無銘の鎧
「どうだ、小娘」
「悪くない」
「そこは最高だとでも言っておけ、不愛想な餓鬼め」
―――昇格依頼をクリアし、橙色の識別証が首に飾られてから六日が経った。冒険者ギルド及び領主によって邪龍討伐についての具体的な作戦が練り始められているようで、その隙間の時間、という訳だ。
師匠とクリスを伴いやってきたのは鍛冶師ノーツの店だ。ちょうど約束の一週間が過ぎたので途中経過を確認しに来たのだが、何と驚くべきことにノーツは既に防具を完成させていたのである。ノーツに招かれ試着室に入ると、合わせという名の最終仕上げが行われた。
大本の素材としたものは、今回の鍛冶の根幹ともいえるクリスの鱗と、少し前にクリスが回収していた、襤褸きれになったメルクーリからもらった最初の防具だ。何に使うのかと思っていてたがどうやらここで再利用するつもりだったらしい。
まあ確かに、あれはメルクーリが採寸や調整をしてくれているので、防具を作るにあたって体型に合わせる基礎とするには適しているだろう。
「………でも随分とデザインが変わっているけど」
「当たり前だ。元々襤褸布みてぇなものだった上に、最上級の素材を練り込んでそれを纏わせるんだ、悪い素材が使われていない上に―――なにか妙な魔力が纏わりついて変質していたから使ったが、本来なら俺が用意した素材を組み込むには役不足にもほどがある」
「妙な魔力って?」
「さぁな。だが悪い気配はしねぇ。唯々単純に、濃密な魔力を纏っているような感覚だ。鼻に来るんだよ、こういう匂いはな」
自分の獣の鼻を指先で押すノーツ。
恐らくはクリスとの戦いあと、襤褸布となったそれを纏ったままエンバス渓谷を進んだが故の変質なのだろう、多分。詳しいことは分からないが、鍛冶師であるノーツが変なものではないと言い切るのであればそれを信用するだけである。
さて。ノーツが完成させた防具は一見すると黒と白が混ざり合った、侍女服のようにも見える。
とはいえあくまでもシルエットだけを見た場合だ。そもそも普通のメイド服は黒い生地が下で、白いエプロン部分が上になるのだが、これは逆である。
服の前から首の後ろをバックルで止めたホルターネック形式の胸元から下半身にかけてまで、一枚で作られたワンピースのような形状のドレス。そしてその末端はひざ丈辺りまである。スカートには深くスリットが入っており、足の可動域を最大限確保していた。
ホルターネックなのも腕の可動域を確保するためのものであり、その辺りの要望がよく伝わっているのが感じ取れた。ちなみにホルターネックの位置はちょうどモーニングジュエリーの下あたりである。
そんな純白ともいえるドレスだが、その上を飾るものが黒の布によって織られた鎖帷子のようなものである。
布に見えるが実際に触ってみれば驚くほどの高度があり、明らかに普通の素材を用いたものではない。そんな黒い布の鎖帷子が純白のドレスを覆うようにして、身体の急所を始めとした至る所に付与されているのだ。
―――そう。付与だ。縫い付けるだとか嵌め込むだとかそう言う次元ではなく、布と布が癒着しているのである。
白のドレスを抱え込み、蝕むような腕にも思え、さりとて黒い翼にも感じられるデザインは、決してノーツが意図したものではなく、重要な場所への配置とこの素材の性質を突き詰めていった結果このようになったそうだ。
「この黒い布、なんか知ってる気配がするんだけど」
「お前さんが使うっつう固有魔術の金属が練り込まれてる」
「………渡した憶えないんだけど?」
「あの魔術師―――クリスが用立てていたが」
「あいつ本当にあいつ」
人の技を勝手に盗むな。
まあ、いい。今回は良いものを作るためだったようだし、許してあげる。
「説明をするぞ、良く聞け」
「………必要?」
「自分の命を預ける防具について何も知らないで戦場に立つつもりか?武器然り盾然り、そして防具も全てが己を生かすための手段だ、それへの理解を怠るのた三流のやる事だぜ。俺ぁ、三流に物を作ってやるつもりはねぇ」
「分かった。お願い」
素直に頷けばノーツが満足そうに笑った。
「あの魔術師が寄越した素材はその下のドレスに使われてる。まあ色合いで分かるだろうがな」
「どんな効果があるの?」
「それは単純なもんだ、頑丈で破れない、そして非常に高い魔力耐性がある。魔術を含め魔力によって生み出された現象全般の威力を大幅に減衰するだろう。あの鱗を繊維として加工し、あの襤褸布と形状を整えながら織り込んだものだ」
それ、鍛冶師というよりは裁縫の方が近いのでは。
「黙れ。金属よりも固い鱗を糸にする時点でどれだけ大変な作業だと思っていやがる」
「私何も言ってない」
「目が話してんだよ………続けるぞ」
目元を解す。目が会話するわけないのに、変なの。
「それだけだとその鎧はただ頑丈なだけの代物だ。だが、そのドレスの上にある黒羽鎧があることによって大きく性能が強化される」
「黒羽鎧?」
「お前さんの固有魔術の金属と幾つもの魔物の素材―――そして一角獣の角を合わせて作り上げた可変式の鎧だ。恐らくこの世界で俺が一番最初に生み出したものだろう」
ノーツがそう言って、そして舌打ちをした。
「………そしてもう二度と作れん代物だろうな」
「二度と?」
「業腹だが、その黒羽鎧を作っているとき、促されているかのように素材の選定も加工も進めることが出来た。あれ程の超人的ともいえる感覚を味わうことはできないだろう。正真正銘、それは俺が生涯で生み出せる最高の傑作だ」
促されているように。
その言葉にどこか悔しさが滲んでいるのは、まるでその結果が与えられたもののように感じられるから、なのだろうか。
自分じゃなくて、より上位の何かから恵まれたような、そんな不快さ―――ああ。私も、よくわかる。
「まあいい。その黒羽鎧と下地の白鱗のドレスは互いに共鳴し合っている。お前の意志によってある程度その黒羽鎧は形状を変え、お前の意識の外であっても鎧自体がお前を守る、自立防御機構が備わっている」
「そんな仕組みどうやって作ったの?」
「知らん!言っただろう、まるで神懸かったように鍛冶が進んだんだ!………まあ、素材の性質もあるだろうがな。その鱗、一種の執着の如く、お前を護ろうとしているぞ。素材の持つ意志とでもいうべきものが伝わってくるんだ」
「………そ」
そういって息を吐いた。まったく、おせっかいなやつ。
「露出した場所が多いが、その羽鎧の形状変化によって臨機応変にお前を守る鎧になる。そしてその鎧はどのような形状であっても、強度が落ちることはない。たとえ糸一本の形状になったとしても、万全の硬さを誇る。とはいえ黒羽鎧の量には限りがある以上、身体の全てを覆うことはできないがな」
黒雫と違い、魔力を注いだところで総量は増えない、と。
「………下のドレスと黒羽鎧が合わさっている所が一番この防具の中で強度が高いと考えていいのかな」
「ああ、それで間違いない。さっきも言った共鳴作用によるものだ。白鱗のドレスと黒羽鎧がくっついている所は恐るべき硬度と衝撃吸収性を持つ。そして―――その共鳴作用に目を付け、ドレスの方に少しばかり細工をしておいた」
にやり、といたずらっぽくノーツが笑った。
「神憑りのあとに意地でぶちこんだ俺のオリジナルだ。天啓だけで打つなんて、鍛冶師としての名折れだからな」
「うん。分かるよ」
「白鱗のドレスには、貪欲の魔物―――アバドンの牙を織り込んである」
「………アバドン」
それは名高き高位の魔物の名前―――牙の一本で、小国程度ならば買い取れるほどの額が動くという。
アバドンは強い魔物ではない。だが、彼らが持つ特性が彼らを稀少足らしめ、出現と同時に討伐が行われる理由となっている。それは魔眼を持つ魔物の扱いにも似て、しかし人間が狂乱を持って追い立てるところが決定的に異なっていた。
貪欲の魔物、アバドン。極稀に生じるその魔物の性質はありとあらゆるものを喰らい、蓄積するというもの。元は自然界の最終分解者が魔物となったものとされている。
数多の魔核や鉱石、時には人や武具の残骸を喰い続けたアバドンはその体内に非常に珍しい宝石を生み出すことがある。それはオリハルコンや魔鋼をすら超える、唯一無二の性質を持つ素材だ。その素材からは、この世に二振りと存在しない武器を生み出すことが出来る。
これが、一つ目の理由。そして二つ目の理由であり、アバドンの死体ですら高額で取引される理由―――それは、その魔物の牙に在った。
「死しても尚、アバドンの牙には蓄積という性質が残り続ける。アバドンの牙を用いた武器は、魔力を蓄えることのできる特別な武器となる」
勘違いしてはいけないが、クリスが言っていたような、勝手に強くなる武器や防具にはならない。だが、武器で切りつけるたびに魔力を奪い、刀身に蓄積するその性質は、対魔物に於いて圧倒的な性能を誇るのだ。
魔物は魔力を蓄えることによって強くなっていく。そのための人間や他の魔物の捕食である。だが、アバドンの牙を用いた武器はその魔力を奪い取る。
無論、器が蓄えられる魔力総量が落ちるわけではない。だが戦いに於いて、個体が保持している魔力を奪い続けることが出来るその武器は理論上、封王すら斃せる。
「それを、防具に?」
「そうだ―――強者の血を浴びろ。その度にそのドレスは強度を増し、共鳴によって黒羽鎧もまた緩やかに成長していく」
「なにそれ。虐殺しろってこと?」
「そうだ。戦い、勝ち続けろ。その果てに、天啓なんて言うものを超えて、正真正銘俺の鎧を至高の一つにしてみせろ」
「………まるで呪いの装備だね」
くすりと笑う。神の天啓を得て呪いの鎧を作り出すとは。うん、気に入った。
「任せて。私は戦い、勝ち続ける。その果てに、女神も運命も、何一つの因果すら入り込めないくらい、完膚なきまでに最強になって見せる」
そして。
ノーツの毛むくじゃらの頬に手を当てた。
「その果てに、貴方の名をこの鎧に授けよう。だから、待っていて。私が最強になるまで」
今はまだ、無名の鎧なれど―――いつかは、必ず。獣人の鍛冶師が、笑った。
「それはそれとしてラリナ。お前はもう少し恥じらいを持て」
「?」
「男の前で当たり前のように着替えるなって話だよ………」
「………?」
よく、分からない。
活動報告にも書きました通り、もう少しで切りのいい章の終わりに差し掛かります。執筆より一年ほどたちましたので過去作の更新に戻るか一年くらいで終わる(予定)の新作を書くか、という感じですがまだ詳細は未定です。




