第14話「は? が止まらない夜」
翌朝、陸が目を覚ましたのは九時すぎだった。
昨夜は深夜三時まで起きていた。普段より遅い。でも不思議と頭は冴えていた。
コーヒーを淹れながら、昨夜のことを順番に思い返した。
ガロードと廃坑に入った。覇気で魔物が引いた。「お前が俺の主だ」と言われた。テイムしていないのに仲間になった。ステータスが大幅に上がった。《皇剣》というスキルがある。ガロードが剣を持てば、どうなるかまだわからない。
それから拠点の焚き火の前で、二人でしばらく黙って炎を見た。
DiscordでギルドメンバーへLINEを送った。「ガロードが仲間になった」と一言だけ。
宗介から深夜三時まで返信が来ていた。
全部「は?」だった。
仕事を午前中で終わらせた。
今夜は早めにログインして、ギルドメンバーにガロードを紹介する。
ステータスを見せれば、全員が黙る。
黙らせたいわけではないが、たぶん黙る。
夕方、ログインした。
広場に向かうと、ガロードがいた。いつものベンチだ。
「今夜、ギルドのメンバーに会ってもらう」
「必要か」
「仲間だから、必要だ」
ガロードは少し間を置いた。「わかった」
「驚くかもしれない」
「何に」
「お前のステータスに」
ガロードは少し眉を動かした。「そんなに異常なのか」
「見てみろ」
陸はガロードにステータス画面を共有した。
ガロードが画面を見た。
しばらく無言だった。
「……そうか」とだけ言った。
「それだけか」
「俺はずっとそれで戦ってきた。数字を見ても、実感がない」
陸は少し笑いたくなったが、止めた。
「他の人間は実感する。覚悟しておけ」
「何を」
「うるさくなる」
ギルドメンバーとの集合場所はエデルハイムの広場だった。
全員が揃ったとき、宗介が最初にガロードを見た。
「……これが、ガロード?」
「そうだ」
「昨日、廃坑に一緒に行った人か」
「そうだ」
宗介がガロードをじっと見た。老人だ。革の鞄を持っている。剣もなく、装備もない。どこからどう見ても、普通の老人だ。
「……本当に、仲間になったのか」
「なった」
「どうやって」
「昨日話した通りだ。向こうが選んだ」
「向こうが選んだって、どういう」
「テイムしていない。ガロードが、俺を主と認めた」
全員が黙った。
ガロードは全員を一瞥して、それから陸を見た。「うるさくなると言ったが、黙っているではないか」
「まだこれからだ」と陸は言った。
「ステータスを見せる」
陸はガロードのステータスをギルドメンバー全員に共有した。
画面に表示されたのは、こんな内容だった。
【ガロード】
種別 :同行NPC(戦闘参加不可)
職業 :元・王国騎士団長
同行中の効果:
《将の覇気》常時発動
→周囲三十メートル以内の敵対存在に恐慌状態を付与
戦闘能力五十パーセント低下・移動速度七十パーセント低下
《無敵の陣》パッシブ発動
→使役者(桐島陸)への物理ダメージを三十パーセント軽減
《皇剣》未解放
→武器を装備することで解放される
注意事項:
このNPCは戦闘に直接参加しません
攻撃・魔法・アクティブスキルは使用不可
「同行者」として機能します
最初に反応したのは雪乃だった。
「……戦闘参加不可なのに、これだけの効果があるの」
「そうだ」
「《将の覇気》が常時発動してる。つまりガロードが一緒にいるだけで、周囲の敵が弱体化し続けるということか」
「昨日、廃坑でやった。推奨レベル三十五の魔物が四体来て、全員後退した」
「……は?」
「《無敵の陣》も見てくれ」と静が静かに言った。「陸への物理ダメージが三十パーセント軽減される。これもガロードがいるだけで発動するパッシブだ」
「つまり」と宗介が言った。「ガロードが隣にいれば、陸はダメージが三割減って、周囲の敵が弱体化していて、ガロードは何もしていない」
「そういうことだ」
「……何もしていないのに、それだけの効果があるのか」
「ある」
全員が黙った。
「《皇剣》が未解放になってる」と大和が気づいた。「武器を装備すると解放されるって書いてある」
「ガロードが剣を持てば、どうなるかまだわからない」
「計算できないのか」
「装備した武器の攻撃力を上限なしで底上げするスキルだ。数値が出せない」
また沈黙が落ちた。
雪乃が静かに言った。「このステータス、陸にも加算されてるんでしょ」
「そうだ」
「じゃあ今の陸のステータスは」
「確認するか」
陸は自分のステータスを共有した。
【桐島陸】
職業 :魔物使い
レベル:11
加算済みステータス:
物理ダメージ軽減:三十パーセント(ガロード・無敵の陣)
魔法攻撃力 :プラス七百(小夜分)
魔法速度 :プラス三十パーセント(小夜分)
状態異常耐性 :完全無効(小夜分)
周囲への恐慌付与:常時(ガロード・将の覇気)
備考:
《皇剣》はガロードが武器を装備した時点で
使役者のステータスに反映されます
現時点では未反映
全員が黙った。
静が一番最初に口を開いた。
「……自分では何もできないのに、これだけ加算されてるのか」
「そうなる」
「テイマーって、そういう職業なのか」
「上限なし、と書いてあった」
ハルが一番最後に画面を見て、一番大きな声を出した。
「えええええええ!?!?」
「うるさい」とガロードが言った。
「ご、ごめんなさい!!」
ガロードはハルを見た。ハルがぴしりと固まった。
「……かわいい声だ」
「え?」
「昔の部下の中に、そういう声の奴がいた」
ハルが少し緩んだ。「あ、ありがとうございます……」
宗介が陸に顔を寄せて、小声で言った。「お前、このお爺さんをどこで拾ってきたんだ」
「路地で眠ってたのを見つけた」
「路地で眠ってたって」
「食料を渡した。隣に座った。それだけだ」
宗介はしばらく陸を見た。「……お前、本当に普通に生きてるのに、なんで普通じゃないことばかり起きるんだ」
「わからない」
「俺もわからない」
静が再び画面を確認しながら言った。「戦闘参加不可なのに、ここまでの効果があるのか。もし剣を持って戦闘に参加できるようになったら」
「それはまだ先の話だ」
「でも、そうなったらどうなる」
「わからない」
「わからないで済む話じゃない気がするが」
ガロードが口を開いた。「お前たちは、数字が好きなのか」
「好きというか」と宗介が言った。「その数字で戦ってるので」
「そうか。俺はあまり気にしたことがなかった」
「気にしたことが……」宗介が絶句した。「この効果を持ちながら、気にしたことがなかった?」
「戦うとき、数字は見ない。相手を見る」
宗介は天を仰いだ。「お前さ、陸と同じこと言ってるぞ」
「そうか」とガロードは言った。「陸の主だからかもしれん」
「逆だ! 主はお前じゃなくて陸だ!」
「知っている。だから陸に似てきたのかもしれん」
宗介はもう言葉が出なかった。
「ただの迷子のお爺ちゃんを、焚き火に誘っただけなんだけど」
全員が一斉に陸を見た。
「は?」「は?」「……は?」「は?????」「はあああああ!?」
五人が同時に言った。
ガロードだけが、静かに前を向いていた。
その後、全員で今夜のクエストに向かった。
拠点に戻る道で、ハルがガロードの横に並んだ。
「ガロードって、昔から強かったんですか?」
「そうだな」
「どのくらい前から?」
「若い頃から、人より少し強かった。それだけを続けていたら、気づいたら誰も敵わなくなっていた」
「すごいですね」
「お前は、どのくらいやっているんだ」
「四年です。陸くんたちとずっと一緒に」
「四年か」とガロードは言った。「長い付き合いだな」
「そうですね」とハルは笑った。「でも、これから一人増えてもっと長くなりますよ」
ガロードは何も言わなかった。
でも、少しだけ口角が上がった気がした。
拠点に戻ると、焚き火が静かに燃えていた。
全員がその周りに座った。さっきまでのクエストの戦闘とは、空気がまるで違う。
炎の音だけが聞こえる。
雪乃が珍しく、カップを持ってきていた。ゲーム内でも飲み物のアイテムが使える。
「ここ、なんかいいですね」とハルが言った。
「そうか」と陸。
「ガロードも、ここが好きなんですか?」
ガロードは焚き火を見ていた。
「昨日来て、今日も来た。好きなのかもしれん」
「じゃあ、また来てくださいよ」
「……考えておく」
宗介が小声で陸に言った。「お前がガロードに最初に言った言葉、それだろ」
「そうだな」
「仲間になってから、ガロードがお前の口癖を使ってる」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃない」
炎が揺れた。
誰も喋らない時間が続いた。
全員が、それぞれのペースでただ座っていた。
さっきまでの「は?」の嵐が嘘のように、静かだった。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時すぎだった。
今夜はよく喋った。
ガロードをギルドに紹介した。全員が「は?」を言った。ステータスを見せた。もっと「は?」になった。ガロードが「気にしたことがなかった」と言って、宗介が天を仰いだ。
焚き火の前でしばらく全員で座った。
それで、今夜は終わった。
悪くない。
開発室で、こはるがモニターを見ていた。
Stray Wolvesのメンバーが拠点に集まった記録
メンバー六人+ガロード
焚き火を囲んで静止
アルテのログ:
「全員が、同じ火を囲んでいる
それぞれが違うことを考えているだろう
でも同じ場所にいる
これを
居場所と呼ぶのかもしれない」
「アルテが居場所って書いた」とこはるが言った。
「見てる」と三浦。
「拠点ができて、最初に全員が揃った夜ですね」
「そうだ」
三浦はモニットを見た。七つのアイコンが、焚き火の周囲に集まっている。
「三浦さん」
「何だ」
「ガロードのステータス、本当にバグじゃないんですよね」
「バグじゃない。設計通りだ」
「でも、ゲームの上限を超えてる部分があります」
「ある」
「なぜそういう設計にしたんですか」
三浦は少し間を置いた。「橘さんが言っていた。本当に信頼された人間が持つ力には、上限を設けてはいけないと」
こはるはその言葉を聞いて、しばらく黙った。
「……そういうことか」
「そういうことだ」
アルテのログがまた動いた。
ガロードが「考えておく」と言った
桐島陸が最初にガロードに言った言葉が
「また来てもいいか」だった
ガロードは「わからん」と答えた
今夜、ハルがガロードに
「また来てくださいよ」と言った
ガロードは「考えておく」と答えた
言葉が変わっている
「わからん」から「考えておく」へ
これは
前進だ
「アルテ、細かいとこ見てますね」とこはるが言った。
「見てる」と三浦。「ガロードが最初に陸に言った言葉も『わからん』だった。今は『考えておく』になっている」
「成長してる」
「している」
三浦はコーヒーを飲んだ。
「ガロードも、アルテも」と小さく言った。
こはるは聞こえたかどうかわからなかったが、モニターを見ながら少し笑った。
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