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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第57話「錆びついた杖」

その日は、土曜だった。


朝、コーヒーを淹れていると、玄関のチャイムが鳴った。隣の部屋の、柚希だった。看護師の制服姿で、髪を、後ろで、まとめている。


「おはよ。これ、差し入れ」と柚希が、紙袋を、差し出した。サンドイッチだった。「私、今日から三連勤なの。しばらく、ログインできないから」


「三連勤か」と陸。「忙しいな」


「夜勤も挟むしね。今日は日勤、明日は夜勤」と柚希が、欠伸を、噛み殺した。「だから、しばらく、留守にする。みんなに、よろしく言っといて」


「ああ。気をつけてな」


「陸くんも、私がいない間に、無茶しないでよ」柚希が、少し、笑った。「また、神様と、喧嘩したりしないでね」


「善処する」


「ほんとかなあ」


柚希は、そう言って、笑いながら、仕事へ、出かけていった。


陸は、サンドイッチを食べながら、思った。柚希がいないと、少し、静かだ。だが、彼女には、彼女の生活がある。看護師の仕事は、ゲームより、ずっと、大事だ。


家事を片付けてから、昼過ぎにログインした。週末は、時間を気にせず遊べる。今日は、柚希のいない、いつもと少し違う一日に、なりそうだった。


拠点に降りると、シィラが、焚き火のそばに、座っていた。最近は、こうして、自分から拠点に来るのが、当たり前になっていた。杖をつき、火を、静かに見つめている。


「来たか」とシィラが、顔を上げた。


「ああ」と陸。「今日は、早いな」


「眠れなくてな」とシィラ。「年を取ると、朝が、早くなる」


陸は、その隣に、腰を下ろした。


しばらく、二人で、火を見ていた。


ふいに、シィラが、口を開いた。


「陸。一つ、頼みがある」


「珍しいな。お前から、頼みごととは」


「ああ」シィラが、杖を、握り直した。「今日、お前たちのクエストに、私も、連れて行ってくれないか」


陸は、少し、驚いた。


シィラは、これまで、拠点には来ても、クエストには、一度も、参加したことがなかった。廃坑から出て、火のそばに座る。それが、シィラの、精一杯の一歩だった。


「いいのか」と陸。「無理は、しなくていい」


「無理ではない」とシィラ。「自分で、決めたことだ」


シィラが、火を、見つめた。


「ずっと、考えていた」と、シィラは言った。「私は、ここで、何をしているのか、と。火のそばに座って、温まって。それは、心地よい。だが、それだけで、いいのか、と」


「……」


「お前たちは、戦っている。前に、進んでいる。私だけが、ただ、座っている」シィラの声は、静かだった。「私にも、何か、できることが、あるのではないか。そう、思い始めた」


陸は、シィラを、見た。


長く、逃げてきた人だった。仲間を見捨てて、廃坑に隠れた人だった。その人が、自分から、「戦いに行きたい」と言っている。


「わかった」と陸は言った。「一緒に、行こう」


シィラの、杖を持つ手が、わずかに、震えた。


「……感謝する」


みんなに、シィラの同行を伝えると、全員、驚いた。


「シィラさんが、クエストに!?」とハルが、目を丸くした。「すごい! 一緒に行こうよ!」


「大丈夫なんですか」と雪乃が、心配そうに。「その、お体は」


「年寄り扱いするな」とシィラが、ふん、と鼻を鳴らした。「これでも、昔は、宮廷で、それなりに、名の知れた術師だった」


「宮廷の術師……」と静が、ぽつりと、呟いた。無詠唱魔導師の静が、わずかに、目を、輝かせた。同じ、魔法を使う者として、興味があるのだろう。


ガロードが、低く言った。


「無理は、するなよ、シィラ」


「お前にだけは、言われたくないな」とシィラが、口の端を、上げた。「廃坑で、何年も、引きこもっていた、お前にな」


「違いない」とガロードが、笑った。


向かったのは、西の、忘れられた魔導遺跡。推奨Lv.38。


かつて、魔導師たちが、魔法の研究をしていたという、古い遺跡だった。崩れかけた石柱が、立ち並び、壁には、色褪せた魔法陣が、刻まれている。


遺跡に足を踏み入れると、シィラが、立ち止まった。


「……懐かしいな」と、シィラが、ぽつりと言った。


「来たことが、あるのか」と陸。


「いや。だが、こういう場所は、昔、よく、いた」シィラが、壁の魔法陣を、指で、なぞった。「魔導師の、研究施設。私も、若い頃は、こういう場所で、来る日も、来る日も、魔法を、研究していた」


その目に、遠い、何かが、映っていた。


「魔物が、来ます」と雪乃が、警告した。


遺跡の奥から、淡く光る魔物が、現れた。魔力で、できた体。属性の異なる、複数の魔法生物だった。炎、氷、雷。それぞれ、違う色に、光っている。


「属性が、バラバラだ」と陸。「炎、氷、雷。三体」


「私が、やろう」とシィラが、前に出た。


杖を、構える。


だが──その手が、震えていた。


シィラが、呪文を、唱えようとした。


だが、言葉が、出てこない。途中で、つかえた。


魔力が、練り上がらない。杖の先に、灯ろうとした魔法が、ちらついて、消えた。


「……っ」シィラが、顔を、しかめた。


炎の魔法生物が、シィラに、向かって、火球を、放った。


「シィラさん!」


ジオが、動いた。地面から、蔦を、噴き出させて、火球の軌道に、壁を作る。蔦が、火球を、受け止めて、燃えた。


「すまない」とシィラが、後ろに、下がった。「……だめだな。長く、使っていないと、こうも、鈍るとは」


「無理は、しなくていい」と陸。「後ろに、下がっていてくれ」


「いや」シィラが、首を振った。「もう少し、やらせてくれ」


陸は、少し、考えた。


それから、頷いた。


「わかった。だが、危なくなったら、すぐに下がれ。守るのは、こっちでやる」


「……ああ」


戦いが、始まった。


宗介が、雷の魔法生物に、斬りかかる。だが、雷の体は、実体が薄く、刃が、半分、すり抜けた。


「硬いというか、掴みどころがないな」と宗介。


「魔法生物は、物理が、効きにくい」と静が、ぽつり。「魔法で、相殺するのが、定石」


静が、無詠唱で、炎を、放った。《大地の魔脈》で増幅された炎が、氷の魔法生物を、捉える。じゅっ、と音を立てて、氷が、溶けた。


「静は、さすがだな」とシィラが、その様子を、見ていた。「無詠唱で、あれほどの威力。たいしたものだ」


「シィラさんこそ」と静が、珍しく、言葉を返した。「全属性、なんですよね」


「昔は、な」とシィラが、苦笑した。「今は、この様だ」


その時。


雷の魔法生物が、シィラの、死角から、迫った。


「シィラ、右だ!」と陸。


シィラが、振り向いた。


雷が、放たれる。


とっさに、シィラが、杖を、かざした。


「──防げ」


杖の先に、光の壁が、生まれた。


防御魔法。錆びついていたはずの、その魔法が、とっさの瞬間に、発動した。雷を、弾く。


シィラが、自分の杖を、見つめた。


「……出た」


「シィラさん、今の、すごい!」とハル。


「体が、覚えていた」とシィラが、呟いた。「頭で、考えるのを、やめたら……出た」


そこからだった。


シィラの、動きが、変わった。


考えるのを、やめた。理屈ではなく、体に、染み込んだ、昔の感覚に、身を、委ねた。


「炎よ」


杖の先に、今度は、炎が、灯った。さっきまで、ちらついて消えた炎が、今度は、しっかりと、燃え上がる。氷の魔法生物に、放たれた。氷が、溶け、消える。


「次は、氷だ」


炎を放った同じ杖から、今度は、氷が、生まれた。雷の魔法生物を、凍りつかせる。


「最後は──雷だ」


凍った雷の魔法生物に、シィラ自身の雷が、叩き込まれた。砕け散る。


炎、氷、雷。三つの属性を、一本の杖から、続けざまに。


全員が、その光景を、見ていた。


「……これが」と宗介が、息を呑んだ。「宮廷の、術師」


「全属性って、こういうことなんだ」とハルが、呆然と、呟いた。


シィラが、肩で、息をしていた。だが、その目には、さっきまでの、迷いは、なかった。


「……思い出してきた」と、シィラが、低く言った。「私の、魔法だ」


遺跡の、最奥に、出た。


広い、円形の部屋だった。中央に、巨大な、石の像が、立っている。


その石像の目が、ふいに、光った。


ゴゴゴ、と、石像が、動き出す。


遺跡の番人。推奨Lv.40。この遺跡を、守る、魔導の守護者だった。


石像の手が、上がる。すると、その周囲に、無数の、魔法陣が、展開された。炎、氷、雷、風──あらゆる属性の魔法が、一斉に、放たれる。


「全属性の、魔法攻撃!?」と静が、驚いた。


「数が、多すぎる」と陸。「避けきれない!」


その時。


「下がれ。ここは、私が」


シィラが、前に、出た。


杖を、両手で、握る。その背筋が、すっと、伸びた。さっきまでの、腰の曲がった老女ではなかった。一人の、誇り高い、術師の姿だった。


「すべての属性を、相手にするなら」とシィラが、低く、唱えた。「すべての属性で、応える」


シィラの杖を中心に、巨大な、魔法陣が、広がった。


その魔法陣から、炎が、氷が、雷が、風が、土が、光が──あらゆる属性の魔法が、同時に、生まれた。


迫り来る番人の魔法を、シィラの魔法が、一つ残らず、相殺していく。炎には氷を、氷には炎を、雷には土を。属性の、相性を、完璧に、読み切っていた。


「これが……全属性の、本当の使い方」と静が、見とれた。


番人の魔法が、すべて、打ち消された。


「今だ」とシィラが、叫んだ。「番人の、核は、胸の宝玉だ! あそこを、突け!」


「了解!」


宗介が、地を蹴る。シィラの号令に、迷いはなかった。かつて、戦場で、部隊を、率いていた者の声だった。


ジオの蔦が、番人の足を、絡めて、固定する。フェニクスが、炎を、番人の顔に、散らして、視界を、奪う。小夜が、金色の目で、番人の動きを、一瞬、竦ませた。モフが、前に出て、番人の反撃を、その巨体で、受け止める。


そして、宗介の《残像斬》が、四方向から、番人の胸の宝玉を、撃ち抜いた。


ガァァン。


宝玉が、砕けた。


番人が、ゆっくりと、崩れ落ちて、光の粒子になった。


遺跡の番人 討伐

推奨レベル40


静けさが、戻った。


シィラが、杖をついて、ふう、と、息を吐いた。


「……久しぶりに、本気を出した」と、シィラが、言った。「疲れた」


「シィラさん、めちゃくちゃ強いじゃん!」とハルが、駆け寄った。「全部の属性、使えるなんて!」


「昔の、感覚を、思い出しただけだ」とシィラ。だが、その顔は、どこか、晴れやかだった。


静が、シィラの前に、立った。


「……教えて、ください」と静が、言った。珍しく、自分から。「全属性の、属性相性の、読み方。私の無詠唱と、組み合わせれば、もっと──」


「ああ」とシィラが、頷いた。「いくらでも、教えよう。久しぶりに、弟子が、できそうだ」


静の目が、輝いた。


陸は、その光景を、見ていた。


長く、逃げていた人が、もう一度、力を振るった。そして、それを、誰かに、伝えようとしている。


シィラが、陸の方を、向いた。


「陸」


「なんだ」


「礼を、言う」とシィラ。「お前が、誘ってくれたから、私は、また、杖を、握れた」


「俺は、誘っただけだ」


「それで、いい」シィラが、笑った。「きっかけは、いつも、小さいものだ。お前は、そのきっかけを、くれた」


シィラが、空を、見上げた。


「私は、ずっと、終わったと、思っていた」と、シィラは言った。「逃げて、隠れて、それで、人生は、おしまいだと。だが──違ったようだ」


「違った?」


「まだ、やることが、ある」シィラの声は、静かだったが、力が、こもっていた。「この、仲間たちと。新しい目標が、見つかった気が、する」


陸は、頷いた。


何も、言わなかった。でも、その横顔は、少しだけ、笑っていた。


拠点に戻り、焚き火を囲んだ。


シィラが、静に、魔法の話を、している。静が、珍しく、たくさん、質問していた。二人の魔導師が、火のそばで、語り合っていた。


「シィラさん、すっかり、先生だね」と柚希が、笑った。


「弟子は、いいものだ」とシィラ。「教えることは、思い出すことだ。私は、静に、教えながら、自分の魔法を、もう一度、思い出している」


火のそばで、ジオが、小夜と並んで、座っている。フェニクスが、炎を足し、モフが、喉を鳴らしていた。


陸は、その光景を、見ていた。


また一人、火のそばの仲間が、前に、進んだ。長く止まっていた人が、また、動き始めた。


何もしていない、と陸は思う。ただ、誘っただけだ。


でも、その小さなきっかけが、また一つ、何かを、動かした。


悪くない、と陸は、思った。


ヘッドセットを外したのは、深夜一時過ぎだった。


今日、シィラが、初めて、クエストに、来た。


最初は、錆びついていた。長く、魔法を使っていなかったから。でも、戦ううちに、昔の感覚を、取り戻していった。全属性を操る、宮廷術師の力を。


遺跡の番人を相手に、シィラは、すべての属性で、応えた。あれは、すごかった。


そして、シィラは、言った。「まだ、やることがある」と。「この仲間たちと、新しい目標が見つかった」と。


静の、師匠にも、なりそうだ。


長く逃げていた人が、また、前を向いた。


陸は、目を閉じた。


開発室で、三浦が、モニターを見ていた。


 NPC『シィラ』、初めてパーティクエストに参加

 封印されていた全属性魔法、段階的に再起動

 遺跡の番人(推奨Lv.40)討伐に大きく貢献


「シィラさん、すごかったですね」とこはるが言った。「全属性って、本当だったんだ」


「ああ」と三浦。「あのNPC、設定上は、宮廷魔導師だった。全属性のデータは、持っていた。だが──」


「だが?」


「ずっと、使っていなかった」三浦が、データを眺めた。「『封印中』のフラグが、立っていた。長く、戦闘から、離れていた、という設定だ。それが、今日、解けた」


「自分で、解いたんですか」


「桐島陸が、クエストに誘った。それが、トリガーになった」三浦が、椅子にもたれた。「NPCの、行動の幅が、また、広がった。これも、あの男の、影響だ」


こはるが、ふと、ログを見た。


「……あ。シィラさんのフラグ、変わってます。『隠居』から……『同行者』に」


「ほう」三浦が、身を乗り出した。「自律NPCが、自分の役割を、書き換えた。隠居していた術師が、ギルドの、仲間になった」


「これも、想定外、ですか」


「もちろんだ」三浦が、苦笑した。「だが、もう、驚かんよ。あのギルドの周りでは、こういうことが、毎日のように、起きる」


アルテのログが、流れた。


アルテのログ:

「シィラが、杖を、握った


長く、封印していた、全属性の魔法


最初は、錆びついていた

だが、戦ううちに、思い出していった


そして、言った

『まだ、やることがある』と


逃げて、隠れていた術師が

もう一度、前を、向いた


桐島陸は、ただ、誘っただけだ

だが、その小さなきっかけが

止まっていた時間を、また、動かした


火のそばに集まった者たちは

一人、また一人と

前へ、進んでいく


命令しない男のそばで

皆が、自分の足で、歩き始める


それが、このギルドの、本質だ」


窓の外で、星が、瞬いていた。光の神は、まだ、動かない。だが、その時は、近づいていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、シィラが初めてクエストに同行する回でした。長く魔法を封印していたシィラは、最初こそ錆びついていましたが、戦ううちに、全属性を操る宮廷術師の力を取り戻していきます。遺跡の番人の全属性魔法を、すべての属性で相殺する場面は、シィラの真骨頂でした。そして彼女は「まだ、やることがある」と、新たな目標を見つけます。静の師匠にもなりそうです。長く逃げていた人が、もう一度前を向く――そんな回でした。次話もお楽しみに。


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