表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特別再清掃社・告知事項アリ  作者: 渡辺河童


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

03:着いてくる音

 現場を出てからも、音が耳に残っていた。


ぽたり、という水音。

それに重なる、もう一つの足音。


車に乗り込んでも、消えない。


エンジンをかける。

低い振動が、車内に広がる。


それでも――


どこかで、まだ続いている。


「……墨田さん」


助手席の高橋が、声を落とす。


「さっきの部屋、なんか……」


「なんだ」


「出たあとも、続いてる気がしませんか」


墨田は答えなかった。


信号で止まる。

エンジン音が落ちる。

静かになる。


その瞬間。


――――ぽたり。


水音がした。


車内の、どこかで。

高橋が息を止める。


「……今の、聞きました?」


墨田は視線を動かさない。


前方の信号を見たまま、言う。


「聞いてない」


嘘だった。


音は、はっきり聞こえている。

しかも近い。


さっきの浴室より、ずっと近くで。


――――ぽたり。


もう一度。


墨田は、ゆっくりと視線を下げた。


足元。


フロアマット。


何もない。

だが、濡れている気がした。


信号が青に変わる。


アクセルを踏む。


音は、そこで消えた。


車を止めて事務所に戻る。


扉を開けると、いつもの匂いがする。


薬品。

コーヒー。

紙。


――――だが、その奥に。


ほんのわずかに。

混ざっている。


あの部屋の匂いが。


墨田は何も言わず、デスクに向かう。


パソコンを起動する。


画面が立ち上がる。


その瞬間――――。


背後で、何かが動いた気がした。


振り返る。

誰もいない。


だが……。


椅子の位置が、少しだけずれている。


さっきまで、もっと奥にあったはずだ。


「……墨田さん」


高橋が、小さく言う。


「ここ、さっき……こんなでしたっけ」


「気のせいだ」


墨田は画面を開く。


現場の写真。


浴室。

ゴミ箱。


白い袋。


拡大してみる。


結び目。


同じだ。


無駄がない。

引きが強い。

余りが短い。


視線を外す。


机の上に、何かがある。


白いもの。


袋だった。


同じ形。

同じ大きさ。


「……これ」


高橋が後ろから覗く。


「こんなの、持って帰りましたっけ」


墨田は動かなかった。


持って帰っていない。


現場からは、何も。


それでも、袋はそこにある。


結ばれている。

きつく。


ゆっくりと、手袋をはめる。


袋に触れる。


冷たい。


だが、その奥に。


わずかな温度がある。


まるで。


中に、何かがあるみたいに。


「……開けますか」


高橋が言う。


その瞬間。


ギ、と音がした。


袋の結び目が、わずかに動く。


ほどけるのではない。


引かれた。


内側から。


墨田は手を止めた。


静かになる。


――――だが。


気配は消えていない。


すぐ後ろにある。


「……同じでしょ」


声がした。


振り返る。


誰もいない。


だが、確実に。


今、耳元で聞こえた。


墨田は袋を机に置く。


ゆっくりと息を吐く。


「……高橋」


「はい……」


「明日、不動産に行く」


声は低い。


だが、はっきりしている。


「この現場、誰が触ったか確認する」


「もし……人じゃなかったら」


高橋の声が震える。


墨田は、少しだけ考えた。


そして、答えた。


「そのときは」


一瞬、言葉が止まる。


背後で、何かが動いた気がした。

振り返らない。


「そのときは、なおさらだ」


その夜。


墨田は、机の上を見た。

袋は、まだそこにある。


結び目が、わずかに変わっていた。


さっきより、締まっている。


――――まるで。


誰かが、結び直したみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ