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衝突




崖から手を放し、着地する。お互い小手調べは終わった。まだまだ手の内を隠したままだが、それでいい。

さあ―――存分に殺し合おうよ

欠けた踵の先端を修復し、身体を低く屈める。

溶岩を思わせる龍の甲殻は非常に硬い。私が重力と反作用を味方に付けて尚、貫くことの叶わなかった背中の鎧………それと同質のものが、身体の外殻を覆っている。もちろん背中のものが一番分厚いので、他の部位であれば貫くことも出来そうだが。

効率よく、的確にダメージを与えるのであれば、狙うのはそれら甲殻の覆われていない箇所の方が正しいのは間違いない。しかしそれは、身体の内側や咢の内側と言った、相応にリスクの発生する場所となる。

まあ、簡単に狙えるような場所じゃないよね。


「でも、だからこそ」


その急所を貫くのだ。

硬質な音は大地を踵が駆ける音。足に力を籠めるたびに、地面が爆ぜる。龍がその瞳を細め、大きく唸った。


「………っ!!」

「ガアアアア!!!!!!」


側面の崖を削りながらの龍の爪の一撃!

人間ではそれを崩すのにどれほどの時間がかかるのかも分からない岩壁を、ただ爪を振るっただけで崩壊させながら、その爪は私を狙う。

受けるにはまだ、私の力は足りていない。鎧による防御も過信すべきじゃないし、第一受けたらまたふっとばされて戦線から後退することになる。なので接触の直前、左腕に嵌め込んだ涙の雫を爆裂させ、その反動で回避した。

―――龍の前肢の大きさは凡そ八メートルにもなる。爪を振るうことで発生する豪風が私を揺らすが、しかしそんな程度では私は決して揺らがない。甲殻を足場として龍の顔面へと、更に走る。

身体を数度回転させ、踵を甲殻に突き刺し………壊天による跳躍。目の前に現れた巨大な龍の顔面を蹴り飛ばした。


「………グッ、アアアアアアアアア!!!」


防御の薄い下顎からの一撃。斬り飛ばすとはいかないがそれでも龍の頭が大きく空に向けて撥ねる。

まあ、でもこれくらいじゃ意味ないな。長い首が衝撃を吸収しているのだろう、脳震盪も何も起きていない。黒い身体が俊敏に動き、長い尾が龍の頭の背後に見えた。

鞭のようにしなるその尾は爪と同じく凶悪な武器となる。打ち据えられれば………地面に突き刺さるくらいにはなるだろう、多分。見た目的にも割とダサいので遠慮願いたいものだ。

尾骶骨周辺から生やした尻尾を羽の如き形状に変換する。目の前に丁度良い見本があるのでその翼の形は龍のそれに酷似していた。

振り下ろされる龍の尾。しかし私の背後で高密度の魔力が形を成した気配があった。


「”堅積(ストラトペトラ・)岩釼(グラディウス)!」


眷属の飛竜にも叩き込んだ、純粋土属性の上級魔術。クリスによる大規模魔術―――同時に三つ発動されたその魔術()は崖の両側と底の地面を起点として三千を超える剣の群れとなって龍に迫った。

………堅積岩釼は地面を起点として発生させる魔術だ。騎士団に私、そして龍が居ることによって媒体の限られた状態では同時展開できる数に限りがある。それでも崖を利用したのは、褒めるべきことなんだろう。

私を狙っていた尾が迫りくる岩の剣へと矛先を変える。左の崖の剣の群れを尾で叩き、生み出された風圧が魔術そのものを破壊する。

右の崖から来るものは両翼を盾とすることで防ぎ、最後の正面からの剣は龍の爪によって粉砕―――咆哮した龍の顔面に私の踵が突き刺さり、地面と龍の顔面が濃厚すぎる接吻をした。

隙だらけだったので滑空を中断して………私の翼は空を飛ぶことはできない………上空から急襲して一撃をお見舞いしたのだが、やっぱ()は固いな。蹴り込んだ足の太腿が痺れてる。


「グゥ………」


反動でバウンドした龍の頭、正確にはその露になった首目掛けて騎士団の大矢が放たれる。

龍が大きく息を吸った―――。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

「………つ、ぅ」


威圧感凄まじい咆哮………間近で聞いたせいで私の鼓膜が吹っ飛んだ。

耳からの出血を手で拭って修復。なお、騎士の大矢は咆哮で逸らされ、数本しか当たっていない。


「なかなか決め手にならないね、あの矢」

「………回避行動をとっている以上、痛痒には至っている筈だ。だが、あのまま半端な箇所を狙っていては先にこちらの方が息切れをするだろうな」


跳躍してエリオットの隣に猫のように着地。

僅かに固くなった声でそんな風に分析するエリオット。実際、急所に当たればあの矢は大ダメージを与えることはできるのだろう―――だが、その急所が問題である。


「ねえエリオット。龍の魔核はどこにあるの?」

「………龍は魔核の位置が必ず特定の部位にある。頭の上にある種、首元にある種、胴体にある種。だが、あの龍にはそのどこにも見当たらない」


ということは。

目を細め、龍の赤い瞳と視線を合わせる。


「恐らくは身体のどこかにある逆鱗の下か、頭蓋の中―――舌にあるかのどちらかだろうな」


龍の鱗の中で最も強固であるとされる逆鱗。龍の中で背中と同じ強度を、頭という小さな空間に詰め込んだ頭蓋骨。その密度を潜り抜けた下にある、舌。

どちらであっても、狙うのは難しい。龍狩りのための大矢。今回は決定打にはならなさそうである―――まあ、それでもあの装甲を僅かにでも抜ける時点で、価値はある。


「何かいい手はあるか、忌み目のラリナ」

「ないよ。師匠ほど私は強くないし、クリスみたいに頭がいいわけでもない。私はただ、愚直に戦うことしかできない。それしか、知らない」

「………」

「だから私はただ戦う。あいつを斃すために。難しいこととかタイミングは―――お前が勝手にやれ。クリスもうまく使っていい。あいつは便利だから」


扱いが酷く思われるかもしれないけど、私にとっては”便利”というのが割と大きく評価してるってことだったりもする。

ちなみに当のクリスは盾を構えた騎士たちの前に出て、龍の動向を見守っていた。

盾としてのクリスは本当に優秀だ。私も含めたこの谷底にいる面々の中で確実に龍の一撃から集団を守れるのはクリスしかいない。クリスが健在である限り、騎士団は死なないだろう。


「じゃあ、行ってくる」


左手に再び涙の雫を嵌め込んで、龍の元へ。

無言で私の背を見送ったエリオットは、兜の奥で少しだけ眩しそうな顔をしていたのだが、当然私にそんなものが見える訳もなく。

何よりも、極上の敵を前にして、他に視線を向けることが出来る程、私は出来た人間でも完成された戦士でもないのだった。

硬い鎧の如き甲殻、一挙手一投足全てが私を軽く粉砕できるだけの膂力を備えており、知性も一級品。潤沢に蓄えられた魔力に、狡猾さも併せ持つ―――なんて、喰らい甲斐のある敵だろう!!

力と力ではこちらが不利。じゃあ速度で翻弄する。

ただ真っ直ぐに走っていた足の動きを、ステップを刻むように、舞踏を演じるかのように………力で大地を踏みつけるのではなく、大地の上を滑るような移動方法へと変える。


「………沫雫(あわしずく)


それを可能とさせるのは、摩擦を極限まで低減させるこの魔術だ。

黒雫の派生、今思い付いた。

私の影が脈動し、踵―――ヒールの先端が地面に突き刺さることなく軌跡を描き、直後引き延ばされた鏡面の如き黒い薄氷が散っていく。”現代”の知識を持つものが居れば、その一瞬だけ現れる薄い水の上を駆ける動きは、フィギュアスケートの加速方法に似ていると感じただろう。

持ちうる全てを扱え。その上でなお限界を超えろ。そうじゃなければこいつの相手は務まらない。龍殺し………人が成せば間違いなく英雄と呼ばれる行為。伝説に挑むということはそういうこと。

龍の剛腕が振り下ろされ、既にクリスの魔術との衝突でめちゃくちゃになった谷底が振動する。私の身体は、そんな龍の爪をギリギリで躱し、龍の懐へと入り込んでいた。

頬が風圧で切れ、血が飛び散る。その痛みすら、何処か心地が良い。


「はああ!!!」


速度を味方に付けて踵を横方向に回転しながら振り下ろす。摩擦が低減され、加速率の上がった私の踵は龍の腕の外殻を半分ほど、断ち切った。

まだだ。手のひらに生み出した黒雫を龍の瞳目掛けて投げつける。投網のように広がるが、残念ながら黒雫に網目はない。

視界を奪う。ついでに嗅覚もだ。

ギリ、という異音。それが耳に届いた瞬間に踵を蹴りだしその場を離れれば、振り下ろされていた龍の爪が引かれ、先程まで私が居た場所には五爪の傷跡が刻まれていた。

なるほど。そう心の中で呟く。

黒雫に覆われた龍の頭が振り子のように振り回され、私を殴りつけた。


「………そういうことか」


吹き飛ばされる。だが距離は離さない。黒雫の鎖が崖に突き刺さり、即座に硬化して私を繋ぎとめた。

自身の頭の前に展開されていた黒羽鎧が音を立てて戻っていく。


「探知されてるな。魔力のせいか」


膨大な魔力を持つ私やクリスは、龍であれば五感がなくとも視える。そうじゃなければ、黒雫で顔を覆われたまま私に頭突きを当てることなんて出来ないだろう。

―――でも、それでいい。私だけを見てればいい。人間っていうのは、強いものだ。厄介なことにね。

私の復習相手も人間だからこそ素直に喜べるものじゃないけれど、それでも今に限っては心強いといえるだろう。

ずるりと溶け出す、龍の視界と嗅覚を封じていた黒雫。黒い液体の下から龍本来の甲殻が露になり、赤い瞳が覗いた瞬間。


「………ッガ、ギャアアッアアアア!!!!!!!!!」


その瞳に、エリオットが自ら番えた大矢が突き刺さる。

龍も瞳への攻撃に溜まらず悲鳴を上げる。でも、それで終わりじゃないよ。

瞳の中にその長さの半分ほどまでを埋め込んだ大矢。その鋼鉄製の尾羽に括りつけられていたのは、数個の火性を帯びた魔核であった。

袋に詰め込まれたその魔核の純度は高く、売れば相当の金額になっただろう。それを、武器として使い捨てるという文字通り金で殴るかのような戦法。


「爆ぜよ!!」


エリオットの声で、魔核の中にある何かしらの魔道具が反応した。

連鎖的に魔核にも命令が伝わって―――龍が目を見開くと同時、爆破。球を描く黒煙が噴出し、始めて龍の身体が傾いだ。


「我が家が高い金を支払って作り上げた魔道具を使い捨てる攻撃だ、効かなければ困るぞ!!!」


そう言いながら後ろの方でエリオットが二射目を番える。

撃ちだされた矢は私が傷をつけた龍の右前足に突き刺さり、再び爆散。今度こそバランスを崩した龍が崖をひっかき、崩しながら横向きに倒れる。


「今だ!!」

「「「応ッ!!!!」」」


エリオットの号令。

番えたまま待機していた弓兵による一斉掃射が行われ、遮る手段の無い龍の装甲や比較的柔らかな首元にまで大矢が突き刺さる。

暴れる龍の、何とか自由に動かせる尾が騎士団を狙うが、クリスの魔術によって生み出された蔦がその尾を絡めとり、抑えられた衝撃を盾兵がしっかりと止める。

私はそうして倒れ伏す龍の周囲を、沫雫による加速で走り回っていた。遊んでるわけじゃない。私が探しているのは、こいつの魔核だった。


「逆鱗の下には無い………ということは」


舌の中で確定だ。

別の世界の逸話と違い、こっちの龍の逆鱗は龍の身体の正中線のどこかにある。こいつの場合は、腹の下に逆鱗があったが、そこに魔核の気配は感じられなかった。

厳密に言えば魔物ではない龍という生命。だが、生命維持に必須である器官と魔核の双方を失えば一気に死が近づくという点に違いはない。

―――いいよ。その頑丈な顎を切り落としてやる。

倒れ伏す龍。抵抗能力が低い現状であれば存分に準備しての一撃を見舞える。そう考えて龍の咢へと近付こうとした瞬間。



(ダメよ、ラリナ)



「………、痛っ」


警告を発するように、左眼が灼けるような痛みを訴えた。

左の瞳から金の雫がこぼれる。一歩踏み出す足を前ではなく()へ。小さくなっていく視界の端で、龍が獰猛に笑んでいるのが見えた。


「護れ!!!!クリス!!!!」


声を張り上げる。金色の瞳を持った女魔術師が、その目を見開いた。

―――直後、黒く熱い濁流が谷底を蹂躙した。


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お、あの子かな。
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