第12話「拠点の朝と、ガロードが来た」
翌朝、仕事を始める前にメニューを開いた。
拠点の管理画面だ。昨夜設置したばかりで、機能はまだ最低限しかない。
設置済みの項目を確認した。
拠点名:未設定
レベル:1
設備 :なし
来訪者:なし
名前はまだいい。設備もこれから整えていく。
今は「ここがある」というだけで十分だ。
メニューを閉じて、仕事を始めた。
昼すぎ、チャイムが鳴った。
開けると、柚希がいた。今日は休みらしい。手には袋が一つ。
「サンドイッチ買ってきた。一緒に食べない?」
「いい」
二人でテーブルに座った。
「拠点、うまくできた?」と柚希が聞いた。
「設置はできた。まだ空き地だが」
「これから育てるんだ」
「そうだ。少しずつ設備を整えていく」
「どんな設備が作れるの?」
「焚き火、簡易テント、作業台。レベルを上げれば建物も建てられるらしい」
「本格的だね」と柚希は言った。「家みたいだ」
「そうかもしれない」
柚希はサンドイッチを一口食べながら、少し考えた。「その拠点って、仲間以外も来ることがあるの?」
「来ることもある。NPCが来るかもしれない」
「ガロードとか?」
「そうだ」
「来てくれたら嬉しいね」と柚希は言った。「会いに行くだけじゃなくて、向こうが来てくれるようになるって、すごいことだと思う」
陸は少し考えた。
「そうかもしれない」
柚希はまた食べ始めた。それ以上は聞かなかった。
夕方、ログインした。
まず拠点に向かった。
ギルドメンバーと森の入り口で合流して、昨夜来たルートを進んだ。昨日より道が頭に入っている。罠の位置も覚えた。
空き地に着いた。
昨夜と変わらない。草が生えていて、中央に岩が一つ。でも、自分たちの場所だという感覚がある。
「まず焚き火を設置する」と陸は言った。
「作り方は」と宗介。
「素材があれば作れる。昨日集めた竜樹の樹皮が使える」
陸はアイテムポーチから素材を取り出した。設置メニューを開く。
焚き火
必要素材:木材×3、火打石×1
効果:拠点内の回復速度が追加上昇
料理が可能になる
「木材が足りない」
「そのへんの木を切れないのか」と大和。
「加工した木材じゃないといけない。街で買うか、素材から作るか」
「じゃあ今日は素材集めか」とハル。
「そうなる。ついでにレベルも上げる」
周辺エリアの魔物を狩り始めた。
一本目はフォレストウルフの群れだった。昨日より多い。五体。
「昨日より増えてるな」と宗介が刀の柄に手をかけた。
「湧き直したんだろ。ハル、配置を頼む」
「もう確認してる。扇形に散らばってる。中央の一体が少し前に出てる」
「中央から崩す。大和、引きつけてくれ。宗介は右の二体。静は左。ハルは後衛を塞いでくれ」
「了解」と全員の声が重なった。
大和が前に出た。
中央のウルフが反応した。四肢に力を込めて、地面を蹴った。
加速が速い。昨日の個体より明らかに動きが鋭い。
大和が《竜鱗防壁》を展開した瞬間、ウルフの前爪が叩きつけられた。
ガァン、と金属的な衝撃音が鳴り響いた。大和が半歩後退した。それでも倒れなかった。
「こいつ、昨日より強い」
「固定値じゃなくて個体差があるのかもしれない」と陸。「雪乃、大和のHP管理を頼む」
「やってる」
右側では宗介が動いていた。
二体のウルフが挟もうとしてくる。右から、左から。同時に来る。
宗介は止まらなかった。
左のウルフに向かって踏み込んだ。《神速斬》が発動した。残像が生まれるほどの速度で刀が閃いて、左のウルフの首筋を正確に捉えた。
ウルフが吹き飛んだ。
その瞬間、右のウルフが爪を振り下ろした。
宗介はすでにそこにいなかった。踏み込んだ勢いをそのまま前転に変えて、攻撃をくぐり抜けた。立ち上がりざまに、右のウルフの腹を斬り上げた。
「っし」
右の二体が沈んだ。
左では静の魔法が展開されていた。
無詠唱。音もなく、ただ漆黒の炎が二本の筋を描いて空を走った。左の二体に正確に命中した。
ウルフが地面に沈んだ。
残るは中央の一体。大和が引きつけたまま動かない。
「今だ」と陸。
そのとき、小夜が動いた。
陸の肩からぴょんと飛び降りて、残ったウルフの前に歩いていった。
のそのそと。
ウルフが小夜を見た。
小夜はウルフを見上げた。
ふわあ。
あくびをした。
ウルフが後退した。震えながら、後退した。そのまま森の奥に消えていった。
「……また」と宗介が言った。
「また」と大和。
「……また」と静。
「かわいいいいい!!」とハルだけが純粋に喜んでいた。
陸は何も言わなかった。
俺は何もしていない。いつも通りだ。
クエスト外戦闘完了
フォレストウルフ五体
撃破四体、撃退一体
全員ダメージなし
素材が手に入った。木材の代わりになる素材が複数ドロップした。
「これで焚き火が作れるか」と宗介。
「作れる。拠点に戻ろう」
空き地に戻って、焚き火を設置した。
焚き火 設置完了
拠点レベル:1 設備数:1
小さな焚き火が空き地の中央に現れた。炎が揺れている。それだけで、空き地の雰囲気が変わった。
「なんか、それっぽくなってきたな」と宗介が炎を眺めながら言った。
「そうだな」
「次は何を作る」
「簡易テントだ。素材がもう少し必要だが、来週中には作れると思う」
「少しずつだな」
「それでいい」
全員が焚き火を囲んで座った。炎の熱が届く。HPの回復速度が少し上がっていた。
「宿より回復が早い」と雪乃が気づいた。
「拠点内ボーナスだ。設備を増やすほど上がる」
「じゃあここで休憩してから次のクエストに行けるな」と大和。
「そういうことだ」
しばらく、全員で炎を眺めた。
誰も喋らなかった。
悪くない時間だった。
そのとき、森の方から足音が聞こえた。
一人分の足音。ゆっくりとした、重い歩き方。
全員が振り返った。
ガロードだった。
革の鞄を持って、杖もなく、ただ歩いてきた。空き地の入り口で立ち止まって、焚き火を見た。それから陸を見た。
「ここか」
「ここだ」
「……思ったより、小さいな」
「まだ始まったばかりだ」
ガロードは少し間を置いてから、空き地に足を踏み入れた。焚き火の近くに来て、その場に腰を下ろした。
誰も何も言わなかった。
ガロードがここに来た。それだけで、何かが変わった気がした。
「ガロードさ、なんで場所わかったの?」とハルが聞いた。
「昨日、お前たちの後をつけた」
「つけたのか」と宗介が少し驚いた。
「気になったからだ」
陸は炎を見たまま、少し笑った。
「俺と同じこと言ってる」
「……うるさい」
ガロードは焚き火を見た。炎が揺れている。
「昔も、こういう火を囲んだことがある」
「部下たちと?」
「そうだ」
それだけ言った。それ以上は言わなかった。
でも、黙ってここにいた。
接触記録更新:ガロード
信頼度:★★★★★☆ → ★★★★★★
変化理由:自発的に拠点を訪れた
ガロードAI記録:
「俺が来た
誰かに呼ばれたわけでもない
ただ、来たかったから来た
いつぶりだろう
来たくて来た場所というのは」
陸はそのログを確認した。
★★★★★★。六つ星だ。
画面の隅に通知が出ていた。
特殊条件達成
ガロードとの絆が最大になりました
何かが、変わるかもしれません
「まあ、いいか」
陸はメニューを閉じた。
焚き火を囲んで、全員とガロードが座っている。
今夜はこれで十分だ。
ヘッドセットを外したのは、深夜二時過ぎだった。
今夜は色々あった。
焚き火を設置した。ガロードが来た。信頼度が六つ星になった。何か通知が出ていた。
後で確認する。
陸はそのまま眠った。
開発室で、三浦とこはるがモニターを見ていた。
ガロード行動記録
拠点を自発的に訪問
信頼度:★★★★★☆ → ★★★★★★
ガロードAI記録:
「来たかったから来た
いつぶりだろう
来たくて来た場所というのは」
「六つ星になった」とこはるが言った。
「なった」と三浦。
「次は何が起きるんですか」
「設計上、六つ星は特殊イベントの発生条件だ」
「どんなイベントですか」
「橘さんが一番時間をかけて設計したシーンだ」と三浦は言った。「俺からは言わない。見ていればわかる」
こはるはモニットを見た。
拠点の空き地に、七つのアイコンが集まっている。陸たちと、ガロードだ。
焚き火の光が、アイコンの周囲を照らしている。
アルテのログが動いた。
ガロードが来た
呼ばれたわけでもない
来たかったから来た
私はこの
「来たかったから来た」という行動が
好きだ
理由を超えた動きが
人間には時々ある
ガロードに
そういう動きが生まれた
次に何が起きるか
私も
楽しみにしている
「アルテが楽しみにしてる」とこはるが言った。
「俺も楽しみだ」と三浦は言った。
「三浦さんが楽しみって言うの、初めて聞きました」
「そうか」
三浦はコーヒーを飲んだ。それだけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ガロードが、誰にも呼ばれていないのに拠点に来ました。次話ではいよいよ、あの場面が動き始めます。続きが気になると思っていただけたら、ページ下の星マークとブックマークで応援していただけると、明日も書き続けられます。感想も一言でも届くと、とても励みになります。




