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龍の吐息







………誰もが警戒をしていた。

龍の爪、龍の牙、龍の尾。どれも強大ですべからく対策すべきもの。

しかしそれら凄まじい膂力を持つものを束ねてすら敵わぬ、尚恐れるべき、龍の持つ文字通りの必殺技。


―――即ち、龍の吐息(ドラゴンブレス)


伝承により、人に眠りを妨げられて怒り、かつて巨大な街に舞い降りた龍は、その吐息の一つで街の全てを融解させたという。

騎士団も、私もクリスも警戒していた。どんな時も、それを撃たれないように―――撃たれても問題ないように、頭の隅に置いていた。だからこそ、龍は撃たなかった。

倒れ伏し、攻撃を封じられ、急所に手が届くその瞬間、人間たちの警戒の意識が緩まる隙をずっとずっと、待っていた。

龍の吐息は、龍にとっても諸刃の剣。膨大な魔力をブレスに変換し吐き出すそれは、放つだけで偉大なる龍であろうともその力を摩耗させる。更に放つ吐息は凄まじい威力を持つが故に、頑強な自身の肉体にも確実にダメージを与える。

連発などすれば如何に龍とはいえ命を削るだろう。

だから、龍は待った。龍の代名詞たるそれに、人間は必ず対抗策を持っているだろう。それをスカ(・・)されれば、窮地に立つのは己である。

必殺技を必殺としては使わない。最も効率よく被害を生み出せるタイミングで、放つ。そう考えられるだけの知性を、狡猾さを………弱さ(・・)を、龍は兼ね備えていた。


その龍は、弱かった。


燃え尽きた炭の龍。かつて、同族からそう呼ばれていた彼の龍は、龍としては最も脆弱で、牙も爪もその肉体も虚弱だった。

だから、強くなりたかった。強くなるために、様々な手段を見出し、鍛え、知恵を着けた。

魔物を喰らい、人を喰らい、眷属を生み出し、備えた。やがて燃え尽きた炭の甲殻は、冷えた溶岩石の如き光沢と強度を得た。

………それでもまだ足りない。高祖たる龍に比べれば自身の力のなんと弱き事よ。

多くの魔物を喰らった。しかし、足りない。血肉とすれば間違いなく力になるであろう、巨大な国の隅に存在している強大な魔物。あれは、龍が触れるべきものではない。故に挑めない。

龍の視線はやがて魔物ではなくその魔物を群れの力を持って狩り獲る人間へと向いた。

人間の中には弱きものから強きものへと変貌する者もいる。その力を、得たいと考えた。

やがて龍は人を好んで襲うことから邪龍と呼ばれ―――しかし、その龍は決して悪意などなく、唯々力を求めて無邪気に闘争を求める、そんな存在だった。


備えることの何が悪か。

不意を打つことの何が卑怯か。

負けぬための策を幾つも重ねることの何が不満か。

倒れ心の臓を貫かれ、魔核を砕かれれば容易く死ぬこの命。

この世で足掻いて見せることに、何の恥じらいがあろうことか!


倒れたままの龍の咢より放出されたるは、火砕流(・・・)………1000℃にまで到達する高熱のガスと火山灰、砂礫が一体となり、高速で襲い来る、死の熱を纏う黒き死神。その速度は時速360kmにも及ぶ。

秒速に直してもその速度は100m。如何にこの世界の人間の身体能力が、伏魔や壊天といった技術によって底上げされていたとしても、予備動作を取っていない状態での完全なる回避は不可能。

厳密にいれば、それを回避できるような天上の存在は人間の中でも僅かしかいない。

だが―――しかし。ここには天賦の魔術の才を持つ、元魔物にして元聖獣のクリスが居た。


「退避………ッ!!間に合わんか!!」


騎士団長エリオットが悔しさを滲ませる口調でそう叫ぶ。

騎士各々が最善の行動を取るために動き出し、それらが僅かながらに不協和音を撒き散らす。どうあがいても騎士たちに待ち受けているのは全滅の二文字だ。

一歩。白い髪を靡かせながら、金の瞳を持つ少女が前に立つ。両手を前に出し瞬時に体内の魔力を調律する。

その唇から、魔術の名が発せられた。


天淵函蓋(カエラビス)


クリスの前方、龍の咢から放たれた火砕流のブレスを遮るように、なにも無い空間から四つの()が生まれた。

門は上下左右からそれぞれ迫り出し、白亜の色彩を持つその門の背後には無数の歯車によって構築された解錠不可能な鍵が掛けられている。門そのものにはシンメトリーに幾つもの幾何学模様が刻まれており、遠くから見ればそれは門の敵対者を監視する黒い目にも見えるだろう。


熾天封門(セラポルタ)


土属性、最高位魔術―――最上級の更に上、使えるものの限られる、魔術に天賦の才を持つものしか触れることのできない、まさに神髄。

白い翼の女神に付き従った、四体の眷属………天使。それぞれ魔術の属性になぞらえられるもののうち、土の天使が用いたとされる女神を守護する四つの巨大な門を無より召喚する大魔術。

金の目を輝かせ、魔力が荒れ狂う。門とブレス、膨大な魔力の衝突が大気を歪ませた。


「………ぐ」


護れ。妹のような存在が咄嗟に発したその言葉が、クリスの魂を震わせる。

そうだ。私は誰かを守るために生きていた。今はラリナを守っている。でも、ラリナだけじゃない―――本当は、記憶の果てのあの人の願いの通り。


「多くの人を、護る―――!!!」


彼女が纏う服の背中が弾けて、翼のように余剰魔力が噴出し、肉体がその魔力量に耐えられず、出血する。鼻血を出しながらも、門を維持する魔力は緩めない。

四つの門のうち一つ目がいよいよ溶解し、土塊となって虚空へと消える。

”天淵函蓋・熾天封門”によって呼び出される門はただの物理障壁ではない。呼び出したものの意志を汲み取り、その魔力が続くまで、熱も衝撃も呪いと言った魔術的束縛も、ありとあらゆるものを阻む守護に特化した魔術だ。

門の強度は展開された門が減っていくほどに上がっていくが、それと同時に門の数が減れば減るほど、加速度的に必要とする魔力が増えていく。

クリスの天賦の魔力操作精度があるからこそ耐えることが出来ているが、本来なら一つ目の門ですら十秒維持するのですら、天才が命を賭ける程の偉業。

それが一つ破られ―――二つ目も、罅割れ、消えた。


「―――っ………」


クリスが吐息を零した。門に感じる圧力が減ったからだ。

龍は自身の必殺の一撃を防がれたことを認識し、ブレスを撃ち止めた。強大だが諸刃でもあるその攻撃、無理を続ければ先に息切れをして倒れるのは自分だと理解した。

龍が感じたのは、二人目の好敵手の気配。だが、龍は二人の好敵手を同時に相手するだけの余力(・・)は自分には無いことを確信していた。

クリスは魔術を解除しない。それは相対する龍がまだ何かをしてくると信じていたから。

………金の瞳が、空を見た。


「   」


冷えた溶岩の龍が体を起こす。右目と右足から血を流しながらも、黒煙を纏うその姿は見るものに威圧を与える。

衝撃の連続によって麻痺した聴覚が、それでもその()を感じた。

―――再び開かれる龍の咢。

自身の命を削って、二度目のブレスが放たれた。


「ガアアアアア!!!!!」


龍の咢の隙間から血が垂れる。それでもここで仕留める他ないと龍は判断した。

放たれるブレス。それはクリスの展開する”門”へと接触し、すぐさまその角度を変える。

狙う場所はクリスではなく、その頭上。切り立った断崖そのものだった。


「崩れる………」


吹き上がる熱波によって崖上まで飛ばされた私は、私を見つめるクリスに気が付いた。

あいつは龍の方に指を向けると、その首元に横に一本線を引く。


”勝て”


そう、言っている気がした。

微笑むクリスは私の勝利を信じている。私も同じだ。その程度で、お前は死なない。

私の視界の中で、岸壁が崩れ―――龍の質量をすら超える凄まじい量の岩石がクリスと騎士たちに降り注いでいった。


「………グ………アアアアアアアアアア!!!!!」


血と噴煙を口から吐き出す龍。

ダメ押しとばかりに崩壊と同時、射線を戻した超高熱のブレスが襲い掛かり、”門”諸共クリス達を瓦礫の中へと沈めていった。

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