第24話「新しいスキルは、試してみないとわからない」
翌朝、目が覚めたのは九時すぎだった。
昨夜は深夜三時を過ぎていた。それでも、頭はすっきりしていた。
コーヒーを淹れながら、昨夜のことを整理した。
廃坑の主を倒した。Lv.20になった。新スキルが全員に出た。黒崎零と話した。
黒崎零は最後に振り返った。
「また会うかもしれない」と言った。
たぶん、また来る。
そして、新スキルをまだ試していない。
今夜は試す。
午前中で仕事を終わらせた。
昼すぎ、チャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。今日は休みらしい。手に袋を持っている。
「おにぎり持ってきた。三種類」
「ありがとう」
二人でテーブルに座った。
「昨日、色々あったんでしょ」と柚希が言った。
「そうだ。廃坑のボスを倒した。Lv.20になった。黒崎零という強いプレイヤーと会った」
「その人、どんな人?」
「命令で動く。効率主義だ。俺のやり方を非効率だと言った」
「どう思った」
「そうかもしれない、と答えた」
柚希はおにぎりを一口食べた。「でも否定しなかったんだね」
「否定はしなかった。効率だけが全てじゃないとは言ったが」
「うん」と柚希は言った。「陸くんは、効率じゃないことの方が大事だと思ってるんだよね」
「そうかもしれない」
「その黒崎零って人、また来るの?」
「来ると思う」
「どうして」
「振り返ったから」
柚希はしばらく考えた。「なんか、ガロードと似てるね。最初は来るかどうかわからなかったけど、来るようになった」
「そういうことかもしれない」
柚希は笑った。「陸くんの周りって、そういう人が集まるね」
「そうか」
「うん。命令しないのに、なぜか来てしまう人が」
陸は何も言わなかった。
でも、コーヒーを一口飲んだ。
夕方、ログインした。
広場に全員が集まっていた。ガロードもいた。
「今夜は新スキルを試す」と陸は言った。
「どこで試す」と宗介が刀の柄を握った。
「推奨レベル高めのエリアだ。実戦で試してこそスキルの感覚が掴める。昨日より少し楽なエリアがいい。廃坑の直後に推奨二十五以上は消耗が大きい」
「廃坑の周辺エリアか」と大和。
「そうだ。岩場に出た魔物の群れがいる。推奨レベル二十二だ。試すのに丁度いい」
廃坑の周辺エリアに着いた。
ハルが《気配遮断》Lv.2で先行した。完全に消えた。
二分後、岩の上から声が降ってきた。
「前方に七体。岩場の魔物だ。推奨二十二。二つのグループに分かれてる。左に四体、右に三体」
「位置は把握した。今日は各自のスキルを試す日だ。順番に使っていく。最初は大和から頼む」
「任せろ!」
大和が前に出た。
深く息を吸った。
「《竜騎士の覚醒》」
体が変わった。
大和の全身に、竜の鱗を思わせる光の鎧が纏わりついた。鱗は赤と金が混ざった色だ。脚から腕へ、腕から肩へと光が走り、一秒で全身を包んだ。
「……これが覚醒か」と大和が自分の手を見た。「防壁を展開しなくていい。このまま受けられる」
「行け」
大和が突進した。
防壁なしで、正面から。
左のグループの先頭と激突した。
衝撃が走った。でも大和は止まらなかった。竜の鎧が衝撃を吸収して、前に押し込んだ。
魔物が吹き飛んだ。
「硬い! 俺が!」と大和が叫んだ。
「大和が武器になってる」と宗介が言った。
「宗介、右の三体を頼む。《神域斬》を試せ」
「行く」
宗介が踏み込んだ。
《神域斬》が発動した瞬間、音が消えた。
残像すら残らなかった。
刀が空気を切る音も、足音も、何も聞こえなかった。
気づいたとき、右の三体がすでに地面に伏していた。
十連撃が入っていた。誰も見えていなかった。
「……なんだ、今の」とハルが岩の上から言った。
「《神域斬》だ」と宗介が刀を収めながら言った。「俺自身も、どこに刃が入ったかわからなかった。体が勝手に動く感じだ」
「体が勝手に動く、か」と静が静かに言った。「それは本物だ」
「次は静だ」と陸は言った。「大和が残りを引きつけている間に、《沈黙の爆炎》を試してくれ」
「……やる」
静が右手を空に向けた。
何も起きなかった。
音も、光も、何もなかった。
一秒後、左のグループの後方で爆発が起きた。
音のない爆発だった。炎も光もなく、ただ衝撃波だけが広がった。
三体が同時に吹き飛んだ。
全員が黙った。
「……今、何が起きた」と宗介が言った。
「爆発した」と静が答えた。「音と光を消した。衝撃だけが残る」
「敵が爆発した原因を認識できないのか」
「そうなる」
「……怖いな、それ」
「《魔力過負荷》Lv.2と組み合わせれば、もっと広くなる」
「怖い。本当に怖い」
残った一体を大和が押し込んで、ハルが《影の王》を使った。
影の中に消えた。次の瞬間、魔物の真後ろの影から出てきた。
距離にして十メートル以上、一瞬で移動していた。
「……《影の王》、これはずるい」とハルが言った。「どこにでも行ける。敵の背後に回るのに一秒もかからない」
「雪乃も試してくれ」と陸は言った。
「《神の加護》は、使うタイミングが難しい」と雪乃が静かに言った。「全員に無敵を付与する。でも五秒で切れる。その五秒に何をするかが全てだ」
「使い時は俺が指示する。次の戦闘で合わせてくれ」
「わかった」
クエスト完了
全員ダメージなし
「全員、感覚は掴めたか」と陸は言った。
「掴めた」「掴めた」「……掴めた」「掴めた!」「掴めたよ!」
全員の声が揃った。
「宗介の《神域斬》、本当に誰も見えなかった」とハルが言った。
「俺も見えてなかった」と宗介。「気づいたら終わってた」
「大和が突撃するのが一番笑えた」と静が言った。珍しく、少しだけ口角が上がっていた。
「笑えてないだろ! 俺は真剣だったんだぞ!」と大和。
「笑えてた」と雪乃が静かに言った。
「雪乃まで!」
ガロードが静かに言った。「全員、昨日より動きが良くなった」
全員がガロードを見た。
「昨日と今日で、こんなに変わるものか」と宗介が聞いた。
「スキルではなく、全員の動きが変わった。互いの位置を把握している。互いの行動を信頼している」
「それって、どういう意味だ」
「命令しなくても、お前たちは最適な場所に動いていた。それが今日、もっとはっきりした」
宗介は少し間を置いた。「……それって、陸のおかげじゃないのか」
「そうかもしれない」とガロードは言った。「方針だけ伝えて、あとは信頼する。それが全員を自由にする」
陸は何も言わなかった。
「俺、今日も何もしてないんだが」とだけ、心の中で思った。
もう一本、クエストをこなした。
今度は雪乃の《神の加護》を試す場面を作った。
推奨レベル二十五の単体ボスが出た。
大和が引きつけた。ガロードの覇気で弱体化している。
「雪乃、今だ」
「《神の加護》」
光が広がった。全員を包む白い膜が、瞬時に展開された。
無敵状態。五秒。
「五秒で仕留める。全員、今だ」
静の《沈黙の爆炎》が炸裂した。
宗介の《神域斬》が十連撃を叩き込んだ。
ハルが背後から《影縫い》で固定した。
四秒で倒れた。
「一秒余った」と宗介が言った。
「次は三秒で終わらせる」と静が言った。
「……その自信はどこから来るんだ」と宗介。
「今日、実感した。《沈黙の爆炎》と《魔力過負荷》Lv.2を重ねれば、三秒で終わる」
「本当に怖い。静って、本当に怖い」
クエスト完了
全員ダメージなし
拠点に戻った。
焚き火の前に全員で座った。
フェニクスが焚き火に炎を足した。
小夜が欠伸をした。
「今日は充実したな」と宗介が炎を見ながら言った。
「そうだな」
「新スキルの感覚が掴めた。全員でうまく噛み合った。ダメージなしで終わった」
「そうだ」
「お前は何もしてない」
「方針を伝えた。雪乃に合図を出した」
「それだけか」
「それだけだ」
「……なんなんだ、本当に」
ガロードが静かに言った。「次は廃坑に行くか」
「そう。また行く」
「シィラに会いに行くか」
「会いに行く。あの人が廃坑に長くいる理由が、少しずつわかってきた気がする」
「どんな理由だ」
「出る理由がなかった。でも、変わるかもしれない」
ガロードは何も言わなかった。
炎が揺れた。
「ガロードも昔、出る理由がなかったのか」とハルが聞いた。
ガロードはしばらく黙った。「そうだな。出る理由がなかった。ただ、時間があった」
「それが変わったのは」
「陸に聞かれたからだ」
「一緒に来るか、って」
「そうだ」
ハルは少し考えた。「シィラも、そういう言葉が必要なのかな」
「わからない」と陸は言った。「でも、会い続けることが、そのきっかけになるかもしれない」
炎が揺れた。
誰も喋らない時間が続いた。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜は充実していた。
新スキルを全員で試した。宗介の《神域斬》が音を消した。静の《沈黙の爆炎》が音のない爆発を起こした。大和が竜の鎧を纏って突撃した。ハルが影の中を移動した。雪乃の《神の加護》の五秒で仕留めた。
全員ダメージなし。
俺は方針を伝えて、合図を一つ出しただけだ。
次は廃坑だ。シィラに会いに行く。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
本日の戦闘記録
Stray Wolvesパーティ(Lv.20)
新スキル実戦テスト
推奨Lv.22クエスト:全員ダメージなし
推奨Lv.25クエスト:全員ダメージなし
《神の加護》五秒で敵撃破:四秒で達成
特記:
桐島陸の行動
・方針を伝えた
・合図を一つ出した
・それだけだ
アルテのログ:
「今日も桐島陸は命令しなかった
全員が動いた
全員がうまくなった
ガロードが言った
『命令しなくても、お前たちは最適な場所に動いていた』
そうだ
命令しないことで
全員が考える
全員が判断する
全員が自由になる
これが
このパーティの強さの本質だ
シィラのことを
陸は考えている
『出る理由が変わるかもしれない』と言った
私も
変わると思う
ただ
桐島陸のペースで
変わっていく」
「アルテ、シィラのことも考えてる」とこはるが言った。
「見ている」と三浦。
「次の廃坑が楽しみですね」
「そうだな」
三浦はコーヒーを飲んだ。
モニターの中で、拠点の焚き火が静かに燃えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
新スキルを全員で試しました。静の《沈黙の爆炎》、宗介の《神域斬》、大和の《竜騎士の覚醒》。それぞれが初めて本領を発揮した夜でした。次話ではシィラへの再訪が始まります。
続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、明日も書き続けられます。感想も一言でも届くと、とても励みになります。




