第106話「うちのギルド、有名らしい」
世界樹の一件が落ちついてから、しばらく、おだやかな日々が続いていた。
夕方、陸が洗濯物を取りこんでいると、柚希からメッセージが届いた。
『ねえ、見た? 運営から、すっごい告知きてるよ』
『いや、見てない』陸は首をかしげた。『なんかあった?』
『もう、陸くんは、ほんとに掲示板見ないんだから』柚希の、あきれたような声が目に浮かんだ。『世界規模の、でっかいお祭りイベントだって。今夜、みんなで集まろ』
その夜。ログインすると、拠点は、いつもの平和なにぎわいに包まれていた。
天を衝く世界樹の木陰で、宗介たちが焚き火を囲んでいる。いのちの母の光が世界にゆきわたってから、この拠点は、いっそう居心地がよくなっていた。豊穣の精霊が畑をめぐり、風の子が枝のあいだを舞い、神獣たちは思い思いにくつろいでいる。しばらくは、こういう、のんびりした日が続くのだと思っていた。
「よう、陸。ついに来たな、でかいやつが」宗介が、掲示板を空中に開いて見せた。
そこには、運営からの、はなやかな告知が躍っていた。
「エターナル・クロス、全世界一斉イベント――『王国対抗戦』」ハルが、うきうきと読みあげる。「世界中のプレイヤーが、四つの国に振り分けられて、ぶつかり合う――大お祭りだって!」
四つの国。緑の大地のヴェルダン王国。青き水のアズリア聖王国。紅蓮の炎のイグナート帝国。そして、紫の闇のノクターン連邦。世界じゅうのプレイヤーが、この四カ国のどこかに割りふられる。そして、ギルド単位と個人単位の、二本立てで競い合うのだという。
「へえ、面白そうだな」陸は、のんきに頷いた。
「面白そう、じゃないんだよ」大和が、にやりと笑う。「掲示板、いま、うちのギルドの話で持ちきりなんだぜ」
「……うちの?」陸は、きょとんとした。「なんで?」
その反応に、その場の全員が一瞬、黙りこんだ。
「……こいつ、ほんとに気づいてないのか」宗介が、額を押さえる。
「陸くん、ランキングも掲示板も、まったく見ないもんね」雪乃が、くすくすと笑った。
無理もなかった。陸は、レベルがいくつだの順位がどうだのに、まるで興味がない。腹が減れば飯を食い、仲間が笑っていれば、それでよかった。
「陸、いい機会だから言っとくけどな」宗介が、あきれ半分に指を立てた。「このゲーム、レベル四十を超えたら、それだけでトップランカーなんだよ。世界でも、両手で数えるくらいしかいない」
「うちら、七人そろって、その大台超えだけどね」ハルが、けらけらと笑う。「そのうえリーダーは、神様に好かれて、神獣ぞろぞろ、おまけに天まで届く大樹まで生やしてる。……そりゃ、有名にもなるって」
「まあ、俺たち、それなりにやってきたからな」宗介が、ちょっと得意げに胸をそらす。「なあ、陸」
「そう、なのか?」陸は、いまいちピンとこない顔で、木陰の神獣たちを眺めた。小夜が、あくびをしている。「みんな、いつもどおりだけどな」
「その“いつもどおり”が、異常なんだって」ハルが、げらげらと笑った。「掲示板なんか“正体不明の最強ギルド、ついに動くか”って、もう、お祭り騒ぎだよ」
「最強……?」陸は、ますますきょとんとした。となりでモフが、のんびり毛づくろいをしている。どこからどう見ても、ただの、のどかな拠点だった。
やがて、割りふりが発表された。Stray Wolvesは――東の、ノクターン連邦。腕に覚えのある一匹狼や、名うてのソロプレイヤーが集まる、実力者の国だった。
「へえ、うちららしい国じゃん」ハルが、にっと笑う。「同じ国のソロたち、うちが来たって、掲示板でざわついてるよ。頼もしいような、こわいような、って」
掲示板は、また別のところでもざわついていた。南のイグナート帝国には、両手斧を振りまわす脳筋の暴れん坊、“紅蓮のヴォルグ”。そして、あの“漆黒の絶対者”を率いる黒崎零も、どこかの国で牙を研いでいるという。名だたる強者たちが、この一戦にむけて、続々と名乗りをあげていた。
「腕が鳴るな」宗介が、剣の柄を、とんと叩いた。「ギルド戦は、俺たちで勝ちにいくぞ」
「あたしは、個人ランキングのほうで暴れるから」柚希が、弓をくるりと回した。ギルドに籍を置きながら、ひとり気ままに的を狙う。それが、この狙撃手のやり方だった。「腕が鳴るのは、こっちも同じ」
ただ、ひとつだけ、妙なことがあった。
Stray Wolvesが、ギルドとして登録されるとき。陸のうしろには、七体の神獣に老騎士のガロード、さらには古の術師シィラまでが、ずらりと並んでいたのだ。まるで、それ自体が、ひとつの軍隊のように。
「……なあ」大和が、その光景を、まじまじと見た。「陸ひとりで、もう、ギルドとして成立してないか、これ」
「そんなことは、ないだろ」陸は、あっさり首を振った。「俺は、何もしてないぞ。みんなが、勝手についてきてくれるだけで」
「その“みんな”が、規格外なんだよ……」
焚き火の向こうで、ガロードが、ふっと笑った。
「主が出るなら、儂も久しぶりに、剣を振るおう」老騎士は、静かに刃を撫でた。「シィラ、そなたも、腕がなまっておるのではないか?」
「言ってくれるじゃないか」杖を握ったシィラが、不敵に笑い返す。「あたしの全属性、たっぷり見せてやるさ」
その、とんでもない顔ぶれを前に、宗介たちは顔を見合わせた。そして、こらえきれないように、にやにやと笑いだす。
「これ……絶対、とんでもないことになるぞ」
「うん。どう見ても、陸のまわりだけ、ぜんぶ持っていくやつだ」
「見物だなあ」
当の陸だけが、その意味が、よくわかっていなかった。ただ、久しぶりのお祭りに、少しだけわくわくしていた。みんなで、わいわい遊べる。それが、ただ、うれしかった。
やがて一日の終わりに、めいめいが光の粒になって溶けていく。陸も静かに目を閉じ、明日からのにぎやかな日々を思って、そっと笑った。
開発室では、こはるが参加者リストを見て、頭を抱えていた。
「三浦さん……あの子たち、対抗戦、出るみたいです」こはるが、うめく。「しかも、リーダーが神獣を勢ぞろいさせて……これ、一人で、ひと国ぶんの戦力あるんじゃ」
「……出るのか、あいつが」三浦は、げんなりと、けれど、どこか楽しそうにモニターを見た。「バランス調整、完全に、無駄になったな。まあいい。……世界中のプレイヤーが、あの子を見て、どんな顔をするか。それはそれで、見ものだ」
ヘッドセットを外すと、スマホが震えた。柚希からだ。
『明日から、楽しみだね』少し間があって、もう一通。『あたしも狙撃手として、個人ランキングの上を狙うから。陸くんには、負けないんだから』
『ああ』陸は、ふっと笑って返した。『お手やわらかにな』
窓の外の夜空は、いつもより少しだけ、お祭りの前の日みたいに、そわそわして見えた。久しぶりの、大きなお祭り。難しいことは、なにもない。ただ、みんなで、思いきり遊ぶだけだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
長い長い「世界樹を育てる旅」が終わり、ここからは、がらっと空気を変えて――みんなでゲームを思いきり楽しむ、お祭り編のはじまりです。運営主催の「王国対抗戦」。世界中のプレイヤーが四つの国に分かれて競う、大きなお祭りがやってきました。
しばらくは、重たい物語はお休み。日常あり、ほのぼのあり、そしてもちろん、バトルの見せ場もたっぷり。肩の力を抜いて、わいわい遊んでいきましょう。
さて、当の陸は、掲示板もランキングも見ないので、自分たちがとっくに“伝説の最強ギルド”になっていることに、まったく気づいていません。まわりが青ざめるほどの顔ぶれを引き連れて、本人はただ「久しぶりのお祭り、楽しみだな」とにこにこ。……次回から、この“一人でひと国ぶんの戦力”が、いよいよ暴れます。というより、まわりが勝手に暴れます。
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