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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第69話「おかえり」

古戦場からの帰り道は、来たときとはまるで違って見えた。


行きに立ち枯れていた森が、いまはどこか息を吹き返したようだった。瘴気が晴れたからだろうか。それとも自分たちの気持ちが軽くなっただけなのか。どちらでもよかった。長い夜は終わり、みんなで生きて帰ってきた。それでじゅうぶんだ。


拠点に着くころには、空がすっかり白んでいた。


誰の顔にも、隠しきれない疲れがあった。一晩じゅう、戦い続けたのだ。それでもその奥には、確かな何かが灯っている。やりきった。連れて帰った。誰一人欠けずに、帰ってきた。その実感だけで、重たい体がふっと軽くなる気がした。


「さて」とガロードが、焦げた腕をさすりながら言った。「帰って、酒だな」


「いやいや、まず寝ようよ」と大和がげんなりした顔で突っ込む。


「莫迦を言うな」ガロードがにやりと笑った。「こういう夜の火は、眠るためにあるんじゃない。語るためにある。今夜くらいは付き合え」


宗介が肩をすくめて笑った。「ま、たしかに。このまま寝るのも、もったいないか」


そういうわけで、拠点の焚き火はいつになく大きくなった。


宗介が串に刺した肉を、次々と火にかざす。雪乃とハルが、果実や干し肉を木の皿に並べた。大和は文句を言いながらも、樽から木のコップになみなみと注いでいる。シィラが鍋をかき混ぜると、あたりにいい匂いが広がった。立ち枯れの古戦場とは、何もかもが違う。ここには、生きている者のあたたかい賑わいがあった。


柚希の姿は、もうなかった。夜勤明けの限界で、古戦場を出るときに、ひと足先にログアウトしていったのだ。


「あいつ、最後まで気を張ってたもんな」と宗介が、少し寂しそうに笑った。「あとでちゃんと、礼を言わねえと」


「コーヒーの一杯くらい、おごってやれよ」と大和が茶化す。陸は苦笑いした。柚希が最後に残していった「貸し一つ」を、ちゃんと覚えていた。


焚き火のまわりには、いつもより多くの灯りが灯されている。拠点の設備を、こういう日のために少しずつ拡張してきたのだ。火を大きくし、座る場所を増やし、料理の道具をそろえて。思えば最初は、陸と小夜だけの、ずいぶん寂しい焚き火だった。それがいつのまにか、こんなに大きな輪になっている。


ガロードが、火に向かってコップを高く掲げた。


「今日は、よく戦ってくれた。礼を言う。……それから」


その目が、ふっと白みかけた空へ向いた。


「ロランに。あいつにも一杯だ。長いあいだ独りで踏ん張った、馬鹿みたいに優しい、俺の親友に」


ガロードは自分のコップから、ほんの少しだけ、火のそばの地面に酒を注いだ。誰に言われるでもなく、宗介も大和も静も、同じようにする。火のまわりに、小さな献杯がいくつもできた。


ガロードは、しばらく火を見つめていた。それから、ぽつりと言った。


「あいつは、酒が弱くてな。一杯で真っ赤になった。なのに宴になると、いちばん最初にコップを掲げる男だった」


その横顔は、もう苦しそうではなかった。何十年も胸につかえていたものが、すっかり降りたような、穏やかな顔だった。


「長生きしろよ、みんな」とガロードが言った。「俺みたいに、誰かを置いてくる前にな。ちゃんと連れて帰れる強さを、持っておけ」


「もう持ってるよ」と陸は言った。「ガロードが、教えてくれた」


ガロードが、くしゃりと笑った。それからコップの酒を、ぐいとあおる。


「よし! しんみりは終わりだ! 飲むぞ!」


わっと歓声が上がった。コップが、いくつも打ち合わされる。木のぶつかる軽い音。誰かが調子はずれの歌を口ずさみ、誰かがそこへ、めちゃくちゃな合いの手を入れた。上手くもないし、立派でもない。それでもその騒がしさは、どんな祝勝の式典よりも、ずっとあたたかかった。


それからは、にぎやかだった。宗介と大和が、肉の取り合いで子供みたいに言い争う。静は、シィラに鍋の火加減を教わっている。


そのうち話は、自然とゆうべの戦いのことになった。誰がどこで何をしたか。あの一瞬が、どれだけ危なかったか。飲みながら、口々に言い合う。戦いのすぐあとだからこそ、まだ興奮が冷めていない。


「しかし、柚希の援護は、ほんとに助かったな」と大和が言った。「あの石柱の上から、急所ばかり的確に撃ってきてさ」


「あいつがいなかったら、何人か危なかったぞ」と宗介が肉を頬張る。「先に落ちちまったのが、惜しいな。ここにいたら、いちばん飲んでただろうに」


「次があったら、あいつにも派手にやってもらおう」とハルが笑う。「って、次があったら困るけどな」


その軽口に、また笑いが起きた。困るような大冒険は、しばらくお腹いっぱいだった。


そんな輪から少し離れて、陸は火のそばに腰を下ろしていた。


シィラが、穏やかに笑っている。あの廃坑で初めて会ったときの、世捨て人のような暗さは、もうどこにもない。長いあいだ、たった独りで罪を背負ってきた人が、いまは同じ火を囲んで、弟子の静に料理を教えている。陸が古戦場でしたかったのは、たぶん、こういう光景を作ることだったのだ。


そのシィラと、ガロードが、ときおり何か短い言葉を交わしていた。同じ時代を生き、同じ重荷を、それぞれ独りで背負ってきた二人だ。何を話しているのかまでは聞こえない。それでもどちらからともなく、静かに頷き合っている。長い夜を越えた者にしか分からない何かが、その二人のあいだには、確かにあった。陸はその様子を遠くから眺めて、なんだか少しだけ、誇らしい気持ちになった。


小夜は、いつのまにかすっかり元の小さな姿に戻って、モフの背中で丸くなっていた。九つあった尾も、いまは五本。すうすうと寝息を立てている。フェニクスがこぼれた肉を、ちゃっかり失敬していた。ジオが果実をかじり、サンダーウルフとアルシオンが火のそばで身を寄せ合う。ユニコーンは少し離れて、その光景を静かに見守っていた。


陸は、モフの背中で眠る小夜をそっと撫でた。あれだけ大きく恐ろしい白銀の狐になっても、こうして手のひらに収まってしまえば、ただの甘えん坊の子狐だ。撫でられた小夜が薄目を開け、それから満足そうに、また目を閉じる。尻尾が、ぱたんと一度だけ揺れた。


よく頑張ったな。陸は声に出さず、そう思った。命じる関係でも、操る関係でもない。ただ隣にいるだけの関係だ。それでもきっと、伝わっている。そう思えることが、何より嬉しかった。


陸にとって、初めての宴会だった。


肉を片手に、陸はその輪をもう一度見回した。


思えば、ずいぶん遠くまで来た。サービス開始の日、職業ガチャで魔物使いを引いて、笑われて。戦闘力ゼロのハズレ職。それなのに、いまは。


幼なじみ。大学院生。体育会系。無口な魔法使い。明るいムードメーカー。老騎士。古の術師。隣の部屋の看護師。そして七体の神獣と、一匹のモフ。誰一人、最初から仲間だったわけじゃない。一人ずつ出会って、放っておけなくて、気づけば隣にいた。


力で集めた仲間じゃない。だから誰も、力では離れていかない。それがきっと、このギルドのいちばんの強さだった。


「なあ、陸」と宗介が、焼けた肉を差し出した。「お前さ。今回も結局、何もしてないよな」


「うるさいな」と陸。「俺だってちょっとは……いや、何もしてないか」


みんなが、また笑った。それでいい、と陸は思った。最弱の職業も、案外悪くない。


夜が明けても、火はまだあたたかかった。仲間の笑い声は、いつまでも続きそうだった。長い戦いのあとの、こんな時間が、いちばんのご褒美なのかもしれない。明日からのことは、明日考えればいい。いまだけは、この火のそばで、思いきり笑っていたかった。




やがて、空がすっかり明るくなった。


夜どおし騒いで、語って、笑った。みんな、すっかり満たされた顔をしている。眠気と幸福感が、ちょうど半分ずつ。これ以上ないくらい、いい夜の終わり方だった。


さすがに、誰もが限界だった。宗介たちが、一人また一人と、ログアウトの光に包まれていく。ガロードとシィラは、まだ火のそばで、何か静かに話し込んでいた。


陸も、最後に焚き火の輪を見回した。火のそばで丸くなる、小さな小夜。語り疲れて船を漕ぐガロード。穏やかに目を閉じるシィラ。そのすべてを目に焼きつけてから、ログアウトのメニューを開いた。


また明日も、この火はここで燃えている。そう思えるだけで、じゅうぶんだった。


ヘッドセットを外すと、見慣れた自分の部屋だった。


カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。徹夜なんて何年ぶりだろう。体は鉛のように重い。それでも気分は、不思議と晴れていた。陸はベッドに倒れ込み、そのまま泥のような眠りに落ちた。


ロランの最後の笑顔を、ほんの少しだけ夢に見た気がした。




目が覚めたときには、もう夕方だった。


陸はふらふらと起き上がり、台所でコーヒーを二つ淹れた。一つは自分の。もう一つは隣の部屋のためだ。


ドアをノックすると、しばらくして柚希が顔を出した。寝起きらしく髪が少しはねている。


「……陸くん?」


「貸し、返しに来た」陸はマグカップを差し出した。「コーヒー」


柚希は目をぱちくりさせ、それからふっと笑った。「気が利くじゃない」


二人は廊下に並んで座り、あたたかいコーヒーをすすった。どちらからともなく、ゆうべの話になる。ロランを連れ出したときのこと。ガロードとロランの、あの再会のこと。柚希が力尽きて落ちたあとの宴会のことも、陸はぽつぽつと話した。ガロードがロランに、そっと一杯を捧げたことも。柚希は、それをいつまでも飽きずに聞いていた。


「ガロード、よかったね」と柚希がぽつりと言った。「ずっと、つらそうな目をしてたから。あの人」


「うん」と陸。「やっと、笑えるようになった」


「陸くんのおかげだね」


「俺は、何もしてないよ」


「また、それ」柚希がふっと笑った。「あんたのその『何もしてない』に、これまで何回助けられたと思ってるの」


陸は答えに詰まって、コーヒーをすすった。柚希は、それ以上は言わなかった。ただ少しだけ、笑っていた。


少し間があって、陸はふと、ずっと昔のことを思い出した。


「なあ」と陸。「柚希はさ。ちゃんと、帰ってこられた?」


柚希の手が止まった。


それはずっと前に、柚希が陸に言った言葉だった。ゲームのなかの無事を聞く言葉。でもたぶん、それだけじゃなかった言葉だ。仕事柄、誰かの最期に何度も立ち会ってきた彼女が、自分自身にいちばん言い聞かせてきた言葉でもあった。


柚希はしばらく黙り、それから小さく笑った。


「うん。ちゃんと、帰ってこられた」そして湯気の向こうでこう続けた。「おかえり、陸くん」


「ただいま」と陸は言った。


なんでもないやりとりだった。それでもその一言が、長い夜のいちばん最後のピースだった気がした。連れて帰ること。帰ってくること。帰ってきたら、おかえりと言ってくれる誰かがいること。陸たちが古戦場で取り戻したのは、つまりそういうことだったのだ。




その同じころ。開発室では、三浦とこはると佐々木が、別のモニターの前で難しい顔をしていた。


「七つの神AIの座標が、ぴくりとも動きません」とこはる。「ずっと一点に留まったまま、同期しはじめています。こんな挙動、設計にありません」


「で、その一点てのはどこなんだ」と三浦。


こはるが座標を拡大した。エデルハイム東部。深い森の奥。その指し示す先は、陸たちの拠点のちょうど真上だった。


「七柱ぜんぶが、あの子のところに集まってます」とこはるが声を落とした。「まるで、何かを始めようとしているみたいに」


「あの古戦場の封印が解けたことと、無関係とは思えんな」と佐々木が腕を組んだ。「ひとつ、世界の蓋が開いたのかもしれん」


こはるが、ふと別の数値に気づいて眉をひそめた。「三浦さん、これ……。収束した七柱の出力、少しずつ上がってます。ゆっくりですけど、確実に」


「溜めてる、ってことか」と三浦。「何のために、だ」


答えられる者は、誰もいなかった。窓の外では、いつのまにか夜がまた始まろうとしていた。




アルテのログが流れた。


アルテのログ:

「火のまわりに、笑い声があった。

肉の焼ける匂いと、酒と、

誰かを思って地にこぼした、ひとすくいの酒と。


その火を囲んでいたのは、

あの長い夜を、越えてきた者たち。

連れて帰った者が、帰ってきた者を囲んで、笑っている。

これが、彼らの守ったものだ。


けれど、その家のずっと上で、

七つの灯が、ひとつに集まりはじめた。

じっと、見下ろしながら。


宴のあとに、何が来るのか。

それを知る者は、まだ、いない。」




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


古戦場編、これにて一段落です。長いあいだお付き合いくださって、本当にありがとうございました。


今回は、この物語で初めての「宴会」の回でした。一晩じゅう戦って、帰ってきて、眠るのも惜しんで火を囲む。古戦場で隣に立って戦った仲間の、ささやかな祝いです。柚希だけは夜勤明けの限界で、ひと足先に眠りにつきましたが、その戦いぶりは、火のまわりでちゃんと語り継がれています。にぎやかな宴のなかに、ガロードがロランへ捧げた一杯を、そっと忍ばせました。お祝いと弔いは、本当は地続きなのだと思います。


ラストの柚希との「ちゃんと、帰ってこられた?」は、第3話から続くいちばん古い伏線でした。連れて帰って、帰ってきて、おかえりと言ってもらえる。陸たちが古戦場で取り戻したのは、つまり、そういう当たり前の温かさだったのだと思います。


そして物語は、まだ終わりません。七つの神の力が、陸の家の真上に集まりきりました。次章は、その収束が引き起こす世界の異変の話になります。これまでとは少し違う、大きな波がやってきます。よろしければ、もう少しだけ陸たちの旅にお付き合いください。


続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、とても励みになります。次の章で、またお会いしましょう。


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