第23話「命令する男と、命令しない男」
「人間だ」と陸は言った。「外から来ている。複数だ」
全員が顔を上げた。
「この時間に廃坑に来るプレイヤーか」と宗介が刀の柄に手をかけた。
「そうだ。かなりのレベルだ。推奨レベル三十以上の連中が五人、入り口付近にいる」
「シィラが巻き込まれるかもしれないか」とハルが言った。
「わからない。でも確認する」
「行くぞ」
全員が坑道を引き返した。
廃坑の深部から入り口に向かって、来た道を戻る。ガロードが覇気を絞りながら前に出た。魔物の気配が自然に引いていく。
ハルが《気配遮断》Lv.2で先行した。完全に消えた。足音も気配も、何もない。
坑道を抜けた。
夜の森だ。月明かりが差し込んでいる。
入り口の手前で止まった。
幻視で確認した。
五人のプレイヤーが廃坑の入り口の外に立っていた。
全員、装備が重厚だ。高レベルの証として、武器と防具に光が宿っている。
先頭に立つ男が一人、他の四人とは雰囲気が違った。
黒い外套を纏っている。髪が黒い。目が鋭い。表情がない。感情が見えない。
廃坑の入り口を見たまま、何かを考えていた。
幻視を使った。プレイヤーネームが浮かんだ。
プレイヤー名:黒崎零
レベル:35
職業:覇王剣士(★★★★★)
「黒崎零」と陸は小声で言った。
「知ってる連中か」と宗介も小声で聞いた。
「名前だけだ」
「どうする」
「出る」
「出るのか」
「シィラがいる。このまま相手が廃坑に入れば鉢合わせる可能性がある」
「……わかった」
陸たちが坑道の入り口から出た。
黒崎零がこちらを見た。
一瞬、目が止まった。
陸のレベルを確認しているのかもしれない。あるいは、小夜とフェニクスを見ているのかもしれない。
「お前たちか」と黒崎零は言った。低い声だった。「今夜、ここのボスを倒したのは」
「そうだ」と陸は答えた。
「レベルは」
「二十だ」
黒崎零の目が細くなった。
「Lv.20でここの主を倒したのか」
「倒した」
「……信じられないな」とその男は言った。嘲るような、でも本気で信じていないような声だった。「テイマーが先頭に立っているギルドが、推奨四十五を倒す。どういう手を使った」
「手は使っていない」
「では、どうやって」
「全員が動いた」
黒崎零はしばらく陸を見た。
「命令したのか」
「していない」
「指示は」
「方針を伝えた。それだけだ」
黒崎零が少し口角を動かした。笑ったのかもしれない。でも目は笑っていなかった。
「非効率だな」と黒崎零は言った。「命令して、動かして、結果を出す。それが最短ルートだ。命令に従わないNPCや気まぐれな仲間に頼るのは、変数が多すぎる。管理できない」
「そうかもしれない」
「そうかもしれない、では困る。お前はギルドマスターだろ。全員を動かす責任がある」
「ギルドマスター?全員が動きたいから動いている。俺が動かすわけじゃない」
黒崎零の目が、少し変わった。
何かを言いかけた。
そのとき、陸の肩の上で小夜が目を開けた。
黒崎零を見た。
金色の目ではなかった。でも、いつものうとうとした目でもなかった。
ただ、じっと見た。
黒崎零がその視線に気づいた。
「……なんだ、この子狐は」
小夜は何もしなかった。
ただ、視線を外さなかった。
黒崎零が、小夜から目をそらした。
それだけだった。でも、周囲の四人が微かに動揺した。
「なんか胸が重い」と部下の一人が小声で言った。
「俺も」と別の一人。
ガロードの覇気だ。絞って発動させているが、それでも確実に影響していた。
黒崎零だけは動じていなかった。
でも、陸のことをまだ見ていた。
「一つ聞いていいか」と黒崎零が言った。
「何だ」
「お前のやり方で、本当に強くなれると思っているのか」
陸は少し考えた。
「思っている」
「根拠は」
「今夜、推奨四十五を倒した。俺は幻視で弱点を見つけて、方針を伝えた。それだけだった。でも全員が動いた。全員が判断した。全員が繋がった。それで届いた」
「お前の力じゃない」
「そうだ。俺の力じゃない。でも、みんなの力だ」
黒崎零はしばらく黙った。
「命令しない方が、強くなるのか」
「命令しないから、各自が考える。各自が考えるから、俺が見落とした動きが生まれる。それが予想外の力になる」
「非効率だ」と黒崎零はまた言った。でも今度は、少し確信が薄かった。
「そうかもしれない」と陸は言った。「でも、効率だけが全てじゃない」
黒崎零は何も言わなかった。
その瞬間、フェニクスが陸の肩で羽を広げた。
大きくなった。
いつもの手のひらサイズから、少しだけ大きく。翼の先に炎が灯った。
黒崎零の部下たちが後退した。
「な、なんだこれ」「熱い」「なんで急に」
黒崎零だけは後退しなかった。
フェニクスを見た。フェニクスが黒崎零を見た。
しばらく、見つめ合った。
フェニクスが羽を閉じた。炎が消えた。元の小さな姿に戻った。
黒崎零が、陸を見た。
「そのフェニクスは、テイムしたのか」
「していない。向こうが選んだ」
「命令したか」
「していない」
黒崎零はそれ以上何も言わなかった。
少し間を置いてから、踵を返した。
「行くぞ」と部下に言った。四人が従った。
森の方向に消えていった。
最後に、黒崎零だけが一度振り返った。
「……また会おう・・・」
それだけ言って、消えた。
全員が、黒崎零たちが去った方向をしばらく見ていた。
「……なんだったんだ、あいつ」と宗介が言った。
「黒崎零だ。強いプレイヤーだ」
「そうじゃなくて。なんか、目が」
「目が?」
「最後に振り返ったとき。何か考えてる目をしてた」
陸は少し考えた。「そうかもしれない」
「お前のこと、馬鹿にしてたけど」
「そうだな」
「でも最後は、馬鹿にしてなかった気がする」
陸は答えなかった。
ガロードが静かに言った。「揺れていた」
全員がガロードを見た。
「何が揺れていた」と宗介が聞いた。
「あの男の中にある、何かが揺れていた。命令することが全てだと思っていた男が、そうでないものを見た」
「それが陸だ、ということか」
「そうだ」
宗介はため息をついた。「お前、何もしてないのに、また誰かに影響を与えてるな」
「してないんだが」
「してるんだよ」
廃坑の入り口は静かだった。
拠点に戻った。
森の道を全員で歩いた。
疲れていた。でも、悪い疲れじゃなかった。
拠点の焚き火の前に全員で座った。
フェニクスが焚き火に炎を足した。いつもより少し大きな炎だった。
「Lv.20になった」と宗介が静かに言った。「今夜は色々あった」
「そうだな」
「推奨四十五を倒した。Lv.20になった。黒崎零と話した」
「そうだ」
「お前は何もしてない」
「そうだ」
「……本当になんなんだ」
小夜が欠伸をした。炎が揺れた。
「黒崎零、また来るかな」とハルが言った。
「来ると思う」と陸は言った。
「どうして」
「振り返ったから」
「振り返ったら来るのか」
「振り返る必要がなければ、振り返らない。振り返ったということは、まだ何かがある」
ハルはそれを聞いて、少し考えた。「なんか、ガロードと最初のころに似てるね」
陸は少し考えた。「そうかもしれない」
ガロードは何も言わなかった。
でも、焚き火を見る目が、少し違った。
誰も喋らない時間が続いた。
ヘッドセットを外したのは、深夜三時すぎだった。
今夜は長かった。
廃坑の主を倒した。Lv.20になった。新スキルが出た。黒崎零と話した。
黒崎零は「非効率だ」と言った。でも最後に振り返った。
陸は「非効率かもしれない」と答えた。でも効率だけが全てじゃない、とも言った。
それが正しいかどうかは、まだわからない。
でも、今夜全員が動いて推奨四十五を倒した。それは事実だ。
陸は眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
黒崎零との接触記録
黒崎零パーティ(Lv.35平均)
桐島陸パーティ(Lv.20)と廃坑入り口で初接触
黒崎零の観測記録:
「命令しない男を見た
非効率だと思った
でも
Lv.20でLv.45のボスを倒した
命令なしで全員が動いた
フェニクスが選んだ主だ
……わからない
俺の知っている強さとは違う」
「黒崎零が揺れている」とこはるが言った。
「揺れている」と三浦。
「たった一度話しただけで」
「桐島陸との出会いは、一度で十分なんだろう」
アルテのログが動いた。
黒崎零が振り返った
去り際に
振り返った
必要がなければ
振り返らない人間だ
でも振り返った
桐島陸は何もしていない
ただ答えた
ただそこにいた
それだけで
黒崎零の中の何かが
動いた
命令しない男に
最強が集まる
その理由が
今夜また少し
わかった気がした
「アルテが、また少しわかった気がすると書いた」とこはるが言った。
「前回より前進している」と三浦。
「少しずつ、わかっていくんですね」
「そうだ」
三浦はコーヒーを飲んだ。
モニターの中で、拠点の焚き火が静かに燃えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
黒崎零が初登場しました。「命令する男」と「命令しない男」が初めて言葉を交わしました。黒崎零は最後に振り返りました。それが、次の章の始まりです。
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