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邪龍の巣



「騎士団の様子はどうだ………?」

「まだ大分後方。私らが一番乗りじゃない?」

「は、そりゃ重畳。んじゃまあこのまま龍の姿を拝みに行くとするか」


アンジェリコ伯爵領、邪龍の潜む名もなき山嶺。

潜めた声のまま雑談を行うのは男女入り乱れた八名からなる冒険者の集団であった。彼らは騎士団と共に行動することを否とし、龍殺しの栄誉をその身に授からんと飛び出したロッチノアの街に拠点を持つ冒険者たちである。

山嶺の頂上に行けば行くほどに気温は下がり、樹々は疎らになっていく。今や彼ら冒険者の頭上には彼らを隠すための樹々は無く、精々が腰あたりといった程度の低木や植物だけへと変貌していく。

………しかして、樹々の減少は決して高度によるものが理由ではない。山頂付近でようやく森林限界高度に到達するかというその山嶺である、確かに山を登って行けば行くほどに植生が減少していくのは道理ではあるのだが、今彼ら冒険者がいる場所は山嶺で言うところの中腹よりも少し上、そんな場所であった。

まだ森林が生息できない、そんな高さではない。では、何故こうも森林が少ないのか?

答えは、山嶺を構成する地面に在った。


「今更だが滑るからな。気を付けろよ」

「分かってるわよ」


非常に硬質な岩石からなる山嶺の大地。

元は火山活動によって形成されたその山嶺はそう簡単に草木が根を下ろすことのできないほど強固な地盤を誇り、故にこそ豊富な鉱物資源が眠る。

稀少な鉱物や宝石を好むという龍が根城とするには成程確かに適当だと言えるだろう。


「にしても―――なんだこりゃ」


そう男の冒険者が空を仰ぐ。

正確には空に幾重にも掛かる肋骨のような形状の岩の屋根に、だ。

突き出した岩が鋭く、傾いた尖塔を思わせる様に天に蓋をするその光景は、当然ながら人間が生み出せるものではない。いや、高位の魔術師であれば同じ景色を生み出すことも出来るだろうが、こんな人の踏み入ることのない山嶺の奥深くでこんなものを生み出すのは魔力の無駄でしかない。

山嶺にあって斜面ではなく長い平らな地面の広がるその台地。地平をこそ道とするならば、まさにその尖塔の骨は屋根であると言えるだろうか。

その道の奥は山嶺が活火山であった頃の名残である、死した火口があり、騎士団や冒険者は、彼の邪龍はそこに居ると推測していた。

そしてそれは事実であるということはその場に集った冒険者たちが肌に感じる気配で理解していた。


「………慎重に行くぞ」

「………おう」


その時だった。

べちゃり、と音がする。

冒険者たちが一斉に音の方へと視線を向ければ、その音の正体は―――卵だった。

当然、人間が食べるような大きさのものではない。やや黒みがかったそれは、ちょっけ三十センチはあるだろうか。中から少しばかり黒ずんだ黄身が零れだし、分厚い殻が周囲に砕け散っている。


「これは、ワイバーンの卵………?」


矮小なる龍の随伴者。偽物の龍―――そう揶揄される魔物。

とはいっても火球をばら撒き、空を飛ぶ以上は厄介な点も多く、群れるという性質もあるため油断できるような相手ではない。

しかし。しかしだ、卵である。世代交代型の魔物のため生殖能力はあるワイバーンだが、あれらは餌の豊富な森林で産卵し、孵化、そして成長してから空を飛んで広範囲を移動するのが基本的な生態である。

こんななにも無い山嶺の深くで子育てをする事なんてまず有り得ないこと………の、筈だった。


「―――おい。あれ、なんだ?」


冒険者の一人が空を指さす。

一人、また一人と空を見上げる。そしてその顔をひきつらせた。

………そして、その足はすぐさま逃走という形で、()へ走る。


「ふ、ざけんなッ!!!なんだあれなんだあれ?!」

「きいてねぇぞッ―――?!?!」


邪龍の活動のせいもあり、魔物が多く潜むようになった山嶺の森林部分を無傷で突破できる冒険者の一団。

殆どが一流である青階級の識別証を持ち、その下の階級であっても一芸に秀でた彼らは並みの魔物が相手ではうろたえることはない。だが、彼らが見たものは、そんな彼らが絶対に勝てないと、そう思う”何か”だった。

前へ。前へととにかく足を動かす。遥か背後よりその影を追いたてる何者かから逃げるかのように―――だが、彼らは忘れていた。

その逃亡の果て、尖塔の岩骨の道、その最後に何が待っているのかを。

暗く、澱むように空気が濁る。

全員の鼻の奥に突き刺さるのは腐臭だ。生物が腐ったかのような毒性の強い匂いが冒険者たちに生理的な嫌悪を与える。

先頭を進む冒険者が立ち止まり、それにぶつかるように後続の冒険者が押していく。やがて全員が足をもつれさせ倒れ込み―――それ(・・)を見た。





暗闇の奥から覗く赤い瞳。

ぬめりを帯びた唾液が纏わりついた、乳白色の牙。全容は見えない。その姿を把握することはできない。

だが、分かる。大きい。顔だけで大の大人の倍はある。

何よりも、だ………冒険者たちは何よりも、その瞳を見て理解した。


「こ、ん………にち、わ」


引きつった笑みを浮かべたまま、冒険者が絞りだしたのはそれだけだった。

―――返答は、灼熱。

絶叫を上げることすら叶わずに、邪龍殺しの栄誉を求めた冒険者の一団は、灰の欠片も残さずに燃え尽きた。


「………」


龍が瞳を閉じる。

退屈そうに―――しかし、再び目を開く。蛇が鎌首を(もた)げるかのように、その巨大な頭蓋を僅かに宙へと浮かせる。

遥か、尖塔の岩骨の道の先。そこに興味深い何かがあるかのように視線を向ける。

赤い瞳が僅かに細まる………笑むように。




何のことはない。ワイバーンといった偽物のそれとは違う、真の龍ならば当然の事………山嶺に潜む邪龍。

彼には、深い深い知性があった。





***




「………この先?」

「ああ。この天に架けられた骨のような、傾いだ岩の尖塔の更に奥深く………死した火口のその中が、邪龍の住処だ」


冒険者たちの次、やがて辿り着いたのは、騎士団たち。そして、忌み目の少女ラリナだった。

左右で僅かに色彩の異なる紅い瞳を細めてその道の先を見つめる少女は薄く笑う。


「邪龍。そいつは、どんな味がするんだろうね」


奇しくもその表情は、遥か彼方の邪龍が浮かべたものと瓜二つであった―――。






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 逃走者、一瞬で灰も残らず。
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