第49話「追いつく夜」
夕方、ログインすると、宗介が腕を組んで待っていた。
「陸。今夜は、俺たちのレベル上げに、本気で付き合え」
「どうした、急に」
「お前と柚希に、置いていかれてるんだよ」と宗介が、少し悔しそうに言った。「お前はLv.30、柚希はLv.32。俺たちは、まだLv.27だ。三つも差がある」
「気にしていなかったが」
「俺たちが気にするんだよ」と宗介。「《絆の共鳴》があるとはいえ、お前ばっかり前に行くのは、据わりが悪い」
大和が、後ろから口を挟んだ。
「それに、そろそろ新しいスキル、覚えたいだろ。Lv.30まで上げれば、また一つ増えるはずだ」
「お前、それが楽しみなだけだろ」と宗介。
「お前もだろ」
二人が、軽く言い合った。雪乃が、その横で、静かに微笑んでいる。
「でも、Lv.27からLv.30は、遠いよ」と柚希が、弓を背負いながら言った。今日も合同で参加している。「三つ上げるなら、半端な狩りじゃ無理。たっぷり倒さないと」
「だから、本気で付き合えって言ってんだ」と宗介。
「私と陸くんは、もうこの辺の敵だと、あんまり経験値もらえないけどね」と柚希。「レベル、上の方だから。でも、付き合うよ」
「助かる」
向かったのは、北の山岳エリア。推奨Lv.33の、手応えのある狩り場だった。
「ここなら、経験値が大きい」と陸。「ただ、敵も強い。長丁場になるぞ。覚悟しておけ」
「望むところだ」と宗介が、刀を抜いた。
岩山の斜面に、赤い甲殻を持つ大型の魔物が、何体も這っていた。岩甲虫。硬い殻と、鋭い顎を持つ。
最初の群れは、八体だった。
宗介が、斜面を駆け上がる。岩甲虫が、顎を鳴らして襲いかかった。
宗介が刀を振る。ザシュッ。だが、硬い甲殻に、刃が半分しか通らない。
「硬いな」
「殻を狙うな」と陸。「関節だ。顎の付け根が、柔らかい」
宗介が、次の一撃を顎の付け根に滑り込ませた。ザクッ。岩甲虫が、光の粒子になる。
「なるほど、関節か」
そこからは、的確だった。宗介が関節を狙い、大和とモフが前線を固める。柚希が《二射》で二体を同時に射抜き、ハルが影で攪乱し、静が魔法で薙ぐ。雪乃が回復を回し続ける。
陸の《絆の共鳴》が、全員を繋ぐ。
八体を、倒しきった。
「ふう」と大和が、汗を拭く仕草をした。「一群目」
「まだまだだ」と陸。「この調子で、数を稼ぐぞ」
それからは、ひたすら狩りだった。
斜面を登るたび、新しい群れが現れた。十体。八体。また十二体。岩甲虫は、いくらでも湧いてくるようだった。
宗介が斬り、大和が受け、モフが守り、柚希が射抜き、ハルが縛り、静が焼く。雪乃が、全員のHPを切らさない。
単調な作業ではなかった。岩甲虫は、群れると、連携して囲んでくる。一瞬の油断が、包囲を許す。
「右、囲まれるぞ」と陸が、幻視で警告する。
「わかってる!」と宗介が、刀を振るう。今はまだ、地道に一振り一振りを、丁寧に当てていくしかない。
時間が、過ぎていった。
岩甲虫の死骸の光が、斜面に、いくつも舞った。
「……これ、何体倒した?」とハルが、息を切らしながら聞いた。
「五十は超えた」と陸。「だが、まだ足りない。Lv.30は、遠い」
「まじか」とハルが、がっくりと肩を落とした。「先、長いね」
「弱音を吐くな」と宗介。「お前が、レベル上げたいって言ったんだろ」
「言ったけど! こんなに地道だと思わなかった!」
それでも、ハルは、影を操る手を止めなかった。
中腹まで登った頃、宗介の体が、淡く光った。
「お……一つ上がった。Lv.28だ」
「まだ二つ残ってる」と陸。
「わかってる」
雪乃が、続いてLv.28に。大和、静、ハルも、ぽつぽつとレベルが上がり始めた。だが、Lv.30には、まだ届かない。
「やっぱり、雑魚だけじゃ、効率が悪いな」と宗介が、刀を構え直した。「数を倒しても、一つずつしか上がらない」
「この先に、エリアボスがいる」と陸が、幻視で山頂の方を見た。「強い気配だ。推奨Lv.35。あれを倒せば、一気に経験値が入る」
「ボスか」宗介の目が、光った。「それを、先に言え」
「雑魚で、体を温めてからの方がいいと思った」
「……まあ、たしかに、いい準備運動になった」
山頂に着いた。
開けた岩場の中央に、それはいた。
巨大な、岩甲虫の親玉だった。体長は、普通の岩甲虫の四倍はある。背中に、岩の塊を背負い、二本の巨大な顎を、ぎちぎちと鳴らしている。
岩甲虫の女王。推奨Lv.35のエリアボス。
「でかいな」と大和が、見上げた。
「気をつけろ」と陸。「あの顎は、大和の盾でも、一撃で削られる。まともに受けるな」
「了解」
女王が、咆哮した。ギシャアアアッ。
岩場が、震えた。
戦いが、始まった。
女王が、巨大な顎を、振り下ろす。狙いは、前衛の大和。
「モフ!」陸が、心の中で叫ぶ。──大和の前に!
モフが、のっそりと、しかし素早く、大和の前に割り込んだ。女王の顎が、モフの毛皮に叩きつけられる。
ガァァン。
モフが、後ろに、ずざっと滑った。だが、倒れなかった。毛皮が、衝撃を吸収していた。
「モフ、ナイス!」と大和。
「囲んで叩くぞ」と宗介。「正面は、モフと大和。俺は側面に回る」
宗介が、女王の横へ駆ける。関節を狙って、刀を振る。ザシュッ。だが、女王の甲殻は、岩甲虫よりさらに硬い。浅い。
「硬すぎる」
「静、殻を脆くできるか」と陸。
静が、無言で手をかざす。魔法が、女王の甲殻に当たる。甲殻の一部が、じゅう、と焼け、脆くなった。
「そこだ」宗介が、脆くなった箇所に、刃を叩き込む。ザクッ。今度は、深く入った。
女王が、悲鳴を上げて、暴れた。巨大な顎が、振り回される。
「柚希!」
「撃ってる!」柚希の矢が、女王の目に、次々と突き刺さる。ヒュンッ、ヒュンッ。女王の動きが、わずかに鈍った。
ハルが、影から、女王の足を縫い止める。雪乃が、前衛のHPを、切らさず回復し続ける。
陸の《絆の共鳴》が、全員を繋ぐ。誰かが攻撃するたび、別の誰かが強くなる。連鎖が、女王の体力を、少しずつ削っていく。
長い、戦いだった。
女王のHPが、半分を切った。
「あと少しだ」と陸。「だが、ここからが危ない。手負いの獣は、最後にあがく」
その言葉通り、女王が、咆哮とともに、全身の岩を撒き散らした。ズドドドッ。岩の礫が、四方に飛ぶ。
「うわっ」とハルが、影に潜って避けた。
「雪乃、後衛を守れるか」と陸。
「やってます……!」雪乃が、回復の光を、柚希と静に振り分けながら叫んだ。「でも、回復が、追いつかない……!」
「全員を完璧に守ろうとするな」と陸。「誰も倒れなければ、それでいい。最優先は、HPが減った者から順に回すことだ」
雪乃が、歯を食いしばって、光を回し続けた。前衛が削られれば、即座に癒す。その繰り返しで、なんとか、戦線を保った。
「今ある力で、削りきるぞ」と陸。「あと少しだ」
全員が、攻撃を続けた。
モフが受け、大和が支え、宗介が斬り、静が焼き、柚希が射抜き、ハルが縛り、雪乃が癒す。
そして、フェニクスと小夜も、命令を待たずに動いていた。フェニクスが女王の頭上で炎を散らし、小夜が金色の目で恐怖を刻む。
女王のHPが、削れていく。
残り、わずか。
「とどめだ」と陸。「宗介」
「おう」
宗介が、最後の力で、脆くなった甲殻の隙間に、刀を突き立てた。
ズドォォン。
女王の巨体が、大きく揺れた。
そして、光の粒子になって、崩れていった。
エリアボス『岩甲虫の女王』討伐
その瞬間、五人の体が、同時に光った。
宗介、雪乃、大和、静、ハル。
全員が、Lv.30に到達した。
「……やっと、来た」と宗介が、息を切らしながら、自分の手を見た。「Lv.30だ」
「長かったね……」とハルが、その場にへたり込んだ。「足、棒みたい」
そして、五人が、ほぼ同時に、新しいスキルを覚えた。
宗介《残像斬》/雪乃《聖域結界》/大和《竜炎嵐》
静《消滅の爆炎》/ハル《影の支配》を習得
「お、なんか覚えたぞ」と宗介が、刀を振ってみた。
その瞬間、宗介の残像が、三体、現れた。本体を追うように、同じ軌道で刃を振る。
「《残像斬》……だと。一振りが、四回分か」
「いいなー、宗介さんの、派手で」とハルが、立ち上がった。「私のは……あ、影が、全部動く」
ハルが手を広げると、岩場のすべての影が、ぐにゃりと動いた。
「《影の支配》。視界内の影、全部、私のだ」
大和が炎を360度に放ち、雪乃が光の壁を張り、静が試しに放った白い炎が、岩を消し去った。
「うわ、静さんの、こわ……」とハル。
「便利」と静が、短く言った。
陸も、メニューを確認した。Lv.30から、Lv.31に上がっていた。柚希も、Lv.32からLv.33へ。
「俺たちは、一つだけか」と陸。
「この帯だと、こんなもんだよ」と柚希が、肩をすくめた。「ボス倒しても、一つ。レベル上がってると、伸びが遅くなるの。みんなは三つ上がったのにね」
「お前らが、低い帯に付き合ってくれたからだ」と宗介。「悪いな」
「いいよ。みんなが追いついてくれた方が、嬉しいし」と柚希が、笑った。
拠点に戻り、焚き火を囲んだ。全員、Lv.30。陸はLv.31、柚希はLv.33。
新しいスキルを、それぞれ手に入れた夜だった。
「いやー、疲れた」とハルが、モフの背中に、もたれかかった。「あんなに地道に戦ったの、久しぶり」
「だが、強くなった」と宗介。「ちゃんと、自分の足で上がった感じがする」
「楽して上がるより、いいだろう」とガロードが、焚き火の向こうから言った。
「ガロードさん」とハル。
「自分の足で上がった力は、自分のものになる」ガロードが、炎を見た。「楽に得た力は、いざというとき、頼りにならん。お前たちは、今夜、ちゃんと、自分の力にした」
「……なんか、いい言葉」とハルが、ぽつり。
「ただ」とガロードが続けた。「強くなっても、この火のそばを、忘れるなよ。強さだけを追うと、人は、いつか独りになる」
しばらく、誰も、何も言わなかった。
火が、ぱちぱちと鳴った。
「忘れないよ」とハルが、モフの毛に顔を埋めたまま言った。「だって、ここ、あったかいもん」
モフが、ぐるぐると、喉を鳴らした。
陸は、その光景を見ていた。
みんな、自分の足で、強くなった。長い戦いの末に、つかんだ強さだ。でも、その先に帰ってくるのは、いつもの、この火のそばだった。
それで、いい。
ヘッドセットを外したのは、深夜三時近くだった。今夜は、長い戦いだった。
宗介たちが、岩甲虫の女王を倒して、やっとLv.30に上がった。雑魚を何十体も倒して、ボスを削りきって、ようやくだった。簡単じゃなかった。
でも、だからこそ、五人とも、晴れやかな顔をしていた。
陸と柚希は、一つだけ上がった。この帯だと、それくらいだ。みんなが追いついてくれて、少し、嬉しかった。
ガロードが言った。「自分の足で上がった力は、自分のものになる」と。
その通りだった。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
Stray Wolvesメンバー5名、Lv.30到達
エリアボス『岩甲虫の女王』討伐による
桐島陸 Lv.31、朝倉柚希 Lv.33(高レベル帯のため微増)
アルテのログ:
「宗介たち五人が、Lv.30に達した
簡単な道ではなかった
雑魚を何十体も倒し
エリアボスを、全員で削りきった
楽な上げ方も、あった
高レベルの桐島陸や朝倉柚希に
強い敵を倒してもらえば
もっと早く上がっただろう
だが、彼らは、自分の足で上がった
時間をかけて
苦戦して
それでも、自分たちの力で
ガロードが言った
『自分の足で上がった力は、自分のものになる』
このギルドは
近道をしない
強さの、つかみ方まで
このギルドらしい」
「ずいぶん、時間がかかりましたね」とこはるが言った。
「ああ。一気に上げる方法も、あったはずだ」と三浦。「高レベルの二人に、強敵を倒させればいい。だが、やらなかった」
「自分たちで、やりきった」
「それが、自信になる」三浦は、コーヒーを口に運んだ。「楽して得た強さは、脆い。だが、自分の足で得た強さは、折れない。あのギルドは、それを、わかってる」
こはるはモニターを見た。焚き火の周りで、疲れ切った、けれど満たされた顔をした者たちが、穏やかに座っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、宗介たちがLv.30を目指して、本気で戦う回でした。岩甲虫を何十体も倒し、最後はエリアボス『岩甲虫の女王』を全員で削りきって、ようやくLv.30に到達しました。簡単な道ではなかったぶん、五人とも晴れやかな顔をしていました。高レベルの陸と柚希は、一つだけレベルアップ。ガロードの「自分の足で上がった力は、自分のものになる」という言葉が、このギルドの強さのつかみ方を表しています。次話も続きます。
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