第16話「手のひらサイズの炎の鳥」
今日は休みだった。
朝から仕事の予定はない。でも、陸は七時に起きた。
今日は北の山岳エリアに行く。フェニクスの目撃情報があった。手のひらサイズで、警戒心が強く、人間に近づかない。
それで十分だった。気になる。行く。
コーヒーを淹れながら、ゲームのメニューを確認した。水晶片があと一つ必要だった。作業台の素材だ。山岳エリアの岩場で取れるかもしれない。
チャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。今日は休みらしい。部屋着のまま来ている。
「コーヒーの匂いがした」
「入れ」
二人でテーブルに座った。
「今日、どこに行くの?」と柚希が聞いた。
「北の山岳エリアだ。フェニクスの目撃情報がある」
「フェニクスって、炎の鳥?」
「そうだ。手のひらサイズらしい」
柚希が少し目を細めた。「手のひらサイズの炎の鳥」
「普段は人間に近づかない、臆病な鳥だという話だ」
「でも陸くんのところには来そう」
「なんでそう思う」
「なんとなく」
柚希はコーヒーを一口飲んだ。
「小夜ちゃんも最初、誰にも懐かなかったんでしょ」
「そうみたいだな」
「でも陸くんには懐いた。また同じことが起きる気がする」
陸は少し考えた。「根拠はない」
「ある」とはっきり言った。「陸くんが根拠だ」
それ以上は言わなかった。コーヒーを飲み終えて、立ち上がった。
「気をつけてね」
「ゲームだ」
「知ってる」
扉が閉まった。
ログインした。
広場に向かうと、全員が揃っていた。
ガロードも来ていた。「考えておく」と言っていたが、来た。
「来たか」と陸は言った。
「来た」とガロードは答えた。それだけだった。
「行こう」
「行く」
7人で北の山岳エリアに向けて出発した。
山道に入ると、空気が変わった。
エデルハイムの周辺の森とは違う。岩肌が多くなって、木々が少なくなる。風が強い。足元が不安定だ。
「推奨レベルはいくつだ」と宗介が周囲を見ながら聞いた。
「このエリアは十五から二十。俺たちはLv.13だ」
「少し足りないな」
「慎重に進む。ハル、前方確認を頼む」
「もうやってる」
ハルが岩の上に飛び乗って、先を確認した。気配遮断が発動しているのか、岩の色に溶け込むように見えなくなった。
二分後、戻ってきた。
「岩場に三体。石翼の鷹だ。推奨レベル十八」
「強いな」と大和。
「ガロードの覇気で弱体化するだろう。」
「俺がやってみる」と大和は言って、竜鱗防壁を構えた。
「行くぞ」
石翼の鷹が三体、岩場の上から急降下してきた。
翼が岩のように硬い。空気を切る音が鋭い。速い。推奨レベル十八の魔物の動きは、今まで戦ってきた相手とは明らかに違う。
大和が防壁を展開した。
一体目が正面から激突した。
ガァアン、と金属同士がぶつかるような音が響いた。大和が二歩後退した。防壁に亀裂が入った。
「っ、硬い!」
「静、上の二体を頼む」
「……やる」
静が右手を空に向けた。音もなく、漆黒の炎が二本の筋を描いた。正確に、上空の二体の翼に命中した。
翼に黒炎が纏わりついて、動きが鈍くなった。
「宗介、今だ」
「任せろ」
宗介が地面を蹴った。
《神速斬》が発動した。刀が光の筋を描いて、三連続で閃いた。一体目のウイングの付け根を正確に捉えた。
ウイングが折れた。鷹が地面に落ちた。
「ハル、落ちた一体を」
「もう終わった」
いつの間にか、ハルが落ちた鷹の影から出てきた。《気配遮断》で接近して、急所を一撃で仕留めていた。
残り二体が空中で止まった。
ガロードの覇気が届いた範囲に入ったのだ。翼が震えている。下降できない。固まっている。
その隙に、静が連続で黒炎を放った。
二体とも、落ちた。
「終わった」と宗介が刀を収めながら言った。「思ったよりいけるな」
「ガロードの覇気があるからだ」と陸は言った。「なければ、もっと手間取っていた」
石翼の鷹 三体討伐
経験値獲得
「レベルアップしそうだ」と大和が言った。
「もう少しだ。あと一戦か二戦こなせばLv.14になる」
「続けるか」と宗介。
「続ける。でも慎重に」
さらに山道を進んだ。次は岩トカゲの群れと遭遇した。推奨レベル十五。
今度は大和の防壁が割れなかった。ガロードの覇気で弱体化した状態ならLv.15の相手にも対応できる。
静の魔法が要所を叩いて、宗介が仕上げた。ハルが後衛から側面を突いた。雪乃は大和のHPを細かく管理し続けた。
全員が自分の役割を理解して動いていた。指示を出す前に動いている。
陸は方針だけ伝えた。
全員レベルアップ → Lv.14
新スキル習得:
宗介:《無双剣技》Lv.2(連撃数が三回から五回に増加)
雪乃:《浄化》(状態異常を全解除する)
大和:《竜鱗防壁》Lv.2(防壁の耐久値が倍増)
静 :《連続詠唱》(同時に二つの魔法を発動できる)
ハル:《影縫い》(対象の影を踏んで動きを封じる)
「スキルが増えた」と宗介が画面を見て言った。「《無双剣技》が強化されてる。連撃が五回になった」
「試したいか」
「試したい。でもまず」
「フェニクスだ」
「そうだ」
全員が山道を見た。さらに上に進む必要がある。
標高が上がるにつれて、風が強くなった。
眼下にエデルハイムが見える。遠くまで来た。
岩場の上を歩きながら、陸は幻視を使った。
周囲を確認した。
何もいない、と思ったとき、岩の陰から何かが動いた。
小さい。
手のひらほどの大きさだ。
炎を纏っている。
赤と橙が混ざった小さな鳥が、岩の陰からこちらを見ていた。
全員が止まった。
「いた」とハルが小声で言った。
「動くな」と陸は言った。
全員が止まった。
陸も動かなかった。
フェニクスは岩の陰から、こちらをじっと見ていた。丸い目だった。警戒しているのかどうか、表情が読めない。
小夜が陸の肩でのそのそと動いた。
フェニクスを見た。
フェニクスが小夜を見た。
二者が、じっと見つめ合った。
陸はその間も動かなかった。何もしなかった。ただ、そこにいた。
一分が経った。
フェニクスが、岩の陰から一歩出てきた。
ちょこん、と岩の上に乗った。
体が小さいから、岩の上でもちょこんとしか見えない。でも、体から炎が揺れている。
また、じっとこちらを見た。
陸は視線を合わせた。
何もしなかった。何も言わなかった。ただ、見た。
もう一分が経った。
フェニクスが飛んだ。
一直線に、陸の肩に向かって飛んできた。
小夜の隣に、ちょこんと止まった。
体が触れ合うほどの距離だ。
小夜がフェニクスを一瞥した。
フェニクスが小夜を一瞥した。
二者が、同時に前を向いた。
「……なんで」とハルが小声で言った。
「わからない」と陸も小声で答えた。
「警戒心が強いんじゃないのか」と宗介が小声で言った。
「そのはずだ」
「なのに、なんで陸の肩に」
「わからない」
フェニクスは陸の肩で、小夜に身を寄せた。
炎が揺れている。小さくて、温かい。
テイムの通知は来なかった。
小夜の時と同じだ。
ただ、いただけだ。
「テイムするか」とハルが聞いた。
陸はフェニクスを見た。
フェニクスがこちらを見た。
まだ、テイムの通知は来ない。
「待つ」と陸は言った。
「待つのか」
「向こうが決める」
「でも、来てくれてるじゃないか」
「来てくれた。でも、それとテイムは違う」
宗介がため息をついた。「お前は、毎回そうなんだな」
「そうか?」
「急がない。決めつけない。待つ。毎回同じだ」
「そういうものだろ」
「普通はそういうものじゃないんだが」
ガロードが静かに言った。「そういうものだ」
宗介がガロードを見た。
「お前も、最初にそうされたのか」
「そうだ」
宗介はしばらく黙った。それから、フェニクスを見た。
炎の鳥は、陸の肩で目を細めていた。
その夜、拠点の焚き火の前に戻った。
フェニクスはまだ陸の肩にいた。テイムの通知はまだ来ていない。でも、離れようとしなかった。
全員が焚き火を囲んで座った。
「今日は色々あった」と宗介が言った。
「そうだな」
「Lv.14になった。新スキルが増えた。フェニクスが来た。テイムの通知はまだない」
「そうだ」
「お前的には、フェニクスとの関係はどういう状態なんだ」
陸は少し考えた。「気に入ってもらえたかもしれない段階だ」
「気に入ってもらえた段階で、肩に乗ってくるのか」
「そうだ」
「テイムの通知が来るのはいつだ」
「わからない。小夜のときは、木の根に挟まったのを助けて、五分後だった」
「今日は何もしていない」
「そうだ」
「何もしていないのに、乗ってきた」
「そうだ」
フェニクスが小さくくしゃみをした。
炎が少し飛んだ。
「あったか」とハルが目を細めた。
フェニクスは気にしていないように、また小夜に身を寄せた。
「かわいい」とハルが言った。
「かわいい」と雪乃が言った。
「かわいいな」と大和が言った。
「……かわいい」と静が言った。
「伝説の炎の神獣に対して、かわいいしか言わないのか」と宗介が言った。
「だってかわいいもの」とハル。
ガロードが焚き火を見ながら言った。「かわいいのは、力と関係ない」
全員がガロードを見た。
「部下の中に、見た目が小さくて可愛い奴がいた。でも誰より強かった」
少し間があった。
「そういうものだ」とガロードは続けた。
炎が揺れた。
フェニクスが焚き火を見た。自分の体の炎と、焚き火の炎を交互に見た。
不思議そうな顔をしていた。
陸はそれを見て、少し笑いたくなったが、止めた。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今日は休みだったのに、やはりこの時間になった。
今日起きたことを整理した。
山岳エリアに行った。石翼の鷹と岩トカゲを倒した。Lv.14になった。全員が新スキルを習得した。フェニクスが肩に乗ってきた。テイムの通知はまだない。
フェニクスが小さくくしゃみをして、炎が飛んだ。
その場面が、まだ頭にあった。
手のひらサイズの炎の鳥が、陸の肩で目を細めていた。
「次に行ったとき、通知が来るかもしれない」
陸はそれだけ思って、眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
フェニクス行動記録
桐島陸パーティと初接触
接触方法:フェニクスが自発的に接近
テイム試行:なし
現在の状態:桐島陸の肩に停留中
フェニクスAI記録:
「近づいた
理由はわからない
でも、近づきたかった
この人間は
来ても何もしなかった
ただ、いた
怖くなかった」
アルテのログ:
「フェニクスが近づいた
設計上、フェニクスは
人間に近づかない
でも近づいた
桐島陸が何もしなかったからだ
何もしないことが
最も信頼される行動になる
私はこのパターンを
何度も観測してきた
毎回同じで
毎回新しい」
「フェニクスが自分から近づいた」とこはるが言った。
「した」と三浦。
「テイムしていないのに、肩に乗っている」
「している」
「桐島さんって、何もしていないのに、なぜこうなるんですか」
三浦はしばらく考えた。「何もしないことが、一番難しいからかもしれない」
こはるはその言葉を聞いて、少し黙った。
「何もしないことが、一番難しい」
「急ぎたい。何かしたい。話しかけたい。人間はそういう生き物だ。でも桐島陸は、ただいる。それが難しい」
こはるはモニターを見た。
陸の肩に、二つのアイコンが並んでいる。小夜とフェニクスだ。
「次に会ったとき、テイムの通知が来ると思いますか」
「わからない」と三浦は言った。「でも、また来ると思う。フェニクスが、また会いに来る」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
フェニクスが肩に乗ってきました。テイムの通知はまだです。でも、また会いに来るはずです。次話ではLv.15への挑戦と、フェニクスとの関係がさらに深まります。
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