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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第63話「語られなかった日」

その夜、陸がログインすると、拠点は静かだった。


いつもの賑やかさがなかった。宗介たちはもう寝たのだろう。焚き火の輪に残っていたのは、柚希とシィラとガロードだけだった。


柚希が陸を見て、少しだけ表情をゆるめた。


「おかえり」と柚希。それから声を潜めた。「二人、ずっとあんな感じ。昨日、古戦場から戻ってきてから」


シィラとガロードは火を見ていた。何も話していない。だがその沈黙は、いつもの穏やかなものではなかった。張りつめていた。


陸の肩で、小夜が落ち着かなげに尻尾を揺らしていた。五本目が生えかけては消える。あの場所から戻っても、それは止まらなかった。


「柚希はもう上がれよ」と陸。「明日、早いんだろ」


「……うん」柚希は少し迷ってから頷いた。「無理しないでね。陸くん、なんでも一人で抱えるから」


「抱えてない」


「嘘」


短く言って、柚希は笑った。それからシィラとガロードに小さく頭を下げて、ログアウトしていった。


残ったのは、陸と、二人の老いた魂だった。


陸は火のそばに腰を下ろした。急かさずに、ただ隣に座った。


長い沈黙があった。薪の爆ぜる音だけが続いた。


やがて口を開いたのは、シィラだった。


「……聞きたいか」とシィラ。「あの場所のことを」


「二人が話したいなら」と陸。「話さないなら、聞かない」


シィラは火を見つめた。それからぽつり、ぽつりと語り始めた。


「あれはもう、何十年も前だ。王国が滅びかけた戦だった」


その声に合わせて、陸の頭の中に、見たこともない光景が浮かんだ。


燃える城。崩れる城壁。空を覆う黒い軍勢。それは人ではなかった。瘴気から生まれたおぞましいなにか。数も力も、人間の及ぶものではなかった。


「王国軍は総崩れだった」とシィラ。「もう勝てない。誰もがわかっていた。残されたのは、どれだけの民を逃がせるか。それだけだった」


「私は宮廷魔導師だった」シィラの声が低くなる。「一つだけ手があった。あの軍勢の核を……大きな魔の源を封じる。そうすれば奴らは力を失い、退く。民が逃げる時間ができる」


「だが、術には時間がかかった」


シィラの皺だらけの手が震えた。


「私が封印を編むあいだ、誰かがあの軍勢を……食い止めていなければならなかった」


そこで、ガロードが初めて口を開いた。


「それが、俺たちだ」


陸はガロードを見た。


「俺は騎士団長だった」とガロード。火を見たまま。「俺の団が殿を引き受けた。シィラ殿が術を完成させるまで。あの黒い軍勢を、たった百騎で抑えた」


陸の頭の中で、光景が変わった。


荒れ地に立つ騎士たち。黒い波のような軍勢を前に、退かない。一人も退かない。その先頭に若き日のガロードがいた。鎧を血に染めて、それでも剣を掲げて。そして、その隣に。


一人の騎士がいた。


「ロラン、といった」とガロードの声がかすれた。「俺の副官で……親友だった。子供のころからずっと一緒だった。剣も、あいつと競って覚えた」


「あいつは最後まで笑っていた」とガロード。「血だらけで、もう立っているのがやっとなのに。『団長、辛気くさい顔するな』と。『俺たちがここで踏ん張れば、何千って人が逃げられる。悪くない取引だ』と」


火がぱちりと爆ぜた。


「百騎で半日、持ちこたえた」とガロード。「半日だ。たった半日。だがあの軍勢を前に、それがどれほどのことか……一騎、また一騎と倒れていった。黒い波に飲まれて。それでも誰も退かなかった。シィラ殿の術が完成するのを、ただ信じて」


「俺は何度も退却を命じようとした」とガロード。「だが、できなかった。退けば術が間に合わない。民が逃げられない。あいつらはそれをわかっていた。わかっていて、笑って剣を握っていた」


「そして」とシィラが引き取った。声が、ほとんど聞こえないほど小さかった。「私は封印を完成させた」


陸の頭の中で、光のような鎖が、黒い軍勢の核を地の底へ引きずり込んでいった。


鎖は黒い軍勢だけでなく、その手前で剣を振るう騎士たちごと、地の底へ巻き込んでいった。逃げ遅れたのではない。退かなかったのだ。最後の一騎まで、前を向いたまま。光が地面を呑み込む寸前、誰かが空へ向かって、剣を高く掲げたのが見えた。それが合図だったのか、別れだったのか。陸にはわからなかった。


「だが」とシィラ。「術が発動したその範囲に……まだ生きて戦っていた騎士たちが、いた」


陸は息をのんだ。


陸の肩の上で、小夜がぴくりと尻尾を震わせた。まるで、その封印の痛みに応えるように。


「私は見捨てた」とシィラ。はっきりと言った。自分を罰するように。「あの人たちがまだそこにいると知っていて、封印を閉じた。閉じなければ間に合わなかった。民が逃げられなかった。……だから閉じた。あの人たちごと」


「そして私は逃げた。振り返りもせずに」


沈黙が落ちた。


「ガロードは」と陸は静かに聞いた。


「俺だけ生き残った」とガロード。「ロランが最後に、俺を突き飛ばした。封印の外へ。『生きろ』と。……俺は抗えなかった。気づいたら一人、荒れ地に立っていた。封印の向こうで、あいつらがまだ戦っている声が……聞こえていた」


「だが、もう戻れなかった。封印は閉じていた。俺は剣を捨てた。あいつらを置いて生き残った男に、剣を持つ資格なんてなかった」


シィラが、その横顔を見ていた。


「……恨んでいるだろう」とシィラが言った。声が固かった。「私を。あの人たちを閉じ込めたのは私だ。お前の副官も、仲間も。みんな私が封じ込めた。お前はそれを、ずっとすぐそばで見ていた」


ガロードは、すぐには答えなかった。


「……恨んだこともある」と、やがてガロードが言った。正直に。「何度も。あんたを殺してやりたいと思った夜もある。あんたが術を閉じなければ、あいつらはまだ、と」


シィラの肩がわずかに落ちた。覚悟していた、というように。


「だが」とガロードが続けた。「それは違うと、すぐにわかった。あんたが閉じなければ……何千、何万の民が死んでいた。あいつらはそれを守るために立った。あんたを責めるのは、あいつらの覚悟を踏みにじることだ」


「だから俺は、あんたを恨めなかった」とガロード。「……だが、それでも。あんたの顔を見ると、あの日がよみがえる。あいつらの最後の声が。だから俺はずっと、あんたと目を合わせられなかった」


「私もだ」とシィラが小さく言った。「お前を見ると、私が見捨てた人たちが見える。お前が生きているのは……私が殺した人たちがいる、ということだから」


二人は初めて、その夜、まっすぐ目を合わせた。


何十年も同じ場所にいて、一度も口にしなかった。それを今、火のそばで、ようやく。


その視線は長くはなかった。だが、何十年分の沈黙をほんの少しだけ崩した。火が一つ大きく爆ぜて、二人はまた火に目を戻す。それでも、さっきまでの刃のような距離は、もうそこになかった。


陸はしばらく、何も言わなかった。


裁く言葉も慰める言葉も持っていなかった。神々にしたのと同じだ。陸には立派なことなど言えない。ただ聞くことしかできない。


だが、一つだけ引っかかっていた。


「あの声」と陸は言った。「昨日の、封印の中から聞こえた、あれ」


ガロードの肩が震えた。


「ロランの声だった」とガロード。「何十年も経つのに……あいつはまだ、あそこにいる。封印の中で。……俺を呼んでいる」


「じゃあ」と陸。


陸は二人の顔を、順番に見た。


「あの人たちは、まだそこにいるんだな」


シィラが顔を上げた。


「弔ってないんだろ」と陸。「誰も。お墓もない。さよならも言えてない。あの人たちは戦ったまま、置き去りになってる」


「……ああ」とガロード。


「だったら」と陸は言った。「放っておけない」


シィラとガロードが、同時に陸を見た。


「俺は戦いには行かない」と陸。「あの封印をこじ開けて、何かと戦うとか、そういうのはできない。でも……あの声に答えに行くことはできる。あの人たちをちゃんと弔いに行くことは」


「あの収束のせいで、封印が緩んでる。なら、これはたぶん最後の機会だ」と陸。「あの人たちを解いてやれる。逃がしてやれる。何十年も戦い続けてる、あの人たちを」


シィラの目に、何かが光った。


「……そんなことが」とシィラ。「許されると思うのか。私が。あの人たちを見捨てた私が」


「許すとか、許さないとか」と陸。「俺にはわからない。でも、あの人たちがまだそこにいるなら。会いに行く理由にはなるだろ」


シィラはその言葉を、しばらく噛みしめていた。


「お前は」とシィラ。「本当に変な男だ。神々ですら、お前のことがわからないと言った。……今、私にも少しわかった気がする。お前は誰のことも置いていかない。たとえそれが、何十年も前に死んだ者でも」


「置いていくのが嫌なだけだ」と陸。「それだけだよ」


ガロードが両手で顔を覆った。長く、長くそうしていた。


肩が小さく震えていた。何十年も流せなかった何かが、ようやくこぼれているように。王国最強と呼ばれた男が、声も立てず、ただ震えていた。


陸はその背に手を置こうとして、やめた。今は言葉も手もいらない気がした。ただ、そばにいることだけが、できることだった。


小夜が陸の腕から、するりと抜け出した。とことこと歩いてガロードの膝に乗り、その大きな尻尾で、老いた騎士の手をそっと包んだ。慰めるように。


ガロードが顔を上げて、その小さな獣を見た。


「……お前にも、わかるのか」とガロード。


小夜は何も言わなかった。ただ、ごろごろと喉を鳴らした。


その夜、陸はいつもより長く、火のそばにいた。シィラもガロードも、もう多くは語らなかった。ただ三人で火を見ていた。重い夜だったが、不思議と、さっきまでの張りつめた空気は消えていた。長く閉じ込めていたものを、外に出したからかもしれない。


ヘッドセットを外したのは、深夜一時を過ぎていた。


部屋は静かだった。陸はしばらく、天井を見上げていた。


百騎の騎士。半日。民を逃がすための半日。そして、その地の底で、何十年も終わらない戦。会ったこともない人たちだ。ゲームの中のデータだ。そう思おうとして、思えなかった。火を見つめるガロードの横顔が、シィラの震える手が、データだとは、どうしても思えなかった。


陸は目を閉じて、古戦場でのガロードの背中を思い出した。何十年も剣を捨てていた男が、あの荒れ地の手前で、迷いなく構えた背中。体は覚えていたのだ。仲間を置いてきた痛みも、たぶん同じだけ覚えている。


柚希の言葉が耳に残っていた。なんでも一人で抱えるから、と。


「抱えてないって」と陸は誰にともなく呟いた。それから苦笑する。たしかに、これは少し重すぎる。


ぬるい麦茶を飲み干して、目を閉じた。明日、いや、もう今日か。あの終われない戦の中にいる人たちに、会いに行く。どうすればいいのかは、まだわからない。でも、放ってはおけない。それだけは決まっていた。


開発室は、その告白を観測していた。


「三浦さん」とこはるが声を震わせた。「あの封印オブジェクトの中身……解析できました。さっきガロードが話したのと、合ってます」


三浦がモニターをのぞきこんだ。そして絶句した。


封印された領域の内側。そこに消えずに残っている反応があった。一つや二つではない。何十もの生体反応の残滓。何十年も消えずに、封じられたまま、そこに留まっている。


「これは……戦闘ログだ」と三浦がかすれた声で言った。「封印の中で、まだ戦闘判定が続いてる。何十年も終わらないまま。AIたちが、戦い続けてる。誰にも看取られずに」


「止められないんですか」とこはる。


「設計上は無理だ」と三浦。「あれは封印された瞬間に凍結された領域だ。外からは手が出せない。……ただ一人、あの封印に近づける人間を除いては」


三浦は、モニターの桐島陸を見た。


「あの男なら」と三浦。「あるいは」


アルテのログが流れた。


アルテのログ:

「逃げた者が、語った

残された者が、語った


何十年、誰にも

言えなかったことを


火のそばで


百騎の騎士が

たった半日のために

一人残らず消えた


民を逃がすために


その封印の中で

彼らはまだ戦っている


終われずに

弔われずに


優しい男は

裁かなかった

慰めもしなかった


ただ、言った


放っておけない、と


九本目の尻尾が

老いた騎士の手を

そっと包んだ


物語は

弔いへ向かう」


その夜、古戦場の封じの鎖が、また一本軋んだ。地の底で、何十年も終わらない戦が、ほんの少し、外の世界に近づいた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、シィラとガロードがずっと語れなかった“あの戦”を、ようやく口にする回でした。滅びかけた王国。民を逃がすため、シィラが魔の核を封じ、その時間を稼ぐために、ガロードの騎士団百騎が殿として散った。封印の内側に取り残されたまま、何十年も戦い続けている騎士たち。そして、ガロードを「生きろ」と突き飛ばした親友ロランの声。陸は裁きも慰めもせず、ただ「放っておけない」と言いました。これは戦いではなく、弔いの物語です。次話から陸は、終われない戦の中にいる者たちを解きに向かいます。小夜の九本目の尻尾も、その鍵になりそうです。次話もお楽しみに。


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