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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第62話「古戦場へ」

その夜、柚希は、いなかった。


昼間に、短いメッセージが来ていた。『今夜は夜勤。無理。みんなによろしく』と。スタンプも、何もない。よほど、忙しいのだろう。


陸は、一人で、ヘッドセットを被った。


拠点の空気は、昨夜から、変わっていなかった。


シィラと、ガロードが、焚き火を、囲んでいた。だが、二人とも、火を見ていなかった。森の、向こう。昨夜、かすかな地鳴りが聞こえた、あの方向を、じっと、見ていた。


陸の肩で、小夜が、落ち着かなかった。尻尾が、ときおり、ぴくりと逆立つ。あの、五本目の感触が、まだ、続いているのだ。


「二人とも」と陸は、火のそばに、腰を下ろした。「昨日から、ずっと、そっちを見てる」


ガロードは、答えなかった。シィラも、黙っている。


陸は、急かさなかった。ただ、隣に座って、火を、見ていた。神獣にするのと、同じだ。待っていれば、いつか、向こうから、口を開く。


シィラが、ちらりと、ガロードを、見た。ガロードは、気づかないふりをして、火に、薪を、くべた。二人とも、何かを言いたがっていて、同時に、言いたがって、いなかった。その沈黙の重さだけで、陸には、これが、軽い話ではないと、わかった。


長い、沈黙のあと。ガロードが、ぽつりと、言った。


「あの先に……昔、戦場があった」


「戦場?」


「王国が、負けた戦いだ」ガロードの声は、低かった。「俺の、部下たちが……一人残らず、死んだ場所だ」


陸は、ガロードを、見た。前に、一度だけ、聞いたことがあった。部下を全員失い、自分だけ、生き残った。それ以来、剣を捨てて、放浪していた、と。


その場所が、あの先に、ある。


「私も」と、シィラが、初めて、口を開いた。火を、見たまま。「あの戦場に、いた」


ガロードが、シィラを、見た。シィラは、その視線を、受けなかった。


「昨夜の、地鳴り」とシィラ。「あれは、あそこから、聞こえた。……あの収束が、撫でたんだ。あの場所に、眠っているものを」


「眠っているもの?」


シィラは、答えなかった。代わりに、自分の、皺だらけの手を、見つめた。何かを、思い出すように。


陸は、二人の顔を、見比べた。同じ戦場にいた、騎士団長と、宮廷魔導師。一度だけ会ったことがある、と前に聞いた。だが、それだけでは、ない気がした。二人のあいだには、もっと、深い、何かがある。


「行ってみる」と陸は、言った。


ガロードが、顔を上げた。


「俺は、戦いに行くわけじゃない」と陸。「ただ、見に行く。何が、眠ってるのか。それで、二人が、何を、こんなに気にしてるのか。……知りたいだけだ」


「危険だ」とガロード。


「危なくなったら、引き返す」と陸。「二人は、来たくなけりゃ、ここにいていい」


しばらく、沈黙があった。


やがて、ガロードが、立ち上がった。膝に乗せていた剣を、握って。


「……行こう」とガロード。「お前一人で、行かせるわけには、いかん」


シィラも、杖を、手に取った。立ち上がる、その背中が、少しだけ、こわばっていた。


陸は、宗介たちには、伝言を残した。シィラとガロードと、ちょっと、見てくるだけだ、と。これは、たぶん、二人の話だ。大勢で、踏み込む話じゃない。そう思った。


森を、抜けた。


古戦場へ近づくほど、空気が、淀んでいった。


どんよりと、重い。鼻の奥に、錆と、土の、においが、絡む。木々は、途中から、枯れて、立ち枯れの林に変わった。地面には、ところどころ、錆びついた剣の破片が、突き刺さっている。何十年も、誰も、訪れていない場所だった。


歩くたびに、足元で、枯れ枝が、乾いた音を立てて、折れた。鳥の声も、虫の音も、しない。あるのは、風が、立ち枯れの幹を抜けていく、ひゅう、という、細い音だけだった。生きているものを、拒む場所だった。ガロードの足取りが、一歩ごとに、重くなっていくのが、隣を歩く陸にも、はっきりと、伝わってきた。


陸の肩で、小夜が、びくり、と震えた。尻尾が、いっせいに、逆立つ。


「小夜?」


五本目が、また、生えかけた。今度は、消えない。金色の毛が、ゆらゆらと、揺れている。小夜が、苦しげに、きゅう、と鳴いた。この場所の、何かに、呼応している。


「……封印が、ここで、共鳴してる」とシィラが、低く言った。「この子の、封じ目と、あの場所の、封じ目が」


陸は、小夜を、ぎゅっと、抱えた。


そのときだった。


立ち枯れの、影から、何かが、湧き出した。


黒い、もやのような、輪郭。かつて、ここで死んだ何かの、なれの果て。瘴気を、まとった魔物だった。一体では、ない。淀んだ空気の、あちこちから、にじみ出てくる。


「呪われた魔物だ」とシィラ。「この地の、瘴気が、形になったもの」


陸は、命じなかった。だが、神獣たちは、もう、動き出していた。ただし、全員では、ない。


「俺は、ここを、守る」と陸が、足元のモフに言った。モフは、頷くように、陸の前で、どっしりと、構えた。


ジオは、淀んだ地面に、蔦を伸ばそうとして、やめた。この呪われた土には、植物の力が、効かない。サンダーウルフも、アルシオンも、出番を、うかがって、身構えるだけだった。瘴気のもやには、雷の脚も、空の翼も、噛み合わない。


呪いには、浄めの光だ。


ユニコーンが、進み出た。額の角が、白く、輝く。その光が、にじみ出る黒いもやを、片端から、浄めていく。もやが、触れた瞬間に、霧散する。


フェニクスが、頭上から、炎を、まいた。浄めきれない魔物を、炎が、焼き払う。呪われたものに、炎は、よく効いた。


そして。


ガロードが、剣を、抜いた。


鞘から、刃が、滑り出る。低い、金属の音。久しぶりの、音だった。


「……久しぶりだ」とガロードが、呟いた。


ここしばらく、ガロードは、戦っていなかった。仲間が、揃っているときは、後ろで、見ているだけ。だが、今は、違う。陸の隣に、ギルドの仲間は、いない。


——そして、ここは、あいつらが、死んだ場所だ。


ガロードの、剣を握る手に、一瞬、力が、こもった。指の関節が、白くなる。だが、それも、一瞬だった。息を、ひとつ、吐いて、構える。長く、剣を捨てていた男とは、思えない、自然な構えだった。体が、覚えているのだ。何十年、放っておいても、消えない、何かを。


その剣が、走った。


黒いもやの、ど真ん中を、一閃。普段の、穏やかな老人の、どこに、こんな力があったのか。瘴気の魔物が、二つに、裂ける。覇気を、纏ってもいない。皇剣でも、ない。ただの、剣だ。それでも、速く、重く、正確だった。かつて、王国最強と呼ばれた男の、剣だった。


シィラも、杖を、構えていた。


「下がっていろ」とシィラが、誰にともなく言った。杖の先に、火と、氷が、同時に、灯る。錆びついていたはずの魔法が、この場所では、迷いなく、流れ出した。皮肉なものだ、と陸は思った。一番、来たくなかったはずの場所で、シィラの魔法は、一番、冴えている。


数分で、湧き出した魔物は、すべて、浄められ、焼かれ、断ち切られた。


陸は、その全部を、モフの後ろから、見ていた。


「俺、何も……」


言いかけて、やめた。今日は、いつもの、軽口を言う気には、なれなかった。ガロードと、シィラの、背中が、あまりに、静かだったからだ。


立ち枯れの林を、抜けた。


そして、古戦場が、目の前に、開けた。


広い、荒れ地だった。崩れた砦の、残骸。地面に、半ば埋もれた、無数の、錆びた武具。風が、ひゅう、と、乾いた音を立てて、吹き抜けていく。何も、生きていない場所だった。


その、中心に。


光の、鎖のようなものが、地面に、円を描いて、突き刺さっていた。古い、封じの術。その内側の、地面が、ゆっくりと、上下に、脈打っている。まるで、巨大な何かが、その下で、息を、しているように。


鳴動は、そこから、来ていた。


「あれは……」と陸。


「私が、封じた」とシィラが、言った。声が、震えていた。「あの戦の、最後に。……逃げる、ために」


シィラの、杖を握る手が、震えていた。封印を見つめる、その目に、何十年分の後悔が、滲んでいた。


ガロードが、その隣で、立ち尽くしていた。荒れ地を、見渡して。


「ここだ」とガロード。かすれた声で。「ここで……あいつらが、死んだ」


ガロードは、それきり、動かなかった。地面に半ば埋もれた、錆びた武具の、ひとつひとつを、見つめている。その下に、誰が眠っていたのか、知っているような目で。


二人の過去が、この一点で、交差していた。陸は、それを、はっきりと、悟った。同じ戦場。同じ日。逃げた者と、生き残った者。そして、その地面の下に、封じられた、何か。


逃げたシィラと、残されたガロード。二人が、長い年月、互いの過去を口にしなかった理由が、わかる気がした。顔を、見るだけで、あの日が、よみがえる。だから、たった一度しか、会わなかった。会えなかったのだ。


小夜の尻尾の、五本目が、ゆらりと、揺れた。地面の脈動と、同じ、拍子で。


「……今日は、ここまでだ」と陸は、言った。


ガロードが、振り向いた。


「あれは、まだ、目覚めきってない」と陸。「それに、二人とも……まだ、向き合う、準備が、できてない。違うか」


シィラも、ガロードも、何も、言わなかった。だが、否定も、しなかった。


「準備が、できたら、また来る」と陸。「そのときは、俺も、一緒にいる」


陸は、二人の背を、押すように、踵を、返した。


その、とき。


地面の、封じ目の隙間から。


低い、声が、漏れた。


うめきとも、嘆きとも、つかない、声。だが、それは、確かに、何かを、呼んでいた。名前を。


ガロードが、凍りついた。


その顔から、血の気が、引いていく。陸が、見たことのない、顔だった。


「……今のは」とガロードが、呟いた。「あいつの、声だ」


その先を、ガロードは、言わなかった。言えなかった。


シィラも、青ざめていた。だが、ガロードとは、違う種類の、青ざめ方だった。ガロードが、死んだ誰かを思い出した顔なら、シィラのは、まだ生きている何かを、恐れている顔だった。


陸の腕の中で、小夜が、ぴたりと、鳴くのを、やめた。耳を、伏せて。じっと、地面の、一点を、見つめている。


陸は、それ以上、何も聞かなかった。二人と一匹を、急かさず、そっと、その場から、引き上げさせた。背中で、地面の脈動が、まだ、続いていた。


陸は、ヘッドセットを、外した。


夜の、十二時を、回っていた。


古い戦場が、あった。ガロードの部下が、全員死んだ場所。シィラが、逃げるために、何かを封じた場所。同じ、戦場。同じ、日。


その地面の下で、何かが、目を覚ましかけていた。あの収束が、撫でたせいで。


そして、最後の、あの声。ガロードの、顔。「あいつの、声だ」と言った。あいつ、とは、誰なのか。ガロードは、言わなかった。


小夜の尻尾も、あの場所で、五本目が、揺れていた。封印が、共鳴している。何もかもが、繋がっている気がした。まだ、形は、見えないけれど。


陸は、ぬるい麦茶を、飲み干した。今夜は、なんだか、眠れそうに、なかった。


開発室は、その夜、ざわついていた。


「三浦さん」とこはるが、モニターを、指した。声が、固い。「古戦場エリアの、封印オブジェクトです。安定値が……六割を、切りました」


三浦が、グラフを、見た。本来、動くはずのない数値が、坂を、転げ落ちるように、下がっている。


「あの収束の夜から、ずっと、下がり続けてる」と三浦。「このペースだと……遠くない」


「中に、何が、封印されてるんですか」とこはる。


三浦は、古いデータを、呼び出した。そして、画面を、見て、眉を、寄せた。


「記録が……欠けてる」と三浦。「封印された“なかみ”の項目だけ、空白だ。誰かが、消したのか。最初から、無かったのか」


こはるが、息を、のんだ。


「桐島さんの、あのNPCたちが」とこはる。「シィラと、ガロードが、あそこに、向かいました」


「ああ」と三浦。モニターの、桐島陸のパーティを、見ていた。「あの二人のフラグが……あの封印と、紐づいてる。私たちが、設定した記憶じゃない。あの二人が、自分で、抱えてきたものだ」


アルテのログが、流れた。


アルテのログ:

「あたたかい火から

すこし、離れた場所に


何も、生きていない地が

あった


逃げた者が、封じた

生き残った者が、立ち尽くした


同じ戦場

同じ日


その地の底で

何かが

名前を、呼んだ


九本目の尻尾が

それに、応えた


優しい男は

今日は

軽口を、言わなかった


向き合う準備が、できたら

また来る、と言った


その日は

たぶん

そう遠くない」


古戦場の中心で、封じの鎖が、一本、かすかな音を立てて、軋んだ。地面の脈動が、ほんの少しだけ、強くなった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回から、シィラとガロードの過去——“あの戦”へ、踏み込んでいきます。同じ戦場に、同じ日にいた二人。逃げた宮廷魔導師と、部下を全員失って生き残った騎士団長。その地面の下に、シィラが封じた“何か”が眠っていて、七つの力の収束が、それを起こしかけている。久しぶりに剣を抜いたガロード、来たくなかった場所で一番冴えるシィラの魔法、そして最後に漏れた声に凍りついたガロードの顔。「あいつの、声だ」——あいつとは、誰なのか。小夜の封印も、この場所と共鳴しています。やさしいだけではいられない物語、ここからが本番です。次話もお楽しみに。


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