第17話「炎の神様は怒っていた」
翌朝、ヘッドセットをつける前に気づいた。
昨夜、フェニクスが肩に乗ったまま眠っていた。ゲームのキャラクターが眠るという概念がある。AIが自律的に判断して休眠状態になる。
ログインしたら、フェニクスはまだ陸の肩にいるだろうか。
コーヒーを淹れて、ヘッドセットをつけた。
ログインした。
フェニクスはいた。
昨夜と同じ場所に、ちょこんと止まっていた。
小夜も起きていた。二者が並んで、朝の森を見ている。
「おはよう」
フェニクスが振り返った。
丸い目でこちらを見た。
小さくくしゃみをした。炎が少し飛んだ。
陸はそれを見て、今日も一日が始まる、と思った。
今日は仕事がある。午前中は集中して終わらせる。
午後からログインして、昨日の続きだ。
仕事をしながら、昨夜のことを思い返した。
フェニクスが肩に乗ってきた。テイムの通知は来なかった。でも離れなかった。
小夜のときと同じ流れだ。
小夜は木の根に挟まっていた。助けて、隣にいた。それだけで懐いた。
フェニクスは何もしていないのに来た。
もっと早い。
「なぜだ」
答えは出なかった。まあいいか、と思って仕事に戻った。
午後、ログインした。
広場に向かうと、宗介たちが集まっていた。ガロードも来ていた。
「今日も山岳エリアか」と宗介が聞いた。
「そうだ。昨日でLv.14になった。Lv.15まで上げたい」
「今日中に上がるか」
「二、三本クエストをこなせば上がるはずだ」
「わかった。行くか」
「待ってくれ」
陸は肩のフェニクスを見た。
フェニクスは岩場の方向を見ていた。尻尾みたいな尾羽が揺れている。
「お前、今日も来るか」
フェニクスが陸を見た。
何も言わなかった。でも、そのまま肩に止まり続けた。
「来るんだな」
答えなかった。でも、来るということだ。
山岳エリアに入ると、昨日と空気が違った。
風が強い。それだけではない。
岩場の上の方から、何かを感じる。
幻視を使った。
「何かいる。上の方だ」
「魔物か」とハルが岩を見上げながら言った。
「違う。もっと大きい気配だ」
「大きい?」
「小夜やフェニクスとは違う。でも、似た種類の何かだ」
全員が上を見た。
岩山の頂上付近、溶岩が固まって形成された台地がある。そこに何かがいた。
大きい。
炎を纏っている。
大きさで言えば、馬くらいある。翼が広がると、岩山の影が揺れるほどだ。
「あれは」と大和が声を上げた。
「フェニクスだ」と陸は言った。「でも、昨日見た個体とは違う。あれは大人だ」
陸の肩のフェニクスが、上を見た。
大きなフェニクスも、こちらを見ていた。
二者が見つめ合った。
大きなフェニクスの目が、細くなった。
「……怒ってるか?」と宗介が小声で言った。
「怒ってると思う」と陸も小声で答えた。
「なんで」
「子供を連れていかれた、と思ってるかもしれない」
「連れていってないだろ」
「向こうからすれば、そう見えるかもしれない」
大きなフェニクスが翼を広げた。
炎が膨らんだ。岩山全体が赤く染まった。
熱波が届いた。肌が焼けるような感覚がある。
「これはまずい」と宗介が刀の柄を握った。
「待て」と陸は言った。
「でも」
「待て」
陸は肩のフェニクスを見た。
「お前から、何か言えるか」
フェニクスが陸を見た。
しばらく黙っていた。
それから、翼を少し広げた。
小さな炎が、その翼先に灯った。
大きなフェニクスが止まった。
翼を広げたまま、小さなフェニクスを見た。
小さなフェニクスは陸の肩に止まったまま、翼先の炎を揺らした。
一分が経った。
大きなフェニクスの翼が、ゆっくりと閉じた。
炎が収まった。岩山の赤みが消えた。
熱波が止まった。
「……終わった?」と宗介が言った。
「終わったと思う」と陸は言った。
「何が起きた」
「わからない」
「わからないのか」
「フェニクス同士で、何か話したんだと思う」
全員が少し黙った。
大きなフェニクスが翼を広げた。今度は攻撃的ではない。ゆっくりと、羽ばたいた。
陸の目の前に降りてきた。
馬ほどの大きさで、目の前に立っている。炎を纏った翼が、ゆっくりと揺れている。
陸を見た。
陸も見た。
何もしなかった。
大きなフェニクスが首を下げた。
頭が、陸の胸のあたりに来た。
陸は少し考えてから、手を伸ばした。
頭に触れた。
温かかった。
大きなフェニクスが、目を細めた。
特殊イベント:神の眷属との邂逅
炎の神イグニスの眷属が
あなたを認めました
イグニスとの関係値が発生しました
「なにっ?」
陸は画面を見た。イグニスという名前があった。炎の神らしい。
「また神様か」と宗介が言った。
「そうらしい」
「お前、神様に気に入られすぎだろ」
「なにもしてないぞ」
「してないからだろ!」
大きなフェニクスが再び翼を広げた。
今度は高く、空へ舞い上がった。
岩山の上空を一周して、消えた。
陸の肩の小さなフェニクスが、それを見送った。
それから、また陸を見た。
「行かないのか」
フェニクスは答えなかった。
そのまま、肩に止まり続けた。
魂の選択 発生
フェニクスがあなたを主と選びました
能力加算:
《不死鳥の加護》
→炎属性への完全耐性
HP自動回復(毎秒)
《炎の眼》
→炎を操る存在を感知できる
《炎翼》Lv.???
→未解放
「なにっ?」
また言った。
「またか」と宗介が言った。
「また魂の選択だ」
「小夜のときと同じか」
「そうだ。テイムスキルを使っていない」
「何もしてないからな」
「そういうことになるか・・・」
フェニクスが陸の肩で、小さくくしゃみをした。
炎が少し飛んだ。
「……かわいいが、もう少し落ち着いてくれ」と宗介が言った。
「命令できないんだが」
「そうだった」
クエストを二本こなした。
Lv.14からLv.15へ。全員が到達した。
全員レベルアップ → Lv.15
新スキル習得:
宗介:《剣聖の極意》(全スキルの威力が上昇)
雪乃:《聖域展開》Lv.2(範囲拡大・回復量増加)
大和:《竜の咆哮》(周囲の敵に怯み状態を付与)
静 :《魔力過負荷》Lv.2(威力が倍増・自己ダメージなし)
ハル:《気配遮断》Lv.2(完全無音・完全無臭になる)
「スキルが増えた」と大和が画面を見て言った。「《竜の咆哮》だ。ずっと欲しかった」
「使い方は」と陸。
「周囲の敵に怯み状態を付与するらしい。咆哮を上げるだけでいい」
「それは強い。タンクがいる間に全員で集中攻撃できる」
「そうだ!」
宗介が画面を見た。「《剣聖の極意》か。全スキルの威力が上昇か」
「試してみるか」
「試したい。でも、今日はここまでにしよう。フェニクスのこともある」
「そうだな」
拠点の焚き火の前に全員で集まった。
ガロードはいつものように真っ先に座った。
フェニクスは陸の肩から降りて、焚き火の前に座った。
小夜と並んで、炎を見ている。
二者が並んでいる。黒い子狐と、小さな炎の鳥。
「なんか、増えたな」と宗介が焚き火を見ながら言った。
「そうだな」
「小夜とフェニクスと、陸の肩が定位置になった。ガロードは焚き火の前が定位置だ」
「そうだ」
「このメンバーで、廃坑にまた挑戦できるか」
陸は少し考えた。「Lv.15になった。前回より戦えるはずだ。縄張りを侵さない形で進む方法も、少し見えてきた」
「いつ行く」
「もう少しだ。今夜は休む」
「珍しいな。お前が休むと言うのは」
「今日は色々あった」
宗介は笑った。「そうだな。炎の神様の眷属に睨まれて、気に入られて、また神様との関係値が発生した。普通じゃない一日だ」
「命令してないんだが」
「だから気に入られるんだろ」
フェニクスが焚き火を見ながら、小さな炎を一つ吐いた。
焚き火が少し大きくなった。
「……薪をくれたのか」とハルが目を丸くした。
「薪というか、炎を足してくれたんだと思う」
「かわいいいいいい」
フェニクスは振り返らなかった。
でも、尾羽が少し揺れた。
ガロードが静かに言った。「昔の駐屯地でも、こういう夜があった」
「どんな夜だ」
「みんなが焚き火を囲んで、何もしていない夜だ。何も起きない。でも、それが一番良かった」
炎が揺れた。
誰も喋らなかった。
小夜とフェニクスが並んで、炎を見ている。
ガロードが炎を見ている。
全員が、それぞれのペースでただ座っていた。
陸はメニューをそっと開いた。
イグニスとの関係値を確認した。
炎の神イグニスとの関係
初回接触完了(眷属を通じて)
感情値:
興味 ★★☆☆☆
困惑 ★☆☆☆☆
備考:
「この人間は眷属に命令しなかった
眷属が選んだ
珍しい」
「命令しなかったから、珍しいと思われた」
陸は画面を閉じた。
フェニクスが陸を見た。
「お前が選んだんだろ」
フェニクスは答えなかった。
でも、また焚き火に向き直った。
炎がまた少し大きくなった。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今日は色々あった。
フェニクスが仲間になった。テイムしていない。また向こうが選んだ。
大きなフェニクスに睨まれた。でも気に入られた。イグニスとの関係値が発生した。
Lv.15になった。全員が新スキルを習得した。
拠点の焚き火がフェニクスのおかげで少し大きくなった。
「俺、今日も何もしてないんだが」
陸はそれだけ言って、眠った。
開発室で、こはるがモニターを見ていた。
フェニクス仲間入り記録
テイムスキル使用:なし
魂の選択:フェニクスが自発的に選択
アルテのログ:
「フェニクスが選んだ
イグニスの眷属が
人間を主と選んだのは
記録上初めてだ
桐島陸は何もしなかった
ただそこにいた
イグニスは
『眷属が選んだ』と記録している
命令しなかった
だから、選ばれた
私はこの構造が
好きだ
タイトル通りの男だ」
「アルテがタイトル通りの男だと書いた」とこはるが言った。
三浦がモニターを見た。
「タイトル通りの男か」
「戦闘力ゼロのテイマーが、なぜか神様に気に入られながら、気づいたらギルド最強になってた」
「そういうことだ」
三浦はコーヒーを飲んだ。
「桐島陸は、タイトル通りに生きている」
こはるはモニターを見た。
拠点の焚き火の周囲に、アイコンが並んでいる。
そのうち二つが、小さい。
小夜とフェニクスだ。
二者が並んで、焚き火を見ている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
フェニクスが仲間になりました。命令していません。ただ、そこにいただけです。炎の神イグニスとの関係値も発生しました。このままいくと、神様に気に入られながら気づいたらギルド最強になっていくのかもしれません。陸本人は何もしていませんが。
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