第47話「初めてのテイム」
その日は、休みだった。
朝、コーヒーを淹れていると、スマホが鳴った。柚希からのメッセージだった。
「今日、休みだよね? 朝からログインしない? 二人で」
陸は、少し考えてから、返した。
「いいぞ。何かやりたいことがあるのか」
「のんびりレベル上げ。たまには、二人でだらだら遊ぼ」
陸は、少し笑った。みんなといるのも楽しいが、こういう誘いも、悪くなかった。
「わかった。準備する」
ログインすると、広場に柚希が先に来ていた。今日は、いつもの装備の上に、薄い外套を羽織っている。
「おはよ」と柚希が手を上げた。
「早いな」
「休みの日は、早起きしちゃうんだよね。職業病かな」
陸の肩に、小夜とフェニクスがいる。小夜は、まだ眠そうに目を半分閉じていた。
「今日は、どこ行く」と陸。
「南の森。推奨Lv.28くらい。のんびり狩るのにちょうどいいの」
「詳しいな」
「ベータでも、よく狩り場にしてたから」と柚希が、弓を背負い直した。「行こ」
南の森は、朝の光が、木々の間から差し込んでいた。
風が、葉を揺らす音。鳥の声。穏やかな場所だった。
「いい場所だな」と陸。
「でしょ。私、ここ好きなんだ」
魔物が現れた。緑色の体をした、犬くらいの大きさの狼。森狼だ。
柚希が、すっと弓を構える。
「私が前ね」
矢を放った。ヒュンッ。森狼の眉間に、正確に刺さる。一撃だった。
「相変わらず、上手いな」
「これくらいはね」
次々と森狼が現れる。柚希が弓で落とし、陸が幻視で位置を伝える。小夜とフェニクスも、命令されないまま、自分から動いて狩りに加わった。
二人と二体で、テンポよく狩りが進んだ。
「楽だね、陸くんといると」と柚希が、矢をつがえながら言った。
「そうか」
「うん。陸くんが先を読んでくれるから、私は撃つことだけに集中できる。《絆の共鳴》もあるし。一人で狩るより、ずっと楽」
「お前の腕がいいからだ」
「またそういうこと言う」柚希が、少し笑った。「素直に『俺のおかげ』って言えばいいのに」
「俺は何もしていない」
「ほらー、出た」
昼近くまで狩りを続けた。
陸のレベルが、Lv.28になった。柚希も、Lv.31に上がった。
「順調、順調」と柚希が、伸びをした。「ねえ、ちょっと休憩しよ」
二人で、大きな木の根元に腰を下ろした。木漏れ日が、ちらちらと揺れている。
小夜が、陸の膝の上で丸くなった。フェニクスが、近くの枝に止まって、羽を休めている。
「平和だね」と柚希。
「そうだな」
しばらく、二人で、森の音を聞いていた。
ふいに、柚希が口を開いた。
「ねえ、陸くん。前から思ってたんだけど」
「何だ」
「陸くんって、テイマーだよね」
「そうだ」
「でも、テイムしてるとこ、見たことないなって」
陸の手が、小夜の背を撫でる動きで、止まった。
「小夜ちゃんも、フェニクスも、勝手に懐いたんでしょ。テイムしたわけじゃない」
「……そうだ」
「じゃあ、陸くん、自分でテイムしたこと、一度もないの?」
陸は、少し黙った。
言われてみれば、その通りだった。職業はテイマー。《テイム》のスキルも持っている。それなのに、自分の意志でテイムを成功させたことは、一度もなかった。
「ない」と陸は、正直に言った。
「ええっ」柚希が、目を丸くした。「テイマーなのに?」
「テイマーなのに、だ」
「なんで?」
陸は、少し考えた。
「機会がなかった、というのもある。でも」
「でも?」
「テイムって、従わせることだろう。俺は、命令しない。だから、テイムも、なんとなく、避けていたのかもしれない」
柚希が、しばらく陸を見ていた。
「でも、それって、もったいなくない?」
「もったいない?」
「テイムって、従わせることだけじゃないと思うよ」柚希が、膝を抱えた。「私、ベータのとき、テイマーの人と組んだことあるんだ。その人のテイムした魔物、すごく懐いてた。命令されてるって感じじゃなくて、本当に、仲間って感じだった」
「仲間」
「うん。だから、陸くんのテイムも、きっと、そういうのになると思う。陸くん、命令しないもん。従わせるんじゃなくて、一緒にいる感じの、テイムになるよ」
陸は、その言葉を、しばらく頭の中に置いた。
従わせるのではなく、一緒にいる。
それなら、自分にもできるかもしれない。
「試してみるか」と陸は言った。
「ほんと?」柚希が、ぱっと顔を上げた。「やった。見たい、陸くんのテイム」
森の奥へ、進んだ。
幻視で、強い気配を探す。普通の森狼より、ずっと大きな気配が、森の奥にあった。
「いる。でかいのが、一体」と陸。「動きは、ゆっくりだ。攻撃的じゃない」
進むと、それがいた。
熊くらいの大きさの、もふもふした獣だった。全身が、長くて柔らかそうな毛で覆われている。色は、薄い灰色。顔は、丸くて、目が小さい。のっそりと、地面の木の実を食べていた。
「うわ、なにあれ。もふもふ」と柚希が、小声で言った。「かわいい」
陸は、幻視で、その獣を見た。
モフラ。森に棲む、穏やかな獣。攻撃的ではなく、争いを好まない。防御力が高く、めったなことでは倒れない。
「攻撃してこないのか」と陸。
「うん。あの子、こっちを見てるけど、警戒してるだけ。襲ってくる気配はない」と柚希。「ベータでも見たことある。基本、おとなしいの」
陸は、ゆっくりと、モフラに近づいた。
モフラが、顔を上げて、陸を見た。小さな目が、じっとこちらを見ている。逃げもせず、襲いもせず、ただ、見ていた。
陸は、立ち止まった。
「……どうすればいい」と、つい柚希に聞いた。
「テイマーは陸くんでしょ」と柚希が、後ろで笑った。「自分の、やり方でいいんじゃない?」
自分のやり方。
陸は、少し考えた。
従わせるのではなく、一緒にいる。
陸は、モフラの前に、ゆっくりとしゃがんだ。目線を、低くした。
「俺は、桐島陸だ」と、静かに言った。「お前を、従わせるつもりはない。ただ、一緒に来ないか、と思っている。嫌なら、断っていい」
モフラが、首を、こてん、と傾けた。
しばらく、陸とモフラは、見つめ合っていた。
陸は、《テイム》を発動した。
光が、陸の手から、ふわりと広がった。
だが、それは、相手を縛るような光ではなかった。柔らかく、包み込むような光だった。
モフラが、その光を、じっと見ていた。
そして、のっそりと、立ち上がった。
陸の方に、一歩、近づいた。
もう一歩。
そして、陸の前まで来ると、その大きな頭を、陸の胸に、ぐい、と押し付けてきた。
もふもふの毛が、陸の顔に触れた。あたたかかった。
テイム成功
モフラが仲間になりました
「……できた」と陸は、少し驚いて言った。
「できたね!」柚希が、駆け寄ってきた。「すごい、陸くん! 初めてのテイム!」
モフラが、陸の胸に頭を押し付けたまま、ぐるぐると、喉を鳴らしていた。猫のような音だった。
「重い」と陸が言った。だが、押し返さなかった。
「懐いてる、完全に」と柚希が、嬉しそうに笑った。「ね、言ったでしょ。陸くんのテイムは、従わせるんじゃなくて、一緒にいる感じになるって」
陸は、モフラの頭を、そっと撫でた。もふもふの毛が、指の間を、すり抜けていく。
モフラが、気持ちよさそうに、目を細めた。
「お前、名前はあるか」と陸は、モフラに聞いた。
モフラは、当然、答えなかった。ただ、喉を鳴らしている。
「じゃあ、つけるか」と陸。「……モフ、でいいか」
「安直すぎ!」と柚希が、噴き出した。
「だめか」
「ううん、いいと思う」柚希が、笑いながら言った。「モフラのモフ。覚えやすいし」
モフ、と名付けられた獣は、相変わらず、陸の胸に頭を押し付けていた。
小夜が、陸の肩から、そのモフを、じっと見ていた。フェニクスも、枝の上から見ている。
「あ」と柚希。「小夜ちゃんとフェニクス、新入りを見てる」
小夜が、ぴょん、と陸の肩から飛び降りた。モフの前まで、とことこ歩いていく。
モフと小夜が、鼻先を、近づけた。
しばらく、二体は、匂いを嗅ぎ合っていた。
そして、小夜が、ぴょこ、と耳を立てて、モフの背中に、よじ登った。
もふもふの背中の上で、小夜が、丸くなった。
「……認められたみたいだな」と陸。
「よかったね、モフ」と柚希が、モフの頭を撫でた。「先輩たちに、受け入れてもらえて」
モフが、ぐるぐると、喉を鳴らした。
午後も、狩りを続けた。
モフは、戦闘では、前に出て、相手の攻撃を受け止めた。その大きな体と、ぶ厚い毛皮で、森狼の牙も、ほとんど通さなかった。
「すごい、モフ、硬い」と柚希。
「タンクになるな、こいつ」と陸。「大和と、近い役割だ」
モフは、攻撃はしなかった。ただ、仲間の前に立って、守った。それが、モフの戦い方だった。
陸は、それを見て、少し思った。
モフも、攻撃しない。守るだけだ。
なんだか、自分のギルドに、似合っている気がした。
夕方近くまで狩って、陸はLv.30になった。柚希も、Lv.32に上がった。
陸のレベルが30に達した瞬間、新しいスキルを覚えた。
《テイム》Lv.4を習得
使役した魔物に、使役者の感情が伝わるようになる
「お、何か覚えた?」と柚希。
「《テイム》が、Lv.4になった」と陸。「使役した魔物に、俺の感情が伝わるらしい」
「感情が?」
陸は、モフを見た。
試しに、心の中で、「ありがとう」と思った。今日、仲間になってくれて。
モフが、ぴくりと、耳を動かした。それから、陸の方を見て、ぐるぐると、喉を鳴らした。
伝わった、のかもしれない。
「……今、伝わった気がする」と陸。
「すごい。会話できるみたいだね」
「会話、というほどじゃない。でも、気持ちは、伝わるみたいだ」
柚希も、新しいスキルを覚えていた。
「私も、Lv.32で覚えたよ」と柚希。「《二射》。一度に、矢を二本同時に放てるの」
「二本同時か」
「うん。狙いを二つに分けられる。複数の敵に、同時に対応できるようになった」
柚希が、試しに、二本の矢をつがえた。離れた二本の木に向けて、放つ。ヒュンッ、と二本の矢が、別々の木に、同時に刺さった。
「お、いい感じ」と柚希が、満足そうに頷いた。
日が傾いてきた。
二人で、森の入り口まで戻った。モフが、のっそりと、後ろをついてくる。小夜は、まだモフの背中の上で、丸くなっていた。
「楽しかったね、今日」と柚希。
「ああ」と陸。「久しぶりに、のんびりした」
「陸くん、テイムできてよかったね。初めての」
「お前のおかげだ」と陸。「お前が、勧めてくれなかったら、たぶん、試さなかった」
柚希が、少し驚いた顔をした。それから、にっこりと笑った。
「珍しい。陸くんが、素直にお礼言った」
「……たまには、言う」
「ふふ。今日のこと、忘れないでね」
陸は、モフを見た。もふもふの背中で、小夜が、すやすや眠っている。
忘れるわけがなかった。テイマーとして、初めて、自分の意志で仲間にした日だ。
「忘れない」と陸は言った。
ヘッドセットを外したのは、夕方だった。今日は、朝から遊んだので、まだ外は明るかった。
柚希と二人で、のんびりレベルを上げた。陸はLv.30、柚希はLv.32になった。
そして、初めて、自分の意志でテイムをした。モフ。熊くらいの、もふもふの獣だ。
「テイムって、従わせることだけじゃない」と柚希が言った。
その通りだった。モフは、命令されていない。ただ、一緒にいることを、選んでくれた。
小夜も、フェニクスも、そうだった。そして、モフも。
陸の周りには、従う者ではなく、一緒にいることを選んだ者が、集まっていた。
それが、自分のやり方なのかもしれない。
陸は、少し、嬉しかった。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
桐島陸、初の能動的テイムに成功
対象:モフラ(防御特化型・非戦闘的)
《テイム》Lv.4習得・使役者の感情が伝達
アルテのログ:
「桐島陸が、初めて、自分の意志でテイムをした
これまで、彼の神獣は
すべて、向こうから懐いてきた
彼が、テイムしたわけではなかった
職業はテイマー
それなのに、一度も
能動的にテイムをしてこなかった
理由は、彼自身が言っていた
『テイムは、従わせることだから』
だが、今日、彼はテイムした
ただし、従わせるテイムではなかった
『嫌なら、断っていい』
そう言って、相手の意志を、待った
縛る光ではなく、包む光
モフラは、自分から、近づいた
これは
テイムというより
合意だ
命令しない男は
テイムのやり方さえ
変えてしまった」
「桐島さん、テイムのやり方が、根本から違いますね」とこはるが言った。
「ああ」と三浦。「普通、テイムは、相手を強制的に支配する。だが、彼のは、相手に選ばせている」
「『嫌なら断っていい』って、テイマーが言うの、初めて見ました」
「俺もだ」三浦は、コーヒーを口に運んだ。「システム上は、同じ《テイム》スキルだ。だが、彼が使うと、まるで別物に見える」
「スキルは、同じなのに」
「使う人間で、意味が変わる。あの男の場合は、特にな」
こはるはモニターを見た。森の入り口を、もふもふの獣が、のっそりと歩いている。その背中で、小狐が、気持ちよさそうに眠っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、陸と柚希、二人だけののんびりクエスト回でした。柚希に「テイマーなのに、テイムしないの?」と言われて、陸が初めて、自分の意志でテイムに挑戦しました。相手は、熊くらいのもふもふの獣、モフ。従わせるのではなく、一緒にいることを選んでもらう。それが、陸のテイムでした。二人ともレベルが上がり、新しいスキルも覚えました。次話も続きます。
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