第37話「次の剣」
翌朝、目が覚めてコーヒーを淹れながら、今夜のことを考えた。
ガロードが「明日武器屋に行く」と言った。
武器屋は広場の東にある。
今夜は全員で行くのか、それともガロードと二人で行くのか。
陸は少し考えた。
全員で行く方が、いいかもしれない。
ガロードが剣を選ぶ場面を、全員に見せたい、というわけではない。
ただ、全員でいた方が、その後の流れが自然だ。
そう思った。
仕事を午前中で終わらせた。
チャイムが鳴った。
今日は来ない日のはずだった。
開けると、柚希がいた。
「ごめん、なんか来たくなった」
「そうか。入れ」
コーヒーを淹れた。
「今夜、ガロードが剣を買いに行く」と陸は言った。
「え、そうなの」
「昨夜、剣が折れた。《皇剣》を使った後に二つに割れた。今日、新しいのを選ぶ」
「《皇剣》って一回使ったら剣が折れるの?」
「全ての力を一点に集中させるスキルだ。普通の剣には負荷が大きすぎた」
柚希はしばらく考えた。
「じゃあ、Lv.60を倒すために剣が折れたってこと?」
「そうだ」
「……それ、かっこいいね」
「そうだな」
「次の剣は、どんなのを選ぶんだろうね」
「わからない。でも、ガロードが選ぶものだ。それでいい」
柚希がコーヒーを一口飲んだ。「全員で行くの?」
「全員で行こうと思っている」
「なんで」
「あの剣は、全員のために使った剣だ。前の剣が折れるまで戦った場面を、全員が見ていた。だから、次の剣を選ぶ場面も、全員で見ていたい」
柚希が少し黙った。
「……陸くんって、そういうとこあるよね」
「どういうとこだ」
「大事な場面を、ちゃんと全員でいようとする」
「そうかもしれない」
「うらやましいな、そういうの」と柚希は言った。
声が少し小さかった。
陸は何も言わなかった。
でも、コーヒーをもう一口飲んだ。
夕方、ログインした。
広場に全員が集まっていた。
「今夜は武器屋に行く」と陸は言った。「ガロードが剣を選ぶ。全員で行く」
「全員で?」と宗介が言った。「武器屋に全員で行くのか」
「そうだ」
「なんで全員で」
「あの剣は、俺たちのために使った剣だ。《皇剣》を使って折れた。その剣を選んだ場所と同じ武器屋で、次の剣を選ぶ。それを全員で見ていたい」
宗介が少し黙った。
「……そういうことか」
「嫌なら来なくていい」
「嫌じゃない。俺も行く」と宗介は言った。
「俺も」と大和が言った。
「私も」と雪乃が言った。
「行く!」とハルが言った。
ガロードが、折れた剣の柄を腰に挿したまま、全員の前に立った。
「全員で来るのか」
「そうだ」と陸は言った。
ガロードは少し間を置いた。
「……そうか」
「嫌か」
「嫌ではない」
「なら行こう」
「行くぞ」
武器屋は広場の東にあった。
前回来た日のことを、陸は覚えていた。
ガロードが「久しぶりだ」と言って、鞘から抜いた瞬間、店主が半歩後退した日だ。
今夜も同じ店主がいた。
全員が入ってきたのを見て、店主が少し目を丸くした。
「いらっしゃいませ……」
ガロードが前に出た。
「剣を選びたい」
「かしこまりました。前回と同じような品を」
「いや」とガロードは言った。「今回は少し違うものを見たい」
「どのような」
ガロードが少し考えた。
「長く使えるものだ。前の剣は折れた。よく使い切った。次は、もう少し長持ちするものがいい」
店主がうなずいた。
「少々お待ちください」
奥に入った。しばらくして、何振りかを持って来た。
カウンターに並べた。
ガロードが一本ずつ手に取った。
重さを確かめた。鞘から少し抜いて、刃を確認した。また収めた。
全員が、黙って見ていた。
大和が、宗介の肘を軽く突いた。
宗介が、小声で「静かにしろ」と言った。
ハルが、そっとガロードの手元を見ていた。
三本目を手に取った。
ガロードの手が止まった。
重さを確かめた。刃を確かめた。
鞘に収めた。
「これにする」
「かしこまりました」
支払いを済ませた。
外に出た。
ガロードが、新しい剣を腰に挿した。
折れた剣の柄と、新しい剣が、並んでいた。
「どんな感じだ」と宗介が聞いた。
「……まだわからない」とガロードは言った。「使ってみないとわからない」
「そうだな」
「でも」
「でも?」
「重さが、悪くない」
宗介が少し笑った。「それはよかった」
陸は、その場面を見ていた。
何も言わなかった。
言う必要がなかった。
夜のクエストに出た。
エデルハイムの北の狩場だ。
推奨Lv.30の魔物が密集しているエリアだ。
幻視で前方を確認した。
「前方に八体。三つのグループに分かれている」
「《幻視》Lv.3か」と宗介が言った。「敵の次の行動も読めるのか」
「試してみる」
陸は《幻視》Lv.3を全力で使った。
八体の魔物の気配が見えた。
さらに、それぞれの動きの「予兆」が見えた。
先頭の一体が、右に動こうとしていた。
その一秒後に、左の一体が突進しようとしていた。
「先頭が右に動く。一秒後に左の一体が突進してくる。ハル、左の影を今のうちに踏め」
「わかった」
ハルが動いた。
一秒後、左の一体が突進してきた。
影を踏まれていた。《影縫い》が発動した。
突進が止まった。
「……読んでた」とハルが言った。
「そうだ。Lv.3になってから、次の動きが見えるようになった」
「それ、ずるい」
「そうかもしれない」
宗介が踏み込んだ。《見切り》が発動した。
先頭の一体の攻撃を、完全に見切った。
無傷でかわして、《神域斬》を放った。
音が消えた。
先頭が倒れた。
その瞬間、《絆の共鳴》が動いた。
宗介が行動したことで、大和のステータスが一時的に上昇した。
大和が前に出た。《不動の砦》を発動しながら突進した。
5秒間の無敵状態で、残りの群れに突っ込んだ。
大和が行動したことで、静のステータスが上昇した。
静が《時空遅延》を放った。
残りの群れの動きが、一気に遅くなった。
静が行動したことで、ハルのステータスが上昇した。
ハルが《影の分身》を出した。
3体の分身が、遅くなった魔物の周囲を囲んだ。
魔物が混乱した。どれが本体かわからなくなった。
ハルが行動したことで、雪乃のステータスが上昇した。
雪乃の《完全回復》の効果範囲が広がった。
全員のHPが回復した。
雪乃が行動したことで、宗介のステータスがさらに上昇した。
「……全員が繋がってる」と宗介が言った。戦闘中に言った。
「そうだ」と陸は言った。「《絆の共鳴》だ」
「命令していないのに、全員が強化し合っている」
「そうだ」
「……本当に、お前らしいスキルだな」
八体が、二分かからずに全員倒れた。
クエスト完了
全員ダメージなし
「《絆の共鳴》、思ったより強い」と大和が言った。
「そうだ。全員が動くたびに、他の全員が強くなる。命令しなくても、各自が動けば自然に繋がっていく」
「これって、陸くんのギルドにしか使えないスキルじゃないか」と雪乃が言った。
「なぜだ」
「命令で動くギルドだと、自分で判断して動く場面が少ないから、《絆の共鳴》が発動する回数も少なくなる」
「そうかもしれない」
全員が拠点に向かい始めた。
その時、陸は少し立ち止まった。
「廃坑の方向を確認してから帰る。幻視でシィラの気配を確かめたい」
「全員でか」と宗介が聞いた。
「いや。先に戻っていてくれ。すぐ行く」
「ガロードは?」
「一緒に来る」とガロードが言った。
全員が拠点に戻った。
陸とガロードだけが、廃坑の方向に向かった。
廃坑の入り口付近まで来た。
幻視でシィラの気配を確認した。
いる。奥の方だ。今夜は入り口から遠い。
「今日は会わない方がいいな」と陸は言った。「深い場所にいる」
「そうか」
踵を返した。
その瞬間、幻視に気配が引っかかった。
「来る」と陸は言った。
「どこだ」
「右の岩場だ。推奨Lv.35の一体。こちらに向かっている」
ガロードが前に出た。
新しい剣を抜いた。
鞘から刀身が出た瞬間、金属の音が夜の空気を切った。
先ほどの武器屋では出なかった音だ。
戦う場所で抜いた刃の音だ。
魔物が岩場から飛び出してきた。
四肢が太く、爪が長い。推奨Lv.35の上位種だ。
ガロードが動いた。
一歩前に踏み込んだ。
剣を握る手が、自然に定まった。
魔物が爪を振り下ろした瞬間、ガロードは体を横にずらして流した。
剣が、魔物の側面を走った。
ズバッ、と鋭い音が響いた。
前の剣とは違う音だった。
重くて重厚な音ではなく、速くて鋭い音だ。
魔物が後退した。
ガロードが追った。
もう一歩踏み込んで、剣を振り抜いた。
魔物が倒れた。
所要時間、六秒だった。
ガロードが剣を鞘に収めた。
陸は、その場面を見ていた。
「どうだ」と陸は聞いた。
ガロードが、新しい剣の柄に手を置いたまま、少し間を置いた。
「……速い」
「前の剣より?」
「前の剣は重かった。体に馴染んでいた。この剣は軽い。動きが変わる」
「いい方向に変わっているのか」
「まだわからない」とガロードは言った。「今夜初めて使った。六秒で終わった。でも、それだけではわからない」
「そうだな。一度使っただけじゃわからない」
「剣というのは、長く使って初めてわかるものだ。手に馴染むまで時間がかかる」
「前の剣も、そうだったのか」
ガロードが少し考えた。
「前の剣は、武器屋で選んだ日から、すぐに使った。廃坑で魔物と戦った。あの剣が馴染んだのは、使い続けたからだ」
「この剣も、使い続けるのか」
「そうだ」とガロードは言った。「それしかない」
陸は少し間を置いた。
「前の剣で《皇剣》を使えた。この剣でも、いつか使えるか」
ガロードは、その言葉をしばらく頭の中に置いているようだった。
すぐには答えなかった。
夜の風が、木々を揺らした。
「わからない」とガロードはやがて言った。「《皇剣》は、主の隣でしか発動しない。剣の問題ではなく、俺の問題だ」
「俺の隣で、ということか」
「そうだ。お前の隣で、前の剣で使えた。次は、この剣で使えるかどうか。それはまだ、わからない」
「でも」と陸は言った。
「でも?」
「試してみないとわからない」
ガロードが、陸を見た。
少し間があった。
「……そうだな」
二人で拠点に向かった。
夜の道を、並んで歩いた。
前の剣の柄が腰に揺れて、新しい剣の柄もその隣で揺れていた。
拠点に戻った。
焚き火の前に全員で座った。
ガロードがいつもの場所に座った。
新しい剣を腰に挿したまま、焚き火を見ていた。
「新しい剣はどうだった」とハルが聞いた。
「悪くない」とガロードは言った。
「感触的に?」
「そうだ。推奨Lv.35でも問題なかった。」
「どんな感触だ?」と宗介が言った。
「速い。前の剣より軽い。動きが変わる」
「いい意味で?」
「まだわからない。一度使っただけだ。でも」
「でも?」
「悪くなかった」
宗介が少し笑った。「それ、ガロード的に良い評価だな」
「そうか」
「うん。悪くないって言ったら、ガロード的には相当いいってことだと思う」
ガロードは何も言わなかった。
でも、新しい剣の柄を、静かに触った。
「そうだな」
ガロードが、腰の折れた剣の柄に、少し手を触れた。
「前の剣は」とガロードが言った。
全員が、ガロードを見た。
「折れたが、よく使い切った」
「そうだな」と陸は言った。
「次の剣で、また使い切れるかどうかはわからない」
「そうかもしれない」
「でも」とガロードは言った。「重さが悪くない。それで十分だ」
宗介が少し笑った。「ガロードって、そういう言い方をするな」
「どういう意味だ」
「悪くない、十分だ、って。そこまで褒めないけど、認めてる感じの言い方」
「……そうか」
「そうだよ。お前が『いい』って言ったら、よっぽどだと思う」
ガロードは何も言わなかった。
でも、新しい剣の柄を、静かに触った。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜は充実していた。
ガロードが新しい剣を選んだ。「重さが悪くない」と言った。
《幻視》Lv.3で敵の次の動きが読めた。
《絆の共鳴》で全員が繋がって動いた。
ガロードが「全員の気配が繋がっていた」と言った。
命令しなかった。急かさなかった。見ていた。
それだけで、今夜も前に進んだ。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
本日の記録
ガロードが新しい剣を選んだ
「重さが悪くない」と言った
《絆の共鳴》初の本格発動
全員が自発的に行動したことで連鎖が起きた
アルテのログ:
「ガロードが新しい剣を選んだ
前の剣の柄は
まだ腰に挿したままだ
捨てなかった
新しい剣と
折れた剣の柄が
並んでいた
それを見て
私は少し
理解した気がした
前の剣で
できたことがある
だから
次の剣でも
できることがある
桐島陸が
そういう場を作っている
命令しない
急かさない
見ている
それだけで
また今夜
全員が前に進んだ」
「ガロードが剣の柄を捨てなかった」とこはるが言った。
「そうだな」と三浦。
「前の剣で《皇剣》を使えたから、捨てられないんですね」
「そうだ」
「新しい剣では、何が起きるんでしょうね」
三浦はコーヒーを飲んだ。「それは、見てのお楽しみだ」
こはるはモニターを見た。
拠点の焚き火の周囲に、全員のアイコンが並んでいた。
ガロードのアイコンの腰に、二本のものが並んでいた。
新しい剣と、折れた剣の柄だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ガロードが新しい剣を選びました。「重さが悪くない」と言いました。《絆の共鳴》が初めて本格的に発動して、全員が繋がって動く場面を見せられました。折れた剣の柄は、まだ腰に挿されています。次話も続きます。
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