邪龍討伐隊
「ふむ」
「師匠。どうしたの」
「それは新聞か?」
黒い手に握られているのは街で買ってきたという新聞だ。私たちが居るのは相変わらずあの宿だが、昇格任務を終わらせて後、更に三日ほど動きもなく待機が続いていた。
というのもどうやら冒険者ギルドと領主との間の会議が長引いているからであるらしい。ロッチノアの街があるこの伯爵領はその名の通りアンジェリコ伯爵が治めている訳であるが―――。
師匠が握っている新聞をクリスと一緒に横から覗き見る。そこに書かれている写真を見る限り、小太りのおじさん、という印象が強い。髪は焦げた茶色でそこまで髭が濃いという訳ではないだろうか。
腰には華美な装飾が施された剣が下げられているが、それは皇都で見た後宮の近衛騎士たちが付けていたあれに比べれば随分と劣るもので、また使われた形跡も薄い。
この人は果たして戦えるのだろうか。
「邪龍討伐のため、最前線であるロッチノアに伯爵自ら………この街最前線なの?」
「いや。四日ほど前までは邪龍が住処としているあの山嶺の前にもう一つ街があり、そこに騎士や冒険者が詰めていたようだが」
「壊滅したのか」
「そのようだな。人死には少ないが物資の大多数が焼け、防衛のための設備は使い物にならないようだ。冒険者ギルドは前線を下げ、このロッチノアを最前線としたと書いてるが、事実上撤退したとみていい」
「………いろいろ言ってるけど負けたってことだよね」
「戦略的撤退の半分は負けのことさ、チビ」
今回の場合は言わずもがな、か。
机の上に置かれているエールを口に含む師匠。薄い、とぼやくと再び新聞に目を落とした。
「ロッチノアの街の冒険者に対して広く依頼を出すようだ。それに加えてアンジェリコ伯爵の配下の騎士団もほぼすべて邪龍討伐に投入するとのことだが、正直に言って数が少ないな」
「元々そう言う理由で冒険者ギルドに依頼していたわけだもんね」
「虎の子、というには少々役不足に思えるが、しかし騎士団であれば魔術師たちも動員できる。人数以上の戦力換算にはなるだろう」
「基本的にきちんとした騎士団の方が冒険者より強いからな。青の上澄みやそれ以上となれば冒険者の方が強い場合も往々にして存在するが、あくまでもそれは一対一。組織としての強さを鑑みれば騎士に軍配が上がるだろうさ。しかし、このままでは確実に伯爵の負けだろう」
新聞の分の続きを目で追う。
騎士団と冒険者たちで合同で討伐を行い………合同?
練度も戦術も全く異なる彼らと、彼らが?
「これは、厳しそう」
「冒険者が騎士たちの補助に回れば可能性はあるが、それが可能なスキルを持ち、尚且つ経験と実力を兼ね備えた上で、その補助を甘んじて行える連中などそう多くはあるまい」
「故に失敗するのだ。とはいえ、運が良いな。この街には今、儂らがいるわけだ―――さて」
机の上に新聞を放り投げると師匠が身体を伸ばして立ち上がる。
「冒険者ギルドとその前の広場で、伯爵及び騎士たちと顔合わせだそうだ。儂らは既に邪龍討伐隊として参加済み、戦友になる予定の連中の顔を拝みに行くとしようではないか」
***
昇格任務以来訪れていなかった冒険者ギルドロッチノア支部。
普段からギルドに依頼を出すもの、依頼を受ける冒険者たちでにぎわっているその場所はしかし、普段の三割増し程度の人数が居た。それもそれらを構成する人間たちは皆、戦う能力を持つものばかりだ。
そう言えば最初に街に来た時よりも人の数が増えているような気がしていたけど、あれはこの前落された街からの避難者だったのか、或いは落ちることを予見して先んじて移動していたが故のものなのか。
「うげっ!」
声の方向に視線を向ければ私たちの昇格任務の引率を務めたフェバがエールを片手に立っていた。広場からは少し外れた場所だ。
街から逃げたんじゃなかったのかこいつ。
「生きていたのか」
「勝手に死んだことにすんじゃねえ!」
「誰だこいつ?」
「私たちの昇格任務の時の引率」
「ああ………」
師匠はフェバを軽く見やり、すぐに興味を失ったようだった。視線を広場の方に戻し、そこに綺麗な隊列を組んで整列している騎士たちを検分するように観察している。
「お前邪龍討伐に参加するの?」
「年上にお前っつうなクソガキ。参加するわけねぇだろ、俺ぁ青階級だが本当の龍とやり合えるとは流石に思ってねぇ」
「自分の実力に見合う判断が出来るようになったのだな」
「お前らは俺の何を知ってんだよ………まあいい。俺は拠点も移すつもりだ」
「なんで?」
「いや、勝てねぇだろ。邪龍だぞ、邪龍。あの程度の人数の騎士団と残り滓みてえな冒険者で何が出来んだっつの」
「残り滓?」
「腕の立つ奴らはもう前の街で行われた攻略作戦で殆ど怪我人が死んだかのどっちかだってよ。騎士団は殆どが物資の運搬に徹してたから今回の作戦では損耗無しらしいが」
「ふぅん」
恐らくはネストリウス公爵領で行われたこととは逆のことが発生したのだろう。あの時は公爵側が手柄を焦って冒険者ギルドの干渉を最低限としたうえで騎士たちを送り込んだ。
こっちは冒険者ギルドが功を独占するために騎士団を援護だけに徹させて事を運ぼうとし、結果として大やけどした。
エールを口に含むフェバ。朝の師匠と同じように薄い、とぼやいていた。
「何見てんだよ」
「薄いってどんな味なの」
「………水で薄めてるってこった。住民に潤沢に配れるだけの物資が減ってきてる。商人の流入が減ってるってことだ」
「誰も伯爵がこの討伐を成功させるとは思っていないわけだな。さもありなん、腕の立つものは数人いるがそれだけで真なる龍がどうにかなるものか。あれは英雄英傑の類が居て成り立つ戦故な」
「餓鬼のくせに婆みたいなこと言うなこっちの金目の女」
エールを飲み干したフェバはカップを拭いて足元に置いていた鞄の中に詰めると、民衆の壁へと紛れ、どこぞへと消えていく。
強者になる事を選ばないというのであればああして危険から離れていくのが正解なのだろう。実際、強さを求めて終わらぬ戦いに身を投じるのは普通ではない。
普通の人間は最低限飯の種があればそれでいいのだから。それでも私は、今のままが嫌だから、前に進むのだ。
「え、ええとですね。お集まりの皆さま、まずは感謝を。私はこの領地を治めておりますアンジェリコ伯爵………ハンニバル・キニア・アンジェリコというものです」
「腰低いな貴族なのに」
冒険者ギルドの扉をあの受付の女に先導されてやってきたのは明らかに貴族とわかる服装の男だった。
小太りで豪奢な服を着てはいるもののどこか気が弱そうな中年男性。それがアンジェリコ伯爵ことハンニバルの印象であった。
「げぇ」
「………」
なんだよ、げぇって。
愛想が大事な受付嬢らしくもない声を出したのは私たちを見つけたからだろう。
「こ、此度はこの無謀ともいえる作戦に、ええ………ご参加いただき………」
「父上。もっと堂々としてください」
整列した騎士の一団から一人の騎士が前に出て、伯爵を叱咤する。
くぐもった声はフルフェイスのプレートメイルを装着しているからだろう。身体は小柄だが、鎧の分厚みは感じている。
だが………あれは、女だ。匂いがそう言っている。
「す、すまないエリオット」
「だから謝るなと。まったく、私が代わりに進行を務めましょう」
「す」
「父上?」
「………任せたよ、エリオット」
腰から無骨な剣を抜いた女騎士、エリオットはそれを天に掲げた。
使われた形跡は―――ある。鎧も剣もきちんと手入れされ、それでいて何度も使用したであろう傷がついていた。
私たちを除いた他の冒険者たちはそのエリオットと呼ばれた騎士が女であるとは気が付いていない様子だ。
「突如としてこのアンジェリコ伯爵領に舞い降りた邪龍の討伐。これが果たされぬ限り、この領地はどんどんと貧しくなる。そして我らが敗北すれば、その邪龍の牙と吐息は帝国を襲うだろう」
「………」
「ここで絶たねばならぬ。その命を!!―――しかして冒険者たちよ。貴様らにただ我ら騎士団を手伝えとは言わぬ」
逆手に持った剣を、冒険者ギルドの入り口の石畳へと突き刺す。さくり、と軽い音を立てて剣先が沈み込んだ。
「功は、取った者のものだ。援護?支援?無駄だろう、互いにな。我ら騎士団は貴様ら冒険者の戦いを知らん。貴様らも、我らの戦い方に付いて来られる筈も無い。故に、父上は最初からそれを捨てたのだ」
「協力を最初から捨てるか。考えたものだ………しかし。どちらだ?」
クリスが口元を抑えながらそう言った。
「なにが?」
「………戦術ではなく戦略の話だ」
「確かにしてるけど」
「まだチビには分からぬさ。話を続きを静かに聴け」
「………?分かった」
エリオットはくぐもっていながらもよく聞こえる朗々とした声で続ける。
「好きにやれ。だが負けるな。我らは最大限の物資の支援を冒険者ギルドに確約する!それでいて、我らはお前たちの行動を何一つ縛らない!唯一、負けることと我ら騎士団側の足を意図的に引くこと、それだけを禁じる!」
「ひ、東中央支部ギルド長にも、話は通してある。龍殺しの栄誉と賞金は、買ったものの手に………」
「父上が今言った通りだ。騎士団よりも優れていると自負するならば、冒険者としての力を結集して戦え。我らの助力に徹した方が良いというのであればそうすればいい。我らはその功が紛れもなく真実であれば、そのものに栄誉も金も譲ろう」
剣を引き抜き、鞘に納める。
「―――さあ。龍を殺すのは誰だ?諸君らに期待している、邪龍を滅ぼすことを。決して負けぬことを。冒険者の名に相応しく、栄誉をその手に勝ち取るだけの力があると」
………広場に轟音のような歓喜の声が鳴り響いた。




