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行軍



平原を進むのは一糸乱れぬ隊列を維持する鎧を着た人間の群れ。

即ち、騎士団だ。アンジェリコ伯爵領の印が刺繍された旗を掲げた彼らは剣や槍、弓に盾という均一化された装備を纏い、邪龍の住まうという山嶺を目指して進んでいく。

私たちはその一団の少しばかりあとを、荷車に揺れられて運ばれていた。


「いやはや、ここで再びお会いすることになろうとは」


頭の上にバレットと呼ばれる帽子を乗せたその男は、ロッチノアの街に入るときに出会ったあの商人だった。今回も例の馬車に乗っている訳だが、中に居るのはミルラの祖父であるこの男だけである。

話を聞けばどうやらこの先は危険が多いために死んでもいい(・・・・・・)ミルラの祖父だけが付いてきたそうだ。もっと言えば人数を増やせばその分だけ詰める物資も減ってしまうから、とのこと。


「高価な品を売り払い、食料品を買い込んで離れようと思ったのですが―――どうやら領主さま自らこの場所にやってきて、騎士も冒険者も問わず邪龍討伐隊を組むとのことでしたからね。領主さまの計らいによってこの行軍に支援をする商人には莫大な手当てが支給されるとなれば、拭いて飛ぶような私たち遍歴商人は手を上げざるを得ないでしょうとも」

「物資の運搬のための道具や人員を買って出たってことか」

「ええ。軍隊が行進するためにはやはり、兵站が必須ですからね」


飯の動きという訳だ。この辺りの補給線が必須になるという点が、冒険者と騎士の大きく異なる点だろうと思う。

ちなみに私たちは騎士団に追従することにした。あの受付の女あたりは師匠に他の冒険者と共に動いてほしそうだったが、当の本人が今ロッチノアの街の冒険者ギルドにいる人員にさして興味が湧いていないようだったので仕方のないことだろう。

寧ろ師匠はこっちの騎士団にこそ興味を持っている様だった。クリスもまた、過去の経験から実際は冒険者としての活動よりも騎士を伴った戦闘行為の方が慣れているそうだ。私はまあ、強い奴の動きの方が経験になるので付いてきている。

そんな訳で、他の冒険者たちは各々栄誉と金を求めて準備を進め先に進んでいる様であった。フットワークが軽いのは利点だが、今回の場合は果たしてどちらに傾くだろうか?

確実に言えることは、その先に進んだ冒険者たちが荒れた道を踏みしめるかの如く、邪魔になるワイバーンや他の魔物を蹴散らしてくれているため、騎士団は行軍の速度を緩めずに、怪我を負うこともなく進めているということだろう。


「ラリナお嬢さん。気が付いていますかな?」

「なに?」

「一糸乱れぬ隊列、よく磨かれた武具の数々。この騎士団、実を言うと実戦慣れしているのです―――まあ、実戦と言っても恐らくは魔物の討伐をきちんと行ったことがあるという程度でしょうが、それでも大きな差異です」

「確かに武具には使用された形跡があるけど………戦いの経験があるのは騎士なら普通じゃないの?」

「いえいえ。そうでもないのですよ。特にこれは皇都付近の貴族になればより顕著なのですが、既に魔物の害から解き放たれて久しい中央の貴族たちの騎士団は、数こそ多いものの実戦経験のない、華美で美しいだけの騎士が多いのです」


出世街道なのはまちがいないですがな、とミルラの祖父は笑った。


「このアンジェリコ伯爵領は中央に比べれば魔物の害は多いですが、封王の存在する北や西に比べればその数は少なく、大体は冒険者たちだけで事足りる。では何故、伯爵領の騎士たちは実戦の経験を積んでいるのか」

「………備えていた?」

「ええ。今回のような邪龍ほどの脅威ではないでしょう。しかし、何か有事の際に対応できるように、騎士団を飾りではなく武力として保持していた」


あのギルドの広場で見た、小太りのおじさんの姿を思い出す。人畜無害というか、荒れ事なんて向いてなさそうな人だったけれど。


「それが本当なら、あのおじさんは結構な狸だね」


文字通りというか、見た目通りというべきか。私の話を聞いていたクリスが目を閉じたままくす、と笑った。





***





「ふむ。旧前線………ユリディアの街に戻ってきたか」


騎士たちの行軍はそれから三日続いた。野営を重ねて進んでいく三百を超える騎士団は、ミルラの祖父が指摘していた通り練度が高く、ここまでで脱落したものは誰も居ない。

歩いているだけと思うだろうが、実際は歩いているだけでも怪我をする馬鹿もいる―――らしい。師匠の談だ。


「鎧を着て乱れずに歩く。意外と難しいぞ?儂らのように自由に動ける自由人という訳ではないのだ。騎士たちはその集団それこそが一つの生命のようなもの。先頭を歩く騎士は目であり、側面を進む騎士は腕であり、武器だ。後方は急所を守り、全体を俯瞰する頭脳でもある。個を束ねた集団の強さという訳だ」


無論、彼ら自身も決して弱くないのだから、数という名の力は鋭く磨かれた大剣になりうる。

男の騎士に扮した女性騎士、領主の子だという騎士団長は手にした地図を眺め、そして周囲に視線をやって確認を確信に変えながら、テキパキと部下に指示を重ねていた。


やられている(・・・・・・)冒険者たちは放っておけ。丁寧に死体を後方に送り返す余裕は我らにない。本音を言えば伝染病の対策として埋めるか燃やすかしておきたいが………」

「私がやろう。集めてくれれば魔術で燃やす」

「貴殿は黒天のジーヴァ殿の一党の魔術師だったな。では頼もう」


クリスが名乗りを上げ、それに騎士団長が答える。突発的に加わった私たち冒険者に役割を持たせることが出来る時点で、頭も柔らかそうだ。この人の指示の元動いていれば存外、邪龍討伐も巧く進むのかもしれない………とはいえ、それは冒険者側が素直に従うのであればの話になるが。結局は机上の空論だ、騎士の下に付くことを、冒険者の面子というしょうもないものが許さない。

とかく、集められた冒険者の死体をクリスが魔術で燃やす。その前に死体を検分したところ、高火力の熱源で急所を炭化するまでこんがりと焼かれて即死しているものが大多数だった。

ワイバーンか、或いはあの変異種か………?だがあいつは自爆によって死んだはずだ。だとすれば、あの変異種が種として定着していると考えることも出来る訳だが、ゾッとしない。あれは弱くない。前に戦ったキマイラよりも遥かに強い魔物が、虫のように大量にいるなんて考えたくもないことだ。

考えざるを得ないのが、私という存在でもあるのだが。

まあ良い点もある。破壊規模の小ささから少なくとも龍が直接ここまで来ていることはないようだ。山嶺に潜む龍を実際に見たことがある騎士なり冒険者なりは少ないが、その体躯は巨大で撒き散らす破壊は街一つ程度簡単に壊せるとのことなので、冒険者だけがやられているこの現状、龍が出張ってきていることは想定しなくて良さそうである。


「まだ早いが、今日はここで野営としよう。明日はいよいよ、山嶺へ―――龍のお膝元へと進出だ」








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不気味なほど何事もなく行軍。
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