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月の雫






吹き上がる黒い噴煙。

クリスと騎士団の姿は分厚い岩の奥に沈み、どうなっているのか、私の感知能力ですら判別すら出来ない。膨大な魔力の衝突とその残滓で、生憎と鼻がイカれてしまっている。

………でも。龍は手負いだ。クリスと騎士団、二つの大きな戦力を沈めるためにかなりの無理をした。

それに対して私はまだまだ魔力も体力も有り余っている。まあ、油断できる相手ではないけれど。

龍の赤い隻眼が、彼に向けて落下し始めている私を捉えていた。


―――破壊力が足りない。今ある手札では。


涙の雫を超える破壊力を持つ技を、考えてはいた。でも、実用段階にはあと一歩足りていなかった。

それでも理論は完成していた。龍の動きを抑えるだけの数が居れば、それを当てることも出来ただろう。でも、クリスやエリオットを始めとする騎士が戦線離脱したことによってその隙を生み出すことはできなくなってしまった。


「いや………どうだろうな」


考えろ。刹那の間の中で最適解を掴み取れ。そう、想えば幾つかヒントはあった。

例えばクリスが模倣した私の魔術。或いは咄嗟の思い付きで生み出した沫雫もまた、その一つだった。

―――本当はブレスを撃たれる前にそれ(・・)をぶち込みたかったけど、こればかりは龍の方が一枚上手だったということだろう。

エリオットのいう通りだ。頭のいい敵っていうのはこれだから厄介。まあいいよ。いずれ斃すことになる魔狼も、同質の強さを持っている訳だし。なら、私の力を試す丁度良い機会だ。


「サシで戦おうか」


左手にはめた黒雫。予め生み出しておいたそれの残弾は、あと三発。

惜しむ必要はないだろう。落下しながらそれをぶっぱなした。


「グウ………!!!」

「流石に傷口に当てられれば痛いだろ!」


まあ、僅かに傷口を広げられたかといった具合だけど………着地の隙を狙われないようにするためのものだ、それで良い。


「沫雫」


足元を超え、広範囲に沫雫が展開される。捕まれば死が待っている。速度は絶対に緩めてはいけない。

傷を負ったとしてもふざけた図体のデカさは依然変わらず、龍の吐息こそすぐには撃てないだろうが他の脅威はまだまだ残っている。

尻尾も牙も爪もまともに受ければ死が待っている。私の身体は他の人間に比べれば遥かに頑丈だが、それでも受け方を間違えれば肉体が五分割されるだろう。

となればやることは一つ。こいつは、速さで攪乱して殺す。


「行くぞ」


足元から金属音が響き、私の身体が加速した。

龍の隻眼の方へと一瞬で移動する。死角に入られた龍はどうやら私を見失ったようだが、鼻を動かすことで即座に私の位置を把握し、その場所に爪を叩き込んできた。

だが、空振りだ。私の動きの方が早い。予備動作が見えれば私はそれを想定した上で避ければいいだけ。

跳躍すると足に黒雫を纏わせて龍の胴体の内側に踵を叩き込む。

分厚い地面を蹴とばす感覚。知ったことか、纏わせた黒雫を巨大な槍へと変え、龍の腹をぶち抜く。

ドゴォン、と鈍い音。龍が少しばかりうなるが、当然決定打には足りない。硬度比べに敗北した私の黒雫が地面に散らばり、水たまりを作る。

龍が翼を羽ばたかせる。舞い上がる風と、熱気―――?


「ブレスでは、ない」


私はそう判断した。

なぜならば、感じるその風と熱気は確かに魔力を帯びていたが………龍の翼付近から感じられたからだ。

龍は飛行する時に翼で飛ぶのではなく、翼を起点として発生させた独自の飛行魔術によって空を舞う。その魔力の波長を肌で感じ取ったということは。

舌打ちをする。既に何度も砕かれ、黒雫が染みこんだ地面が更に罅割れる。顔に掛かる影の正体を見れば、崖の中腹あたりにまで飛び上がった龍の姿があった。


「いいのか。もうそんなに魔力無いんじゃないのか?」

「グルルルル………」


出し惜しみなんぞするか、とでも言いたげな唸り声と視線だった。そうだよな。お前は、そういうやつだよ。

咆哮を上げた龍が暴れまわる。冷えた溶岩の装甲を崖に衝突させ、岩石の雪崩を再び引き起こしながらその巨体を私に向けてぶつけてきた。

龍の翼に高い魔力反応。風と高熱を噴出させるそれは………飛行機?………のジェットのそれに近い。近付けば肺や肉体を焼かれるだろう。

左右に逃げれば死。かといって受け止められるような重量と速度じゃない。それなら、


「上!!」


立ち向かう様に沫雫で龍へと加速。

龍の隻眼と私の紅い双眸が交わる。近い、近づく、まだだ、もっと引き付ける。

互いに加速し接近するその速度。しかし極限までの集中で寧ろ時の流れは緩やかに変貌する。だから、だろうか?龍の動き、その()を幻視した。

錯覚か?それとも―――どうでもいい。私の身体が見つけだした最適のタイミング。それを、信じる。

交わりの直前、沫雫から飛び上がった私は龍の残った隻眼に左手のクロスボウを付きつけた。


涙の雫(ティア―ドロップ)


爆裂。衝撃が私の身体を押し出し、更に尾骶骨周辺から翼を展開。

上昇気流をも掴んで私は先程まで龍が飛んでいた高度にまで一気に舞い上がった。それに対して龍はどうか。


「ガアアアアア!!!!!」


―――龍は、私がカウンターを狙っていることを読んでいた。

だから私の飛び上がる瞬間にその咢を以て半身を喰いちぎろうとしていた。しかし、私はそのカウンターに更にカウンターを重ね、隻眼に涙の雫をぶち込むことに成功したわけだ。

これで、涙の雫は残り一発。でも使っただけの成果はあっただろう。

位置は逆転し、私は龍を見降ろす形で滑空。痛みに呻く龍は四足を地面に叩き付け、残り少ない魔力を使用して片方の瞳を再生させていた。


「よっと」


瓦礫の上に着地する。足元はちょうど、クリスたちが埋まっている場所だった。

靴の調子を確かめるように、義足の踵で地面を軽く叩く。反応はない。というか多分、落ちてきた瓦礫の量が多すぎてこれ自体が分厚いシェルターみたいになってるんだろう。

出入り不可能という点でどっちかと言えば牢獄か?どっちにしても都合は良い。


「余力はどの程度だ、龍。ブレスは吐けるか?もう一度飛べるか?」


龍が再生させたのは右目。紅い片方の瞳が私を見つめる。一瞬の静寂、にらみ合い。

ふ、と息を吐くと、左手に涙の雫を装填した。これが最後の一発だ、使い所は決めてある。

先程ぶっ放した涙の雫の蒸気が周囲を埋め尽くす。それを更に呑み込むように、私の背後に巨大な黒雫の鏃が生まれた。

魔力を込める。規模を巨大化させる。ここに辿り着くまでの修行の成果だ、崖の崩落前にやったように、ある程度の距離であれば今の私は黒雫を離れていても操作できる。無論、生み出すのは身体の付近である必要があるため、あくまでも操作だけだが。

それとて一定以上の量がなければ対した効果は得られない。雫の一滴を操作したところで無意味だからだ。

だが、こうして身体の周囲に大量に黒雫を生み出し、一つに纏めることは可能………らしい。疑問調なのは実際にここまでの規模を生み出したのは今回が初めてだからである。普通、こんな規模の技を使うことなんてまずないから仕方がない。


「やってみろ」


段々と鼻も効いてきた、龍の身体についても嗅ぎ取れるというものだ。

私の推測では龍はあと一度、ブレスを吐ける。飛行ももう一度くらいは出来るだろう。でもそれで魔力が尽きる。

魔力が無くなろうとその五体が強大であることは変わりはないが………それだけなら、躱して殴るを繰り返すことでいずれ殺せる。

最悪なのは私の最大の一撃を交わされたうえで、必殺必中のタイミングで飛行とブレスのカードを同時に切られることか。ならば尚更に、主導権は握らせない。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」


咆哮。それに合わせ、巨大化した黒雫の鏃を射出した。


黒夜(コクヤ)


名づけは適当。ただ、これは、夜を告げる鏑矢である。

鈍い音を立てながら龍の鼻先に接近したその”黒夜”は瞬間、爆ぜる。しかし黒雫のように威力を持った爆発ではない。液体に破壊力を持たせるには相応の事前準備が必要だから、今この場だけで即座に生み出すのは流石に不可能。

故にこの役割は広範囲への煙幕―――私の魔力を多分に含んだ黒雫の霧雨だ。自慢の鼻も、そして視力も機能しないだろう?

龍が頭を動かし私を探す。しかし、霧の中に隠れた私の姿は如何に龍の優れた視力でも捕えられない。

沫雫で加速し、既に傷がついている龍の右足を裂く。涙の雫で傷を開かせたこともあり、血が飛び散り、私の鎧に染みこんだ。不思議なことにその血は鎧が喰らったかのようにすぐに色素が抜け、鎧の色彩は元に戻る。

悲鳴を上げる龍。しかし、倒れない。戦意も失っていない。隻眼を動かしながら霧雨の中で私を探していた。

………必殺の技は必殺のタイミングで撃つべきだ。お互いにそう考えているからこそ、龍はこの状況の打破のために、飛行もブレスも使うことはできない。

当てずっぽうに尻尾を、爪を振るがその程度に当たるほど、戦闘経験が浅いわけもない。そもそも、私はそこに居ない(・・・・・・・・)

まあ―――私は私で、余裕がある訳じゃないんだけど。夜に満たした空間の中で、私は魔力を注いで黒雫を生み出し続けていた。


「さあ」


龍の足元に浸るほど、振りまかれた黒雫の海を眺める。

膨大な魔力を黒雫に変換したのはこの海を形作るため。より言えば、霧雨を含めたこの空間を形作るため。

私は瓦礫の上に片膝を立てて座り、龍を指差した。


「満ちたよ」


なにがって、夜に満ちるものなんて一つしかないだろう?

己の紅い色が更に紅く輝く。

虚像の月は空へと還る。そうして顕現するは満ちた月。

龍を取り巻く霧雨が、急に重さ(・・)を増した。異変を感じたのか龍が即座に周囲を見渡し、そうして空を仰ぎ見る。流石だな、これだけ撒き散らされた私の魔力の中で、正解を見つけるのか。

翼に魔力が籠もる。飛行という切り札を使おうとするが、遅い。

その雫は見た目にそぐわず、速いのだ。

龍が空を睨む。僅か三十センチ程度の黒い真球。満ちたる月になぞらえたその技の名前は―――。


「………月の雫(ムーンドロップ)


相手がお前じゃなければ、これだけ時間をかける必要なんてなかったのにな。

それでも、満ちた。月が空から落ちるほどに。

沫雫で、黒夜で、それ以外の攻撃で。大気に、地面に流し込んだ黒雫を一斉に操作し、圧縮、頭上より落とす高密度、超重量の真球―――黒い月が、龍の背へと落下した。





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