アンジェリコ伯爵家当主、ハンニバル
ちょっと長め。
次回で一区切りとなります
***
龍の討伐より数日が経った。
私たちは宿を引き払い、エリオットの勧めに従ってロッチノアにある領主所有のタウンハウスへと居を移し、そこで暫くの間過ごしていた。
「………慣れない」
義足の足を上げる。重っくるしい幾重ものフリルが施されたドレスがそれに伴って布の形を変える。
「作法は兎も角似合っているではないか、ラリナ。クリス、お前も着てみたらどうだ?」
「結構。見ているだけで十分だ」
右腕を保護された姿のエリオット………いや、エリーはそんな私を見て小さく笑っていた。
さて、なんで私たちがこんな場所で過ごしているかと言えば、どうやら今回の龍の討伐に付いて、領主であるアンジェリコ伯爵から手ずから褒美を与える―――とのことらしい。
エリー曰くそれは建前で他に重要な話があるからっていってたけど、それはそれとして褒美は貰えるとか。私としては龍の魔核を取り込んだというだけで十分な収穫だったけど。
ちなみに。師匠は自分の荷物以外の全て、つまりエンバス渓谷からこの街に来るまでの魔核や魔物の素材の全てを宿に置いて行ったので、金銭的に私たちが困るということはない。龍退治のそれもあり、金という点で言えば数年は遊んで暮らせる程度は手に入るだろう。
いや遊ばないけど。そんなことしてる暇あったら強くなるために戦うし。
エリーの右腕を視る。包帯や添え木でぐるぐる巻きにされているが、その奥から漂う血の匂いでまだ重傷を負っていることが感じ取れる。
「………治るまでは、”エリオット”は休業だな」
「なんで男の名前を名乗って男性騎士として紛れ込んでるの?」
「この眼のせいさ。誰も彼も、お前のように目を隠さず、自分らしく生きることは難しい」
苦笑したエリーが続ける。
「伯爵家は高位貴族だ。そんな高位貴族の中に忌み目を持って生まれた私は、それだけで社交界からははみ出し者になる。元より中央の貴族が好んで行う腹の探り合いなどは性に合わないが―――侮られぬためには実力と実績が必要だ。騎士としての仕事はそれを作るに容易く、そして目を隠すにもちょうど良い」
「………面倒だね」
「全くだ」
肩をすくめるエリー。
貴族の面倒くささは基本的に爵位が上がれば上がるほどに増していく。伯爵ともなればそれはもう考えることも対処するべきことも多くなるだろう。それより上の侯爵だとかは考えたくもない。
全くもって、私には関係のないことであるが。
カリっという音が響き、クッキーを摘まんでいたクリスが今度は紅茶に手を伸ばす。その足はもう既に完全に再生が済んでいた。
「それで私たちはいつまでもここにいればいい?」
「父が行っている龍退治に関係する後処理が済んだらだな。まあ、そんなに時間はかからない。ああ見えて父は優秀だからな」
「具体的には何してるの」
「色々とあるぞ?」
エリーが指折り領主の仕事を数えだした。
「まずは今回大きく動かした騎士団への褒賞だ。騎士たちは我が家の家臣となる訳だが、功勲に応じて金を与えたり、時としては領地を与えることもある。まあ土地を与えることはまずないが………それから冒険者ギルドとのすり合わせだ。龍退治という名誉が関わっている以上、今回はかなりギルドが五月蠅く騒ぎ立てている」
「………うるさいって?」
「持ち帰った頭を寄越せだの、実際に討伐現場と死体を検分するまではギルドは我が家の騎士団による討伐を認めないだの、戦死した冒険者たちに対する補填の申請だの―――特にこの街がうるさいわけだが」
「ふーん」
それでどうするんだろうか。
「当然無視だ。こうなっても拒否できるように、予め騎士団は冒険者ギルドの前で宣誓したわけだからな。後は接収した荷車や助力してくれた商人たちへの返礼等か。こちらは手が抜けないからな、伝令があちらこちら走り回り、タウンハウス内もてんやわんやだ」
「ひっきりなしに手紙が届いたり、出て行ったりってそういうことか」
それにしても領主の仕事って面倒だな………立ち振る舞いも面倒で仕事も面倒とか、普通の人が考えるような華々しさとは縁遠いもので、なんとも世知辛い。
私の父はどうだっただろうか。もう正直顔も思い出せないし、どんな仕事をしていたかなんて見たこともない。でも伯爵家とは違う下位貴族なので流石にここまでのことはしないのだろう。そもそも、今回の件は割と異常事態な訳だし。
身体を伸ばす。この数日間は流石に身体と魔力の回復に専念していたのでそんなに肉体を動かせていない。天井に伸ばした左腕の義肢が不満げに軋んだ。
「ところでそろそろ脱いでいいかな、このドレス」
「待て。せっかく似合っているんだもう少し」
「やだ。だめ。むり。うごきにくい。いらない」
「拒否のオンパレード過ぎるだろう!!ラリナ、お前は折角綺麗な顔をしているというのに………」
片手でドレスを持ち、押し付けてくるエリーから逃げる。後ろの方で私たちの会話を聞いていた侍女が口に手を当てて笑っていた。
忌み目であるエリーに仕えているだけあって、この屋敷の人たちは忌み目の私に対してもなんら振る舞いが変わらない。
或いは―――主に対して、それだけの敬意と忠誠を誓っているということだろうか?
エリーから逃げ回っていると、私たちの部屋をノックする音。返事をすれば、丁寧な所作で執事服を着た老齢の男性が部屋に入ってきた。
「お嬢様方、失礼いたします。旦那様がお呼びでございます」
「爺か。だそうだぞ、ラリナにクリス」
「………行く。けど脱がせろこのドレス」
「ふ、いいではないか。私としては眼福だぞ」
「じゃあお前も着ろ」
「それは断る」
お前このやろー。
頭の上に軽い感触があり、姿見に視線を向ける。私の後ろに立つのは、満足そうな顔で頷くエリー。私の頭の上にはフリルと宝石で彩られたヘッドドレスが乗せられていた。
「………」
もう全部の服脱ぎ棄てて帰ろうかな。
***
「呼びつけてすまないな―――ルドア。下がっていい」
ルドアと呼ばれた執事が一礼して部屋から退出する。どうやら彼はアンジェリコ伯爵の本家邸宅から伯爵に付いてきた人らしく、そう言った忠臣がアンジェリコ伯爵家には多いらしかった。
執事と同じく部屋の外で待機している先程の侍女もまたそうらしい。
さて………見た目としては変わらない、アンジェリコ伯爵。冒険者ギルドで見た時と同じ、小太りの中年男性。だがその目線と印象は大きく異なっていた。
正直に言えば同一人物だとは思えない。それだけあの場では擬態していた、ということだろうか。
あの場では柔和というか気の弱そうな瞳をしていたが今のこの男は、鷹を思わせる鋭い眼光をしている。
「さて………面倒な前置きや演技など不要な性質だろう。本題から入らせてもらう」
机の上に無数にある紙の束を腕で横にずらす。インク壺などは既に蓋が閉じられ、整頓されていた。手際のよいことだ。
「まず龍の討伐について。我が騎士団と共に討伐を果たしてくれて誠に感謝する。これは裏表の無い心からの謝辞だ。なにせあの龍には随分と悩まされていた。我が領は決して裕福ではない―――龍による被害、討伐隊を組むために必要な方々への働きかけや袖の下など、随分と貯蓄を切り売りする羽目になった」
「素直に皇都とか神殿に助けを求めればよかったんじゃない」
「そこだ。残念だが、私は今の中央の動きにたいして欺瞞を感じている………あまり借りを作りたくはない。もっと言えばそもそも近付きたくもないというのが本音だ」
へえ。欺瞞、か。
「神殿に借りを作るくらいであれば冒険者ギルドの方がまだマシだ。尤も、今回は君たちのおかげで優位に立てる訳だが。そうそう、ロッチノアのギルドは今回の邪龍討伐の件で、君たち二人の階級を二つ上げることを会議しているらしい。明らかに現在の等級と実力があっていないとな」
「………別に高くならなくていいんだけど」
「二階級上がれば緑か。………ラリナ、悪いことではないぞ。橙よりはかなり身元保証として使えるようになる。ジーヴァが離れた今、私たちだけで身分を証明できるだけの階級になるのは重要だ」
「そこのクリス嬢のいう通りだ。我々としても、君たち二人の実力は喧伝しておいた。これもまた私たちからの報酬だと考えて貰って良い」
数日の間にそこまで手回しされていたことに驚きを感じる。
やっぱりやり手だな、この男。
「龍の討伐の証として持ち帰った頭部は、素材としては死んでいると言っていい。生命力、つまりは魔力を極限まで吐き出したのだろう、その鱗も骨も今にも砕けそうになっている。使えても調度品程度だろうな」
「ふーん」
「龍の素材は金になるが―――それ以上に、今回はその栄誉を噛み締めるとしよう」
栄誉で腹は膨れないが、それでも他に使い道があるということか。
少しだけ、考えてみる。このままこの人の指示のままに従うべきか、それとも指示を噛み締めた上で、より私に適した道を探すか。
ちらりとエリーの方を見てみる。瞳を閉じたエリーは今回、何も語ることはないと言わんばかりに心を閉ざしていた。私が師匠に対してそうだったように、きっと彼女は父に対してそれだけの信頼を傾けているのだろう。
………人の意のままに動かされることは、性に合わないな。なんとも面倒な性質だと自分でも思うが、それが私なのだから仕方がない。
「冒険者としての階級を上げて、お前は私たちに何をさせたいの?」
「ほう………斬り込んできたな」
アンジェリコ伯爵………ハンニバルが薄く笑む。
それはまるで挑戦者を受け入れる捕食者のそれだった。
「今の現状を、君はどこまで理解している?」
「………」
「沈黙か。まだまだ政治的な戦い方を知らないようだ。まあ当然だろう、君はまだ幼い」
笑みの質が変わる。教え子に対して向けるようなそれに。仮面を付け替えるかのように印象がコロコロと変わる。
その不可解さと不快感に眉をひそめた。
「理解とは即ち手にした情報の多さ。そして情報とは切ることのできる手札となる。忌み目のラリナ、そしてその随伴者たるクリス」
その後にハンニバルが発したことは、私たちに対する決定的な言葉だった。
「君たちは魔物の性質を帯びている。そうだろう?」
左の義肢から音が鳴る。龍に喰われたまま治していないそれ。
ハンニバルは見る限り決して強くはない。隠し種となるような魔道具もない。首を刎ねるなら簡単だ。だがこの男に慌てる様子は一切なかった。
「魔核を取り込める人間はいない。人間がそれを喰らおうとすると急性魔力中毒に陥り、死に至る。どれほど魔術に優れたものであってもそうだ。根本的に人間と魔核というものは相容れないのだろう」
「詳しいね」
「元々、領主になるよりも研究者を目指していたものでね。粉末にした魔核を他の薬物と混ぜ合わせ、精製することで魔薬を生み出したりもするが………魔核そのものを喰らうことは自殺と同義」
魔薬。その言葉に目が細まる。
私に寄生しやがった声の主、あの女はそれを捌いていたのだったか。
「だが、龍の魔核を君は捕食したと聞いている。それだけではない、クリス嬢は潰されていた筈の足を魔力の回復と共に再生させたとか」
「騎士たちから聞いたのだな」
「そうだ」
「………それを我らに語ってどうする?」
「伏せていてもいいカードを曝け出した。その代わりに君たちからの信頼を買いたいということだ」
なるほど、これが政治の戦いか。尤も私たちのレベルに合わせてかなり分かりやすくしているようだけれど。
狸親父と言わざるを得ないな。中央の貴族たちはこんなことをいつまでもやってるの?馬鹿なのかな。
「我が領の騎士は口が堅い。忠義に秀で、そして最悪自白剤を使われた場合は即座に舌を噛み切って死ぬように教育してある」
少し後ろに立っているエリーがそんなことを言っていた。それは凄い教育だ、素直に賞賛出来る。
「中央、特に神殿の動きがこの数か月、随分と苛烈になっている。西への大遠征―――今までの神殿ならばまともに動かさなかった神殿騎士団を、白翼の聖女の護衛として持ち出し、西の封王の討伐へと踏み出した」
「白翼の聖女………」
「五百年ぶりに現れた当代の聖女、という触れ込みだ」
椅子に深く背を預けたハンニバルが、葉巻に手を伸ばす。コツコツと靴音を立てて近づいたエリーがその手を叩き落とした。
「………むぅ」
「我が領地は今代の白翼の聖女には懐疑的だ。間違いなく強力な聖なる魔力を持つことは間違いない。それは神殿に仕える他の聖女たちからの証言からも認められているが………」
「娘の言う通りだ。今代の白翼の聖女が誕生してから、あまりにも情勢が動き過ぎている」
「それはどういう………?」
「つい先日の事だ。あまりにも重大な事件であるが故、混乱を防ぐため帝国の中でも極一部の人間にしか伝えられていない事柄なのだが」
大きく溜息をつくハンニバル。
「西の封王を抑える要、アルトリウス公爵が墜ちた」
………西。未だ残る二体の封王のうち、海蛇と揶揄される西の怪物。数多溢れる魔物の群れは、王を殺してなお、すぐさま新しき王として君臨する。
故に不死とさえ呼ばれるその西の封王は、四大公爵家であるアルトリウス公爵家の血筋がその真紅の旗を掲げ、代々終わらぬ戦いを繰り広げている。
四大公爵の中で最も苛烈で最も強い勢力を持つというアルトリウス公爵。それが堕ちたということがどれほどの異常事態なのか。
「そこまでは―――まあ、いい。人の為すことだ、封王という規格外の魔物を相手取るならば敗北を喫することもあるだろう。事実、過去の歴史の中で一度も白翼の聖女の派遣を受けていない西のアルトリウス公爵領では、一時は内地にまで戦線を引き下げたこともある。失った領地はまた取り返せばいい、あの一族はそれが出来る血筋だ。故にそれは良い………だが」
ハンニバルの視線が更に鋭いものとなった。
「アルトリウス公の軍勢敗北の直後、白翼の聖女率いる神殿騎士団は西へと到着し、その力を以て封王を殺した」
「………それは」
あまりにも。
その言葉の先は同じだった。
「出来過ぎている。タイミングを計っていたのか、そもそもの前提として或いは公爵家が嵌められたのか。私としては後者を疑っている」
「不敬って取られてもおかしくない言動だけど」
「ここに居るのは私と君たちだけだ。問題あるまい。君たちも神殿には不信感を抱いているのだろう?」
「………」
沈黙にて肯定する。
「君たちの師匠である黒天のジーヴァ。彼女が君たちの一党を離れた理由の一つはそれだ。”黒”の冒険者を呼ばねばならないほどに事態はひっ迫している」
「………黒?」
「知らないのか、ラリナ?最高階級である紫の冒険者の内、黒が二つ名に付くものは、何らかの理由で特別階級である白への昇格を拒んでいる、或いは問題行為等で与える事の出来ない、規格外な存在に付けられるものだ。とりわけ黒天の二つ名は帝国どころか他の国にも轟いている」
知らなかった。そりゃあメルクーリやこのロッチノアの冒険者ギルドが師匠を頼る訳だ。
「知っての通り海蛇は王を殺しても共食いを繰り返し、すぐさまに新たな王として現れる。そして王が死んだ直後は魔物たちの統制が取れなくなり、魔物の害が瞬間的に多方面へと広がる。帝国からの要請で冒険者ギルド上層部と秘密裏に話が行われ、腕利きの冒険者をその害を抑えるために派遣することになったようだ。………聖女御一行は、新たな王を斃し、完全に王を仕留めるために神殿騎士団を率いてアルトリウス公の領都から出撃したそうだ。それはそれは、民衆にとっては類まれなる英雄譚に見えるだろうな」
それも含めて出来過ぎていると、ハンニバルは呟いた。
アルトリウス公の敗北直後に力を示し、背後で力を貸してくれている冒険者たちの努力を視えないようにして、自分たちはその成果を誇示できる。
随分と上手に脚本を書いたものがいるな。
「現実というよりも演劇の世界だ。不審に感じるのも当然だろう。そこで、だ」
「………ここからが本題ってこと?」
「ああ。我が領地は前述の理由によって中央と距離を置いている。そして、それとは別に力を蓄えてもいる―――龍の騒ぎで切り崩したがな」
「領主ハンニバルよ。それは、何のためだ」
「応えよう、クリス嬢。糺すためだ、今の神殿の在り方は進み方を間違えているように思えてならない。やがてのその腐敗は帝国そのものを黒く染めるだろう。元々その傾向はあったが、ここ一年で一気に加速した。進むべき道を間違えた時にそれを止める刃となるのも、帝国貴族の役目だ」
「尤も、私たちが間違えている可能性もある訳だがな。それでも私は父の選択を信じる」
赤い瞳を笑みの形に変えて、誇らしそうにエリーが言った。
「お前は、私たちに何を望むの?」
「友誼と助力を」
「………難しい言い回しやめて」
「我が領は此度の龍との戦いで見た君たちの秘密の全てを隠匿しよう。そして、一つ困りごとがあれば、そしてそれが我が領で賄える範囲内であれば、後ろ盾となり君たちを守る。その代わりに、我が領地が神殿と―――いや。帝国と事を荒立てることになった場合、こちら側に立ってほしい」
「いいよ」
即決した私にさしものハンニバルも僅かに固法の眉を吊り上げる。
別に何も考えていないわけじゃない。ただ、何のデメリットもないだけだ。
「私は神殿が、聖女が嫌い。この帝国の汚らしい貴族の事も嫌い。嫌いなものを殴り飛ばせるならそっちの方が良い」
「私たちも貴族なんだがラリナ………?」
「エリーとそこのタヌキおっさんはまあ、別」
「く、ははは………タヌキおっさんか!!そんな渾名は初めてだな」
あともう一つ理由を付け加えるなら、恐らく神殿の中にあいつはいる。必ず見つけ出して、殺す。
そのためには神殿と帝国に敵対する勢力があるのは好都合なのだ。
「尤も実際に彼らと事を構えるかは分からないがな。あくまでもこれはいざという時の備えだ。だが、感謝しよう、ラリナ嬢にクリス嬢」
「別に」
「………とはいえ、君たちはやがて権力を手にするようになるだろう。それまでに政治的なやり取りも出来るようになっていた方が良い。立ち振る舞いもな」
「面倒」
「そういうな。備えは大事だぞ。エリーが手助けできることもあるだろうが」
「それよりも今は強くなりたい。もう、誰かの思い通りに動かされることの無いように」
「………そうか。それもいいだろう。何かあれば頼れ」
そう言うとハンニバルは横にずらした紙の中から一枚取り出す。
「強くなりたいのであれば、うってつけの場所がある。この情報もまた、報酬として渡しておこう」
「………?」
首を傾げる私に対して、その紙を差し出すハンニバル。
クリスと一緒にそれを覗き込む。先に読み終わったのはクリスだった。
「報告書だな。迷宮都市について、か?」
「そうだ。半年ほど前の事だ………帝国の南にて迷宮が発生した。冒険者ギルドが送り出した斥候によって、少なくとも三十階層を超える巨大迷宮であることが確認されている。冒険者ギルドはこの迷宮に”火杭”の名を与えた」
「火杭の迷宮………」
それは地獄にある火の穴を意味する言葉。
「都市の中に現れた迷宮だ、即座に魔術師や土木作業員によって迷宮に蓋がされ、補強目的で外周に堅牢な壁も作られた。既に迷宮都市としての基盤は出来ているが………どうも、その火杭の迷宮は広大過ぎる。維持されることによって、利益よりも損の方が大きく出るだろうと判断され、完全攻略のために広く冒険者が集められている」
とはいえ、西の件があるため上位階級の腕利き、即ち紫や藍は向かうことが出来ていないらしいが。
だからこそハンニバルは私たちにそれを伝えたのだろう。
「迷宮攻略は冒険者の実力を高めるには最適な場所だろう?」
「………うん。ありがとう」
龍の次は迷宮か。相手として悪くない。
ああ、すっかりと冒険者やることが楽しくなってきていた。本当に、悪くないね、こういうのも。
向かうべき迷宮都市の名は”モーシンティ”。アルボルム帝国南に位置する小さな街………迷宮が現れた以上、だったと称するのが正しいのだろう。迷宮が出来上がればその場所は良くも悪くも人や物、金が集まるようになるから。
「ん。話はそれだけ?」
「そうだな―――あとはまあ、うちの娘と友人になってくれれば嬉しいということだろうか」
「既に友人になっておりますよ、父上。な、ラリナ。クリス?」
「………まー、一応」
「らしいぞ」
「完全に拒否されない程度には友人ということだな」
一応信頼できる人間判定ではある。そんなこと言わないけど。
頭の上にあるヘッドドレスを取る。もったなさげに情けない声を出したエリーのことは放っておいて。
「あなたたちに出会えてよかった。これは、本音。それじゃあね、アンジェリコ伯爵とエリー」
「ああ―――やることを終えてから出立するといい。それまではこちらのタウンハウスを自由に使ってくれ」
好意は有り難くいただくことにする。
鎧の事とか、識別証のこととか処理することはあるから。くるりと義足でターンする。
「さようなら、また会いましょう」
そう言って、笑った。




