第26話「剣を、久しぶりに持った」
昨日みんなと話し合って今日は朝からみんなでログインすることになっている。
朝起きてすぐにログインした。
広場に向かうと、いつもと空気が違った。
プレイヤーが集まっている。掲示板の前だ。
何かが貼られている。
緊急通達
エデルハイム周辺エリアにて
魔物の活動が急激に活発化しています
推奨レベルを超える個体の出現を確認
単独行動は推奨しません
パーティでの行動を強く推奨します
期間:不明
原因:調査中
「なんだ、これ」と宗介が隣に来た。いつの間にか全員が集まっていた。
「魔物が活発化している。原因はまだわからない」
「推奨レベルを超える個体が出てるのか」と大和が掲示板を見た。
「そうだ。昨夜より今朝の方が報告が増えている」
「どうする」と雪乃が静かに聞いた。
「慎重に動く。いつも以上にハルの索敵を優先する。単独行動は禁止だ」
全員が頷いた。
そのとき、ガロードが掲示板を見たまま言った。
「お前は今日、どこに行くつもりだ」
「北の山岳エリアだ。フェニクスが昨夜から落ち着かない。何かがある気がする」
「ギルドは全員来るのか」
「今日は別のクエストを頼みたい。活発化した魔物の情報収集だ。俺は山岳エリアを確認してくる」
「一人でか」と宗介が眉を上げた。
「ガロードがいる」
「ガロードは戦えないだろ」
ガロードが、掲示板から視線を外した。
「……剣があれば、戦える」
全員が、ガロードを見た。
「剣があれば」と宗介が繰り返した。「今、剣は持っていないのか」
「持っていない。長い間、必要がなかった」
「覇気だけで十分だったから」と陸は言った。
「そうだ。でも今日は、違う気がする」
陸はガロードを見た。
「剣を、持つか」
ガロードは少し間を置いた。
「……武器屋に行こう」
武器屋は広場の東にある。
朝から開いていた。店主は五十代の男だ。カウンターの奥で武器の手入れをしていた。
ガロードが店に入ると、店主が顔を上げた。
「いらっしゃ……」
止まった。
ガロードを見た。何かを感じ取ったのか、姿勢が少し正しくなった。
「何をお探しで」
「剣だ。装飾はいらない。長さは標準。重さは少し重い方がいい」
「……かしこまりました」
店主が奥に引っ込んだ。すぐに戻ってきた。
革の鞘に入った一振りを、カウンターに置いた。
「これはいかがでしょう。鍛冶師が先月打った品です。装飾なし、重心は柄寄り」
ガロードが手を伸ばした。
鞘ごと持った。
重さを確認するように、少し動かした。
それから、静かに鞘から抜いた。
刀身が光を受けた。
ガロードが剣を持った瞬間、空気が変わった。
陸の隣に立っていた店主が、半歩後退した。気づいていないかもしれない。でも、後退した。
「……久しぶりだ」
ガロードはそれだけ言った。
声が、いつもより少し低かった。
支払いを済ませた。
武器屋を出ると、宗介が陸に小声で言った。
「あの店主、ガロードが剣を抜いた瞬間に後退してたぞ」
「見てた」
「覇気じゃなかったよな。剣を持っただけで」
「そうだ」
「……ガロードって、本当に何者なんだ」
「元騎士団長だと言ってた」
「それだけじゃない気がするが」
「俺も思う。でも、聞いていない」
宗介は少し考えた。「聞かないのか」
「まだ」
「まだ、か」
「急かさない」
「……お前らしいな」
全員が二手に分かれた。
宗介たちは魔物の活発化した情報収集へ。
陸とガロードは北の山岳エリアへ向かった。
森を抜けると、すぐに違いがわかった。
足元の草が、いつもと違う。踏む感触が固い。草の根が緊張しているような感じだ。
風も違う。向かい風なのに、生き物の息遣いのような揺れ方をしている。
魔物の気配が多い。
いつもなら、ガロードの覇気で引いていく。でも今日は、覇気で引ききれていない魔物がいる。
活発化している。いつもより攻撃的だ。
「来る」と陸は言った。「三体。推奨二十八。左から扇形に広がっている」
「わかった」
ガロードが前に出た。
剣を抜いた。鞘から刀身が出た瞬間、金属の冷たい音が山道に響いた。
魔物が突進してきた。
四肢が太い。体高は人間の腰ほどだ。岩場に生息する上位種で、外皮が厚い。走るたびに地面を蹴る音が重く、岩に伝わって足裏まで届く。
その瞬間、小夜が目を開けた。
陸の肩で、魔物を見た。
金色の目ではなかった。でも、いつものうとうとした目でもなかった。
目が、細くなった。
小夜が陸の肩から降りた。地面に降り立って、先頭の魔物の正面に立った。
手のひらサイズの黒い子狐が、体高の倍ある魔物を、静かに見上げた。
先頭の魔物が止まった。
止まれないはずの速度で、止まった。四肢が石を蹴って、岩屑が舞い上がった。それでも止まりきれず、前のめりになりながら、足が地面に縫い留められたように固まった。
震えていた。
上位恐怖デバフが走ったのが、幻視で見えた。
その一瞬を、ガロードが逃さなかった。
踏み込んだ。
右足が地面を強く蹴った。体重が前に乗った。剣が体の回転と一緒に動いた。無駄な力が一切ない。長年積み重ねた動きだ。
先頭の魔物の首の付け根、外皮が薄くなっている急所を、正確に捉えた。
刃が入った音がした。短くて、重い音だ。
魔物が前のめりに崩れた。岩に激突して、動かなくなった。
残り二体が反応した。
左の一体が横に回り込もうとした。右の一体が正面から来た。挟み込む動きだ。
その瞬間、フェニクスが飛んだ。
陸の肩から、左の魔物に向かって一直線に。
手のひらサイズの体が、岩場の空気を切って飛んだ。
左の魔物の側面に体当たりした瞬間、炎が爆発した。
小さな体の中に詰まっていた炎が、一気に解放された。
岩場の壁に衝撃が走った。左の魔物が横に吹き飛んだ。三メートルは飛んだ。岩に叩きつけられて、動かなくなった。
右の一体が、迷った。
一瞬だけ、足が止まった。
ガロードはその一瞬に動いていた。
横に踏み込んで、右の魔物の動きを読んで、剣を振り抜いた。
今度は重い一撃ではなかった。速く、薄く、急所だけを掠める一刀だった。
魔物が倒れた。
静寂が戻った。
岩屑が地面に落ちる音だけが残った。
「……お前たち」と陸は言った。
小夜が陸の肩に戻ってきた。欠伸をした。
フェニクスも戻ってきた。小さくくしゃみをした。炎が少し飛んだ。着地した瞬間、羽が一度だけ大きく広がって、また閉じた。
「俺、今回も何もしてないんだが」
ガロードが剣の血を払って鞘に収めながら言った。「お前の仲間が動いた。お前が動かす必要がなかっただけだ」
「それが毎回だ」
「毎回、そうなのか」
「毎回だ」
ガロードは少し間を置いた。「……なるほど」
「何が」
「お前が命令しない理由が、少しわかった気がした。命令しなくても動く。だから命令する必要がない」
「そういうことになる」
「……面白いな」
さらに山道を進んだ。
標高が上がるにつれて、風が強くなった。岩が増えて、足元が不安定になる。
幻視で前方を確認した。
単体だ。でも大きい。推奨三十の強個体が、岩の陰に潜んでいた。
「前方に一体。推奨三十。岩の陰に潜んでいる」
「どんな個体だ」と幻視を持たないガロードが聞いた。
「体長が二メートルを超える。岩甲殻を持つ上位種だ。正面の甲殻が分厚い」
「どこが薄い」
「左の肩の付け根。でも動いている間は見えない」
「わかった」
ガロードが前に出ようとした。
その前に、フェニクスが飛んだ。
迷いのない動きだった。
強個体の右側に大きく回り込んだ。岩の上を経由して、右の真横に来た。
翼を広げた。炎が吹き出した。
岩場が赤く染まった。熱波が走った。
強個体が右を向いた。巨大な体が右に回転した。岩甲殻が光を受けてきらめいた。
その瞬間、左の肩の付け根が露わになった。
ガロードは待っていた。
左足を踏み込んで、体を低くして、剣を水平に走らせた。
肩の付け根に、刃が入った。
深く、正確に。
強個体が、うめき声を上げた。巨体が揺れた。それでも倒れなかった。四肢が踏ん張った。
ガロードが剣を引いて、同じ場所にもう一撃入れた。
今度は倒れた。
「フェニクスが囮になった」と陸は言った。
「そうだな」とガロードが言った。「こいつは、よく見ている。急所を露出させる動きを、自分で判断した」
「命令していない」
「知っている。だから面白い」
三度目は、群れだった。
七体。山の斜面から一斉に降りてきた。
足音が重なって、地響きになった。斜面の岩が崩れて、石が転がってくる。
扇形に広がりながら来ている。包囲する動きだ。
活発化した魔物の、組織的な動きだ。
小夜が陸の肩から降りた。
七体を、一度に見た。
目が細くなった。
上位恐怖デバフが発動した。
七体が、一斉に動きを鈍くした。
先頭の二体が足を滑らせた。包囲しようとしていた側面の二体が、方向を見失って止まった。
残り三体は動いていた。鈍くなってはいたが、止まっていなかった。
フェニクスが右の二体に向かって飛んだ。
一体目の頭上で炎を爆発させた。衝撃で一体目が体勢を崩した。
二体目に体当たりした。小さな体から炎が爆発して、二体目が後退した。
ガロードが動いた。
まず足元を見た。斜面から転がってきた岩の位置を確認した。
次に七体の位置を確認した。
それだけで、動線が決まった。
足元の岩を踏み台にして、跳んだ。
上から、足が止まっていた先頭の一体に剣を振り下ろした。
重い一撃だ。外皮を割った。倒れた。
着地して、すぐに横に踏み込んだ。
方向を見失っていた側面の一体が、ようやく動こうとした瞬間だった。
その動こうとした瞬間を、ガロードは狙っていた。
動き始めた瞬間が、一番隙がある。
剣が走った。
二体目が倒れた。
フェニクスに体勢を崩された一体が、立て直そうとしていた。
小夜が、その一体に向かって歩いた。
のそのそと。
近づいて、見上げた。
目が細くなった。
魔物が、また止まった。
ガロードが仕留めた。
残り四体が、後退し始めた。
フェニクスが右の一体に向かって炎を吹き出した。
直撃した。一体が斜面を転がり落ちた。
残り三体が、一斉に逃げた。
斜面を駆け上がって、岩の向こうに消えた。
二十五秒だった。
「……俺、今回も本当に何もしてないんだが」と陸は言った。
「そうだな」とガロードが言った。
「肯定するのか」
「事実だ。でも」
「でも?」
「お前が何もしなくても、こいつらが動く。命令しなくても最適に動く。それが続く限り、お前は負けない」
陸は少し考えた。
「そういうものか」
「そういうものだ」
山岳エリアの上部に差し掛かった。
岩場が続く。足元が不安定になる。
フェニクスが陸の肩から飛んだ。
前を飛んでいる。道案内をしているように見えた。
その瞬間、陸の《幻視》に強い気配が引っかかった。
台地の方向だ。
大きな気配だ。
魔物ではない。
それよりもっと、大きく、古い何かだ。
ガロードが、剣の柄に手をかけた。
「……何かいる」
「そうだ」と陸は言った。「でも、待て」
「なぜ」
「フェニクスが怯えていない」
ガロードがフェニクスを見た。
確かに、フェニクスは落ち着いていた。
それどころか、その気配に向かって飛んでいる。
「知っている何かか」とガロードが言った。
「たぶん」
「……進むか」
「進む」
台地が見えてきた。
大きなフェニクスがいた。
台地の中央に、翼を広げて立っていた。
炎が全身を包んでいる。
陸を見た。
それから、ガロードを見た。
ガロードの手にある剣を見た。
しばらく、何も起きなかった。
それから、大きなフェニクスが頭を下げた。
岩場の端に下がった。
道を開けた。
台地の中央から、炎が集まり始めた。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
ガロード戦闘記録
本日、ガロードが剣を装備した上で戦闘に参加
桐島陸がソロ行動中のみ
ギルドメンバー不在の状況で戦闘を行った
討伐:
推奨Lv.28 三体 所要時間:約八秒
推奨Lv.30 一体 所要時間:約十二秒
推奨Lv.28 七体 所要時間:約二十秒
スキル使用:なし
覇気使用 :なし
使用したのは剣と、体が覚えた技術のみ
アルテのログ:
「ガロードが剣を持った
武器屋で鞘から抜いた瞬間
店主が後退した
覇気ではない
剣を持った人間の気配で
後退した
長年の戦いが
体に染み込んでいる
桐島陸は言った
『普通に強いな』
ガロードは言った
『当たり前だ』
当たり前だ、という言葉の重さを
私は少し理解した気がする」
「ガロードが戦った」とこはるが言った。
「した」と三浦。
「スキルも覇気も使わずに、推奨三十を倒した」
「そうだ」
「《皇剣》が解放されたら、どうなるんですか」
三浦はコーヒーを飲んだ。「それは、見てのお楽しみだ」
こはるはモニターを見た。
山岳エリアの上部が、赤く光っていた。
何かが始まろうとしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ガロードが久しぶりに剣を手に取りました。覇気もスキルも使わず、ただ体の記憶だけで戦いました。陸は今回も何もしていません。そして台地では、炎が集まり始めています。次話、何かが現れます。
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