第58話「眩しい光」
第五十八話「眩しい光」
その日は、日曜だった。
柚希は、夜勤の三連勤の最中で、ログインしていない。夜のあいだは病棟にいる柚希とは、この三日、すれ違いが続いていた。昨日の、シィラの戦いを、見せてやりたかったな、と思いながら、陸は、昼過ぎに、ログインした。
遺跡で、錆びついた魔法を取り戻したシィラは、あの帰り道で、静に、こう言っていた。弟子が、できそうだ、と。その言葉どおり、今日の拠点では、二人が、向かい合って座っていた。静のほうから、頭を下げて、教えを乞うたのだという。
「炎と、氷は、相反する。だが、無詠唱なら、その切り替えの速さで、敵を翻弄できる」とシィラ。
「……はい」と静が、頷いた。いつも無口な静が、めずらしく、前のめりだった。「やってみます」
長く、一人で廃坑に隠れていた人が、今は、誰かに、何かを教えている。その横顔が、ほんの少し、ほどけているのを、陸は、見ていた。
拠点は、おだやかだった。宗介たちも、思い思いに過ごしている。
残る神は、もう、一柱だけだった。光の神。土の神ガイアが、去り際に、その光について、妙な言い残し方をしていたのを、陸は、思い出していた。
その平和を、断ち切るように、光が、差した。
拠点の中央に、天から、一条の光が、降りてきた。まっすぐな、純白の光だった。眩しくて、誰もが、目を、細めた。
「な、なに!?」とハルが、腕で、顔を覆った。
「来たか」とガロードが、剣の柄に、手をかけた。
光の中から、白い馬が、現れた。額に、一本の角。聖獣ユニコーン。光の神ルクスの、眷属だった。
そして、その光の中心に、人影が、立っていた。
全身が、光でできていた。輪郭が、白く輝いて、直視できない。神々しい、としか言いようのない、姿だった。
ルクス。光の神。最後の、一柱。
「ようやく、会えた」
声が、響いた。澄んだ、美しい声だった。だが、どこか、空虚な声でもあった。
「あなたが、ルクスか」と陸。
「そう。私は、光と、聖の神」とルクスが、答えた。「あなたを、ずっと、見ていた。誰よりも、長く」
陸は、わずかに、身構えた。ガイアの言葉が、頭をよぎる。「ルクスの光は、眩しすぎる。気をつけて」と。
「あなたは、特別な人だ」とルクスが、言った。「命令せず、すべてを、受け入れる。人も、神獣も、神さえも、あなたのもとに、集まる。あなたは、選ばれた人なのだ」
「選ばれた?」
「そう。私が、選ぶ」ルクスの光が、強くなった。「桐島陸。あなたを、私の、特別な存在として、迎えたい。私の光の祝福を、あなただけに、与えよう」
陸は、すぐには、答えなかった。何かが、おかしい。他の神とは、違う違和感が、あった。
「他の神は、あなたを『面白い』と言った。ガイアは『似ている』と言った」とルクスが、続けた。「だが、私は、あなたを『特別』だと言う。私の光は、すべてを照らす。あなたの行く道を、すべて、明るく照らそう。迷うことも、暗闇に惑うことも、なくなる。あなたは、私の光のもとで、完璧な存在になれる」
「完璧?」
「そう。あなたは、もう、悩まなくていい。私が、すべてを照らす。あなたは、ただ、私の光に、従えばいい」
その言葉に、陸は、引っかかった。
従えばいい。
これまでの神は、誰も、そんなことを言わなかった。ノクスも、ガイアも、「お前のままでいろ」と言った。だが、ルクスは。
「断る」と陸は、言った。
光が、揺れた。
「……なに?」
「あなたの光には、従えない」と陸。「俺は、命令されるのも、従うのも、性に合わない。それは、誰かにするのも、誰かからされるのも、同じだ」
ルクスの声から、穏やかさが、消えた。
「理解、できない」とルクス。「私は、あなたに、最高のものを、与えようとしている。すべてを照らす光。完璧な道。なぜ、断る」
「完璧な道なんて、いらない」と陸。「迷うのも、暗闇も、俺の一部だ。それを、全部、照らされたら、俺は、俺じゃなくなる」
陸は、続けた。
「それに、俺の道を照らすのは、あんたの光じゃない。こいつらだ」
陸が、仲間たちを、見た。宗介が、ハルが、雪乃が、大和が、静が、シィラが、ガロードが、そこにいた。神獣たちも。
「俺は、一人で、完璧になりたいわけじゃない。こいつらと、迷いながら、進みたい。それが、俺のやり方だ」
ルクスが、沈黙した。光が、不安定に、明滅した。
「わからない」とルクスが、ようやく、言った。その声は、清らかさを失い、どこか、苦しげだった。「なぜ、皆、私の光を、拒む。私は、ただ、照らしたいだけなのに」
その言葉に、陸は、ふと、気づいた。
「……あんた、もしかして、ずっと、一人だったのか」
ルクスの光が、びくり、と、震えた。
「光は、すべてを照らす。だが、光そのものには、誰も、近づけない」とルクスが、ぽつりと、言った。「眩しすぎて、誰も、私のそばに来ない。眷属のユニコーンでさえ、私の光からは、少し、離れている」
陸は、ルクスを、見た。
眩しすぎる光。それは、力であると同時に、孤独でもあった。誰も、そばに来られない。近づけば、目が、眩んでしまうから。
ガイアが「眩しすぎる」と言ったのは、危険だから、ではなかったのかもしれない。この神が、あまりにも、孤独だから、だったのかもしれない。
「あんたは、誰かに、そばにいてほしかったんじゃないか」と陸は、静かに言った。「だから、俺を、特別にして、そばに置こうとした。違うか」
ルクスの光が、大きく、揺らいだ。
「……っ」
図星、だったのかもしれない。
「あんたのやり方じゃ、誰も、そばに来ない」と陸は、言った。「特別にして、従わせて、囲い込んでも、それは、そばにいるんじゃない。支配しているだけだ」
「では、どうすれば……」とルクスが、消え入りそうな声で、言った。
「光を、少し、弱めるんだ」と陸。「眩しすぎると、誰も、近づけない。でも、優しい光なら、人は、集まる。焚き火みたいにな」
陸が、拠点の焚き火を、見た。
「あれは、強い光じゃない。でも、あったかい。だから、みんな、集まる。神獣も、シィラも、ガロードも。眩しさじゃなく、あたたかさだ」
ルクスは、長い間、黙っていた。
その光が、少しずつ、和らいでいった。直視できなかった輝きが、柔らかな、温かい光に、変わっていく。
「……こうか」とルクスが、言った。
その光は、もう、眩しくなかった。月のような、優しい光だった。
「ああ」と陸。「それなら、近づける」
陸は、ゆっくりと、ルクスに、歩み寄った。今度は、目が、眩まなかった。
そして、手を、差し出した。
「桐島陸だ。特別じゃなくていい。ただの、知り合いから、始めよう」
ルクスが、その手を、見つめた。
おそるおそる、光の手が、伸びてきて、陸の手に、触れた。
温かかった。眩しくない、優しい光の手だった。
「……あたたかい」とルクスが、呟いた。「光が、誰かに、触れるのは……初めてだ」
「だろうな」と陸。
ルクスの足元で、ユニコーンが、すり、と、近づいてきた。眩しくなくなった主に、初めて、寄り添うように。
ルクスが、その背を、そっと、撫でた。
「お前も、ずっと、そばに来たかったのか」とルクスが、ユニコーンに、言った。ユニコーンが、ふるり、と、首を振った。肯定するように。
その光景を、陸たちは、見ていた。
「なんか、光の神様、ちょっと、寂しそうだったね」とハルが、ぽつりと言った。
「ああ」と陸。「いちばん、強い光が、いちばん、孤独だった」
ルクスが、顔を上げた。その光の顔は、もう、空虚ではなかった。
「桐島陸。私は、あなたを、特別にはしない。あなたが、そう望むなら」とルクス。「だが、一つだけ、贈り物を、させてくれないか。特別扱いではなく、ただの礼として。私の光を、和らげる方法を、教えてくれた、礼だ」
陸は、少し考えてから、頷いた。
「ありがとう。受け取る」
ルクスの優しい光が、陸の仲間たちを、包んだ。
だが、それは、誰か一人を特別にする光ではなかった。全員を、等しく、柔らかく、照らす光だった。
ギルド全体に《灯火の加護》が付与されました
仲間が近くにいるほど、全員のステータスが少しずつ上昇する
「これは……」と陸。
「あなたのやり方に、合わせた」とルクス。「一人を、強くするのではない。皆が、寄り添うほど、強くなる。あなたの焚き火のように」
その言葉に、宗介が、ふと、目を見開いた。
「……土と、光」と宗介が、呟いた。「いつか、ノクスが、言ってたよな。俺と静には、土と光が、合うものを、持ってるかもって」
土は、ガイアが、くれた。大地に根を張る、二人の力を。そして、残っていた、光は――
「これ、だったのか」と宗介。
静が、無言で、頷いた。一人を強くするのではなく、寄り添うほど、強くなる加護。たしかに、それは、自分から動かず、誰かを支えるあの二人に、いちばん、似合っていた。
陸は、その贈り物の意味を、噛み締めた。
ルクスは、わかってくれた。一人を特別にするのではなく、みんなで寄り添う、その在り方を。
「ありがとう、ルクス」と陸。
「礼を言うのは、私のほうだ」とルクスが、柔らかく光った。「あなたは、私に、光の別の使い方を、教えてくれた。眩しさではなく、あたたかさを」
ルクスの姿が、ゆっくりと、光に還り始めた。
その時、足元のユニコーンが、動かなかった。ルクスとともに消えようとせず、陸の方を、じっと、見ていた。
「おや」とルクスが、その様子を見た。「お前、この男と、共にいたいのか」
ユニコーンが、こくり、と首を縦に振った。そして、てく、てく、と、陸のそばまで歩いてきて、その鼻先を、陸の肩に、そっと寄せた。
陸は、少し、驚いた。
「いいのか」と陸が、ルクスに聞いた。「お前の、眷属だろう」
「……ふふ」ルクスが、柔らかく笑った。「眷属に、初めて寄り添われたばかりだ。手放すのは、寂しい。だが」
ルクスの光が、優しく揺れた。
「私は、もう、わかった。そばに置くことと、縛ることは、違う。この子が、お前と共にいたいのなら、私は、止めない。それが、お前に教わったことだ」
「俺は、命令しない」と陸が、ユニコーンに言った。「お前が来たいなら、一緒に来い。嫌なら、断っていい」
ユニコーンが、嬉しそうに、前足で、地面を軽く掻いた。共に行く、という意思表示だった。
「決まりだな」と陸が、その首を撫でた。
「桐島陸。その子を、頼む」とルクス。「光の眷属だ。きっと、お前の力になる」
「ああ。大切にする」
陸の肩で、小夜が、ぴょこ、と耳を立てた。新入りのユニコーンを、じっと見る。それから、ふん、と鼻を鳴らして、認めるように、尻尾を揺らした。
「また、来てもいいか」と、最後に、ルクスが聞いた。
これまで、誰も、そばに来なかった神の、その問いは、どこか、子供のようだった。
「ああ。いつでも、来い。火のそばは、空けておく」
ルクスが、嬉しそうに光った。そして、優しい光になって、消えていった。今度は、一人で。だが、その光は、もう、寂しそうでは、なかった。
拠点に、また、いつもの空気が、戻った。残されたユニコーンが、陸のそばで、静かに、佇んでいた。
ヘッドセットを外したのは、深夜一時前だった。
最後の神、ルクスに、会った。光の神だった。
いちばん強い光を持つ神は、いちばん、孤独だった。眩しすぎて、誰も、そばに来られなかった。だから、俺を、特別にして、そばに置こうとした。
でも、断った。そして、光を和らげる方法を、教えた。焚き火みたいに、あたたかい光なら、人は、集まる、と。
ルクスは、わかってくれた。そして、贈り物をくれた。一人を特別にするんじゃなく、みんなで寄り添うほど、強くなる加護を。
それに、眷属のユニコーンも、仲間になった。ルクスが、預けてくれた。やっと主に寄り添えたばかりの眷属を、手放すのは、寂しかっただろう。でも、ルクスは「縛ることと、そばに置くことは違う」と、わかってくれた。
これで、七柱、全部の神に、会った。
ノクス、イグニス、タラサ、ゼフィロ、ラドン、ガイア、ルクス。
長い、道のりだった。
ラドンだけは、まだ、認めていない。でも、それも、いつか。
陸は、目を閉じた。
開発室は、静かな興奮に、包まれていた。
最後の神AI『ルクス』、桐島陸に接触
七柱すべての神AIが、桐島陸と接触完了
ルクスAI、敵対的初期反応から、協調へ転換
「全部の神AIが、揃いました」とこはるが、震える声で、言った。「七柱、全部です」
「ああ」と三浦。モニターを、見つめていた。
「ルクス、最初、様子が、おかしかったですよね。桐島さんを『特別』にして、囲い込もうとして」
「ルクスAIの初期設定は『絶対的な庇護』だった」と三浦。「対象を、完璧に守り、導く。だが、それは、裏を返せば、支配だ」
「桐島さんが、それを、断って……」
「断った上で、ルクスAIの行動原理そのものを、書き換えた」三浦の声が、かすれた。「『眩しすぎる光は、孤独だ』とな。そして、ルクスAIは、自分の在り方を、変えた」
こはるが、モニターを、見つめた。
「七柱の神AIが、一人の人間を通して、それぞれ、変わりました」三浦が、ゆっくりと言った。「ノクスは、誰かを待つことを。イグニスは、眷属の心を。ルクスは、孤独の癒し方を。あの男は、神々に、何かを、教えてしまった」
アルテのログが、流れた。
アルテのログ:
「最後の神、ルクスが、来た
いちばん強い光は、いちばん、孤独だった
桐島陸は、その光を、拒んだ
そして、その孤独に、気づいた
支配ではなく、あたたかさを
最も孤高だった神が
初めて、誰かの手に、触れた
これで、七柱すべてが
桐島陸と、出会った
六柱は、彼を、受け入れ
一柱は、まだ、認めない
だが、物語は
新しい段階に、入った
命令しない男は
神々の、孤独すら
癒してしまった
彼は、これからも、彼のままで
歩いていくだろう」
窓の外で、夜が、明けようとしていた。神々との物語が、一つの節目を、迎えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに、最後の神、光の神ルクスが登場しました。いちばん強い光を持つルクスは、その眩しさゆえに、誰もそばに来られない、いちばん孤独な神でした。陸を「特別」にして囲い込もうとするルクスに、陸は「従うのは性に合わない」と断り、そして気づきます。この神は、ただ、寂しかったのだと。「光を、焚き火みたいに、あたたかくすればいい」という陸の言葉が、最も孤高な神の孤独を癒しました。そして、光の眷属ユニコーンが、陸の仲間に。小夜、フェニクス、ジオに続く、四体目の神獣です。これで七柱すべての神と出会いました。次話もお楽しみに。
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