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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第66話「ひとりにはしない」

ロランだった鎧は、こちらを見たまま動かなかった。


他の鎧のように剣を振り上げてはこない。兜の奥に残った、あの光のようなものが、じっと陸たちを見据えている。やがてその鎧はゆっくりと、自分の後ろを指し示した。脈打つ黒い靄を。まるでこう告げるようだった。来るな。これは俺が抑える。お前たちは戻れ、と。


「ばか言うな」とガロードが一歩前へ出た。「何十年だ。何十年、お前をここに置き去りにしたと思ってる」


ロランの鎧が、わずかに首を横に振った。


その仕草に、陸の胸が締めつけられた。声はない。それでもわかる。この人はずっとこう言い続けてきたのだ。誰も来なくていい。自分がここにいればそれでいい。何十年もたった独りで、そう決めて。


「シィラ」と陸は小さく呼んだ。「あの魔の核は、どうすれば止まるの」


「止められはしない」とシィラ。杖を握る手に力がこもっていた。「あれは倒すものじゃない。鎮めて、内側から封じ直すしかないんだ。誰かが、あの核のすぐそばで抑え続けて」


「それを、ロランがずっとやってきたのか」


シィラは答えなかった。答えは目の前にあった。一体の鎧が、何十年も核のそばを離れず、剣を構え続けている。その背中が、すべてを語っていた。


陸は、その背中から目を離せなかった。何十年。気の遠くなるような時間を、この鎧はたった独りで、あの黒いものと向き合い続けてきたのだ。仲間が一人また一人と正気を失っていくなかで。誰にも気づかれず、誰にも代わってもらえず。それでも退かなかった。後ろにいる者たちを、外へ出すまいとして。守るために剣を振るうのではなく、守るためにその場に立ち続けるという、いちばん苦しいやり方で。


そのとき、黒い靄が大きく膨れ上がった。


封印が緩んで外の力が流れ込んだせいだ。あるいは何十年ぶりの来客に気づいたのかもしれない。靄が脈打つたびに、広間の鎧たちの動きが速くなる。激しくなる。靄の苛立ちが、そのまま彼らに乗り移っているようだった。


「数が増えてる!」と宗介が叫んだ。


倒れていたはずの鎧までもが起き上がっていた。靄に煽られ、新しい敵へと殺到してくる。雪乃の聖域結界に、いくつもの剣が叩きつけられた。光の壁が激しく明滅する。


「もたない!」と雪乃。「これ以上は、結界が――」


大和が盾で二体を押し返す。宗介が三体をいなす。静の時空遅延が数体の動きを鈍らせ、ハルの影がその足を地へ縫いとめた。それでも追いつかない。湧き出してくる数のほうが、ずっと多かった。ユニコーンの光も、これだけの数を、いっぺんには鎮められない。


シィラも杖を振るっていた。炎の壁を立てて鎧の群れを足止めし、氷の礫で振り下ろされる刃を払う。一度は失い、取り戻した全属性の魔法だ。その手は、もう迷わない。けれどそのシィラでさえ、肩で息をしていた。


「キリがない……っ」と大和が歯を食いしばる。盾の縁が、じりじりと削れていく。「こいつら、いくら退かせても減らないぞ!」


倒しても、起き上がる。退かせても、また向かってくる。終われない者たちは、文字どおり終わらなかった。陸たちが手をくだせないことを、まるで見透かしているように。雪乃の結界が、また一段、光を弱めた。傷の手当てに魔力を回す余裕も、もうない。


一体が、結界の隙間をすり抜けた。


まっすぐ陸に向かってくる。剣が振り上げられた。


陸は動けなかった。守ることばかり考えていた頭は、自分が狙われる側に回ることを、一瞬忘れていた。


その時刻、朝倉柚希は、アパートに帰り着いたばかりだった。


今夜は夜勤だった。本当なら、朝まで病棟に縛られるはずだった。けれど珍しく、夜が落ち着いていた。急変もなく、ナースコールも静かなままで。「今日はもう上がっていいよ」と、師長が早めに帰してくれたのだ。日付が変わって、まだ少し。思いがけず、自分の時間ができた。


くたくただ。シャワーを浴びてベッドに倒れ込みたい。けれど、スマホの画面を見て、手が止まった。


ギルドの通知が溜まっていた。陸が何日か前に残したメモ。『古い戦場跡に行ってくる。シィラとガロードの、昔の場所だ』。そのあとに宗介たちの返事。『俺たちも行く』。そして、パーティ表示。全員のHPバーが削れている。陸のステータスが、点滅していた。


点滅は、危険域が近いことを示している。あの子は、戦わない。誰のことも傷つけたがらない。そういう子がまだ踏ん張っているなら、よほどのことが起きているのだ。


柚希は、ベッドを見た。それから、充電器に挿しっぱなしのヘッドセットを見た。


眠るのは、あとでいい。


「……もう。世話が焼ける」


夜勤上がりの重い体に鞭打って、柚希はヘッドセットをかぶった。


寝る前に、ほんの少しだけ。それで、片をつける。


矢が、割り込んだ。


陸に振り下ろされかけた剣を横から射抜き、軌道をそらす。鎧がたたらを踏んだ。すかさず、もう一本。同じ鎧の膝裏を正確に撃ち抜く。鎧が片膝をついた。


そして、地が揺れた。


鎖の隙間のほうから、何かが雪崩れ込んできた。先頭は、熊のような巨体――モフだ。その後ろに、炎をまとったフェニクス。蔦を引きずるジオトレント。青白い火花を散らすサンダーウルフ。拠点に置いてきたはずの、留守番組だった。


モフが、押し潰されかけていた大和の前に、どすんと割り込んだ。その巨体で、群がる鎧をまとめて受け止める。誰も傷つけず、ただ壁になって。


「みんな……!」と陸が目を見開いた。


呼んだ覚えはなかった。連れてくるつもりも、なかった。それでも来た。仲間が危ないと感じ取って。誰かに命じられたわけでもなく、自分たちで決めて。


その留守番組のいちばん後ろを、地を蹴って走ってくる小さな人影があった。アルシオンが、それをめがけて舞い降りる。人影がその背へ飛び乗ると、天馬は崩れた石柱のいちばん高い天辺へ、一息に駆け上がった。そして、ふわりとその人影を下ろす。


石柱の上に、ひとりの狙撃手が立っていた。次の矢を、すでに番えている。


「危なっかしいなあ、もう」


夜勤上がりの、疲れた顔だった。それでも、その目だけは笑っていた。


「柚希!」と陸。


「遅れてごめんね」と柚希。「ログインしたら、拠点の子たちが、もう飛び出しそうでさ」モフたちを顎で示す。「一緒に連れてきた。……まだ、入れてくれる?」


答えを待たず、彼女の弓がまた鳴った。二射。結界に取りついた鎧の両肩を、同時に撃つ。狙うのは急所ではない。動きを止める一点だけだ。倒すためではなく、止めるため。陸たちのやり方を、ひと目見ただけで読み取っていた。


「患者の顔を読むのが仕事だからね」と柚希が、誰にともなく言った。「あんたたちが何をしようとしてるかくらい、見ればわかる」


宗介が鎧をいなしながら、ニッと笑った。「相変わらず、おいしいとこ持っていくな」


「文句はあとで聞く」と柚希。弓を引き絞りながら。その横顔は、いつもの少しけだるい彼女ではなかった。狙撃手の、研ぎ澄まされた顔だった。


柚希の矢が、戦況を変えた。


高い石柱の上から、彼女は広間の全体を見下ろしていた。結界に取りつこうとする鎧を、たどり着く前に撃って止める。崩れかけた一点に、立て続けに矢を集める。前衛が押し返すための時間を、稼ぎ出していった。風の導きを受けた矢は、靄の生む乱気流にも乱されず、狙った通りに飛んでいく。アルシオンがその頭上を旋回し、柚希の死角を埋めた。空と地の、役割の分担だった。


モフは、相変わらず壁だった。攻撃はしない。ただ前衛の崩れた隙間という隙間に、その巨体をねじ込んで、鎧の波を受け止め続ける。フェニクスたちは、その背の上で、じりじりしていた。炎も、蔦も、雷も、この狭い乱戦で放てば、味方ごと巻き込んでしまう。だから、まだ撃てない。撃つべき相手は、まだ姿を現していなかった。


大和の背後へ回り込もうとした一体が、跳ねるように倒れた。膝の裏を撃たれたのだ。宗介が二体に挟まれかけた、その左の鎧が剣を取り落とす。手首を射抜かれていた。柚希の矢は誰も殺さない。ただ振り下ろされる寸前の一撃を、振り下ろされる前に止める。動きの先を、読み切っていた。


「助かる!」と大和。


「あんまり保たないよ」と柚希。「こっちは夜勤上がりで、くたくたなんだから。あたしが寝落ちする前に、片づけて」


軽い口調だった。けれど陸にはわかっていた。この人はいま、夜勤を終えてくたくたで家に帰り着いて、眠るのを後回しにして、ここに来てくれている。その疲れの重さが、どれほどのものか。


息がつけた。ほんの少しだけ、息が。


その隙に、陸は考えた。このままでは終わらない。倒しても倒れない鎧。膨らみ続ける魔の核。それを独りで抑え続けてきたロラン。これは力で押し切る戦いではない。最初から、そうだった。倒すための戦いではなく、終わらせるための戦いなのだ。


終わらせる、というのは、勝つことではない。あの人たちを、この終われない夜から外へ連れ出すことだ。何十年も誰にも数えられずに戦い続けた人たちを、ちゃんと見つけてあげること。そして、いちばん奥で独り戦い続けるあの一人に、もう抱えなくていいと伝えること。


そして、終わらせるために、まず必要なものがあった。


陸はガロードを見た。


「ガロード」と陸。「ロランのところに行ける? 戦うためじゃなくて、届けるために」


ガロードの目が揺れた。それから、ゆっくりと頷いた。


雪乃の結界が、一方向だけ薄く開いた。大和と宗介が、その先に道を作る。鎧を倒すのではなく、押し分けて退かせて。ハルの影が、その道の両脇に長く伸びた。鎧たちの足を絡めとり、踏み込ませない。誰も傷つけない、ただ退かせるためだけの影だ。「行って!」とハルが叫ぶ。「道は、あたしが押さえてる!」柚希の矢が、横から差し込もうとする敵を片端から止めていく。ユニコーンの光が、その細い道筋を淡く照らした。


ガロードが駆けた。陸もその隣を走る。


走りながら、ガロードの口から、言葉がこぼれ続けていた。誰に聞かせるでもない、長いあいだ胸の底に沈めてきた言葉だった。「すまない。本当に、すまない。お前に生かされて、俺は、のうのうと……いや、のうのうとなんか、できなかった。一日も。お前を置いてきた日から、一日も」


魔の核のすぐ手前。ロランの鎧の、その背中へ。


「ロラン!」とガロードが叫んだ。「もういい! もう、独りで抱えるな! お前の役目は、もう、終わったんだ!」


鎧が、振り向いた。


兜の奥の光が、ガロードを捉えた。確かに、捉えた。長い長い時間の底から、何かが浮かび上がってくるようだった。剣を握る手が、迷うように揺れる。


その光が、ふっと、やわらいだ。まるで、ようやく肩の荷を下ろしてもいいのだと、誰かに許されたかのように。


そしてその剣が――ほんの一瞬、靄から離れた。


開発室では、三浦とこはるが息を詰めて画面を見ていた。


「プレイヤーが、もう一人……」とこはる。「たったいま、このエリアに入ってきました。座標は戦場跡の外縁。この時間に……?」


「あの子たちの仲間だろう」と三浦。「しかし、仕事を早々に切り上げてでも飛んでくるか。とんでもないやつらだな」


画面の中央では、デッドエリアのデータが荒れ狂っていた。封じられていた魔の核。その活性値が、ぐんぐん上がっていく。何十年も、たった一体のNPCが抑え込んできた数値だ。それがいま、限界に近づいていた。


「三浦さん」とこはるの声が震えた。「あの一体……ロランっていう個体が、剣を下ろしました。抑えが……外れます」


三浦は、何も言えなかった。止めるべきなのか、見届けるべきなのか。その判断すら、もう自分たちの手を離れていた。


アルテのログが流れた。


アルテのログ:

「ひとりで抱えるな。

そう言ってくれる誰かがいることを、

彼は何十年も、忘れていた。


遠くから矢が飛んできた。

眠らない夜の合間を縫って。

誰かのそばを、少しだけ離れて。


近くから声が届いた。

ひとりにはしない、と。


抱えていたものを、

ようやく誰かに見せてもいい夜が来た。


だが、手を緩めたその瞬間に。

何十年せき止められていたものが、

動き出す。」


ロランの剣が靄から離れた、その一瞬。


黒い靄が、堰を切ったように噴き上がった。


ロランの鎧を呑み込み、広間の天井へと、渦を巻いて立ち上る。広間中の鎧が、いっせいに動きを止めた。糸の切れた人形のように。彼らを操っていたものが、ついに表へ出てきたのだ。


「ガロード、下がれ!」と陸が、その腕を引いた。


噴き上がった靄の中心で、何かが形を取り始めていた。人の何倍もある、黒い影。何十年もこの地の底で抑え込まれてきたもの。


靄が固まっていくにつれ、広間の空気が重く冷たくなっていった。立っているだけで膝が震える。これが王国を一つ滅ぼしかけた力なのだ。シィラが封じ、百の騎士が命を賭して抑え、ロランがたった独りで何十年も押し留めてきたものの正体だった。アルシオンが警告するように高くいなないて、その頭上から大きく退いた。


そのとき。


陸の肩の上で、小夜が立ち上がった。


四本の尾が、ぶわりと逆立つ。五本目が、はっきりと形を成した。金色の目が、噴き上がる靄をまっすぐ見据える。低い、けれど腹の底に響く声で、子狐が唸った。


封印を司る神の眷属。終われない者たちと、いちばん深いところで繋がっていた獣が、いま、その力を思い出そうとしていた。小夜の小さな体から、見たこともない圧が立ちのぼる。普段のあくびひとつで魔物を退ける恐怖とは、まるで違った。もっと静かで、もっと深い。封印という現象そのものに、いちばん近い場所にいる獣の力だった。


「小夜……?」と陸。


子狐は答えなかった。ただ五本の尾を揺らして、闇の中心を、まっすぐ見据えていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


ついにクライマックス突入です。ロランは、何十年もたった独りで魔の核を抑え続けてきました。「来るな、俺が抑える」と言い続けてきた彼に、ガロードが「もう独りで抱えるな」と叫ぶ。その手が緩んだ瞬間に魔が動き出す――やさしさが引き金になってしまう、つらい構造です。


そして今回、柚希が駆けつけました。今夜は珍しく病棟が落ち着いて、早めに上がらせてもらえた。日付が変わって少し、くたくたで帰宅して、ベッドに倒れ込む寸前。それでもHPバーの点滅を見て、ヘッドセットをかぶります。ログインした拠点では、留守番のモフたちが、もう飛び出しそうになっていました。陸が呼んだわけでもないのに、仲間の危機を察して。柚希は、その子たちを連れて駆けつけます。モフが壁になり、アルシオンが柚希を高所へ運ぶ――誰も命じていないのに、ちゃんと噛み合う。このギルドの強さは、いつもこういう形をしています。「患者の顔を読むのが仕事だからね」――陸たちが“倒さず、止めようとしている”ことをひと目で見抜いて、急所ではなく動きを止める一点だけを撃つ。この人らしい助っ人の入り方になりました。


フェニクスたちが炎や雷を撃てずにじりじりしているのは、狭い乱戦で味方を巻き込まないためです。その本領は、噴き出したあの黒いものを相手に、次回いよいよ解禁されます。小夜の五本目も、はっきりと形を成しました。封印を司る神の眷属が、いよいよ力を思い出します。次回、魔の核との本当の対峙と、小夜の覚醒へ。やさしいだけではいられない物語、次話もお楽しみに。


続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、明日も書き続けられます。


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