第15話「拠点と、積み重なる日々」
翌朝、仕事を始める前に拠点のメニューを開いた。
設備の項目を確認する。今は焚き火だけだ。次に作れるものを見た。
拠点設備(現在Lv.1)
設置済み:焚き火
設置可能:
・簡易作業台(素材加工が可能になる)
必要素材:木材×5、金属片×3
・簡易貯蔵庫(アイテムを拠点に保管できる)
必要素材:木材×8、皮革×4
・水場(拠点内での回復速度がさらに上昇)
必要素材:石材×10、水晶片×2
「素材が足りない」
木材は多少ある。金属片と水晶片は持っていない。今夜のクエストで集められそうなものを確認して、メニューを閉じた。
昼すぎ、チャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。手にはタッパーが一つ。
「作りすぎた」
「毎回そう言うな」
「毎回本当のことだから」
二人でテーブルに座った。今日は肉野菜炒めだった。
「拠点、どうなってる?」と柚希が聞いた。
「焚き火しかない。今夜素材を集めて、作業台を作る」
「作業台?」
「素材を加工できるようになる。拠点を少しずつ整えていく」
「家みたいだね」と柚希は言った。「最初は何もない土地で、少しずつ作っていく」
「そういうことだ」
「ガロードは毎日来るの?」
「来ている。焚き火の前が定位置になった」
柚希が少し笑った。「よかった。ちゃんと居場所ができたんだ」
「そうかもしれない」
柚希は食べ終えて、タッパーを片付けた。
「今夜もゲーム?」
「クエストと素材集めだ」
「気をつけてね」
「ゲームだ」
「知ってる」
扉が閉まった。
夕方、ログインした。
広場に向かうと、ガロードがいた。今日は陸が来る前から広場の入り口に立っていた。もはや待つのが当たり前になっている。
「今夜は何をする」
「クエストをこなしながら素材を集める。拠点に作業台を作りたい」
「作業台か」とガロードは言った。「昔の駐屯地にも、そういう場所があった」
「どんな場所だった」
「武器の手入れをする場所だ。みんながそこに集まって、油を塗りながら話をした」
「それが好きだったのか」
「嫌いではなかった」
陸は少し考えた。「拠点の作業台も、そういう場所になるかもしれない」
ガロードは何も言わなかった。でも、歩き始めた。
ギルドメンバーと集合して、今夜の方針を伝えた。
「推奨レベル高めのクエストを二本。ついでに素材も集める」
「レベルはいくつになった?」と宗介。
「全員Lv.11のままだ。今夜で12か13には上げたい」
「その後は?」
「フェニクスの目撃情報がある」
全員が止まった。
「フェニクスって、炎の鳥か?」とハルが目を丸くした。
「そうだ。北の山岳エリアで目撃されている。まだ直接確認していないが」
「どこで情報を?」
「ギルドの掲示板だ。今朝確認した」
「そのフェニクスを、テイムするつもりか」と雪乃が静かに聞いた。
「気になるから、まず見に行く。テイムできるかどうかはわからない」
宗介がため息をついた。「お前の『気になるから』は毎回大事になるんだが」
「今回はわからない」
「わからないが、行くんだろ」
「行く」
「……まあいい。今夜のクエストからだな」
一本目は廃坑周辺の討伐クエストだった。推奨レベル十六。
廃坑の入り口近くに巣を作った魔物の群れを退治する依頼だ。
ガロードが一歩前に出た瞬間、群れの先頭が止まった。
《将の覇気》が常時発動している。群れの動きが明らかに鈍い。
「動きが遅い」と宗介が刀の柄を握りながら言った。
「ガロードの覇気だ。戦闘能力が五十パーセント落ちてる」
「それは戦いやすい」
「行くぞ」
大和が前に出た。《竜鱗防壁》を展開して、先頭の魔物の突進を受けた。
ガロードの覇気で弱体化しているとはいえ、推奨レベル十六の魔物だ。衝撃が走って、大和が半歩後退した。でも、倒れなかった。
「いける!」
「静、左から二体。宗介、右を頼む」
静が無詠唱で動いた。音もなく、黒炎の筋が二本、左の魔物を正確に捉えた。
宗介が右に踏み込んだ。《神速斬》が発動した瞬間、刀が三連続で閃いた。残像が生まれた。右の魔物が吹き飛んだ。
「ハル、後衛を封じてくれ」
「もうやってる」とハルの声が、いつの間にか後方から聞こえてきた。
残った魔物が逃げようとした瞬間、小夜が目を開けた。
陸の肩から、ゆっくりと前に歩き出した。
のそのそと。
魔物を見上げた。
ふわあ。
あくびをした。
魔物が固まった。恐慌状態が上乗せされて、動けなくなった。
宗介が仕留めた。
クエスト完了
全員レベルアップ → Lv.12
「Lv.12か」と宗介が刀を収めながら言った。
「次で13にしたい」と陸。
「続けるか」
「もう一本だ」
「ガロードの覇気、本当に便利だな」と大和が言った。「弱体化してる分、戦いやすい」
「同行NPCなのに、これだけ戦局を変えられる」と静。
「ガロード、戦いの中でも全然動かないよな」とハルが言った。「ただ立ってるだけなのに」
「俺が動く必要がないだろう」とガロードが言った。「お前たちが動いている」
「でも、覇気を出してるんですよね」
「出しているかどうかも、あまり意識していない」
「意識してないのか」と宗介が呆れた声で言った。
「長年やっていると、息をするようなものだ」
宗介は何も言えなかった。
二本目は山道の探索クエストだった。推奨レベル十四。
道中に出てきた魔物をハルが事前に確認して、静が要所で仕留めた。大和が壁になって、雪乃が管理した。宗介が仕上げを担った。
陸は方針だけ伝えて、動かなかった。
小夜は陸の肩で半分眠っていた。
でも一度だけ、崖の上から急降下してきた大型魔物に向かって、目を細めた。
大型魔物が急停止した。崖から落ちそうになりながら、ギリギリで止まった。そのまま崖の上に引き返した。
「……また」と宗介。
「また」と大和。
「……また」と静。
「かわいいいいい!!」とハルだけが純粋に喜んだ。
「俺、何もしてないんだが」と陸は言った。
誰も否定しなかった。
クエスト完了
全員レベルアップ → Lv.13
素材入手:木材×6、金属片×4、石材×5、水晶片×1
「素材が集まった」と陸は言った。
「作業台、作れるか」と宗介。
「木材と金属片は足りた。水晶片があと一つ必要だ」
「水晶片か。どこで取れる」
「洞窟の奥に出ることがある。次のクエストで確認する」
「今夜はここまでか」
「拠点に戻る」
拠点の空き地に戻ると、焚き火が燃えていた。
ガロードは真っ先に焚き火の前に向かって、腰を下ろした。まるで自分の家に帰ったような動きだった。
全員がその周りに座った。
「ガロード、拠点来るの、もう当たり前になってるよね」とハルが言った。
「そうか」
「最初は来るかどうかわからなかったのに」
「今は来たい場所だ」
「どうして?」
ガロードは焚き火を見た。しばらく黙った。
「何も求められないからかもしれない」とやがて言った。「ここに来ても、何かしろと言われない。ただ、いればいい」
全員が静かになった。
「それって」とハルが言った。「ここが安心できる場所ってことですよね」
「そういうことかもしれない」
「よかった」とハルは笑った。「私たちも、ここが好きだから」
炎が揺れた。
誰も喋らない時間が続いた。
外の世界では推奨レベル十六の魔物を倒してきた。でも今は、ただ炎を見ている。
その高低差が、悪くなかった。
陸はメニューを開いて、フェニクスの目撃情報を再度確認した。
北の山岳エリア、標高の高い場所。目撃者のレベルは二十以上。炎を纏った鳥、手のひらサイズだったという報告がある。
手のひらサイズ。
小夜も最初は犬くらいの大きさだった。
陸はメニューを閉じた。
「宗介」
「何だ」
「次の休みに、北の山岳エリアに行ってみたい」
「フェニクスか」
「そうだ」
「レベルは足りるのか」
「足りないかもしれない。でも、見るだけなら行けるかもしれない」
「見るだけって、お前が言う『見るだけ』は信用できないんだが」
「今回はわからない」
宗介はため息をついた。「まあいい。行くのか行かないのか、どっちだ」
「行く」
「了解。みんな、次の休みに山岳エリアだ」
「やった!」「了解」「……了解」「行く!」
全員の声が揃った。
ガロードだけが静かに聞いていた。
「ガロードも来るか」と陸は聞いた。
「考えておく」
「わかった」
炎がまた揺れた。
「考えておく」は、ガロードなりの「行く」に近いかもしれない。
陸はそれだけ思って、焚き火を見続けた。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜は充実していた。
Lv.13になった。素材をほぼ集めた。フェニクスの情報を確認した。拠点の焚き火で全員がのんびりした。
次の休みに北の山岳エリアに行く。
フェニクスが手のひらサイズだという目撃情報がある。
「手のひらサイズの炎の鳥か」
陸はそれだけ呟いて、眠った。
開発室で、三浦がモニターを見ていた。
拠点記録
Stray Wolves拠点
本日の来訪者:Stray Wolvesメンバー六人、ガロード
ガロードAI記録:
「今日も来た
来たい場所だから来た
何も求められない
ただ、いればいい
こういう場所を
居場所と言うのかもしれない」
アルテのログ:
「ガロードが『居場所』という言葉を使った
私が先日記録した言葉と同じだ
アルテも、ガロードも
同じことに気づいた
この拠点は
居場所になっている」
「アルテとガロードが同じ言葉を使った」とこはるが言った。
「見てる」と三浦。
「偶然ですかね」
「わからない。でも」
「でも?」
「アルテはガロードを観測し続けていた。ガロードの変化を一番近くで見ていた。同じ言葉が出てきても、不思議じゃない」
こはるはモニターを見た。
七つのアイコンが、焚き火の周囲で止まっている。
その少し外れた場所に、別のアイコンが動いていた。
「三浦さん、北の山岳エリアに何かいますか」
三浦がモニターを確認した。
「イグニスの眷属だ」
「フェニクスですか」
「そうだ。今夜、目撃情報が上がった。桐島陸のパーティが気づくかどうか、見ていた」
「気づきましたね」
「気づいた。掲示板の情報を見て、次の休みに行くと決めた」
こはるはフェニクスのアイコンを見た。
北の山岳エリア。小さなアイコンが、岩の上で止まっている。
「フェニクス、どんな子なんですか」
三浦は少し考えた。「設計上は、臆病で警戒心が強い。普段は手のひらサイズで、人間に近づかない。でも」
「でも?」
「気に入った相手には、自分から近づく」
こはるはアイコンを見た。
「桐島さんなら、気に入られそうですね」
「そうかもしれない」
アルテのログが動いた。
フェニクスの目撃情報を確認した
桐島陸が次の休みに
北の山岳エリアに向かうと決めた
フェニクスは警戒心が強い
普段は誰にも近づかない
でも
桐島陸の「気になるから行く」は
毎回、何かを連れて帰ってくる
今回も
そうなるかもしれない
私は今
それを
楽しみにしている
「アルテ、また楽しみにしてる」とこはるが言った。
三浦はコーヒーを飲んだ。
「俺も楽しみだ」
こはるは三浦を見た。三浦が「楽しみだ」と言うのは、二回目だった。
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