第18話「新しいスキルは、試さないとわからない」
翌朝、仕事を始めた。
昨日は色々あった。フェニクスが仲間になった。イグニスとの関係値が発生した。Lv.15になって全員が新スキルを習得した。
でも、新スキルはまだ一度も試していない。
取得したスキルは実戦で使って初めてわかる。理論と実際は違う。前作でそれを何度も学んだ。
今夜は試す。
午後、仕事を終えたころにチャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。今日は夜勤前らしい。手には何も持っていない。
「顔見に来た」
「入れ」
二人でテーブルに座った。陸がコーヒーを淹れた。
「昨日、なにがあったの?」と柚希が言った。
「神獣のフェニクスが仲間になった。」
「小夜ちゃんと同じパターン?」
「同じだ。テイムしていない。向こうが選んだ」
「陸くんって、命令しないのに気に入られるね」
「なんで気に入られるかは、わからない」
「わかってないところが、たぶん気に入られる理由なんだと思う」
陸は少し考えた。「どういう意味だ」
「計算してたら、相手に伝わる。計算してないから、伝わるんじゃないかな」
柚希はコーヒーを一口飲んで、立ち上がった。
「今夜は新しいスキルを試すの?」
「そうだ」
「うまくいくといいね。気をつけてね」
「ゲームだ」
「知ってる」
扉が閉まった。
夕方、ログインした。
広場に向かうと、全員が揃っていた。ガロードも来ていた。フェニクスは陸の肩にいた。小夜も肩にいる。左右に神獣が一匹ずつだ。
「今夜は新スキルを試す」と陸は言った。
「全員か」と宗介。
「全員だ。取ったスキルは使わないとわからない」
「どこで試す」
「推奨レベル高めのエリアを選ぶ。実戦で使ってこそスキルの感覚が掴める」
「わかった。どこに行く」
「北の洞窟エリアだ。昨日の山岳エリアより少し下だが、魔物の種類が違う。囲まれる地形があるから、各自のスキルを試しやすい」
「行こう」
北の洞窟エリアは薄暗かった。
天井が低く、通路が狭い。開けた場所と狭い通路が交互に続く。山岳エリアとは違う閉塞感がある。
「ハル、前方確認を頼む」
「先に行ってる」
気づいたときにはすでにいなかった。《気配遮断》Lv.2の効果で、完全に音も匂いも消えている。足音すらしない。
三分後、声だけが聞こえた。
「前方に五体。洞窟コウモリだ。推奨レベル十八。天井にへばりついてる。あと、奥に一体でかいのがいる。推奨レベル二十だ」
「どこから声が聞こえた」と大和が周囲を見た。
「上だ」とハルの声。天井を見ると、岩の影にハルがいた。完全に同化している。
「《気配遮断》Lv.2、ここまで効くとは思わなかった」と宗介が言った。
「驚いた?」とハルが岩から降りてきた。音がしなかった。
「驚いた」
「えへへ」
陸は洞窟の構造を幻視で確認した。通路、魔物の位置、逃げ道。全部把握した。
「作戦だ。まず大和が前に出て《竜の咆哮》を使う。周囲の敵を怯ませてから各自が攻撃に移る。試したいスキルがあれば使っていい」
「咆哮か。初めて使う」と大和が少し緊張した顔をした。
「失敗しても取り返せる。試せ」
「わかった」
大和が前に出た。
洞窟コウモリが天井からこちらを感知した。五体が一斉に動き始めた。翼が展開される音が重なって、不快な響きが洞窟内に充満した。
大和が大きく息を吸った。
「《竜の咆哮》」
咆哮が洞窟に響き渡った。
竜騎士の覇気を纏った叫びは、普通の叫び声ではなかった。低く、重く、岩壁を震わせるほどの圧があった。
コウモリが五体、同時に止まった。
翼を広げたまま、固まった。怯み状態だ。
「今だ」と陸は言った。
静が動いた。
右手を二方向に向けた。《連続詠唱》を使う。
「二つ同時に行く」と静が言った。
音もなく、二本の黒炎が同時に走った。左のコウモリ二体を同時に捉えた。
一瞬で消えた。
「……《連続詠唱》、想像以上だ」と静が言った。普段は感情を出さない静が、少し声のトーンが変わった。
「三体残ってる」と宗介が前に出た。
《剣聖の極意》を発動した。
全スキルの威力が上昇するパッシブだ。使い方は変わらない。でも、刃を握った瞬間から感覚が違うのが陸にも見えた。
宗介が《神速斬》を放った。
これまでと違った。
速さは同じだ。でも、刃が空気を切る音が違う。軌跡が違う。三体に向かった刀の残像が、これまでより鋭く、深く、残った。
三体が同時に落ちた。
「……なるほど」と宗介が刀を収めながら言った。「威力が上がると、こういう感覚になるのか」
「感覚が違ったか」
「全然違う。同じスキルなのに、刃が入る深さが違う」
「それが《剣聖の極意》の効果だ」
コウモリ五体を片付けて、奥に進んだ。
推奨レベル二十の大型魔物が待っていた。
洞窟グリズリーだ。体高が二メートルを超える。洞窟の天井に頭が届きそうなほど大きい。四肢が太く、爪が岩をえぐるほど硬い。
「でかい」と大和が言った。
「囲まれる前に仕留める」と陸は言った。「雪乃、《聖域展開》Lv.2を展開してくれ。全員をカバーする範囲で」
「やる」
雪乃が聖域を展開した。
Lv.1のときより明らかに広い。全員を包む光の膜が広がった。
「範囲が広がってる」とハルが言った。
「回復量も増えてる」と雪乃が確認しながら言った。「これなら大和が複数回殴られても維持できる」
「大和、引きつけてくれ。ハルは側面から」
「了解」と大和が前に出た。
洞窟グリズリーが大和を見た。
大和が再び《竜の咆哮》を放った。
今度は先手だ。
咆哮が洞窟に響き渡った。グリズリーの動きが一瞬止まった。怯み状態になった。
「今のうちに」とハルが言った。
ハルが消えた。
《気配遮断》Lv.2で完全に気配が消えた。グリズリーは直前まで気づかなかった。
岩陰から現れたとき、ハルはすでにグリズリーの背後にいた。
《影縫い》を使った。
グリズリーの影を踏んだ瞬間、影が光り、グリズリーの動きが完全に止まった。
「動けない間に全力で」と陸は言った。
静が《魔力過負荷》Lv.2を放った。
これまでの黒炎ではなかった。
威力が倍になった黒炎は、色が違った。深い紫が混ざった漆黒だ。
グリズリーに直撃した瞬間、洞窟の岩壁にひびが走った。
宗介が《神速斬》で追い打ちをかけた。
《剣聖の極意》の効果で、威力が底上げされた一撃がグリズリーの急所を捉えた。
グリズリーが倒れた。
全員無傷だった。
クエスト完了
全員レベルアップ → Lv.16
「Lv.16か」と宗介が刀を収めながら言った。「今夜は収穫が多かったな」
「新スキルの感覚が掴めたか」と陸。
「掴めた。《剣聖の極意》、思っていた以上に効く」
「静も?」
「……《連続詠唱》と《魔力過負荷》Lv.2を組み合わせると、想像を超える」と静が言った。珍しく、少し興奮が声に滲んでいた。
「大和は」
「《竜の咆哮》、最高だ!」と大和が嬉しそうに言った。「咆哮で全員が止まる。こんなに戦いやすいとは思わなかった」
「ハルは」
「《気配遮断》Lv.2、完全に気配が消える。自分でも怖いくらい気づかれない」
「いい感覚だ。それを活かした動き方を次から意識してくれ」
「わかった!」
雪乃が静かに言った。「《聖域展開》Lv.2、範囲が広がったことで全員をカバーしながら回復できた。これがあれば、大和がもっと前に出られる」
「そうだ。大和が安心して前に出られるのは、雪乃が後ろにいるからだ」
大和が振り返って、雪乃を見た。「ありがとう」
雪乃は何も言わなかった。でも、少し視線をそらした。
拠点の焚き火に戻ると、ガロードがいつもの場所に座っていた。
全員が焚き火を囲んだ。
フェニクスが陸の肩から降りて、焚き火の前に座った。小夜と並ぶ。
炎を見ている。
「ガロード、今日は覇気が効いてたな」と宗介が焚き火を見ながら言った。
「常に出ている」とガロードは静かに言った。
「推奨レベル二十のグリズリーが弱体化していた。あれがなければ、もっと手間取っていた」
「そうか」
「気にしていないのか、お前は」
「気にする必要があるか」
「俺たちに助かってると言ってほしいんだが」
「助かっているなら、そう言えばいい」
宗介は少し間を置いた。「……助かってる」
「そうか」
ガロードは焚き火を見たまま、それだけ言った。
フェニクスが小さくくしゃみをした。炎が飛んだ。焚き火に落ちて、炎が少し大きくなった。
「また薪を足してくれた」とハルが目を細めた。
「意図してやってるのか」と陸はフェニクスを見た。
フェニクスは答えなかった。でも、焚き火を見ている目が、満足そうだった。
「意図してるんだと思う」と陸は言った。
「かわいいいいい」とハル。
「かわいい」と雪乃。
「かわいいな」と大和。
「……かわいい」と静。
「伝説の炎の神獣に、全員で『かわいい』しか言わないの、毎回だな」と宗介が苦笑した。
「だってかわいいもの」とハル。
ガロードが焚き火を見ながら言った。「かわいいことと、強いことは、関係ない」
「それ、前にも言ってたな」と宗介。
「そうか。では、本当のことだということだ」
炎が揺れた。
全員が、それぞれのペースでただ座っていた。
新しいスキルを試した夜が、静かに終わっていった。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜は充実していた。
新スキルを全員で試した。宗介の《剣聖の極意》が刃の感覚を変えた。静の《連続詠唱》と《魔力過負荷》Lv.2の組み合わせが洞窟の岩壁にひびを入れた。大和の《竜の咆哮》が戦局の起点になった。ハルの《気配遮断》Lv.2が完全に敵の認識から外れた。雪乃の《聖域展開》Lv.2が全員をカバーした。
そして陸は方針を伝えただけだ。
「俺、今夜も何もしてないんだが」
でも、全員が強くなった。
Lv.16になった。
フェニクスが焚き火に炎を足した。
それで、今夜は十分だ。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
本日の戦闘記録
Stray Wolvesパーティ
洞窟コウモリ(推奨Lv.18)×5 撃破
洞窟グリズリー(推奨Lv.20)×1 撃破
全員無傷
所要時間:推奨パーティの半分以下
分析:
各自が新スキルを実戦で試した
スキルの組み合わせが最適化されつつある
特記:
桐島陸の行動:
・方針を伝えた
・それだけだ
「桐島さん、今日も何もしていない」とこはるが言った。
「していない」と三浦。
「でも全員が動いて、推奨レベル二十の魔物を倒した」
「そうだ」
「なんでこうなるんですか」
三浦は少し考えた。「方針を伝えるだけで、全員が動ける。信頼があるからだ」
アルテのログが動いた。
本日の記録
桐島陸は命令しなかった
各自が判断して動いた
各自が新しいスキルを試した
各自が失敗を恐れずに動いた
なぜか
桐島陸が「失敗しても取り返せる」と言ったからだ
たった一言だ
でもその一言で
全員が自由に動けた
命令しないことで
全員が動く
これが
このパーティの強さだ
「アルテ、今日は長く書いた」とこはるが言った。
「珍しい」と三浦。
「『これがこのパーティの強さだ』と書いた」
「そうだ」
こはるはモニターを見た。
拠点の焚き火の周囲に、アイコンが並んでいる。
全員が、同じ火を囲んでいる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
新スキルを全員で試した夜でした。静の《魔力過負荷》Lv.2が洞窟の壁にひびを入れたシーン、お楽しみいただけましたか。陸は今日も方針を伝えただけです。でも、全員が動きました。次話では廃坑への再挑戦が近づきます。
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