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山嶺へ





旧前線、ユリディア。そう呼ばれる街にて一泊をする。一応は街の中なのだが、正直に言えば野営と遜色ないと言っていいだろう。

かつては対魔物を想定して築かれており、実際に今回の邪龍討伐の前線に選ばれるほどの堅牢な城砦都市であったはずのそのユリディアの街は、民を守る筈の盾である外壁が無惨に焼け溶かされ、多くの物質が燃え尽きた灰の残り香が今もなお漂っている。

中にある民家などは幾つかは無事なものがあるものの、基本的に石の煉瓦で組み上げたようなものは砕けてしまっている。鉄を用いたものや魔術によって補強されたものは外観は残っているが、中にある燃えやすいものは燃焼してしまい、殆ど使える物資はないだろう。

例によって円形を成しているこの街の正門は熱による破壊ではなく、物理的な攻撃によって砕けている。飛び散った肉片から察するに、もしかして正門に対して強固な肉体を持つ魔物が自爆覚悟で突進したのだろうか?


「………自爆、か」


唇に手を当てて考え込む。

内部がこれだけめちゃくちゃにされている以上は魔物の侵入を許したのは間違いない。というか防衛に失敗し、設備と物資を焼かれたという情報は入ってきている。

だが龍が直接攻撃してきたわけではないのはこれらの傷跡から確定している。ではこれから戦う邪龍は―――。


「ふわ」


まあいいや。どうせすぐに出会うのだ。その時に推測が誤りか正しいか、判別がつくだろう。

クリスが胸元から取り出した毛布を被り、身体を丸める。


「こればかりは便利なものだ。空間魔術か………というかクリスよ。谷にいるうちに使えることを言っておけばもっと魔核を持ち運べたのだが」

「忘れていた。野生生活が長かったからな」

「野生児め」

「チビにだけは言われたくなさそうなことだな、それ」


うるさいな。別に好きで野生児になってたわけじゃない。ああいう生き方をしなければ死んでいただけだ。


「寝る。おやすみ」

「ああ」


騎士団がいるけど、習慣となった見張りを立てての就寝は怠らない。今回、最初に寝るのは私とクリスで、師匠が一番最初の見張り番だ。まあ、特に何も起こらないとは思うけど。

灰の匂い以外の何も嗅ぎ取れない鼻をスン、と慣らして目を閉じた。






***




「出発!!」


再び騎士たちの行軍が始まる。

朝の早い時間に進むのは龍が目覚める前に山嶺に入り込むため、らしい。


「龍は強い。故に基本的にはよく眠り、よく食べる。朝早くに出たほうが攻撃される危険性が少ないのだ」


と、エリオット騎士団長のお言葉である。

ちなみに彼女………一応彼なのかな。まあいいや、エリオットは私たちの少し背後を歩いている。エリオット自身は行軍する騎士団のやや後方の中央にいるため、私たち含め陣形の中心であり頭脳に当たる場所に配置さ入れている訳だ。


「まあ、結局は運だ。この領地に住み着いている龍の生態など、山嶺の外にいる私たちに完全に理解できるものか。しかし一つだけ言えることは、山嶺中に入らねば戦いの土俵にすら入れないということだ」


馬を連れていないのもより森の中を手早く進むためであるという。馬は平地では強いが余程の練度を持った騎兵でもなければ、森の中では事故の原因となる。

そして平地では先んじて露払いをしてくれている(・・・・・)冒険者たちに追いついてしまうため、今回は最初から連れてこなかったらしい。


「尤も、そもそも邪龍討伐後のことを考えれば使うことも出来んが」

「なんで?」

「潰された街の復興に使う物資の運搬や情報の伝令などに何頭も使い潰すことになるからだ。連れていたら確実に死ぬことになるであろう邪龍討伐に馬を持ってくるという選択肢は最初から存在しない」

「ふぅん。それは騎士団長の考え?」

「………。ふむ、そうだ」


嘘だな、となんとなく思った。

昨日遍歴商人である、ミルラの祖父が言っていた通りか。ロッチノアの領主は自分が有能であると知られたくないようだ。

まあ貴族のあれこれなんて興味ない。一応私も貴族だったわけだけど罪人として捨てられているし、そもそもがしがない下位貴族だ。伯爵家以上の高位貴族のあれやこれやなんて関わりたくもないし、知りたくもない。


「そんな話はどうでもいい。異常はないか、忌み目のラリナよ」

「………何その二つ名。まあいいけど、ないよ。今のところは」

「気を悪くするな。識別がしやすい方が良いと思ってな。差別するつもりはないのだが」

「まあされてる気も無いから好きに呼んでいい」


私たちがエリオットの傍にいる理由は簡単だ。

索敵能力が一番高いから―――私とクリスは魔力を検知できる。言葉にはしていないが、魔物の気配に対して敏感なのはエリオットも察しがついたのだろう。

異常発生を最も早く確認でき次第、即座に対応できるよう、私たちは騎士団長の付近に配置換えされたのであった。

集中を切らさずに進んでいるにしても、雑談くらいはすべきだろうということで、龍の知識を得るうえでもエリオットと話をしているのだが―――まあ、私はこの人間の事、結構嫌いじゃない。

貴族らしく腹に隠していることはあっても、基本的に騎士らしく実直で裏表がないから。


「三日もあれば、捜索隊が見つけた邪龍の巣へと辿り着くだろうな」

「捜索隊なんていたんだ」

「元々ユリディアの街ではそれが目的だった。散発的に攻撃を繰り返す邪龍の居場所、それが分からん事には成すすべがない。街が焼かれることも覚悟のうえで、冒険者や騎士を動員して龍の巣を探し出した。情報は何とか伝わった―――それがなければ、父はこの領地を捨てる以外の選択肢はなかっただろうな」

「………皇族や神殿に助けは求めないの?」


慎重に言葉を選ぶ。けれど、エリオットの答えと声音から要らなかったかもな、って思った。


「無駄だ。白翼の聖女を巡る権利争いで今は忙しいのだろう」


………この人も、神殿とか嫌いなんだろうな。


「ん………」

「ふむ」


私とクリスが同時に立ち止まる。

捕えたのは魔物の気配。そしてそれは空にいる。二人で同じ場所を指さした。


「いたぞ」

「あそこだ」


言葉と同時、クリスが魔術を放ち、山嶺の樹々を払う。ほんの僅かな魔力の残り香。

他の魔物を刺激しないため、使う魔術は最低限の物だが、練度の高さが初歩の魔術を有用な道具と言えるほどにまで引き上げる。

火をつけるだけの僅かなその魔術が天を覆う翠の幕を焼き払い、即座に騎士が放つ大弓が空を飛ぶワイバーンの頭蓋を撃ち抜いた。生命維持に必須と言える機関が砕かれ、意識が消えるワイバーン………その落下中に、二発目の弓が左の翼にあった魔核を撃ち抜いた。

私の戦闘行動は魔力を撒き散らすため、現状索敵のみに徹しているのだが………こういう光景を見ると、魔術も極めるべきかな、と思う。

今度クリスに教えて貰おう。なんにせよ、手段は多いに越したことはない。

地面に落ちてきたワイバーンを騎士たちが運び、森の奥へと放り投げる。突き刺さっていた矢を回収するのが目的であり、報酬目的ではない今回は、ワイバーンの死体を漁ることはしないのである。


「エリオット」

「なんだ」

「龍の巣までに確実に通る危険地帯とかってあるの」

「………龍の巣付近になると私たちをカモフラージュしているこれらの樹々がどんどんと薄くなっていく。そして龍の巣に繋がる崖路繋がる切り立った台地は双方にとって見通しが良く、空飛ぶ魔物たちからすれば我々は良い的だろうな」

「そっか。分かった」


―――それでも、行くしかないということだろう。

例えこの道が罠であろうとも、進む以外に、邪龍を打倒す以外に、この領地に未来に繋がる道はないから。






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