次なる目的へ
「………またのご利用お待ちしております」
アンジェリコ伯爵領、ロッチノアの冒険者ギルド。
言葉と裏腹に苦々しい表情を浮かべているのはいつもの受付嬢だ。私とクリスは階級を引き上げるためにこのギルドに足を運んでいたのである。伯爵からの強制に近い指令があったための特別措置らしいけど、この受付嬢としては私が評価されていることに納得がいかないらしく、作業中も小言が響いていた。
曰く師匠のおかげだとか騎士団が頑張っただけだとか。
師匠は見守ってくれていたし、騎士団は頑張った。それは事実である。それと同時に、私とクリスが居なければ一人の死者も出さずにあの龍を倒すことはできなかった。それもまた事実。
そんな事実を理解してもらう必要も別にないので文句は言わせるがままにした。忌み目嫌いに加えて多分私の事も嫌いなんだろう。色々あったし。
という訳で新しくなった緑色の識別証を首にかける。僅かに音を立てる左腕の義肢に、ギルドに集まっている数少ない冒険者の視線が集まった。
どうして数が少ないのかは簡単な事。あの龍を相手に少人数で挑んでいった冒険者たちはことごとくが死んだためである。遺体の回収が行えた冒険者はまだ幸運な部類で、殆どは炭になったか、瀕死になった後他の魔物に食い荒らされたかで識別証の回収すらもままならないらしい。
「ま、私の知ったことじゃないけど」
ギルドを後にすれば同じく識別証を首にかけていたクリスが呟く。
「治さないのか」
「左腕のこと?」
「そうだ。治せないわけではないだろう」
「うん。でも―――くれてやるべきだと思った。代わりに私もあいつから力を貰った訳だから」
「………そうか」
長い三つ編みを義肢で払う。パチッと小さな音がして、火花が散った。
行く場所はまだある。一応長旅になる訳だし物資の類も集めておきたい。私たちの足で走ればそんなに時間はかからないんだけど。荷物についてもクリスの魔術で収納可能なので私たちはどこまでも身軽だ。
さて。次に行く場所はノーツの店である。
ノーツが作った無銘の鎧は、龍との戦いで何度も私の命を助けた。鎧がなければ勝ててはいない―――武具は重要だ。それをあいつとの戦いで魂の底から実感した。
良い武具であり続けるには整備が必要だ。それはこの特殊な鎧でも変わらないとは思う。なんにせよ龍の血を浴びてどのように鎧が変質したのか、確認しておきたい。
近付くだけで肌を撫でる鍛冶場の熱気。最も大きな建物の戸を潜れば、毛むくじゃらの鍛冶師が隻眼を向けた。
「お前らか。話は聞いてる、邪龍を倒したらしいな」
「邪はいらない。あいつはいい好敵手だったよ。直接言葉のやり取りはしていないけど」
「………そうか。そしてまて、ここで脱ぐな、恥じらいを持て」
「?」
鎧を見て貰おうと思ったので服を脱ごうとしたら隻眼に手を当てたノーツが溜息を吐く。
「裏に試着室を作っておいて正解だった………うちは鍛冶屋だぞ、服屋じゃねえんだぞ、なんで試着室なんてあんだよ馬鹿が………」
「脱いでいい?」
「裏に行け!!!」
「はぁい」
ノーツが示したのは前も入ったことのある店の奥。
脱ぐのを途中で止めて中に入れば、子供が慌てて戸の外に出ていった。去り際に小さく頭を下げる姿から恐らくは身の回りの世話をさせているノーツの弟子なのだろう。
中にすでに用意されている紅茶や菓子などを見るに、ノーツにとって私たちは持て成すに足る客にはなった、ということだろうか。
試着室って言ってたけどあれか。なんか布に覆われた長方形の筒みたいなものが部屋の隅に鎮座している。
この部屋元々物が少ないのに、派手に変なものがあるので印象がおかしなことになっている気がした。誰のせいだろうね。
「やっぱ作ったノーツのせいか」
「恐らくそうだろう」
「………んなわけねぇだろお前のせいだラリナ………」
「今回は早いね」
「仕事は切り上げた。こっちの方が重要だからな」
試着室の方を指差されたので中に入る。おや、と足元を見れば替えの服が置いてあった。
町娘が着ているような何の変哲もない服だ。身体に合わせてみた感じサイズはぴったりである。まあ鎧を作るときに採寸しているんだから当然か。
無銘の鎧に関しては脱ぐのは簡単なので手早く脱ぐと、その服を………まあ着るか。せっかく用意されてるし。
適当に纏って試着室の外へ。私がキチンと服を着ているのを確認したノーツは、何処か疲れた表情をしている気がした。
「はい」
「ああ………」
とはいえそんな表情も鎧に触れれば即座に消える。
爪の先で確かめるように鎧の白いドレス部分と黒い硬質の金属をなぞっていくノーツが唸った。
「流石は龍の血か。練り込んだアバドンの牙によって全体的な強度が飛躍的に上昇している」
着ているだけの私にはよくわかっていないのだが鍛冶師である彼には別のものが視えているのだろう。
古来より龍の血には由来があり、それを浴びることで無双の力を得た英雄の話もある訳なので、素材としての龍の生き血は一級品なのは間違いないんだろうけど。
「結構荒っぽく使ったけど」
「そのようだな。だがその程度で砕けるようなものではない。そもそも破損したとしてもお前の魔力を使って徐々に修復が成される。この鎧に付着した汚れなどもアバドンの牙の性質で吸収されて消えるしな」
「………便利だね」
着たままでも泥汚れだとか不思議と無いと思ってたけどそういう絡繰りだったらしい。
「鎧の仕掛けは上々ってところか。まだまだ途上だが、望み通りラリナと共に強くなる鎧の完成だ」
「既に龍との戦いで何回も命を救われた。合って良かった」
「………まァ、そう言われるのが鍛冶師の本懐ではあるな。整備の必要はない、いつでも戦いに使える」
「分かった」
返却された鎧を受け取る。
………着替えたけど必要なかったなこれ。
「男の前に全裸で出てくんなよ、いいな」
「………仕方ない」
ダメらしい。こんな短時間だったのに。
試着室で鎧を着直して再びソファーへ座る。少し冷め始めた紅茶をちびちびと飲んでいると、隣のクリスが上品に飲んでいた紅茶のカップをソーサーへ戻して聞いた。
「お前はまだここを拠点にするのか?」
「ああ」
「ラリナの鎧は会心の出来だっただろう。それに―――私が教えた魔術もあり、魔力を帯びた武具の作成も可能になった。それが知れ渡れば中央や冒険者ギルドからは引く手数多、金で困ることは一生無くなるだろう」
そうか。確かに腕の良い鍛冶師であれば相応に評価されることが殆どである。特に魔物との戦いが日常的なこの世界であれば。
大抵の国家において優れた技術や人材は都に集まる。ノーツもそうであるとしたら―――私たちは彼に会うことはできなくなる。私たち、というか私が、だが。
まだ帝国の中央に近付くべきではない。万が一にでも、私の見た目で私が”エウラリア”だと気が付かれる可能性もあるから。かつての私の名前も脳裏にて掠れて久しいが、実際にはそこまで時間が経っている訳でもないのだ。
聖女を騙った愚者の名が、罪人として人々の記憶の中に残っていてもおかしくはない。
「俺は金に興味ないからな。槌を振る、いい武器を作る。より優れたものを、より丈夫なものを。中央に行ったところで今より環境が良くなるわけじゃねぇし、そもそも自分の満足のいくものじゃなく他人に要求された物ばかりを作るようになっちまったら鍛冶の本質には辿り着けなくなる」
ノーツは隻眼を叩く。
「火を覗き込んで失明したこの眼を、俺ァ誇りに思ってんだ。なんだかんだこの街は俺にとっては良い場所だよ。龍の脅威も去って伯爵が復興に大急ぎで取り組んでるようだしな」
「そっか。まあ、私としてもその方が助かるよ」
「………深くは聞かないが、まあ訳ありなんだろ。だが俺の客であることに変わりはねぇ。武具で困ったことがあったらここに来い、いいな?」
「うん。ありがとう」
お互い、無駄な雑談を嫌う質だから、ノーツとの話はそこまでだった。
紅茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「また来るよ、私の鍛冶師」
一旦の別れを告げて。
***
麻の袋の中に、購入した食糧などを放り込んでいく。
最終的にはクリスの空間魔術のなかに収まることになるが、魔力の消費を考えても扉の開閉の頻度は抑えたほうが効率がいい。
「あらかた集まったかな」
「十分だろう。地図を見るに、私たちの足であればひと月もあれば南まで横断できる」
東のアンジェリコ伯爵領から南のモーシンティまで、普通の人であれば長旅だろうが―――私たちは普通ではない。
何倍もの速度で広大な帝国を駆け抜けることが出来る。なので必要な物資は所要時間に加えて予備の少しだけで事足りる。
そんな風に手早く準備を整え、出立の朝がやってきた。
無銘の鎧に、義足と義手。稼働に問題がないことを確かめ、ロッチノアの門の前に立つ。エリーやハンニバルとは既に別れを済ませてあった。
「おや?」
隣をゆっくりと進んでいた幌付きの荷車。新しい木材の香りがするそれから、聞き覚えのある声がした。
「龍退治の英雄様ではありませんか。どうも………覚えておりますかな?」
人当たりのいい柔和な笑み―――商人が大事な客に対して浮かべるその表情の主は、あの遍歴商人だった。
龍退治に同行したミルラの祖父の方。彼は騎士たちが全力で守っていたため、大した怪我もないとは聞いていたが、ここで逢うとは。
「流石に。怪我無くて良かったね」
「おかげさまで。荷車は壊れてしまいましたが、伯爵さまの手配ですぐに新しいものを用意して頂きました」
「………あー」
世話になった商人たちには手厚く礼をする、といったようなことを話していたが、当然彼らもその対象ということだ。
幌の奥から少女が顔を出す………ミルラだ。
「おねえちゃんだ!」
「久しぶり」
「うん!!………なんかふんいきすこしかわったね?」
「そう?」
自分ではよく分からないけど。
「ここにいるってことは商売を再開するの?」
「そーだよ!」
「はは………おかげさまで持ち運んだものは全て売れましたので、また別の物資に変えて別の街へと行くつもりです。なにせ龍によって壊滅させられた場所は多く、立て直すには多くの人と物が必要ですからね。そしてそういう場所こそ、商人の稼ぎの場があります」
「皮肉だけど、龍が暴れ回ったおかげで儲かった連中もいるんだ。俺達もそうだな」
御者台に座るミルラの父がぼやいた。
龍の騒動は実際に多くの被害を出した。人はたくさん死んだし、村も街も滅んだ。でもそれでもしぶとく復興するのが人間なのだろう。それによって富が偏ったりもするのだろうが―――それもまた、人の営み。
別に恥に想う必要はないとは私が考える。事実、私はたくさんの被害を生み出したあの龍に悪感情を抱けないし。私とあいつは一緒だったから。
「お二人はどこへ?」
「帝国の南に」
「ほう………迷宮ですかな?」
「情報が早いな」
「商人にとって情報は命ですからなぁ」
隣のクリスが肩をすくめていた。
そうだな。こいつもまあ、喰えない爺さんだ。
「まあそういうこと」
「お気をつけて」
「ん」
右手を軽く振って歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
不思議そうに私を見つめていた遍歴商人の家族たち。私は少女、ミルラの前に立つと最初に出会った時に問いかけられた答えを返す。
「私はね、冒険者楽しいって思ってる。自分の選択で、自分の命を賭けること。その上で、多くの敵と戦って、強くなること。その死と隣り合わせの日々が、悪くないって思ってる。お前が冒険者になるかは分からないけど、生死の狭間の楽しさをそれでも選ぶかどうか、よく考えてみればいいと思う」
軽く少女の髪の上に手を置いて、振り返った。
「………うん!わかった!!かんがえてみる!!!」
背後からのそんな声に小さく微笑んだ。
「大人に近づいたな、ラリナ」
「………なにが」
「ふふ」
隣で含みありげに笑うクリスの尻を蹴る。風の壁で防がれた………っち。
「行くよ、クリス」
「ああ―――」
次なる目的地、迷宮の街モーシンティへ。
私たちは足を踏み出した。
邪龍退治編、これにて一旦の区切りとなります。
暫くは別の小説を更新する予定ですので、ラリナの物語は再び戻ってきた時に!
何を書くかは未だに決めておりません………戦国のお話を再開するか新規を書くかですね………そちらは気の赴くままに決めようと思います。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!




