邪龍邂逅
進め。背後から掛けられたその声に応えるように、一息で先頭に躍り出る。
「我らは足並みをそろえて進め!冒険者たちは―――ふ、好きに動け」
エリオットが兜の下でそう笑ったのを感じた。ある程度、私たちの力を信じてくれているということだろうか。
そうとも。師匠が居なくとも、私たちは十分に強い。
「クリス」
「ああ………」
指をかわるがわる動かし、クリスが魔術を唱える。
繊細な魔力が私の身体に纏わりつき、即座に現象として現れる―――蹴る足が軽くなった。
腕から網のような黒雫を生み出し、クリスに巻き付けると、踵を地面に突き刺した。
「行くぞッ!!!」
轟、と風を切る実感があった。
前髪と長い三つ編みが揺れ、景色があっという間に背後に置き去りになる。足蹴にした台地は砕けて、破片すら残さず煙に消える。
十数メートルに一回そうして足跡を残して進んでいると、私たちに追いすがる眷属の飛竜の姿が見えた。後方の飛竜は一体も来ていないためこの尖塔の上で待ち構えていた奴らだろう。
「邪魔だ!!」
上半身で投擲の姿勢を取る。何を投げ飛ばすかと言えば腕に引っ付いたままのクリスだ。
「………雑だぞ」
「そんな程度で傷負うほどやわじゃないで、しょっ!!」
前に投げ、身体を縦に回転させる。
鋭い踵の先端が急降下してきた眷属の飛竜の眼前に触れ―――両断。
両手を地面について、腕の力で跳躍。放り出されたクリスを体勢を立て直して両腕で抱えると、地面に黒雫の水たまりを作りながら再び駆けだした。
「シャアアアアアアアア!!!!!!」
頭上、咆哮の気配。
口元から吹き出す炎は火球を吐き出す前兆だ。その数、五体。
「戯術”黒雫”」
抱えたクリスがそう唱える。
瞬間、私が落していった水たまりが爆ぜた。
明らかに置いた質量以上の規模を持って天に迫り出すのは黒雫の大槍だ。龍を狩るための槍にも似た装丁の巨大な槍が吐き出された火球諸共、眷属の飛竜たちを串刺しに………いや、串刺しなんて言葉ですら生ぬるい。
まさに、へし潰した。
「近ければこんなものだ」
「………模倣どころじゃないな。人の魔術を乗っ取るなよ」
戯術。クリスがそう呼んだ魔術は固有魔術をすら含む、他者の魔術の再現を行う技術だ。師匠をして自在に行うやつは見たことが無いと言わしめる、クリスが魔術の天才たる所以である。
更にはこいつはその上から、他人が構築した術式を乗っ取り、後を引き継ぐという行為までして見せていた。
他者の、それも固有魔術の書きかけの設計図を見て、その続きを完全に再現するという神業―――魔術の出力規模まで含めて、流石に敵わない。
魔力量で勝っていても操作技術で負けているため、クリスの魔術に私の魔術をぶつけても絶対に勝てないのだ。実に、実に悔しい点である。
「魔導隊!!射線用意―――撃て!!」
背後から騎士団所属の魔術師たち………魔導隊の砲撃が行われる。狙ったのは恐らくは眷属の飛竜たちが潜んでいると思しき肋骨の如き尖塔だった。
複数人から成る魔術により生み出された巨大な火球が岩の塔を飲み干し、ぽろぽろと落ちてきた、焼き切れなかった岩石の破片を風や火の魔術が砕き、水や土の魔術が守る。
曇天の空が、随分と見やすくなった。それと同時に、鼻に付く腐った卵の如き硫黄の匂いが濃さを増していくのが分かった。
「………」
紅い眼を見開き、闇の向こうを覗く。
未だ沈黙を保っている死した火口の奥。これだけ騒いでなにも無い?まさか、そんな訳はないだろう―――そもそも、私たちを襲ったあの眷属の飛竜は恐らく、前座における最終手段。住処の本当に近くに置いておいただけの代物。その証拠に、最初に私たちを追い立てようとした膨大な眷属の群れは一匹たりとも私たちの背後を襲ってはいない。
既に遥か後方となった師匠の元で、全てが食い止められているから。
追い詰めた訳ではない。だが、明確な敵に家の敷地内に侵入されて何もしないなんてことがあるだろうか?それも、邪龍と呼ばれる存在が?
「そんな訳、ないよね」
違和感に気が付いたのは、私の左眼だった。
何かを訴えるように左眼の視界が細まって闇の向こうを示す。砕ける大地、蠢く砂煙。その数瞬後に私の右目もその警告に気が付き、照準が合わされる。
無意識のうちにクリスを頭上に放り投げる。
「来るッ!!」
火口が、爆ぜた。
台地を崩壊させながら闇の内より飛び出したのは、冷え固まった溶岩のような装甲を持つ、巨大な影だった。
そう、影だ。
動きが早すぎて全景を捕えることが出来ない。疾駆よって空気が揺らぎ、しかし先頭にて私を見つめる赤い瞳だけは不思議と目が合うのだった。
「ラリナッ!!!」
「よう」
―――見覚えがある。愉快そうに笑うその瞳。クリスが言っていた通りだ、主であるこいつは、眷属を操作できる。
左の踵を地面に突き立てる。それを軸足として、右の足を大きく振りかぶった。
「また、会ったな!!!!」
「ブルアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
踵が疾駆で揺らぐ影の先端を撃つ。
壊天。振り抜いた踵から魔力が一瞬だけ放たれ、轟音が鳴った。
………疾駆で感じるその重量、凄まじいまでの巨躯。正面から受けられるのなんて師匠しかない。そして私の力はまだ、師匠ほどじゃない。
だから、受けから蹴り落とす。勢いを、捻じ曲げる。
撃ちつけた踵のヒールに罅が入る。斜め下に勢いを逸らされた巨躯が、しかしそれでも私を食い破ろうと一瞬の間に咢を開く。
………馬鹿だな、私は一人じゃないのに。
「狂凶嵐乱」
曇天を背にしたクリス。その背に、金糸の魔力の糸を幻視する。
構えた手より撃ちだされたのは風の最上級魔術―――巨躯を、砕けた台地ごと、地面へと押し付けた。
再びの轟音、しかし今度は長く続いた。何故か、火口が砕けたからだ。元より台地ごと破壊する気だったのだろう、騎士団や私たちが通ってきた道が突進の余波によって崩壊していく。
「騎士団は………」
「私に任せろ」
放たれた魔術は時津風。唐突な落下を始めたエリオットを含む騎士団の面々を風の膜が包んで緩やかな落下速度で落ちていく。
それにしても、台地は決して橋のような脆い形状をしていたわけではなかった。きちんと山岳を構成する、頑丈な地面であったはずだ。
雨風によって風化こそしていただろうが、それでもその規模の地形を疾駆の余波で破壊するとは。
視線を落とす。重量差で先に落下していた影が、身体を起こした。起こしたと言っても相手は四つ足、寝ているのと対して背格好は変わらないが………威圧感は、大きく異なるだろう。
「あまり良い戦場とは言えないな」
「何処だろうと戦うしかないでしょ。弱気なの、クリス」
「まさか。気を抜ける相手では、ないがな」
それは同感。
目の前に立てば分かる。見上げれば、理解する。邪龍と呼ばれる、こいつの威圧感を。
台地が砕け、一転して谷のようになったその底で、冷え固まった溶岩の装甲を持つその龍―――大きさは、尻尾までを含めた全長で四十メートル弱はあるだろうか。折りたたまれてこそいるが、翼も広げれば七十メートルはあろうか。多分、空も飛べるんだろう。
想像した通りの、いや………想像以上の龍が、神話に語られる、冒険者たちの誉れ、力の象徴が、私たちの前に立っていた。
重さなんて何キロあるのか考えるだけ馬鹿らしいだろう。こいつが地面に激突した時に発した音を聞けば、途方もないことだけが理解できる。
赤い瞳が瞬きをする。じっと、私を見つめる。
罅の入ったヒールを地面に叩き付けて、私は笑った。
「うん、戦ろうか」




