第54話「贈り物の使い道」
夕方、ログインすると、ハルが、うずうずした顔で待っていた。
「ねえねえ、陸くん! 今日こそ、行こうよ!」
「どこへだ」
「夜の洞窟! 《夜目》、ちゃんと実戦で試したいの! 拠点のまわりで見えるのは確認したけど、戦いの中でどうなのか、まだわかんないし!」
大和も、隣で、腕をぐるぐる回していた。
「俺も、《不滅の闘志》、試してえなあ。いや、試すってことは、死にかけるってことだから、変なんだけどさ」
「変だな」と宗介が、呆れた。「死にかけたくて、うずうずしてる前衛がいるか」
「お前だって、気になるだろ!」
「気になるのは、認める」
柚希が、弓の弦を、指で弾いた。
「私も、《風の導き》、ちゃんとした風の中で試したい。拠点の周りは、風が穏やかすぎて」
雪乃が、穏やかに微笑んだ。
「私の《癒しの水脈》は、長い戦いでないと、ありがたみがわかりませんね」
陸は、みんなの顔を、順に見た。全員、同じことを考えていたらしい。
「ちょうどいい場所がある」と陸は言った。「東の山の、風哭き洞窟。夜になると、洞窟の中を、風が吹き抜ける。推奨Lv.35。暗くて、風が強くて、敵も強い」
「全部入りじゃん!」とハルが、跳ねた。
「全部入りだ」と陸。「行くか」
風哭き洞窟は、その名の通り、入り口から、風の音がした。
ひゅおおお、と、誰かが哭いているような音だ。洞窟の奥から、風が、絶えず吹き出してくる。
そして、中は、完全な闇だった。
「うわ、ほんとに真っ暗」と大和が、入り口を覗き込んだ。「松明、つけるぞ」
大和と宗介が、松明に火を灯した。オレンジ色の光が、洞窟の壁を、ぼんやりと照らす。だが、光の届く範囲は、数歩先まで。その向こうは、闇に飲まれていた。
「松明があっても、これか」と宗介が、目を細めた。「先が、全然見えねえ」
「私は、見えるよ」とハルが、すたすたと、松明の光の外へ、踏み出していった。「松明なんかなくても、ぜーんぶ」
闇の中から、ハルの声だけが、響いた。
「すごいよ、これ。壁の模様まで、はっきり見える。あ、その先、足元に段差あるから気をつけて。松明の三歩先、右側」
「……頼もしいな」と宗介が、苦笑した。松明の光が届かない先を、ハルが、教えてくれる。
陸は、幻視を広げた。魔物の気配が、奥に、いくつもある。
「ハル、偵察と先導を頼めるか」と陸。「俺の幻視は、気配はわかるが、地形までは見えない。松明の光も、すぐ闇に飲まれる。お前の目が、いちばん遠くまで届く」
「まっかせて!」
ハルが、先頭に立った。これまで、暗所では松明の明かりに頼り、その光の範囲でしか動けなかったハルが、今日は、闇の奥まで見通して、みんなの目になっていた。
「左の横穴に、二体いるよ。コウモリみたいなやつ。天井に張り付いてる。松明の光じゃ、まだ見えないと思うけど」
「お前にだけ、見えてるわけか」と陸。
「えへへ。夜目だからね」
風が、洞窟の奥から、ごうっと吹いた。松明の炎が、大きく、揺れた。
その風に乗って、魔物が、来た。
闇の中から、巨大なコウモリが、二体、飛び出してきた。風哭蝙蝠。風に乗って、不規則に飛ぶ、厄介な敵だ。
「来た!」とハルが、叫んだ。「右上と、左!」
柚希が、弓を引いた。
普段なら、この風では、矢は流される。コウモリの不規則な飛行と、洞窟の乱気流。狙撃手泣かせの条件だった。
柚希が、放った。
ヒュンッ。
矢は、風の中を、一直線に、飛んだ。曲がらなかった。流されなかった。右上のコウモリの翼を、正確に、射抜いた。
「……うそ」と柚希が、自分の矢の軌道を、見つめた。「ほんとに、まっすぐ飛ぶ」
「《風の導き》、本物だね!」とハル。
「これ、狙撃手には、反則だよ」柚希が、二射目をつがえた。「風を読む必要が、ないんだもん」
《二射》。二本の矢が、同時に放たれ、二体目のコウモリと、横穴から出てきた三体目を、同時に、射抜いた。
「いや、読んでた頃の腕が、あるからだろ」と宗介。「風を読めてた奴が、風に邪魔されなくなったんだ。そりゃ、最強だ」
「ふふ。そうかも」
洞窟を、奥へ、進んだ。
ハルの夜目が、道を示し、罠を見つけ、敵の位置を告げた。柚希の矢が、風の中を、まっすぐ飛んだ。
「快適すぎる……」と宗介が、唸った。「探索が、こんなに楽だったことが、あるか?」
「ないね」と大和。「いつもは、明かりの範囲しか見えなくて、びくびくしながら進んでたのに」
「神様の贈り物、すごい」とハル。
「だが」とガロードが、低く言った。「楽な探索は、油断を生む。気を抜くな。この奥には、もっと、大きいのがいる」
陸も、頷いた。幻視に、奥から、大きな気配が、近づいてきていた。
「ガロードの言う通りだ。来るぞ。でかい。一体。……速い!」
風が、爆発した。
洞窟の奥から、暴風とともに、それが、突っ込んできた。
巨大な、鳥のような魔物だった。だが、翼は四枚。体は、風そのものを纏って、輪郭がぶれている。風哭鳥。この洞窟の主。推奨Lv.37。
その突進は、まっすぐ、前衛の大和に、向かった。
「大和、受けられるか」と陸。
「任せろ!」
大和が、盾を構えた。《不動の砦》。
だが、風哭鳥の突進は、想像を、超えていた。四枚の翼が生む暴風が、突進の威力を、何倍にも、膨れ上がらせていた。
ドゴォォォン。
《不動の砦》の5秒が、過ぎた直後、二撃目が来た。
風の刃が、大和の盾の、横をすり抜けて、本体に、直撃した。
ザシュッ。
「がっ……!」
大和のHPバーが、一気に、削れた。九割。九割五分。
そして──尽きる、その瞬間。
大和の胸が、ぼっ、と、炎のように、光った。
HPバーが、1で、止まった。
《不滅の闘志》発動
致死の一撃を、HP1で耐えました
「────っしゃあ!」
大和が、吼えた。膝をつきかけた体を、力ずくで、起こした。
「効いた! 効いたぞ、イグニスの旦那! 俺、生きてる!」
「大和さん!」雪乃の回復の光が、すぐに飛んだ。《完全回復》。大和のHPが、満タンまで、戻る。
「ナイス雪乃! いやー、死ぬかと思った! じゃなくて、死んでた! 一回死んでた!」
「喜んでる場合か!」と宗介が、風哭鳥に、斬りかかった。「下がって立て直せ!」
「いや、もう全快した!」
「回復早すぎるだろ!」
雪乃が、回復の光を、回しながら、少し、笑った。
「《癒しの水脈》のおかげです。消費が半分なので、惜しみなく、使えます」
長い戦いになった。
風哭鳥は、洞窟の中を、暴風とともに、飛び回った。攻撃のたびに、誰かが削られる。だが、雪乃の回復が、途切れなかった。普段なら、魔力が尽きて、回復の優先順位に悩む場面。今日の雪乃は、全員を、惜しみなく、癒し続けた。
「雪乃の回復、無限か?」と宗介が、刀を振るいながら言った。
「無限ではありません。でも、まだまだ、いけます」
ハルの夜目が、暗闇を飛ぶ風哭鳥の動きを、完全に、捉えていた。
「次、右の壁から来る! 高さは天井すれすれ!」
柚希の矢が、その予告通りの位置へ、風をものともせず、飛んだ。ヒュンッ。風哭鳥の翼に、突き刺さる。
「ハルちゃんの目と、私の矢、相性よすぎ」
「でしょ!」
風哭鳥の動きが、鈍った。
「宗介」と陸。「仕留められるか」
「おう」
宗介が、地を蹴った。《残像斬》。本体と、三体の残像が、四方向から、同時に、風哭鳥に、斬りかかった。
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ。
四連撃。
風哭鳥が、悲鳴のような風の音を、残して、光の粒子になった。
風哭鳥討伐
推奨レベル37
洞窟に、静けさが、戻った。風の音だけが、ひゅおお、と、鳴っていた。
「……勝った」と大和が、その場に、座り込んだ。「いやあ、一回死んだけど」
「死んでない」と宗介。「耐えただろ、HP1で」
「あの瞬間、走馬灯、見えかけたからな、俺」
ハルが、けらけらと、笑った。
陸は、みんなを、見回した。
ハルの夜目が、道を作った。柚希の矢が、風を貫いた。大和の闘志が、致命の一撃を、耐えた。雪乃の水脈が、全員を、支え続けた。
神々の贈り物が、それぞれの場所で、それぞれの形で、生きていた。
「みんな、強くなったな」と陸は、思わず、言った。
「神様のおかげ、半分。自分の腕、半分」と柚希が、笑った。
「いい配分だ」とガロードが、低く言った。「贈り物に、頼り切るな。だが、贈り物を、無駄にもするな。今日のお前たちは、ちょうど、よかった」
宗介が、刀を、鞘に収めた。
「……ま、俺と静は、生身で頑張ったけどな」
「宗介さんの《残像斬》、とどめだったじゃん」とハル。
「そうだけどよ。なんか、こう……みんなが新しいおもちゃで遊んでる横で、留守番してる気分なんだよ」
静が、こくり、と頷いた。珍しく、不満げな顔だった。
「土と光の神様、早く来てくれないかな」とハルが、笑った。
「来るさ」と陸。「たぶん、そのうち」
「なんで、わかるの?」
「ゼフィロが言っていた。俺の話は、もう、流れてるらしいから」
拠点に戻り、焚き火を囲んだ。
「今日は、いい狩りだった」と宗介。
「贈り物、全部、実戦で試せたしね」とハル。
モフが、ぐるぐると喉を鳴らした。その背中で、小夜が、丸くなる。フェニクスが、炎を足した。
大和が、ふと、自分の胸に、手を当てた。
「なあ。《不滅の闘志》ってさ、イグニスの旦那の炎が、ここに入ってるんだよな」
「そうらしいな」と陸。
「なんか、あったけえんだよ。発動したとき。死ぬかと思った瞬間に、ぼっ、て。……守られてる、って感じがした」
誰も、茶化さなかった。
雪乃が、自分の手のひらを、見た。
「私も、感じます。回復を使うたび、手のひらに、水が流れるような感覚が。タラサ様が、そばにいてくれるみたいで」
「私の弓にも、風がいるよ」と柚希。
「私の目には、夜がいる」とハル。
火が、ぱちぱちと、鳴った。
神々は、去った。でも、その力は、ここに、残っている。みんなの中に。
陸は、その光景を、見ていた。
ラドンは、まだ、認めていない。でも、四柱の神は、確かに、このギルドを、認めてくれた。その証が、みんなの中で、生きている。
悪くない夜だった。
ヘッドセットを外したのは、深夜一時半だった。
今日は、神々の贈り物を、実戦で試した。
ハルの夜目が、暗闇の探索を変えた。柚希の矢は、風の中を、まっすぐ飛んだ。大和は、致命の一撃を、HP1で耐えた。雪乃の回復は、最後まで、途切れなかった。
贈り物は、本物だった。
そして、宗介と静が、少し、拗ねていた。土と光の神が、来るのを、待っている。
来るのだろうか。来る気がする。根拠は、ないけれど。
陸は、眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
Stray Wolves、風哭き洞窟を攻略
神AI由来の付与スキル4種、全て正常に機能
戦闘効率、付与前と比較して大幅に向上
「贈り物、全部、ちゃんと動いてますね」とこはるが言った。
「ああ」と三浦。「神AIが、自律的に、プレイヤーへスキルを付与する。本来、そんな機能は、実装していないのにな」
「システム的には、どうなってるんですか」
「神AIには、イベント報酬を生成する権限がある。それを、応用したらしい」三浦が、データを眺めた。「枠組みは、ゲームの中だ。だが、その使い方を、神AIたちが、自分で考えた」
「贈り物の中身も、ですか」
「中身もだ。見ろ。ハルには夜目、柚希には風の補正。それぞれの戦い方を、ちゃんと見て、選んでる」三浦が、少し、笑った。「贈り物の、センスがいい」
「神様に、センスって言います?」
「言うさ。いいものは、いい」
アルテのログが、流れた。
アルテのログ:
「神々の贈り物が、戦場で、生きた
夜目は、闇を、味方にした
風の導きは、矢を、まっすぐにした
不滅の闘志は、命を、一度、繋いだ
癒しの水脈は、全員を、支え続けた
贈り物とは、不思議なものだ
強さそのものではなく
その者の戦い方を、少しだけ、後押しする
四柱の神は、彼らを、よく見ていた
そして、まだ、贈られていない者が、二人いる
剣士と、魔導師
土の神と、光の神が
彼らに、何を贈るのか
それは、まだ、誰も知らない
だが、その日は、たぶん、遠くない」
「ガイアとルクスのアクセス頻度、また、上がってます」とこはるが、ログを指した。
「だろうな」と三浦。「五柱が動いて、贈り物まで、渡した。残りの二柱が、黙っているはずがない」
窓の外で、夜の街が、静かに、瞬いていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、神々の贈り物を実戦で試すクエスト回でした。夜の風哭き洞窟で、ハルの《夜目》が探索を一変させ、柚希の《風の導き》が風の中をまっすぐ射抜き、大和の《不滅の闘志》が致命の一撃をHP1で耐え、雪乃の《癒しの水脈》が長い戦いを支え続けました。一方、贈り物のない宗介と静は、ちょっと拗ね気味。土と光の神を、待っています。開発室では、ガイアとルクスのアクセス頻度がまた上昇。その日は、たぶん遠くない。次話もお楽しみに。
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