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龍と偽聖女の小手調べ





「総員、本番だぞ!!気を抜くな!!!」


背後で混乱しかけていた騎士団が、エリオットの一喝によって即座に平静を取り戻す。

一声で一斉に静寂を取り戻し、その身に闘気を漲らせる騎士団たち。なるほど、やはり彼らは龍を前にして怖気着くような軟弱ものではないということだろう。

切り立った崖の下、見上げた空に覗くその岸壁の稜線は、龍の全長よりもやや高いかといった程度まで伸びている。ひとっ飛びで崖の上によじ登ることは流石に出来なさそうだ。横幅は龍が翼を広げても尚、余る程度。

とはいえ龍によっては狭く、部隊を展開する騎士団にとっても同じく狭い―――どちらにとってもやりにくい地形だ。


「龍狩りを為す………大矢、構え!!」


エリオットが指示し、騎士団が即座に反応する。身の丈を大きく超える巨大な弓を取り出し、遍歴商人の荷車から取り出された二メートルはあろうかという巨大な矢が番えられる。

その数、五十を超える。邪龍がその光景を見て唸った。

邪龍が力強く右の腕を大きく振り上げる。


「盾掲げ!!!弓兵隊を邪魔させるな!!魔導隊!!邪龍の動きを抑えろ!!!」


矢継ぎ早に繰り出されるエリオットの指示。龍狩りに相応しい巨大な弓を護るのは、同じくその名に相応しい巨大な鋼鉄の盾だ。盾の表面に刻まれた魔術印が、構えている騎士が流し込む魔力によって輝き、強度を増す。

私が纏っている鎧と同じ、一流の鍛冶師が生み出した武具―――しかし私のようなオーダーメイドではなく、あくまでも既製品(レディメイド)だ。騎士団であればそれでいい。無用な装備の差は混乱を産む。


「来るぞ!!!」


魔導隊が幾つもの魔術を唱え、様々な手段で振り下ろされる邪龍の爪の勢いを削ぐ。当然、質量の膨大な龍の爪、簡単に抑えられるものではないが、盾で守れるだけの威力にまで減衰出来ればそれでいい―――あとは、盾兵が必ず抑えると、きっと信頼しているからなんだろう。

さて………私たちも動くとしよう。


「クリス、手伝ってやって」

「ああ」


クリスが手を掲げる。魔力の気配、魔術の構築。騎士団の魔導隊よりも遥かに高い練度の魔術が放たれ、龍の爪を振る動きが格段に遅くなった。

私はそれを見ながら邪龍の方へと駆けていく。

恐らくは邪龍の周囲の空気を重くしているのだろう。粘土を高めたのは密度を高めたのかは分からないけど、そうして生まれたのは俗に言う空気抵抗というもの。地上と水中では矢の発射速度に大きく差があるように、抵抗の多さこそが速度を殺し、威力を潰す。

ファランクスを思わせるように構えられた盾の上に邪龍の爪が振り下ろされ―――金属が裂ける甲高い悲鳴が響く。しかし、爪は盾兵を薙ぎ払うことはできず、直後に大矢が一斉に射られる。


「グゥアアアアアアア!!!!!」


翼を広げる邪龍。

大きく羽ばたかせたその翼が巻き起こすのは、恐るべき勢いの風圧だ。


「ぐッ!!!!」


思わず騎士たちが体勢を崩す程のそれは、放たれた巨大な矢の軌道を逸らし、殆どをあらぬ方向へと捻じ曲げる。


「ええい、知能の高い生物はこれだから!!!二射目番え!!!」


再度飛ぶエリオットの指示。

殆どが邪龍に命中しなかったその大矢だが、三本だけが邪龍に突き刺さっていた。左腕の黒い装甲を罅割れさせ、僅かに流血させるのを見るに、あの大矢は確かに龍を狩るに十分な威力を秘めているのだろう。

………騎士団と邪龍の応戦の中、左腕を構える。いいのか、私を視界から外して。

邪龍の真下、両の踵に力を込めて跳躍。視界の外、下顎に拳を叩きつけた。


涙の雫(ティア―ドロップ)!!!」


壊天を混ぜながらの打撃、インパクトの瞬間にクロスボウに嵌め込まれた涙の雫を発射する。

―――ボンッ!!!

零距離爆裂(・・)。爆破ではない、涙の雫がその圧力で飛ばすのは、数百を超える細かな針だから。


「………グゥゥゥゥ」


黒雫が摩擦熱で気化し、黒い煙幕をばら撒く。龍の頭が跳ね上がり、しかし………赤い瞳が私を見つめていた。

にんまりと弧を描くその瞳、嫌な気配を感じた。直感的に身体を丸めて身体を覆う鎧に魔力を通す。黒羽鎧が蠢き、文字通り羽のように二翼の黒色がドレスに纏わりついた。


「ガアアアアアアア!!!」

「うッ………!」


腹部に衝撃、頭蓋を振り回し、鼻先での………頭突き!?

驚愕はそれだけじゃない。


「………っ!!こ、いつ私の魔核の位置を的確に狙ってる!」


景色が遠のき、私の身体は崖の間をピンボールのように数度バウンドする。崖に叩き付けられながらも体勢を整え、岩肌にガントレットの爪を突き立てて後退を止めた。

鼓動が脈動するような、そんな音が鳴って私の身体を覆っていた黒羽鎧が形を元に戻す。


「なるほど。これはいい鎧だ………」


無かったらあの一撃で終わっていただろう。魔核を砕かれ、内臓及び背骨を粉砕されていた。

装備の重要性、か。

過信すべきじゃない。でも、ないのもそれはそれで不用心というものなんだろう。

崖に突き立てた腕に力を込める。強く引っ張り、加速―――戦場に戻る。

なんとなく分かっていたことではあるが、涙の雫は今回、決定打にはなりにくい。幾本もの針によって細かな裂傷を与えるのが涙の雫の特性だ。肉体の内部など柔らかい場所にぶち込めば壊滅的なダメージを与えることが出来るが、そもそも邪龍の身を護る鎧ともいえる鱗や甲殻が、あまりにも硬すぎる。大抵の魔物の装甲は抜くことが出来る威力はあるのだが、文字通り龍は規格外ということ。

あの大矢を用いて漸く僅かな流血を発生させられるという、分厚さと頑強さ。そして、龍の持つ生命力の発露とでもいうべき、肉体の再生速度。

涙の雫が使える箇所は非常に限られており、しかしそこに飛び込むのは自殺行為。

―――問題ない。私の手は、一つだけじゃないのだから。

崖に踵を突き刺しながら駆ける。戻ってくれば、騎士団による二射目が放たれようとしている所だった。

未だ均衡は崩れていない。騎士団が矢を放ち、龍が防ぐ………でも、それはいつまで続く?そもそも、騎士団が持ってきている大矢の数は、限りがある。

軌道を逸らされた矢は、砕けるか曲がるかで再利用はほとんどできなくなっている。それだけではない、構えられた盾の耐久値は?既に表面が深く削られ、役割を果たせていない鉄屑になっているものも散見される。龍の力を抑えている魔導隊の魔力は?クリスだって、無限の魔力がある訳じゃないのに。普通の人はもっと限界が早いはずだ。

とまあ、色々と想定はしてみたが、そこまで思考が回るなら、やることははっきりしている。


「まあ、出し惜しみは一切なしでしょ」


そう独り言を零して笑った。

そんなことをして勝てる相手じゃない。そして均衡が崩れるのを待ってから動くのは後手に回るということだ。私は、後手に回るという状況が好きじゃない―――変えるなら、自分からだろ!!


「はあああああ!!!!」


崖を駆けのぼり、再び加速。でも、これじゃまだ足りない。

高度を稼ぎ、身体を宙に投げ出す。手のひらの上に黒雫を生み出すと、それを鎖へと変えて、邪龍の翼へと投げつけた。

翼の根元にぐるぐると巻き付き、引っ張れば地に根を張ったかのような重い感覚が伝わってくる。どれほどの重さなのか、改めて推測する無意味さも分かろうというものだ。


「力比べをするつもりか、忌み目の!!それは」

「無理に、決まってるっ!!」


はなっからそんなことは考えてない。

龍の膂力と真っ向から?ここに落ちてくる時も言った通りだ。そんなことが出来るのは、師匠だけ。

じゃあどうするのか………こうするのだ。

鎖を握ったままの両腕を引く。壊天を交えたその力によって黒雫の鎖は砕け―――代わりに、私の身体は力の反作用によって邪龍の背に向かって加速した。

簡単な問題だ。作用と反作用の法則。まともな教育ななんて受けていない私だが、頭の中に残された知識を活用することによってこういったことも出来る。

巌の如き龍の重さを鎖が引きちぎれるほどに引っ張って、落下の威力を増したのだ。さあ、如何に龍の硬い背中の甲殻とはいえ………私の踵を受け止められるか?


「―――ルルルアアアア!!!!」


矢を止めるために羽ばたこうとした翼の動きが止まる。私をより高い脅威と判定したのだろう。

踵の先端を邪龍の背に向け、膝を折り曲げる。インパクトの瞬間に壊天による威力を上乗せするために。

身を捩る邪龍。抵抗はそれだけ………否。崖の底は龍にとって狭すぎて、それしか出来ないのだろう。


「貫け!!!」


壊天―――黒い踵(ヒール)、による痛烈な衝撃(ストライク)


「(………硬いっ!)」


ヒールの先端が欠けた感覚があった。

邪龍の背中の甲殻に埋まるように身体が突き刺さる。大矢によるそれよりも強烈に突き刺さった私という矢は、しかし邪龍を貫くには至らない。

それでも、痛みを与える事には、成功した様だった。


「グアアアアアアアアアアアア!!!」


鼓膜を震わせる咆哮。


「チッ」


私がいる背中を崖に叩き付ける邪龍。あの質量に挟まれたら即死するな。

大きく凹んだ甲殻から離脱すると反対側の崖に黒雫の鎖を投げ、突き刺すと同時に先端を楔へと変化させ、鎖をひいて移動。

踵とガントレットの爪で崖に張り付き、邪龍を見降ろした。

………無茶をした甲斐があったということか。二射目はその殆どが龍に突き刺さり、頭の付近や二本の前腕、一部は比較的防御力の柔らかい胴体の腹側に突き刺さっていた。

しかし、未だ致命傷には程遠い。


「………いい顔してるな、お前」


龍の顔をみて、私もまた微笑む。


「グルルルル………」


唸る龍は、どこか楽しそうで。

その赤い瞳は何よりも雄弁に語っていた―――戦うことが、楽しいと。

邪龍。人を襲うから、こいつはそう呼ばれていた。では、なぜ人を襲う?なぜ、眷属を生み出して、備えていた?

………人は強いことを、こいつは知っていたからじゃないのか。強いものと、戦いたいがために、人の領域に手を出したのではないか?

龍は賢い。龍は強い。しかし、龍は力を求めないわけではない。強者として現れ、しかし更に上を目指す………おかしなことじゃ、ない。


「で、あれば私はもう、お前の事を邪龍とは呼ばない」


他の人間にとっては知らないけど、私にとっては尊敬すべき、好敵手だ。


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 好敵手として通じ合う1人と1頭。
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