第41話「狙う者」
翌朝、目が覚めた。
コーヒーを淹れながら、昨夜のことを思い出した。
柚希を、一緒にプレイに誘った。
夜、広場で全員に紹介した。
柚希は、まだ漆黒の絶対者に籍を置いている。だから、ギルドに入れたわけではない。一緒にプレイするだけだ。
でも、それで十分だった。
昨夜は、紹介して、少し話して、終わった。
まだ、一緒に戦ってはいない。
今夜が、初めてだ。
陸は、コーヒーを一口飲んだ。
柚希が、どんな戦い方をするのか。
少し、楽しみだった。
午前中で仕事を終わらせた。
昼すぎ、チャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。
「お昼、一緒に食べようと思って。作りすぎたから」
「ありがとう」
二人でテーブルに座った。
「昨日は、緊張した」と柚希が言った。
「そう見えなかった」
「見えないようにしてただけ。みんな、決勝で戦った相手だもん」
「でも、すぐ馴染んでいた」
「ハルさんが、話しかけてくれたから」と柚希は言った。「あの人、誰にでも壁がない人だね」
「ハルは、誰にでもそうだ」
「いい人たちだね、陸くんのギルド」
「そうだな」
柚希が、箸を置いた。
「今夜、私、ちゃんと戦えるかな」
「どうした、急に」
「みんな強いから。決勝で、思い知った。私、足を引っ張らないかな」
陸は、少し考えた。
「足を引っ張る、ということはない」
「なんで、そう言える?」
「決勝で、お前はハルの動きを読んだ。あのハルの動きを、読んだんだ。それができる人間は、そういない」
柚希が、少し驚いた顔をした。
「……見てたんだ、それ」
「見ていた。お前は、人の動きを読むのが上手い。それは、戦いで強い武器になる」
柚希が、少し笑った。
「看護師だからかな。患者さんの、ちょっとした顔の変化とか、動きとか、見るのが癖になってる」
「それだ」と陸は言った。「その癖が、ゲームでも活きる」
「そうだといいけど」
「活きる。今夜、わかる」
夕方、ログインした。
広場に全員が集まっていた。
柚希も、もう来ていた。
「今夜は、クエストに出る」と陸は言った。「柚希と一緒に動くのは、初めてだ。北の森のエリアに行く。推奨レベル30の魔物が出る」
「私、何をすればいい?」と柚希が聞いた。
「好きにしていい」と陸は言った。「俺は命令しない。お前が、自分で判断して動けばいい」
「……それ、決勝で見たやつだ」と柚希が言った。「黒崎零さんとは、真逆だね」
「そうかもしれない」
「黒崎零さんは、全部指示してくれた。どこに動け、いつ攻撃しろって。それはそれで、動きやすかった」
「俺のやり方は、最初は戸惑うかもしれない」
「ううん」と柚希は首を振った。「やってみたかったんだ。自分で考えて動くの」
「そうか」
「うん。じゃあ、行こう」
北の森のエリアに入った。
ガロードが前を歩き、覇気で魔物を遠ざけている。
柚希が、その様子を見ていた。
「ガロードさんの覇気、すごいね。魔物が逃げてく」
「常に出ている」と陸は言った。
「あの剣、新しいやつだ」と柚希が言った。「前のと違う」
陸は、少し驚いた。
「よく気づいたな」
「だって、前のは柄に傷があった。今のは綺麗。それに、鞘の形も違う」
「……本当に、よく見ているな」
「癖だって言ったでしょ」と柚希は笑った。
しばらく進むと、幻視に気配が引っかかった。
「前方に魔物。五体だ」と陸は言った。「岩狼。推奨レベル30。三体が前、二体が後ろに回ろうとしている」
「後ろに回るの、わかるの?」と柚希が聞いた。
「《幻視》Lv.3だ。次の動きが読める」
「すごい。私のは、見えてるものを読むだけ。陸くんのは、これから起きることが見える」
「種類が違うだけだ」と陸は言った。「お前の読みも、十分すごい」
岩狼が動いた。
三体が前から突進してきた。
「大和、前を受けてくれ」と陸は言った。
「任せろ」と大和が《竜騎士の覚醒》を発動した。
その時、柚希が動いた。
背中から、弓を取り出した。
長い、黒い弓だ。
矢をつがえた。
陸は、それを見て、少し意外に思った。
柚希の職業は、弓使いだったのか。
柚希が、後ろに回ろうとしている二体を見た。
弓を引いた。
引きながら、二体の動きを、じっと見ていた。
撃たなかった。
まだ、撃たなかった。
二体が、回り込もうとして、横に動いた。
その瞬間、柚希が矢を放った。
ヒュンッ、と鋭い音が鳴った。
矢が、一体目の岩狼の動く先に、正確に飛んだ。
岩狼が、自分から矢に向かって動いた形になった。
矢が、岩狼の眉間に刺さった。
一撃だった。
岩狼が倒れた。
「動く先を、読んだのか」と陸は言った。
「うん」と柚希は、もう一本矢をつがえながら言った。「狼って、回り込むとき、必ず一回横に跳ねるの。その跳ねる先に、撃った」
二体目が動いた。
横に跳ねた。
柚希の矢が、その跳ねた先で待っていた。
二撃目も、一撃だった。
「……お前」と宗介が、前を見ながら言った。「とんでもない狙撃手だな」
「狙撃手っていう職業なんだ、これ」と柚希が言った。「ベータのとき、たまたま選んだだけだけど」
「たまたまでそれか」
「動きを読むのは、得意だから」
「レベルはいくつなんだ」と宗介が聞いた。
「30」と柚希が答えた。「ベータのときに覚えたこと、全部頭に入ってるから。効率のいい上げ方を知ってただけ」
「俺たちより上か」と大和が言った。
「でも、神獣もガロードさんもいないでしょ、私」と柚希は言った。「陸くんのギルドは、レベルの数字じゃ測れないよ。Lv.60を一撃で倒すような人たちだもん」
「それは、俺たちじゃなくてガロードだ」と宗介が言った。
「そのガロードさんが隣にいる時点で、もう普通じゃないってこと」
前の三体を、大和が受け止めていた。
宗介が踏み込んだ。《見切り》で岩狼の攻撃をかわして、《神域斬》を放った。
一体が倒れた。
その瞬間、《絆の共鳴》が動いた。
宗介が行動したことで、柚希のステータスが、一時的に上昇した。
柚希が、それを感じた。
「……今、何か来た」と柚希が言った。「体が、軽くなった」
「《絆の共鳴》だ」と陸は言った。「仲間が動くと、他の仲間が強くなる。今、宗介が動いたから、お前が強化された」
「これ、すごい」と柚希が言った。「弓の引きが、速くなった」
柚希が、残りの岩狼に向かって、続けて二本撃った。
強化された分、矢が速かった。
二本とも、岩狼の動く先に正確に刺さった。
残りの二体が倒れた。
五体、全滅した。
クエスト完了
全員ダメージなし
「柚希、すごいじゃないか」とハルが駆け寄った。
「そんなことないよ」
「あるよ! 動く先に撃つの、かっこよかった!」
「ありがとう」と柚希は、少し照れた。
陸は、その様子を見ていた。
柚希が、馴染んでいた。
決勝で敵だった相手と、今は一緒に笑っている。
「柚希」と陸は言った。
「何?」
「お前の読みと、《絆の共鳴》は、相性がいい」
「そう?」
「仲間が動くたびに、お前が強くなる。お前は、仲間の動きを見て、合わせて動ける。だから、連鎖が途切れない」
柚希が、少し考えた。
「……つまり、私が入ると、みんなの連鎖がもっと滑らかになる?」
「そうだ」
「それ、嬉しいな」と柚希は言った。「足を引っ張るどころか、役に立てる」
「足を引っ張る、なんて、最初から思っていない」
「うん」と柚希は笑った。「わかった」
拠点に戻った。
焚き火の前に全員で座った。
柚希も、輪の中に座った。
少し遠慮がちに、でも、ちゃんと輪の中に。
「柚希さん、弓どこで覚えたの」とハルが聞いた。
「ベータのとき、ずっと弓使ってたから」
「やっぱりベータtesterずるい」
「ずるくないってば」と柚希は笑った。
宗介が、柚希を見た。
「お前、漆黒の絶対者では、どう戦ってたんだ」
柚希が、少し間を置いた。
「黒崎零さんの指示通りに動いてた。どこに撃て、いつ撃てって。それで、ちゃんと当たってた」
「今日と、どっちがいい」と宗介が聞いた。
柚希が、しばらく考えた。
「今日の方が、楽しい」と柚希は言った。「指示通りに撃つのも、当たるんだけどね。今日は、自分で動く先を選んで撃った。当たったとき、自分でやったって感じがした」
陸は、その言葉を聞いていた。
何も言わなかった。
でも、それが、自分のやり方の答えのような気がした。
ガロードが、静かに言った。
「自分で選んだものは、自分のものになる」
柚希が、ガロードを見た。
「それ、いい言葉ですね」
「昔、誰かに言われた」とガロードは言った。「いや、誰かに、思い知らされた」
陸は、ガロードを見た。
ガロードは、それ以上、言わなかった。
でも、焚き火を見る目が、少し穏やかだった。
フェニクスが焚き火に炎を足した。
小夜が欠伸をした。
柚希が、その小夜を見た。
「小夜ちゃん、近くで見ると、本当に可愛いね」
小夜が、柚希を見た。
少し、首をかしげた。
それから、また欠伸をした。
「警戒されてないみたい」と柚希が、嬉しそうに言った。
「小夜が警戒しないなら、いいやつだということだ」と陸は言った。
「小夜ちゃんに認められた」と柚希は笑った。
焚き火が、静かに揺れていた。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜は、初めて柚希と一緒に戦った。
柚希は、狙撃手だった。
動く先を読んで撃つ。一撃で、岩狼を倒した。
《絆の共鳴》と相性がよかった。柚希が入ると、連鎖が滑らかになった。
「今日の方が、楽しい」と柚希は言った。
「自分で動く先を選んで撃った。当たったとき、自分でやったって感じがした」
その言葉が、少し頭に残った。
自分で選んだものは、自分のものになる。
ガロードも、そう言っていた。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
本日の記録
朝倉柚希、Stray Wolvesと初の合同戦闘
職業:狙撃手
敵の移動先を予測して射撃・全弾命中
アルテのログ:
「朝倉柚希が、初めて一緒に戦った
狙撃手だった
敵の動く先を読んで、撃つ
黒崎零のもとでは
指示通りに撃っていた
それでも、当たっていた
でも今日は
自分で動く先を選んで撃った
そして言った
『今日の方が、楽しい』
指示で当てる的中と
自分で選んで当てる的中は
同じ結果でも
意味が違う
桐島陸のそばで
また一人
自分で選ぶ人間が
増えた」
「柚希さんが、楽しいって言いましたね」とこはるが言った。
「言った」と三浦。
「同じ的中でも、自分で選んだ方が楽しいって」
「そうだ」
「黒崎零さんのところでは、指示通りだった」
「指示通りでも、当たる。結果は同じだ」と三浦は言った。「でも、自分で選んだ方が、楽しい。それが、桐島陸のギルドの空気だ」
こはるはモニターを見た。
拠点の焚き火の周囲に、また一人、アイコンが増えていた。
朝倉柚希のアイコンだ。
少し遠慮がちに、でも、ちゃんと輪の中にいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
柚希と初めて一緒に戦いました。柚希は狙撃手で、敵の動く先を読んで撃つ戦い方でした。《絆の共鳴》とも相性がよく、連鎖が滑らかになりました。「指示通りに当てるより、自分で選んで当てる方が楽しい」と柚希は言いました。同じ的中でも、意味が違う。それが、このギルドの空気なのかもしれません。次話も続きます。
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