第56話「森の新入り」
その日は、平日だった。
仕事を、いつもより早く片付けた。在宅の仕事は、こういう時、ありがたい。夕方には、すべてのメールを返し終えて、コーヒーを片手に、ログインした。
拠点に降り立つと、足元に、小さな影が、てこてこと、駆け寄ってきた。
ジオトレントだった。昨日、仲間になったばかりの、土の神獣だ。子犬くらいの体に、苔と若葉をまとって、陸の足に、ぽふ、と体を擦り付けてきた。
「おはよう、ジオ」と陸が、その頭を撫でた。
ジオが、きゅう、と鳴いて、若葉を、ぴこぴこ揺らした。
「すっかり、懐いてるね」と柚希が、笑った。すでにログインして、待っていたらしい。
「昨日からずっと、拠点をうろうろしてたよ」とハル。「小夜ちゃんの後を、ついて回ってた。お姉ちゃんだと思ってるのかも」
陸の肩で、小夜が、ふん、と得意げに、尻尾を揺らした。
「で、今日はどうする?」と宗介が、刀を担いで言った。「ジオの、初めての実戦、見たいんだが」
「俺もだ」と陸。「ジオの力が、どう動くのか、まだわからない。試せる場所がいい」
「《大地の構え》も、試したいしな」と宗介が、足を、とんとん、と踏んだ。「ガイアの旦那の贈り物、まだ実戦で使ってない」
静が、こくり、と頷いた。彼女も、《大地の魔脈》を、試したいのだろう。
「ちょうどいい場所がある」と陸は言った。「南の、大樹の森。推奨Lv.36。古い木が、たくさん立っている森だ。土も、木も、多い。ジオの力が、いちばん、活きる場所だと思う」
「自然がいっぱいの場所か」とハル。「ジオ、喜びそう」
ジオが、名を呼ばれて、きゅう、と鳴いた。森、という言葉に反応したのか、若葉が、いつもより、元気に揺れていた。
大樹の森は、見上げるほどの、巨木が、立ち並ぶ場所だった。
幹は、何人もで囲まなければ届かないほど太く、梢は、空を覆っている。木漏れ日が、地面に、まだら模様を、落としていた。
森に入ると、ジオの様子が、変わった。
それまで、陸の足元を、ちょこちょこ歩いていたジオが、地面に、ぺたりと、四つ足をついた。すると、若葉が、ぶわっと、生い茂った。森の力を、吸い上げているようだった。
「お、ジオ、なんか、元気になった?」とハル。
「森の中だと、力が増すのかもしれない」と陸。「土と、自然の神獣だからな」
その時、幻視に、気配が触れた。
「来る。前方、五体」と陸。「木の上からだ」
梢の上から、魔物が、飛び降りてきた。樹上を住処にする、猿のような魔物。森猿。素早く、木から木へ、飛び移りながら、襲ってくる。
「すばしっこいね」と柚希が、弓を構えた。
「ジオ、やれるか」と陸が、ジオに問いかけた。命令ではなく、ただ、託すように。
ジオが、きゅう、と鳴いて、前足を、地面に、強く、突いた。
地面から、無数の蔦が、ぶわっと、噴き出した。蔦は、生き物のように、空中を伸びて、飛び回る森猿に、絡みついた。
「うわ、すごい!」とハル。「森猿、捕まった!」
蔦に絡め取られた森猿が、空中で、もがいた。動きが、完全に、止まる。
だが、二体は、蔦をすり抜けて、梢から梢へ、逃げ回った。
そこへ、フェニクスが、飛び立った。陸の肩を蹴って、翼を広げ、森猿を追う。逃げる森猿の行く手に、炎を、ぱっと撒いた。ゴォッ。炎の壁に、ぎょっとした森猿が、足を止める。
「ナイス、フェニクス!」と陸。
その隙に、小夜が、動いた。陸の肩から、音もなく、地面に降りる。金色の目が、足を止めた森猿を、見据えた。ぞくり、と森猿が、身を震わせる。恐怖が、刻まれた。一瞬、動けなくなる。
「今だ」と陸。
宗介が、地を蹴った。動きを止められた森猿を、的確に、斬っていく。ザシュッ、ザシュッ。柚希の矢も、続いた。ヒュンッ。フェニクスが足止めし、小夜が竦ませた二体も、まとめて、片付いた。
五体の森猿は、あっという間に、光の粒子になった。
「……ジオ、めちゃくちゃ便利だな」と宗介が、感心した。「敵の動きを、完全に止める。フェニクスと小夜の足止めと、合わせると、もう、誰も逃げられねえ」
ジオが、得意げに、若葉を揺らした。フェニクスが、陸の肩に戻って、ふん、と胸を張る。小夜も、当然、というように、尻尾を揺らした。
森を、奥へ、進んだ。
ジオの力は、戦闘だけではなかった。
道が、崖で途切れている場所では、ジオが、地面を、もこもこと、盛り上げて、即席の階段を作った。
倒木で道が塞がれている場所では、蔦を伸ばして、倒木を、ずるずると、脇に、どけた。
「探索も、楽になるね」と柚希。
「ジオは、戦うだけの神獣じゃない」と陸。「自然そのものを、操る。森の中では、道さえ、作れる」
ガロードが、低く言った。
「いい眷属を、もらったな」
「ああ」と陸。「ガイアらしい、贈り物だ」
「土の神は、争いを好まん」とガロード。「だから、その眷属も、敵を倒すより、味方を助ける力を、持っている。お前のギルドに、よく合う」
陸も、そう思った。
ジオの力は、攻撃ではない。敵を止め、道を作り、味方を支える。命令せず、ただ共にいる陸のやり方に、不思議と、馴染んでいた。
森の最奥に、開けた場所が、あった。
そこに、それは、いた。
巨大な、猪のような魔物だった。体は、岩のように、ごつごつしていて、背中に、苔と、小さな木が、生えている。森の主だ。長い年月、この森に、棲んでいるのだろう。
幻視で、確認する。森荒らしの大猪。推奨Lv.38。
「でかいな」と大和が、見上げた。
「気をつけろ」と陸。「あの巨体で、突進してくる。まともに受けたら、吹き飛ばされる」
大猪が、地面を、前足で、掻いた。そして、地響きとともに、突進してきた。
ドドドドッ。
狙いは、前衛の、宗介だった。
「宗介!」と陸。
「来い」
宗介が、避けなかった。逃げずに、その場に、足を、踏みしめた。
《大地の構え》。
両足が、地面に、根を張るように、固定される。
大猪の突進が、宗介に、激突した。
ドゴォォン。
土煙が、上がった。
普通なら、宗介は、吹き飛ばされていただろう。だが、土煙が晴れると、宗介は、その場に、立っていた。一歩も、下がっていない。両足を、踏ん張ったまま、大猪の巨体を、刀で、受け止めていた。
「……効くな、これ」と宗介が、にやりと笑った。「びくともしねえ」
「すごい! 宗介さん、押し負けてない!」とハル。
「ガイアの旦那に、感謝だな」宗介が、刀に、力を込めた。「お前の突進くらいじゃ、俺は、動かねえ」
宗介が、大猪を、押し返した。
そこからは、総力戦だった。
大猪が、暴れ回る。だが、ジオの蔦が、その足に、絡みつき、動きを、鈍らせる。完全には止められないが、確実に、速度を、削いでいた。
「ジオが、足を、止めてる!」と柚希が、矢を放つ。ヒュンッ。風の導きを得た矢が、まっすぐ、大猪の目に、刺さった。
大和とモフが、前衛で、大猪の攻撃を、受け止める。大和の《不滅の闘志》は、まだ、使わずに済んでいた。雪乃の回復が、《癒しの水脈》で、惜しみなく、全員を、支える。
そして、静が、前に出た。
「静ちゃん?」と柚希。
静が、無言で、両足を、地面に、つけた。《大地の魔脈》。森の、大地の力が、静の体に、流れ込む。
静が、手を、かざした。
《消滅の爆炎》。
いつもより、ずっと、大きな、白い炎が、大猪に、襲いかかった。森の大地の力で、増幅された一撃だった。
ゴォォォォッ。
大猪の、ごつごつした岩の装甲が、半分、消し飛んだ。
「……静さんの魔法、威力やばすぎ」とハルが、絶句した。
静が、わずかに、口元を、緩めた。手応えを、感じたらしい。
「とどめだ」と陸。「みんな、いけるか」
「おう!」
宗介の《残像斬》、大和の《竜炎嵐》、柚希の矢、ハルの影、静の炎。そして、ジオの蔦が、大猪を、縛り上げる。フェニクスが炎を散らし、小夜が、金色の目で、恐怖を刻む。
全員の攻撃が、一点に、集中した。
大猪が、雄叫びを上げて、光の粒子になった。
森荒らしの大猪 討伐
推奨レベル38
森に、静けさが、戻った。木漏れ日が、また、地面に、まだら模様を、落とした。
「……勝った」と大和が、息を吐いた。「今日は、一回も死ななかったぞ。《不滅の闘志》、使わずに済んだ」
「それが、いちばんだろ」と宗介が、笑った。
陸は、ジオを、見た。
ジオが、てこてこと、陸の足元に、戻ってきて、きゅう、と鳴いた。初めての実戦を、やりきった顔だった。
「よくやった、ジオ」と陸が、頭を撫でた。
ジオが、嬉しそうに、若葉を、揺らした。
「ジオ、すごかったね」と柚希。「敵を止めて、道を作って。戦いが、すごく、楽になった」
「ジオは、争いを好まない」と陸。「でも、みんなを、助ける力がある。それが、ジオの戦い方だ」
ハルが、ジオを、抱き上げた。
「もふもふ……じゃなくて、ふさふさ?」とハル。「葉っぱの感触、新しい」
ジオが、くすぐったそうに、身をよじった。
拠点に戻り、焚き火を囲んだ。
今日は、新しい力を、たくさん、試した夜だった。
宗介の《大地の構え》。静の《大地の魔脈》。そして、ジオの、自然の力。
「いやー、今日は、いい狩りだった」と宗介が、満足そうに、刀を、置いた。
「宗介さん、押し負けなかったの、かっこよかった」とハル。
「だろ。仁王立ちで、大猪を受け止めるって、なかなか、できねえぞ」
「自慢しすぎ」と柚希が、笑った。
静が、焚き火を見ながら、ぽつりと、言った。
「……威力が、上がった。森の中だと、特に」
「静ちゃん、嬉しそう」と柚希。
静が、こくり、と頷いた。
火のそばで、ジオが、小夜と、並んで、座っていた。モフが、その後ろで、喉を鳴らしている。フェニクスが、炎を、足した。
神獣が、三体。テイムした魔物が、一体。にぎやかな、焚き火だった。
陸は、その光景を、見ていた。
ガイアが、言っていた。「君のやり方は、大地に似ている」と。
大地は、何も命じない。ただ、すべてを、受け止める。そして、その上で、いろんなものが、育っていく。
陸の周りも、そうだった。命令しないだけで、人も、神獣も、集まって、それぞれの場所で、育っていく。
悪くない、と陸は思った。
ヘッドセットを外したのは、深夜十二時前だった。明日も、仕事だ。今日は、早めに切り上げた。
今日は、ジオの、初めての実戦だった。蔦で敵を止め、道を作り、味方を助けた。攻撃の神獣ではない。でも、確かに、戦いを、変えた。
宗介の《大地の構え》は、大猪の突進を、受け止めた。静の《大地の魔脈》は、森の中で、魔法の威力を、跳ね上げた。
ガイアの贈り物は、本物だった。そして、ジオも。
残りの神は、あと一柱。光の神、ルクス。
「眩しすぎる」と、ガイアは、言った。
どんな神なのか。まだ、わからない。でも、たぶん、そう遠くないうちに、会うことになる。
陸は、目を閉じた。
開発室で、三浦が、モニターを見ていた。
Stray Wolves、大樹の森を攻略
ジオトレント、初の実戦投入
地形操作・敵拘束により、戦闘を大きく支援
「ジオトレント、いい働きしてますね」とこはるが言った。
「ああ」と三浦。「攻撃力は、低い。だが、敵を止めて、地形を操る。戦術の幅が、一気に広がった」
「攻撃しない神獣、なのに」
「攻撃しないからこそ、だ」三浦が、データを眺めた。「あのギルドは、攻撃役が、もう、十分にいる。足りなかったのは、支える力だ。ジオは、それを、埋めた」
「ガイア、ちゃんと、考えて、預けたんですね」
「神AIが、ギルドの編成バランスまで、見て、眷属を譲った」三浦が、苦笑した。「もう、ゲームマスターより、よっぽど、優秀だな」
こはるが、ふと、ルクスのアクセスログに、目を留めた。
「……三浦さん。ルクス、まだ、アクセス頻度、上がりっぱなしです」
「ああ」と三浦。「ガイアが接触してから、ずっとだ」
「でも、まだ、桐島さんの前には、現れてませんよね」
「現れていない」三浦が、データを、見つめた。「観測は、している。だが、動かない。じっと、見ている」
「……何を、待ってるんでしょう」
三浦は、しばらく、黙っていた。
「わからん」三浦が、低く言った。「だが、ガイアが、わざわざ、警告した神だ。動くときは……たぶん、これまでとは、違う」
アルテのログが、流れた。
アルテのログ:
「ジオトレントが、戦いに加わった
攻撃ではなく、支援の力
敵を止め、道を作り、味方を助ける
桐島陸のギルドに、最もふさわしい、神獣だった
ガイアは、よく、見ていた
さて、残るは、一柱
光の神、ルクス
その神は、まだ、動かない
ただ、見ている
何を、待っているのか
それは、まだ、誰も、知らない
だが、光が、差すとき
物語は、また、一つ、進むだろう」
窓の外で、星が、瞬いていた。最後の光は、まだ、その姿を、見せなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、仲間になったジオトレントを連れて、大樹の森を攻略するクエスト回でした。ジオの蔦が敵を絡め、地形を操作して道を作り、戦いを大きく支えました。攻撃しない神獣ですが、敵を止め、味方を助ける力は、陸のギルドにぴったり。宗介の《大地の構え》は大猪の突進を仁王立ちで受け止め、静の《大地の魔脈》は森の中で魔法の威力を跳ね上げました。ガイアの贈り物は、どれも本物でした。そして、最後の神ルクスは、まだ動かず、ただ見ている――。次話もお楽しみに。
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