒れ地を吹き抜けていく。こんな場所を、世界樹の力の源が通っているとは。にわかには、信じがたかった。


「気をつけて」シィラが、鋭く言った。「力が、これほど淀んだ土地だ。……なにが潜んでいても、おかしくない」


その言葉どおり、乾いた岩陰から、干からびた痩せた魔物が、よろよろと這い出してきた。だが、その動きは弱々しい。この土地の飢えと渇きが、魔物すら蝕んでいるのだ。


「かわいそうに。……こいつらも、被害者か」


宗介が、手早く、その魔物をいなす。倒すというより、そっと道をあけさせるように。誰も、この土地で、無用な血を流したくは、なかった。


その荒れ果てた大地の奥へ。一行は、慎重に進んでいった。


やがて、たどり着いたのは。土地の中心にある、大きな窪地だった。


そこには、涸れ果てた泉の跡が、あった。かつては、こんこんと水が湧いていたのだろう。だが、いまは、ひとしずくの水もない。ただ、乾いた石だけが、転がっている。


「……ここが、大地の脈の、源か」


陸が、窪地へ降りようとした、そのとき。


ずずっ、と。涸れた泉の底の石が、動いた。


石だと思っていた、それは。ゆっくりと、身を起こす。大きな、亀のような姿をした、古い獣だった。苔むした甲羅は、ひび割れ、その目は白く濁っている。ひどく弱っているのが、ひと目でわかった。


「魔物……?」大和が、身構える。


「待て」陸は、それを手で制した。その獣の佇まいには、敵意が、まるでなかった。ただ、深い悲しみと疲れだけが、にじんでいた。


陸は、そっと《幻視》で、その獣の内側を覗き込む。


流れ込んできたのは。もう、何百年もの、途方もない孤独と諦めだった。


「……そうか。お前、ずっと独りで、この泉を守ってきたんだな」


その獣は、この泉の主だった。かつては、豊かな水をこんこんと湧かせ、この土地のすべてを潤していた。獣が水を巡らせ、大地は緑にあふれていた。


けれど、いつからか。人も獣も、この土地を離れていった。誰も、この泉に感謝しなくなり、やがて、その存在すら忘れ去られた。


忘れられた泉の主は。少しずつ、力を失っていった。水を湧かせる気力さえ、なくしていった。誰も、見ていないなら。もう、水を流す意味も、ないと。そうして、泉は涸れ、土地は干からび、大地の脈は詰まってしまったのだ。


「豊穣の精霊と、同じだ」陸は、静かに呟いた。忘れられ荒ぶった、あの守り神と。忘れられ涸れていった、この泉の主と。根っこは、同じ悲しみだった。


陸は、ゆっくりと、その古い獣に歩み寄った。


「なあ。……もう一度、水を湧かせてみないか」


獣の濁った目が、かすかに揺れた。無駄だ、とでも言うように。誰も見ていないのに。誰も望んでいないのに。そんな諦めが、伝わってくる。


「見てるやつは、いるよ」陸は、首を振った。「俺たちが、いる。……それに、お前の水を待ってるやつが、うちにも一本、あるんだ」


拠点で渇いて萎れている、あの世界樹のことだ。この泉の主が水を取り戻せば。その恵みは、めぐりめぐって、あの若木にも届くはずだった。


陸は、《心話》で、その孤独な魂に語りかけた。


――お前が、涸らせてしまった、その水を。もう一度、流してほしいんだ。この土地のためにも。……お前、自身のためにも。


獣の心が、かすかに震えるのが、伝わってくる。長いあいだ、誰にも必要とされなかった。もう、自分の水など、いらないのだと思い込んでいた。その凍りついた諦めが、陸の言葉に、少しずつほどけていく。


――大丈夫。ひとりで、抱え込まなくて、いい。これからは、俺たちが、憶えてる。お前が、この土地を、潤していたこと。ちゃんと、憶えてるから。


獣が、長い、長い沈黙のあと。ゆっくりと、その大きな頭をもたげた。


そして、天を仰ぐように。ひときわ大きく、喉を震わせる。


その瞬間だった。


涸れきっていた泉の底から。ちょろちょろと、澄んだ水が湧きはじめた。細い流れは、やがて太くなり。あっというまに、窪地を満たしていく。何百年ぶりかに、泉が命を取り戻したのだ。


「水が……!」ハルが、歓声を、あげる。


湧き出した水は、涸れた河床をたどって、乾いた大地へと流れていった。その水の通ったあとから。ひび割れた地面に、ぽつ、ぽつと小さな緑の芽が顔を出しはじめる。


そこへ、すかさずユニコーンが進み出た。その角から、清らかな光を放つ。淀んでいた土地の穢れが、光に清められ、緑が、いっそう勢いよく芽吹いていった。ジオも、うれしそうに蔦を伸ばし、その芽吹きを後押しする。


涸れ果てていた大地が。みるみる、生気を取り戻していく。


「……よかったな」陸は、泉の主のひび割れた甲羅を、そっと撫でた。


泉の主は、澄んだ水をたたえた瞳で、陸を見上げていた。もう、その目は濁っていなかった。長い孤独から解き放たれた、穏やかな光が、そこにあった。


そして――遠い、拠点のほうから。


ふいに、あたたかな風が、吹いてきた。まるで、なにかが通じ合ったような。そんな風だった。


「……陸くん、拠点の世界樹」柚希が、はっとした顔で言った。今日は休みの柚希も、しっかり、ついてきていた。「きっと、いま……」


その言葉が、正しかったことを。一行は、拠点に戻って知ることになる。


   


その頃、開発室では。


「三浦さん! すごいことに、なってます!」こはるの声が、弾んだ。「涸れてた、辺境のエリア……“忘れられた泉”が、復活しました! 大地の、環境データが、丸ごと、書き換わって……!」


三浦が、モニターに、駆け寄る。かつて、砂とひび割れしかなかった一帯が。いまや、みずみずしい緑と水に、覆われていく。


「それだけじゃ、ないんです」こはるが、別の画面を指した。「あの、世界樹。……また、育ちました。エリアが、復活したのと、同時に」


モニターの中の世界樹が。萎れていた葉を、しゃんと立て直し。さらに、新しい葉を芽吹かせている。幹も、また少し伸びていた。


「繋がってるのか……この二つが」三浦は、しばらく、その光景を見つめた。「あの子が、土地をひとつ救うたびに。世界樹が育つ。……そういう仕組みに、なってるのか」


彼は、ふと真顔になった。


「……なあ、こはる。この世界樹、いったい、どこまで、育つんだろうな」


その問いに答えられる者は、まだいなかった。ただ、育ちゆく、若木の、その先に。何が、待っているのか。それを思うと、三浦の胸には、期待と、ほんの少しの畏れが入り混じった。


   


拠点に、戻ると。


世界樹は、すっかり元気を取り戻していた。萎れていた葉は、青々と蘇り。その数も、また少し増えている。幹も、心なしか、また少し背を伸ばしたようだった。豊穣の精霊が、うれしそうに、その周りを飛び回っていた。


「よかったなあ、お前」陸が、幹を撫でると。世界樹は、応えるように、葉をさらさらと鳴らした。


「わあ……ほんとだ。葉っぱ、また増えてる」隣で、柚希が、うれしそうに、その若葉を、見上げた。宴のときより、たしかに、青々と、茂っている。「すごいね。……こうやって、少しずつ、大きくなってくんだ」


遠い涸れた土地の、あの泉の主。忘れられて、水を涸らしていた、あの古い獣。その孤独を、ひとつ、ほどいたことが。めぐりめぐって、この若木の、糧になった。土地がひとつ潤えば、世界樹が、一歩、育つ。世界と、この樹は。たしかに、繋がっているのだ。


「不思議だよなあ」陸は、しみじみと、呟いた。「困ってるやつに、手を貸しただけなのに。……こいつまで、元気になるなんて」


その、のどかな光景を。焚き火のそばから、ガロードが、静かに見つめていた。


「……主よ」ガロードが、ぽつりと、言った。「よけいなことを、言うようだが」


「ん? どうした、ガロード」


「あの樹が、育つのを、見ていると。……なぜか、胸の奥が、ざわつくのだ」老騎士は、白い髭を、なでた。「あれが大きくなった、その先に。……何か、途方もないものが待っている。そんな気が、してならん。長く戦場を渡り歩いた、老いぼれの、勘のようなものだ。……あてには、ならんがな」


その言葉に、陸は、少し首をかしげた。


「考えすぎ、じゃないか?」陸は、笑った。「まあ、なんであれ。困ってるやつがいたら、手を貸す。それだけだよ、俺は」


「……ふ。違いない」ガロードも、つられて、笑った。だが、その目の奥には、消えない小さな影が、残っていた。


世界樹の若木が。焚き火の光を浴びて、静かに葉をそよがせている。まだ頼りない、その樹が。いつか、どこまで育っていくのか。その旅は、まだ始まったばかりだった。


   


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回から、また、新しい物語の、はじまりです。テーマは、「世界樹を、育てる旅」。


拠点で、すくすく育っていた世界樹が、突然、しおれてしまう。調べてみると、この樹は、世界を巡る力を糧に育つ、特別な樹だった。そして、その力の流れが、遠い土地で、途絶えていた……。というわけで、陸たちは、世界樹を育てるため、その滞りを、解きに行くことになりました。


最初に訪れたのは、涸れ果てた土地。その原因は、やっぱり、忘れられて、力をなくしてしまった、古い泉の主でした。豊穣の精霊のときと、同じですね。陸は、力ずくではなく、その孤独に、そっと寄り添います。そして、土地がひとつ潤うと、世界樹も、一段、育つ。……こうして、世界を巡りながら、少しずつ、あの樹を、大きくしていく。そんな、あたたかな冒険にしたいと思っています。


ただ、その裏で。ガロードが、不穏な予感を、口にしました。世界樹が育った、その先には……? どうぞ、のんびりと、けれど少しの緊張感とともに、見守っていただけたら幸いです。


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