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『戦闘力ゼロのテイマー、なぜか神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になってた』~ハズレ職だと笑われた俺、神獣を仲間にしてしまった件~  作者: 赤ん坊


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第32話「好きにしろ、と彼女は言った」

決勝の時間になった。


観客席が、準決勝より明らかに多かった。


闘技場の周囲に人が溢れていた。立ち見の観客まで出ている。


噂が広まったらしい。テイマーが一歩も動かずに勝ち続けている、という噂が。


「Stray Wolves、入場してください」


フィールドに入った。


陸・宗介・雪乃・大和・ハル。


陸の肩に小夜がいる。フェニクスもいる。


観客席からざわめきが起きた。


「あのテイマーだ」「また肩に何かいる」


陸はそのざわめきを聞いていなかった。


幻視を使った。


対戦相手を確認した。


黒崎零。Lv.35。部下が四人。


そして、五人目。


レベルが読めなかった。


でも、プレイヤー名は見えた。



朝倉柚希



「……隣の人間だ」と陸は言った。


「は?」と宗介が止まった。


「俺の隣の部屋に住んでいる人間が、対戦相手のギルドにいる」


全員が数秒間固まった。


「…………は?」と宗介が言った。


「は?」と大和が言った。


「……は?」と雪乃が静かに言った。


「はあああ!?」とハルが叫んだ。


「静かにしろ」と陸は言った。


「静かにできないよ!! 隣の人ってどういうこと!?」


「わからない。でも、普通に戦う」


「普通に!? 隣の人と!?」


「試合だ」



「漆黒の絶対者、入場してください」


黒崎零が入ってきた。


黒い外套。鋭い目。表情がない。


部下が四人。


最後に柚希が入ってきた。


ゲーム内の装備を纏っていた。でも、歩き方は陸が知っている歩き方だった。


柚希が陸を見た。


陸が柚希を見た。


一瞬だけ、視線が合った。


柚希が前を向いた。



「決勝、開始」


アナウンスが響いた。


黒崎零が口を開いた。


「前衛三人、正面から押し込め。後衛は遠距離から削る。タイミングは俺の合図に合わせろ。柚希、左の牽制を頼む」


命令が飛んだ。


部下が一斉に動いた。


無駄がない。全員の動きが揃っている。まるで一つの生き物のようだ。


「大和、受けてくれ」と陸は言った。


「任せろ」と大和が《竜騎士の覚醒》を発動した。全身に竜の鎧が纏わりついた。


前衛三人がぶつかってきた。


ガァン、と重い音が響いた。


大和が二歩後退した。「重い!」


「雪乃、大和のHPを」


「やってる」


「ハル、後衛に回れ」


「行く」


ハルが《気配遮断》Lv.2で消えた。


後衛に回り込もうとした瞬間、柚希が動いた。


ハルが消えた方向に、正確に向いた。


「そこ」と柚希が言った。


短い一言で、後衛が警戒した。


ハルが出てきた場所に、部下が待っていた。


「……読まれた」とハルが言った。


「戻ってくれ」と陸は言った。


陸は柚希を見た。


柚希は、前を向いていた。


黒崎零の命令を待っていない。


自分で判断して動いている。


黒崎零のギルドの中で、柚希だけが違う動き方をしていた。



「宗介、黒崎零本人を狙ってくれ」


「前衛を突破しないといけないが」


「小夜を使う」


陸の肩の小夜が、すでに動いていた。


命令していなかった。


小夜は前衛三人を静かに見た。目が細くなった。


恐怖デバフが走った。


前衛三人の動きが鈍くなった。


「今だ」


宗介が踏み込んだ。前衛の隙間を、音もなく通り抜けた。


《神域斬》。音が消えた。


黒崎零に向かって十連撃が刻まれた。


黒崎零が剣で受けた。全部は受けられなかった。三撃が入った。


HPが大きく削れた。


「……面白い」と黒崎零が言った。初めて表情が動いた。


「全員、テイマーを集中攻撃しろ」


命令が変わった。


部下全員が陸に向かって動いた。


「雪乃、今だ」


「《神の加護》」


光が広がった。全員を包む白い膜が展開された。


無敵状態。5秒。


「散れ。各自で動け」


宗介が黒崎零に向かった。


ハルが後衛に回り込んだ。《影縫い》。後衛の魔法使いが固まった。叩いた。戦線離脱した。


大和が前衛を押し込んだ。弾き出した。戦線離脱した。


5秒が終わった。


黒崎零の部下が次々と倒れていく中で、柚希は動いていた。


宗介を止めていた。


一人で宗介の動きに対応していた。


「柚希、右を」と黒崎零が命令した。


柚希は右に動いた。


「柚希、前衛の援護を」


柚希は前衛に向かった。


「柚希、テイマーを」


柚希は陸に向かいかけた。


そして、止まった。


「柚希」と黒崎零が言った。「何をしている」


柚希は動かなかった。


陸を見ていた。


小夜を見ていた。


フェニクスを見ていた。


「……好きにしろ」


柚希がそう言った。


観客席が、静かになった。


黒崎零が、固まった。


初めて、命令が届かなかった。


陸だけが、少し目を細めた。


戦闘は続いていた。


でも柚希は、黒崎零の命令を聞かなくなっていた。


自分の判断で動いていた。


宗介の《神域斬》を剣で受けた。


ハルの《影縫い》をギリギリで躱した。


でも、攻撃しなかった。


守るだけだった。


「柚希、反撃しろ」と黒崎零が言った。


柚希は答えなかった。陸を見ていた。


その間に、宗介とハルと大和が動いていた。


雪乃の《神の加護》の5秒の間に散った全員が、それぞれの判断で動き続けていた。


宗介の《神域斬》が部下の前衛一人を弾き出した。


ハルが影の中を移動して、後衛の背後に出た。《影縫い》で固めて、叩いた。戦線離脱した。


大和が残りの前衛を《竜騎士の覚醒》の体当たりで押し出した。


三人が、ほぼ同時に戦線離脱した。


フィールドには、黒崎零と柚希だけが残っていた。


「……見てるじゃん」と柚希が言った。ぽつりと、独り言のように。


「何を見ている」と黒崎零が言った。


「陸くんが、指示を出してないのに全員動いてる。それ、ずっと見たかったんだよね」


「今はそういう場合では」


「好きにしろ」


黒崎零がまた固まった。


その隙を、ハルが見逃さなかった。


柚希の影に向かって踏み込んだ。


《影縫い》が発動した。


柚希の足が光る影に縫い留められた。


「あ」と柚希が言った。


動けなくなった。


足元を見た。それから陸を見た。


「参った、ね」


いつもの、さらっとした言い方だった。


剣を下ろした。


その瞬間、ゲームシステムが戦線離脱を検知した。


影縫いが解除された。柚希の足が自由になった。


柚希は陸のそばを通りながら、ゆっくりとフィールドの外に向かって歩いた。


歩きながら、陸に話しかけた。


「命令してないじゃん、やっぱり」


「そうだ」


「小夜ちゃんも、フェニクスも、ね」


「そうだ」


「やっぱりそういうものなんだね」と柚希は言った。「前から思ってたけど」


「前から?」


「どうかな」


「……ベータテスターだったのか」


柚希が少し笑った。「どうかな」


「どうかな、ということは」


「どうかな」


フィールドの境界線を越えた。


一歩踏み出した先が、もうフィールドの外だった。


そこで一度だけ振り返った。


「強かったよ、陸くん」


それだけ言って、消えた。



残ったのは、黒崎零一人だった。


HPは半分以下だ。


それでも、剣を下ろしていなかった。


黒崎零が、陸を見た。


「続ける」と黒崎零は言った。自分から言った。


宗介とハルが前に出た。


黒崎零が踏み込んだ。


剣を真っ直ぐに構えて、宗介に向かった。


《神域斬》と剣がぶつかった。


火花が散った。黒崎零の剣がはじかれなかった。Lv.35の力が、宗介の一撃を受け止めた。


「硬い」と宗介が言った。


「当たり前だ」と黒崎零が言った。


ハルが背後に回った。《気配遮断》Lv.2で消えた。


黒崎零が振り返った。気配がなくても、足音の反響で位置を読んでいた。


「読まれてる」とハルが出てきた。


「一人で全員を読んでいる」と陸は言った。「凄い」


「褒めても遅い」と黒崎零が言った。


「褒めた。でも」


「でも?」


「一人で全員を見続けることには、限界がある」


黒崎零の目が、少し動いた。


宗介が右から来た。ハルが左から来た。大和が正面から来た。


三方向から同時に。


黒崎零が三方向に対応しようとした。


その瞬間、陸の肩のフェニクスが動いた。


命令していなかった。


何も言っていなかった。


フェニクスが飛んだ。


陸の肩から、黒崎零に向かって、一直線に。


黒崎零が上を向いた。


「上からも来るのか」


剣を構えた。


炎を纏った小さな体が、剣に向かって突っ込んだ。


直前で、《炎翼》が解放された。


手のひらサイズの体が、瞬時に巨大になった。


翼が広がった。


空が赤くなった。


炎が膨らんだ。


フィールド全体が、赤く染まった。


観客席が、完全に静かになった。


黒崎零の剣が、炎の圧に押された。


一歩。二歩。三歩。


フィールドの端まで押し込まれた。


フィールドの外に出た。


戦線離脱した。



決勝終了

Stray Wolves 勝利


第一回エデルハイム・ギルドバトル大会

優勝:Stray Wolves



観客席が静かになった。


それから、一人が言った。


「……終わった?」


「テイマーが、また一歩も動かなかった」


「あの小さい鳥が、最後に大きくなった」


「命令していたのか」


「していなかった。使役者が何も言わなかった」


「命令なしで動いて、Lv.35を押し切った」


「……何なんだ、あれは」


ざわめきが広がった。


そのざわめきの中で、黒崎零がフィールドの外から陸を見た。


「命令したのか」と黒崎零が言った。


「していない」と陸は答えた。


「……そうか」


黒崎零はそれだけ言って、踵を返した。


でも、今日の黒崎零の歩き方は、これまでと違った。


まっすぐではなかった。


何かを考えながら、歩いていた。


フィールドの外で、ガロードが腕を組んで立っていた。


「見ていた」とガロードが言った。


「そうか」


「フェニクスが動いたとき、何も言わなかった」


「言わなかった」


「……それでいい」


静が横に立っていた。


「よかった」と静が言った。


「ありがとう」


ハルが陸に走り寄った。


「優勝!!!優勝したよ!!!!」


「そうだな」


「もっと喜んでよ!!」


「喜んでいる」


「顔が変わってないじゃないか!!」


「これが喜んでいる顔だ」


「……陸くんって、本当に表情が少ないな」


宗介が刀を収めながら言った。


「柚希さんが『好きにしろ』って言ったとき、驚いたな」


「そうだな」と陸は言った。


「あれ、お前がよく言う言葉じゃないか」


「そうだ」


「……なんで柚希さんがあの言葉を使ったんだ」


陸は少し考えた。


「わからない。でも」


「でも?」


「あの言葉を選んだ理由が、いつかわかるかもしれない」



優勝賞品が届いた。



称号「エデルハイムの最強」取得

プレイヤーネームの上に常時表示されます


ゲーム内通貨:1,000,000ゴールド獲得


拠点強化素材セット受け取り完了

(拠点Lv.3への強化が可能になりました)


限定武器「覇者の証」受け取り完了



「百万ゴールド」と宗介がメニューを見て言った。「これは、すごい」


「通常クエスト約二千本分だ」


「……お前、それをさらっと言うな」


「拠点がLv.3にできる」


「今日は本当に色々あった」と宗介が言った。


「そうだな」


「優勝した。フェニクスが本気を出した。柚希さんが対戦相手だった。黒崎零が負けた」


「そうだ」


「お前は一歩も動かなかったな」


「方針を伝えた。あとは全員を信じた。それだけだ」


「……それだけで優勝するのか」


「お前たちが動いたから優勝した。俺だけじゃ何もできない」


宗介は少し間を置いた。


「……珍しいな、お前がそういうことを言うの」


「事実だ」


「まあ、そうだな」と宗介は言った。「全員で勝った」


炎が揺れた。


闘技場の外から、夕焼けの光が入ってきた。


大会が終わった。



ヘッドセットを外したのは、夜の八時すぎだった。


今日は長かった。


一回戦。準決勝。決勝。


全部勝った。


俺がしたのは、見ることと、信じることだけだった。


全員が動いた。小夜が動いた。フェニクスが動いた。


柚希が「好きにしろ」と言った。


フェニクスが黒崎零を押し切った。


「命令したのか」「していない」


黒崎零は「そうか」と言って歩いていった。


あの歩き方が、少し気になった。


陸は眠った。



開発室で、三浦がモニターを見ていた。



大会記録


第一回エデルハイム・ギルドバトル大会

優勝:Stray Wolves


特記事項:

柚希(漆黒の絶対者)が

黒崎零の命令を拒否した

「好きにしろ」と言った


フェニクスが命令なしで《炎翼》を解放した

黒崎零を押し切って戦線離脱させた


アルテのログ:

「柚希が『好きにしろ』と言った


黒崎零の命令系統が

初めて崩れた瞬間だ


その言葉を選んだ理由は

まだわからない


でも


桐島陸も同じ言葉を使う


シィラも使う

イグニスも使う


この物語に出てくる者が

少しずつ

その言葉を使い始めている


『好きにしろ』は

突き放す言葉ではなく

信頼する言葉だ


私は今

そう理解している」



「アルテが理解した」とこはるが言った。


「した」と三浦。


「『好きにしろ』が信頼する言葉だって」


「そうだ」


「最初は突き放す言葉だったのに」


「変わった。言葉は、使う人間によって変わる」


こはるはモニターを見た。


闘技場の外で、黒崎零が一人で歩いていた。


まっすぐではなかった。


何かを考えながら、歩いていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


柚希が「好きにしろ」と言いました。フェニクスが黒崎零を押し切りました。「命令したのか」「していない」「そうか」。黒崎零の歩き方が、いつもと違っていました。次話では、今日の大会の余韻と、これから動き出す展開が始まります。


続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、明日も書き続けられます。感想も一言でも届くと、とても励みになります。

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