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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第72話「おおきな働き手」

その日の朝、陸がゴミを出しに部屋を出ると、廊下で柚希と鉢合わせた。夜勤明けらしい、少し疲れた顔だ。それでも陸を見つけると、「おはよ」と軽く手を上げてみせた。


「おかえり。今日も、お疲れさん」


「ん……もう、くたくた」柚希は大きく伸びをした。「でもね、今日はいいことがあったんだ。担当してた子が、やっと退院できたの」


「お、それはよかったな」


「うん。小っちゃい子でさ。最初はぜんぜん心を開いてくれなくて。毎日ちょっとずつ話しかけてたら、最後の日にね、『看護師さん、ありがとう』って」


それを思い出したのか、柚希の顔がふにゃっとほどけた。


「ああいうの、ほんと、たまらないんだよね」


「……そっか」陸は、なんだかこっちまで嬉しくなって、頷いた。


「でしょ? だから看護師、やめられないんだよね」


へへ、と笑うその顔が、ずいぶん嬉しそうで、陸もつられて笑ってしまう。誰かのために、まっすぐ頑張れる。柚希のそういうところを、陸はいつも、すごいと思っていた。


「柚希は、ほんとにえらいよ」


「え、なに、急に」柚希が、照れくさそうに笑った。「やめてよ、そういうの」


「いや、本気で。その子もきっと、大人になっても、柚希のこと覚えてるよ」


「……もう。調子いいんだから」


そう言いながらも、柚希は、まんざらでもなさそうだった。そっぽを向いたその耳が、ほんのり赤い。


なんてことのない、朝の立ち話だった。それでも、こういう時間があると、その日一日を少しだけ機嫌よく過ごせる気がする。


「じゃ、あたし寝るね。……あ、そうだ」ドアを開けかけて、柚希が振り返った。「夜、ログインする? するなら、あたしも起きたら行くけど」


「するする。じゃあ、夜な」


その夜。ログインすると、拠点はいつもより少しだけ手狭になっていた。グランのせいだ。


昨日仲間になったばかりの巨獣は、焚き火のそばにどっかり寝そべって、すっかりくつろいでいた。その広い背中では、小夜とモフが当たり前みたいに丸くなっている。フェニクスはグランの角に止まって羽を休めていた。たった一晩で、ずいぶん馴染んだものだ。


「おはよう、グラン」


陸が声をかけると、グランは嬉しそうにぶるると鼻を鳴らした。大きな頭をぐいぐいこすりつけてくる。あんまり勢いがいいので、陸はまた押し倒されそうになった。


「こら、加減しろって」


笑いながら、その鼻を撫でてやる。ゆうべまで森でひとり震えていた子とは、もう思えないほどの甘えん坊だ。


「すっかり家族の顔だな」


振り向くと、宗介が一枚の依頼票を手にこちらへ歩いてきていた。


「ちょうどいいとこに来たな、陸。これ、どう思う? お前の新入りが、さっそく活躍できそうだぞ」


受け取って読んでみる。丘をふたつ越えた先の、オルクという小さな農村からの依頼だった。もうすぐ収穫の時期なのに、村の働き手が足りない。畑を耕し、実った作物を運ぶ、その力仕事を手伝ってほしい。報酬は、採れたての野菜と、ひと晩の宿。ただ、それだけ。


「ずいぶん、のどかな依頼だな」大和が票を覗き込んで笑う。


「たまには、こういうのもいいだろ」宗介が肩をすくめる。「それに、グランがいれば、村の男手の何十人ぶんにもなるぞ」


その名前に反応したのか、グランがのっそり顔を上げた。まるで、手伝う気満々です、とでも言いたげに。


「モフも、手伝ってくれるよな?」


陸が声をかけると、グランの背中で寝ていたモフが、ぴょこんと顔だけ上げた。ふすー、と気の抜けた声で鼻を鳴らす。どうやら、力仕事はグランに任せて、自分はのんびり応援に回るつもりらしい。相変わらずのマイペースぶりに、みんながどっと笑った。


翌朝、一行はオルク村へ向かった。柚希もちゃんと起きて、合流している。ゆうべ話したとおりだ。


グランの大きな背中に、みんなで乗せてもらう。てくてく歩くより、ずっと速い。丘の上から見下ろす畑は、黄金色に色づいて、朝の光にきらきらしていた。


「わあ、きれい……」柚希が思わず声を漏らす。


「収穫、間に合うといいけどな」


村に着くと、村人たちが目を丸くして出迎えてくれた。無理もない。歩く山みたいな巨獣が、人を何人も乗せてのっそりやってきたのだから。けれど、グランの穏やかな目を見て、すぐに警戒を解いたようだった。エルデ村での一件が、もう噂になっているのかもしれない。


依頼主は、腰の曲がった村長のおばあさんだった。


「よく来てくださった。今年は、若い者が出稼ぎに行ってしまってねえ。このままじゃ、せっかくの実りを腐らせてしまうところだったの」


「任せてください」陸は胸を張った。「うちには、頼れる働き手がたくさんいますから」


それから、村をあげての大収穫がはじまった。


グランの働きは、まさに圧巻だった。太い角で、固い土を軽々と掘り起こす。刈り取った作物を山ほど背中に積んで、涼しい顔で運んでいく。ひとりで荷馬車の何台ぶんも運ぶものだから、村人たちは、ぽかんと口を開けて見上げていた。


もちろん、働いたのはグランだけではない。


大和が力仕事で村の男たちと競い合い、宗介が手際よく刈り取りの指示を出す。雪乃は、腰を痛めたおじいさんにそっと回復魔法をかけてあげていた。静とハルは、いつのまにか村の子どもたちに囲まれ、簡単な魔法を見せてきゃあきゃあ言われている。柚希は、水と手ぬぐいを配って回りながら、村のお母さんたちとすっかり話し込んでいた。


畑の隅では、ひとりの小さな男の子が、グランの巨体を遠くからじっと見つめていた。近づきたいけれど、怖い。そんな顔だ。それに気づいたグランが、作物を運ぶ合間に、そうっと大きな鼻先を、その子のそばへ寄せていく。男の子は、びくっと肩をすくめた。それでも、逃げはしなかった。おそるおそる手を伸ばして、グランの鼻に、ちょんと触れる。


グランが、気持ちよさそうに目を細めた。


とたんに、男の子の顔が、ぱあっと輝く。「こわくない!」と叫んで、今度は自分から、その脚にぎゅっと抱きついた。


陸はというと、畑のすみで、一頭の牛の前にしゃがみ込んでいた。


村の大事な働き手の牛が、朝からどうしても畑に入ろうとしないのだという。困り果てた村人に頼まれて、陸はその牛の心に、そっと耳を澄ませた。


理由は、すぐにわかった。この牛は、足の裏に小さな棘が刺さって、痛かっただけだ。


「なんだ、そうか。痛かったんだな」


陸が足を持ち上げて棘を抜いてやると、牛はほっとしたように、もう、と鳴いた。それから、何事もなかったようにのっそのっそと畑へ入っていく。


その途中、牛はお礼のつもりか、ふと足を止めて、陸の頬をざらりと舐めていった。


「わっ、くすぐったい」


陸が笑うと、それを見ていた村人たちも、つられて笑う。畑に、のどかな笑い声が広がった。村人たちが、また目を丸くした。


「兄ちゃん、あんた、動物の言葉がわかるのかい」


「まあ、なんとなく、ですけど」陸は照れくさそうに笑った。


言葉がわかるわけじゃない。ただ、相手が何に困っているのか、ちょっとだけ視えるだけ。それでも、こうして誰かの役に立てるなら、この力も悪くないな、と思う。


働きながら、陸は、この村のことを少しずつ知った。若い人はみんな街へ出ていってしまって、残っているのは年寄りばかりだという。それでも、誰もこの土地を捨てようとはしない。先祖代々の畑を、しわだらけの手で守り続けている。だから収穫どきの人手不足は、この村にとって、毎年の死活問題なのだった。


「たった一日でも、こうして手伝ってもらえると、ほんとうに助かるよ」


腰を伸ばしながら、ひとりのおじいさんが、くしゃっと笑ってそう言った。


日が高くなるころには、畑の半分がもう刈り終わっていた。この調子なら、日暮れまでにぜんぶ終わりそうだ。


昼どきには、村のお母さんたちが、大きな鍋いっぱいのあたたかいスープをふるまってくれた。畑のあぜ道に並んで座って、それをすする。汗をかいたあとの素朴な味が、やけに沁みた。


「うまいな、これ」大和が三杯目をおかわりする。


「あんた、食べすぎだって」柚希があきれて笑う。


グランには、村の子どもたちが山盛りの草と果物を運んできてくれていた。グランはそれを美味しそうに食べながら、ときどき、子どもを鼻先でそっと撫でている。子どもたちのはしゃぐ声が響いた。


のどかだった。


つい先日まで、あんな物騒な戦いをしていたなんて、まるで嘘みたいだ。空の高いところの七つの光さえ、この村の穏やかさの前では、遠い夢の話のようだった。


陸は、スープの湯気の向こうに、その光をちらりと見上げた。


――今は、いい。今日くらいは。


そう自分に言い聞かせて、陸はもう一口、スープをすすった。


午後の作業も、順調に進んだ。


途中、空に、ぽつりと灰色の雲が出てきた。ひと雨来そうな雲行きだ。刈った作物を濡らすわけにはいかない。誰からともなく、作業の手が速くなる。


「グラン! こっちの分、頼む!」


陸が声をかけると、グランは心得たとばかりに、残りの作物を背中に積み上げ、大急ぎで納屋へ運んでいった。その働きぶりに、村人たちからも思わず歓声が上がった。


最後のひと束を納屋に運び終えたのと、雨が降りはじめたのは、ほとんど同時だった。


「……間に合った!」


誰かが叫んで、その場の全員がわっと沸いた。雨に濡れながら、みんなでへとへとになって笑い合う。グランも嬉しそうに、鼻を高く上げて鳴いた。


収穫が、すっかり終わった。


村人たちは、何度も何度も頭を下げてくれた。あの子のおかげだ、あんたたちのおかげで村が救われた、と。そして帰り際、村のお母さんたちが、両手いっぱいの野菜を、これでもかと持たせてくれた。採れたての瑞々しいものばかり。グランの背中に載りきらないほどの量だ。


「こんなに、いいんですか」


「いいのいいの。あんたたちがいなけりゃ、どっちみち腐らせてた分だもの」


広場では、グランが、名残惜しそうな子どもたちを、最後にもう一度だけ背中に乗せてやっていた。モフは、小さな子にぎゅっと抱きしめられて、されるがままになっている。応援に回るなんて言っておいて、結局いちばんの人気者だったかもしれない。


「こちらこそ、いろいろとありがとうございました」


陸が言うと、村長のおばあさんが、しわだらけの手でそっと陸の手を握った。


「あんたたちは、いい子だねえ。……どうか、達者でね。何があっても」


その言葉の最後に、なぜだろう、ほんの少しだけ影が差した気がした。けれど、それを問い返す前に、おばあさんはもう、にこにこと手を振ってくれていた。


たっぷりの野菜を積んで、一行は拠点への帰路についた。グランの背中は、行きよりもずっと賑やかだ。丘の向こうに沈む夕日が、荷いっぱいの野菜を、あかね色に染めていた。


拠点に着くころには、みんな、心地よく疲れきっていた。


「さて」宗介が、背中の野菜をどさりと下ろして腕まくりをする。「これだけ材料があるんだ。今夜は宴会だろ」


異論のある者は、いなかった。


さっそく、大きな鍋が火にかけられる。もらった野菜を、みんなでわいわい刻んでは放り込んでいく。宗介が肉を焼き、雪乃がスープの味をみて、ハルがどこからか果実酒を持ち出してきた。静は、慣れない手つきで野菜を切っては指を切りそうになって、柚希に笑われている。拠点の焚き火が、いつになく大きくなった。


採れたての野菜のスープは、驚くほど甘かった。一日じゅう汗をかいて働いたあとだからか、それとも、村の人たちの気持ちがこもっているからか。たぶん、その両方だ。


「うまいなあ」大和が、しみじみ言う。


「あんた、村でも同じこと言ってたでしょ」柚希が突っ込んで、みんながまた笑った。


グランは、もらった果物を山ほど抱えて、幸せそうに頬張っている。その足元では、モフと小夜が、こぼれた野菜くずをちゃっかり分け合っていた。フェニクスたち神獣も、思い思いに、火のあたたかさへ身を寄せている。にぎやかで、あたたかい夜だった。


陸は、その輪の真ん中で、あたたかいスープをすすった。強い敵を倒したわけでも、世界を救ったわけでもない。ただ、困っている誰かを手伝って、そのお礼に、こんなにあたたかい一杯をもらった。それだけのことが、どうしてこんなに幸せなんだろう。


ふと隣を見ると、柚希が、こっくり、こっくりと船を漕いでいた。夜勤明けで一日じゅう働いて、さすがに限界らしい。そのまま、こてん、と陸の肩に頭をあずけて、寝息を立てはじめる。


起こさないように、陸はそっと動かずにいた。その寝顔は無防備で、ずいぶん幼く見えた。約束どおり起きてきて、一日じゅう村の人たちのために働いて。それでも文句ひとつ言わず、最後まで笑っていた。そういうところが、この人のすごいところだ。陸はそっと上着を脱いで、柚希の肩にかけてやった。


「いい一日だったな」宗介が、小さな声で言った。


「うん」陸も、小さく頷く。「こういう日が、ずっと続けばいいのにな」


本当に、そう思った。強い敵を倒すことも、世界を救うことも、きっと大事なのだろう。それでも陸がこの世界でいちばん幸せを感じるのは、こんなふうに、誰かの当たり前の一日をそっと支えられたときだった。強い力なんて、なくてもいい。今日みたいな日がたまにあれば、それで十分だ。


焚き火のはぜる音と、仲間の笑い声を聞きながら、陸もいつのまにか、うとうととまぶたを閉じていた。




アルテのログが流れた。


アルテのログ:

「大きな働き手が、村に来た。

固い土を掘り起こし、実りを運び、

雨のひとしずくも、こぼさせなかった。


けれど、いちばん大きかったのは、

その巨体ではなく、

はぐれ者を家族と呼んだ、あの日の、

小さな優しさのほうだ。


空には、まだ七つの灯。

けれど今日のところは、

あたたかいスープと、笑い声と、

働いたあとの、心地よい眠りを。」




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回も、肩の力を抜いた、のんびりクエスト回でした。前回、仲間になったグランに、さっそく大活躍してもらいたくて、農村のお手伝いのお話にしてみました。剣を振るうのではなく、畑を耕して、実りを運ぶ。そんなグランの姿を書いていると、こちらまで、なんだかあたたかい気持ちになりました。


陸が牛の棘を抜いてあげる場面は、この物語で描きたいことの、ひとつの縮図のつもりです。相手が何に困っているのか、ちょっとだけ気づいてあげる。ただ、それだけのこと。強い力がなくても、誰かの一日を、そっと支えることはできる。陸にとっての幸せは、きっと、そういう場所にあるのだと思います。


もちろん、空の七つの光は、まだ静かに、その日を待っています。村長のおばあさんの言葉に差した、小さな影の意味も、いずれ。けれど、そのお話は、また今度。今日のところは、あたたかいスープと、心地よい眠りだけを、どうか。


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