第43話「みんなに話す日」
第四十三話「みんなに話す日」
翌朝、コーヒーを淹れながら、昨夜のことを思い出した。タラサに会った。レベルが二つ上がった。俺だけ先に上がったのが、まだ少し気にかかっていた。
午前中、チャイムが鳴った。柚希だった。
「おにぎり持ってきた」
二人でテーブルに座る。陸はコーヒーを淹れ直した。
「昨日、結局一人でログインしたんだ?」と柚希が聞いた。
「悪い。みんなと時間が合わなかった」
「ううん、仕事ならしょうがないよ」
陸は少し迷ってから、口を開いた。
「神に会った」
柚希の手が止まった。
「……は?」
「西の水辺で。タラサ、と名乗った」
「……タラサ?」
「知っているのか」
柚希が、口を半分開けたまま、しばらく動かなかった。
「……ベータで、噂だけはあった。水の神らしい何かがいるって。でも、実際に会えた人、私が知ってる中じゃ、いなかった」
「そうなのか」
「条件もわからなかったの。だから、都市伝説みたいになってた」
柚希がおにぎりを置いた。
「陸くん、よく会えたね」
「向こうから出てきた。気まぐれな神で、自分の名前も『たぶん』と言っていた」
柚希が、ふっと噴き出した。
「神様が『たぶん』?」
「本当だ」
「……陸くんって、本当に変な人たちに気に入られるよね」
「俺は何もしていない」
「うん、いつもそう言う」
夕方、ログインすると、広場に全員がそろっていた。柚希もいる。
「悪かったな、昨日は合流できなくて」と陸が言った。
「気にすんな」と宗介が刀の柄に手を置いたまま答えた。「素材は集めてきたぞ」
「ありがとう。俺の方も、報告がある」
宗介が片眉を上げた。
「報告?」
「神に会った。タラサ。水の神だ」
広場が、しん、と静かになった。
「は?」と宗介。
「待て待て!」とハルが手を振った。「神? また? しれっと言わないでよ!」
「水の神ってことは、ノクスとイグニスの次か」と雪乃が静かに言った。
「お前、神に会いすぎだろ」と宗介が呆れた。
陸は答えなかった。柚希が補足する。
「タラサって、ベータの頃から噂だけあった神なの。会えた人、ほぼいなかったみたい」
「マジか」と大和。
「で、その神、どんなやつだったんだ」と宗介。
陸が説明する。気まぐれで、水面から出てきて、「たぶん、水の神」と名乗ったこと。
「神様の自覚薄っ!」とハルが叫んだ。
ガロードが、輪の少し外から口を開いた。
「で、加護はもらったのか」
陸が首を振った。
「今回はない。また来い、と言われただけだ」
「気まぐれな神だからな」
宗介が腕を組んだ。
「で、レベルは?」
陸がためらってから言った。
「……二つ上がった。湖龍を倒した」
「湖龍って、推奨四十だろ」
「そうだ」
「お前、それサラッと言うな」
「ガロードと小夜とフェニクスで倒した」
「俺たちより、二つ先に行ったわけか」
陸が、また少し言葉を選んだ。
「悪い」
宗介がふっと笑った。
「謝るところじゃないだろ。お前が強くなったら、《絆の共鳴》で俺たちも強くなる」
「ガロードが正しい」と雪乃。
ハルが大きく頷く。
「私たちもレベル上げよ! みんなで!」
その夜は、推奨Lv.30前後のエリアに全員で出た。
宗介の《見切り》。雪乃の《聖なる鎖》。大和の《不動の砦》と《竜王降臨》。静の《沈黙領域》。ハルの《奈落の影》。柚希の弓。
それぞれが、それぞれの動きをする。陸の《絆の共鳴》が、その間を繋いでいく。誰かが動くたびに、誰かが強くなる。連鎖が、途切れない。
ガロードは、いつものように陸の隣で戦況を見ていた。
「あいつら、また強くなった」と低く言った。
「そうだな」
「お前のおかげでもある」
「俺は何もしていない」
「またそれか」
ガロードが、ふん、と短く息を吐いた。
「お前がそこに立っているから、こいつらは安心して動ける。それも、力のうちだ」
陸は答えなかった。でも、その言葉を、頭の片隅に置いた。
その夜のクエストで、全員が二つレベルを上げた。全員Lv.27。柚希だけがLv.30のままだったが、本人は気にしていなかった。
「私はベータ分のおまけだから」と笑った。
拠点に戻り、焚き火を囲んだ。フェニクスが炎を足し、小夜が欠伸をする。
「神様って、また会えるのかな」とハルがぼんやり言った。
「タラサは『気が向いたら』だってさ」
「気まぐれすぎる」
「陸くん、これからもっといろんな神に会うかも、って言われたんだよね」と柚希。
「そう言われた」
宗介が、刀を膝に置いたまま陸を見た。
「楽しみだな、お前のこれから」
陸はしばらく炎を見ていた。
「……そうだな」
宗介がわずかに笑った。
「珍しいな。お前が、楽しみと認めるのは」
「うるさい」
ガロードがまた鼻で息を吐く。今夜の息は、いつもより少し柔らかかった。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時前だった。
タラサのことを話した。柚希も、みんなも驚いていた。レベル差も、その夜のうちに縮まった。
ガロードが「お前がそこに立っているから、こいつらは安心して動ける」と言った。その言葉が、まだ少し残っていた。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
Stray Wolves全員Lv.27到達
タラサ接触の情報がギルド内で共有
アルテのログ:
「桐島陸が、仲間にタラサのことを話した
朝倉柚希だけが
ベータで噂を聞いていた
会えた人はほぼいない神
だが、桐島陸は会えた
水の神タラサが
気まぐれに姿を見せた相手は
偶然ではないかもしれない
ガロードが言った
『お前がそこに立っているから
こいつらは安心して動ける』
これも
桐島陸の強さの一つだ
派手な力ではない
だが、確かにある力だ」
「ガロードさんが、また核心を突きましたね」とこはるが言った。
「そうだな」と三浦。
「立っているだけで、みんなが動ける、って」
「テイマーの本来の役割に、近いかもしれない」
「役割?」
「魔物使いというより、場を保つ役。神獣がそばにいて、仲間が動きやすい。そういう場を、桐島陸が作っている」
こはるはモニターを見た。拠点の焚き火の周囲に、全員のアイコンが穏やかに並んでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
陸がみんなにタラサのことを話しました。柚希もベータでは噂だけだったと驚いていました。その夜、みんなで一緒にレベル上げをして、差も縮まりました。ガロードが「お前がそこに立っているから、こいつらは安心して動ける」と言いました。次話も続きます。
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